13.4.13o119t


ゑいもせす(酔いもせず)は

迷いから抜け出し

何にも囚われることなく

悟りの境地に覚醒しているの意。


14.11.4n53t


魅力的なものを見ても、見なくても

しがみつくこと無く自由な心。


9.7.7n72t


一番瑞々しい旬の時は、残念な事に

ほんの短い限られた時間で終わってしまいます。



12.10.4o32t


流れる川のように、刻一刻と変わっていくこの世の中


08.7.22n144t


手の内からこぼれ失ったもの

現在あるもの

未だ手に入らないもの

執着することも、疎かにすることもなく

あるがままに受け入れる

いつも自由な心でいるのが悟りだと

詠っています。




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08.5.11n131t


浅き夢=娑婆の人生

喜びも悲しみも入り混じって、儚いもの。


10.7.3n156t


いろは歌は濁点は使わない表示なので

「ゆめみし」は

夢見し( 夢を見る )と

夢見じ( 夢を見ない )

の両方の解釈ができますが

儚い娑婆の人生に囚われない

「夢見じ」とするのが一般的です



08.9.21n250t



苦楽に溢れた人生を


「浅き夢」にたとえるならば


両界曼荼羅宜しく両方の意味で


夢を見ても見なくても


( 娑婆の人生の中にいても、いなくても )


と解釈してもいいのではないでしょうか。


悟りの歌らしく


1つのものに固執しないでいるのが


より仏教的なのに、と思います。





 




 












チベットの荒涼とした風景にも道はできます。


「けふこえて」は、今日超えて

「奥山のような 『苦』 に満ちた有為の世界、諸行無常の世界を今日越えて来た」

と解釈するのが一般的です。




http://homepage3.nifty.com/tak-shonai/intelvt/intelvt_045.htm





09.8.7n1105t


いろは歌が作られたとされる11世紀と比べ


現在の世界では近代的になったが故に


原子力発電所や化学兵器など別の危険が増え


昔は貴族だけのものだった魅力的なものも


庶民にもあふれているようになりました。



この世を苦だけで捉えて切り捨てるのは


もう無理がありそうな気がしますが


魅力的なものに囚われすぎて身動きできなくなるのは


現代人のほうが多いのかもしれません。




10.10.2n112t



魅力的なことだけじゃなく、苦しいこともこの世には満ちあふれている。


そうした色とりどりの諸行無常の世界を体験し、


今日越えて


何にも囚われない、足すことも引く事もない


完全無二の悟りを開いた


と、いろは歌は続きます。



 










07.8.6o68t

うゐ(有為) は仏教用語で、


因縁によって起きる一切の現象のことです。


因とは、結果を生じさせる内的な直接原因。


縁とは、外から因を助ける間接的原因。


必ず、原因があって結果があります。





有為の奥山とは、

変わりやすく儚いこの世を

道もなく越えにくい深山にたとえたものです


※新潮国語辞典より抜粋



09.11.12n165t


昔チベットの修行僧が


人里離れた山奥で修行を続けていました。


あまりの荒行に、僧侶の姉が心配して


イラクサのスープを作って様子を見に行ったところ


弟僧は大喜びで食べてくれました。


ところが、その日から


イラクサのスープのあまりの美味しさに心を奪われ


修行に集中できなくなってしまった僧侶は


せっかく陣中見舞いに来てくれた姉を


追い返した


という物語を聞いたことがあります。


現世を離れどんなに厳しい修行をしても


これでは悟りの境地にほど遠いように思います。


かといって、現世の真っただ中で


飽食の極みを尽し、何を食べても感動しなくなったのを


悟りとは言えません。



素晴らしいことも、辛いことも


そのただなかにあって真価を知り


一瞬心囚われることがあってもすぐに離れ


執着しないことができたなら


悟りを開けたと言えるのかもしれません。









Wiki より抜粋


http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%A0%E7%B8%81


http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%84%E3%82%8D%E3%81%AF%E6%AD%8C




10.11.14n78t


濁点を付けるようになったのは江戸時代になってからなので

「たれそ」は、誰ぞ と書きます。


9.10.6n165tc2


秋祭りのダカは若い男性の役目。

昔から、祭りの日だけは

好きな女性を追いかけても良い特権があります。

彼は、誰を想って待っていたのでしょう。

13.3.12n257t


「常ならむ」は永遠に続くものなどないの意。

いつか必ず死ぬ身である以上

永遠に続くものは何一つ無いとしても、

今このひと時を懸命に生きています。





幻想いろは歌「わかよ」

テーマ:





我が世、と聞くと思い出すのは

「この世をば 我が世とぞ思う望月の 欠けたることも無しと思えば」

という菅原道真の歌です。


10.4.13n14t

咲き誇る花の中で我が世を満喫する。


09.10.18n284t


だけど、好事魔が多し

思わぬところに落とし穴が無いとも限らない。

有頂天になっいる時こそ、足元に気を付けて。


09.8.3n730t

恐竜は巨大隕石の衝突や大火山の噴火で

絶滅したと言われています。

どんなに気を付けていても避けられない災難。

永遠に続くものなど、何一つない

この世の中は無常なのです。





 

08.12.13n139t
 


「ちりぬるを」は、「散ってしまうものを」の意。

どんなに美しくてもやがて散り、消えていくのだから

いつまでも名残惜しんでいても仕方ないと歌っています。



09.1.10n278t

散ってなお美しいと思えるのは

ほんの僅かの間の瑞々しさだからこそ。
 
08.12.13n133t


常にあり続ければ埃にまみれ色も褪せていきます。

光り輝いていた頃の一瞬を記憶に留め

失った悲しみに囚われないで

自由な心でいられたら、どんなに楽でしょうね。

そう思う時があります。






08.11.29n744t



いろは は、「色は」と書くのが一般的ですが

「色が匂ふ」とは花が咲くことを表現している言葉なので

「色葉」と書くという説もあります。

では、色葉とは何かというと、紅葉の事だそうです。


10.12.2n24t1

9.4.6n400t

人間の目から入る視覚情報のうち

80%が色彩の情報といわれています。

古語の「におう」は

霊( に ) が這う、あたりに広がるという意味の

「にはう」が変化したもので

臭覚だけでなく

匂い立つ美しさの様に視覚に訴えるものでもありました。

11世紀の人はそれだけ感覚が優れていたのでしょうね。








※参照 『源氏物語-におう、よそおう、いのる』
藤原克己、三田村雅子、日向一雅 著





いろは歌 覚書

テーマ:

09.4.24n24t



いろは歌


いろは歌は、すべての仮名が1回ずつ重複せずに使われており

仏教の悟りの境地を現した内容になっています。



仮名 ( 漢字を含む表記 ) 意味

いろはにほへと ( 色は匂へど )  花は咲いても

ちりぬるを ( 散りぬるを ) 散ってしまう

わかよたれそ
( 我が世誰そ ) そんな世の中に誰も

つねならむ
( 常ならむ) ずっと同じ姿で存在し続けることなどありえない

うゐのおくやま
( 有為の奥山 ) 「人生」という険しい山道を

けふこえて
( 今日越えて ) 今日もまた越えて

あさきゆめみし
( 浅き夢見じ) はかない夢は見たくないものだ

ゑひもせす
( 酔ひもせず )酔いもせずに





06.10.26o167t



いろは歌の作成時期



以呂波耳本へ止
千利奴流乎和加
餘多連曽津祢那
良牟有為能於久
耶万計不己衣天
阿佐伎喩女美之
恵比毛勢須


『金光明最勝王経音義』より



文献上に最初に見出されるのは1079年成立の

『金光明最勝王経音義』(こんこうみょうさいしょうおうぎょうおんぎ)であり、

970年成立の源為憲の著作『口遊』には

同じく仮名を重複させない誦文である「あめつちの詞」には言及していても、

いろは歌のことはまったく触れられていないことから、

10世紀末~11世紀半ばに作成されたものとみられ

残念ながら、弘法大師作はほとんど可能性がない

というのが一般的な説とされています。







折句としてのいろは歌
※折句( おりく )とはひとつの文章や詩の中に
別の意味を織り込む言葉遊びの一種です。


いろはにほへ
ちりぬるをわ
よたれそつね
らむうゐのお
やまけふこえ
あさきゆめみ
ゑひもせ


いろは歌の場合は7文字ずつ並べて最後に来る文字を繋げると

とかなくてしす ( 咎無くて死す )」という文章が隠されています。

「咎無くて死す」は柿本人麻呂の事だというのが一般的です。


『仮名手本忠臣蔵』という江戸時代の書物がありますが

仮名手本とは、いろは歌の事です。

当時は赤穂浪士の刑死を不当だと思っても

あからさまに書くことが憚られたので

「仮名手本」とタイトルにつけることで

咎無くて死す
を思い起こさせるようにしたのです。

この事から、いろは歌の暗号は

江戸時代には一般的に知られていた事が分かります。



これから暫くの間、いろは歌について思うことを

のんびり綴っていこうと思います。

宜しければお付き合いくださいませ。


参照 http://www.geocities.jp/the_longest_letter1920/iroha_uta.html

参照 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%84%E3%82%8D%E3%81%AF%E6%AD%8C