『ホームレスのホスピス』きぼうのいえ 山本雅基施設長のブログ

日本で初めて「ホームレスの人でも入れるホスピス」を東京の通称山谷地区に作って11年。きぼうのいえではなく「むぼうのいえ」だと揶揄されながらも運営してきた日々のエピソードを語ります。


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 今日は、女性のホームレスについてご紹介してみようと思う。

Tさんは六十代だ。新潟県で生まれ、幼くして父を病気で亡くし、お母さんに育てられた。義務教育を終えたあと、どんな生育環境の中で過ごしてきたのか、僕はあえて尋ねることはなかったが、彼女と話をしていて、軽い知的障害があり、陽のあたらない場所にいたことは確かなようだ。ただ、「きぼうのいえ」でお掃除の仕事を福祉事務所からの職業訓練という形で委嘱を受け、朝早くから仕事に就くようになった頃、僕に、「私はこれまでの人生で、初めて太陽が照っている下で仕事をするようになったのよね、私はそれまでずっと夜の仕事だったからさあ」と言ったのが特に印象に残っている。それから時間が経ち、夜の仕事をするには、もう歳をとってしまい、彼女がホームレス生活をするようになってからというもの、なれない路上の生活環境の中、いつもビクビクしていたという。特に夜、安眠出来る場所の確保には苦労したらしく、公園の公衆トイレの個室に新聞紙を敷いて、そこに身体を横たえて寝ていた時期も長かったのよと、ちらりと漏らしたこともある。僕が「お風呂なんかはどうしていたの、身繕いなんかは?」と訊くと、照れたように、「ほら、親切な男の人と一緒に泊まったときに、ゆっくり身体を温めることができるじゃない」などといって、そのあとは口をつぐんでいたっけ。

 


 そんなTさんがようやくホームレス生活から抜け出したのは、今でも社会的に問題になっている貧困ビジネスの団体から声をかけられて、生活保護だけは受けられるようにしてもらい、老朽化したタコ部屋のようなところへ放り込まれたことがきっかけだという。「あたしゃあねえ、むしろ、ホームレスに戻ったほうがよっぽどマシだとおもいましたよ」としみじみと話してくれた。「食べるものもね、中国かなんかのインスタントラーメン。身体を壊したときには、ご飯にお湯をかけられて、ほらお粥だって言われてだされたこともあったんだから、ひどいもんでしたよ」。そんなTさんは、その施設からほうほうのていで逃げ出して、S区の福祉事務所に助けを求めたのがきっかけで、「きぼうのいえ」で約4年間を過ごした。

 今はもう、お仕事をする年齢でもなくなり、「きぼうのいえ」からバスでほど近いところにアパートを借り、生活保護を受けながらも元気で暮らしている。僕が散歩で歩いていると、よく元気そうにしている様子がうかがえて心底ホッとするのだ。障害と貧困と孤独の中で健気に生きてきたTさん。神さまの恵みと愛が、彼女の上に今こそ大いに注がれますように……。

「そればかりでなく、苦難をも誇りとします。わたしたちは知っているのです、苦難は忍耐を、忍耐は練達を練達は希望を生むということを。希望はわたしたちを欺くことがありません。わたしたちに与えられた聖霊によって、神の愛がわたしたちの心に注がれているからです。」(ローマの信徒への手紙535)「神は真実な方です。あなたがたを耐えられないような試練に遭わせることはなさらず、試練と共に、それに耐えられるよう、逃れる道をも備えていてくださいます。」(コリントの信徒への手紙1、1013

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