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2007-06-01

砕け散った遺跡と3人の夢・・・

テーマ:カンボジア激ヤセ滞在記


282


















出産間近のとある夕方、どうしてもわたしはアンコール遺跡へ行きたくなった。

世界遺産が、とりわけアジアの遺跡に恋焦がれて辿りついたカンボジア。

それがあれよあれよという間に暮らすことになり、遺跡の近くに住んでいることが日常となっていた。

でもふと気が付いたのだ。

ここは世界遺産、なんて贅沢なことだろう。おまけにわたしは1人と半人前状態。こんな奇跡(?)を写真に残さずにおくものか!!

日が少し傾き涼しくなった頃、ダンナの運転するバイクに乗ってアンコール遺跡を訪れた。

いつも誰かしら友達が一緒で、2人きりで出かけることなどめったにない。

でも今日はダンナも友達を誘わずに、2人きりとプラス1人でのデートだ。



281

こんなカッコでおまけにお腹の大きいわたしは、日本人旅行者に全く日本人と気づかれない・・・

顔馴染みの売り子さん達に「いま何ヶ月?」と声をかけられる。

次にここに来るときは、3人なんだな・・と思うと胸が熱くなる。

そんなわけで、わたしは子供を初めてアンコール遺跡へ連れてくる日を心待ちにしていた。



娘の首が据わったころ、「その時」はやってきた。

朝からダンナに「今日は夕方お散歩に行くからね!!」と念を押す。

ダンナが帰ってくるのをソワソワしながら待ち、アンコールワットのお堀でのピクニックを楽しみにしていた。

焼き鳥食べて・・・さとうきびのジュース飲んで・・・

ようやくダンナがバイクを友達に借りて帰ってきた。

娘を抱っこヒモに押し込め、バイクの後ろにまたがる。

お隣のsoksaba-iさんが「いいなぁ~行ってらっしゃい」と声をかけてくれる。

軽く軟禁状態の続いていたわたしの背中には羽がはえていたことだろう。


バイクがメイン通りに入った頃、ダンナの友人のバイクが後ろにチラリと見えた。

国道に入った頃に、その数か1人、2人と増えていく・・・

気のせいだよね???見間違えだよね????

遺跡へと向かう一本道、間違いなくダンナの友人達がわたし達のバイクの後ろをついてきていた。

なんでついて来るんだよぉ・・・とがっかりしたものの、とにかくピクニックができればそれで良し!と気持ちを立て直す。

久しぶりのアンコールワットの姿。

既に何組もの家族がピクニックをしている。

バイクから降り、娘を抱っこヒモから下ろそうとしたその時、


「タッ」


耳を疑う声がした。

わたし達についてきた友人達も「あれ?」という顔をしている。

今度はダンナが日本語で「さ、行こう」とバイクにまたがった。


ええーーーーっっっ!?


確かに遺跡に来たけど、それだけで帰るっての!?

焼き鳥は????サトウキビのジュースは????

あまりにもボーゼンとしたわたしは、非難の声も出せずにいた。

そのままバイクに乗せられて、なじみのゲストハウスで下ろされ、そこでいつもと同じようにシェイクを飲んでいた。

こ・・・こんなのってあり?!

ゆるせーーーーんっっっ!!!!パンチ!


というわけで、娘の初遺跡はダンナによって台無しにされたのだった。

ダンナに乙女チックな感傷を求めたわたしがアホだった。



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2007-04-26

軟禁生活

テーマ:カンボジア激ヤセ滞在記

娘を産んでまだ間もない頃だったろうか。

とある人から言われた。


「こんなに心配してるのに、なんで連絡くれないの!?」


どうしろっちゅーの!?むかっ

ここに住んでいなけりゃきっと分かってもらえないのだろうが、あまりにも理不尽な言葉。


その頃のわたしは、半軟禁生活だった。

ダンナは仕事があれば朝から晩まで帰ってこない。

仕事がなくても帰ってこない。

一応食材だけは調達して届けてくれるのだが、それが終わるとさっさといなくなってしまう。

当時のダンナの言い分としては、

「自分は赤ん坊の面倒をみれないし、泣いたらどうしたらいいのか分からない。だから家にいても仕方ないし、必要な物だけは買ってきてあげたからそれでいいと思ってた。」

ですって・・・。はぁ、ため息。

ということで、娘をちょっとダンナに預けてネット屋へ・・・なんてこともできるはずもない。

かといって娘を連れて自力で町に出かけるのも困難であった。

なんといっても、バイクのないボンビーな我が家。

首の据わっていない赤子を連れてモトドップに乗るのははばかられた。

もし、何かあったら・・・もし、もし、もし・・・・

そう考えると無理して出かけることは出来なかった。


おまけにその頃のわたしは究極の寝不足状態だった。

我が娘、今でも昼寝などしないのだが、眠りの浅い母泣かせの赤ん坊だった。

やっと寝たと思ったら、ちょっとの物音で目が覚めてしまう。

そんな毎日でわたしはフラフラ。

ある日ちょっと昼寝をしようと横になったら、気を失うように寝入ってしまった。

いつもなら娘の泣き声にすぐに気が付いて起きるのだが、そのときはどんなに泣いても起きなかった。

あまりにも娘の泣き声が長く、心配したお隣のsoksaba-iさんが覗きに来た程。

そんな状態だったので、とにかく時間があれば少しでも眠らせてくれ!!!という状況であった。


ネット屋に行くのが困難なら、電話でもと思うでしょう。

しかし国際電話を気軽にかけられる程の身分ではありませんでした。

カンボジアで使う携帯はプリペイド式。

$5やら$10のカードを買って使います。

いつも一番安いカードを買って、できるだけ使わないようにしていた。

とりあえず緊急なときに使える分だけあればいい。

とりあえず現地の友達とメールができればいい。

一番恐れていたのは、いざというときに携帯が使えないこと。

家の近くにはカードを売っている場所はない。

そんなことにならないように、できるだけ電話は使っていなかった。


というわけで、家に軟禁され連絡を取る手段もなかったわたし。

こんな状態で精神的によくおかしくならなかったもんだ・・・・

でもこんな話、この生活をしたことのない人には想像もつかないだろうな・・・


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2007-03-01

空想の世界

テーマ:カンボジア激ヤセ滞在記

276

娘の初絵本は、日本から送ってもらったはらぺこあおむし  

この絵本、挿絵もかわいいけど、内容もかわいくてわたしも好き。

本にあおむしが食べた穴が開いてるので、娘はそこに指を入れて楽しんでいた。


まだ1歳にもならない娘が、意味は分からなくとも絵本を持ってぱらぱらめくっている姿を見てふと思う。

パパよ・・・あなたも本を読みましょうよ。

ダンナが読むものと言ったらガイドの勉強の本か日本語のテキスト。

いわゆる普通の本を読んでいる姿を見たことがない。

本を読んで空想の世界で浸っているのが大好きなわたしの傍ら、彼はTVという文明の力で空想の世界へ・・・・ガックリ。


空想の世界といえば、思い出すことがある。

ダンナがある日知り合いの子からスーパーマリオを借りてきたのだ。

当時はまだわたしは妊婦であった。

夜になると何もすることのないわたしは、ベットに寝そべり本を読む。

隣でダンナは「こんなの子供の遊ぶものだよ」とちょっと鼻で笑いながら初めてのゲームをやり始めた。


ところがっ・・・


「オ~○○××!!」(あまりにも汚い言葉なので書くの控えます)

何かに失敗したのかののしり声をあげる。

その上、マリオに合わせて自分の体も右へ左へと動く。

目が真剣・・・

わたしの視線に気づき顔を赤らめつつ「これ難しいね」と高揚した声をあげる。そしてすぐにゲームに視線を移し、また体をあちこち動かしながら雄たけびを上げる。


先に眠くなり寝入って数時間、ふと目が覚める。

隣のダンナを見ると・・・まだゲームをやっている・・・・(-。-;)

「何が子供の遊ぶものだい・・・」


翌日ダンナの目は寝不足で真っ赤。それでもゲームを手から離さない。

それどころか、毎晩飲みに行くか友達を家に引き連れてきて飲み始めるダンナが、夜になるとそそくさと家の扉を閉め、どんなに誘いの電話の音が鳴ろうとも見向きもせずゲームに夢中になっているのだった・・・・・

は・・・はまりすぎ。

こんな状態が2、3日続き、ダンナはこれ以上ゲームを手にしていると病気になると悟ったのか返してしまった。


同じ空想の世界ではまるのなら、ぜひとも本にはまって欲しいと願うわたしを尻目に、今でもダンナは本は読まない。



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