chili
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なせばなる は、わかっている。

2009-08-29 01:56:18
テーマ:ブログ

なせばなる 

なさねばならぬ

なにごとも。


好きです、この言葉。 この姿勢。


でも、なせばなるのは、もうわかってるんだよね。って、 時々 思いません?



だから 何を どうするか。  


まず、そこ。 でしょ。



何を 。 が、クリアになると、

どうする 。 も、追って見えてくる。


順当な方法で 途方もないような時間をかけて 変化したり、達成したり、ものごとを成していくやり方も、たしかにあるのだけど、 そこに わくわくできなかったら、きっと それは違ってる。



人の時間は 限られている。



だから、


成さねばならぬ。 

かたちや数字に しなくちゃいけないものも 時に あり


為さねばならぬ。

挑戦しなくちゃいけない時も 確実に ある。



為せば成る。のは わかってる。


その道のりを どう成していくか、 そこが だいじ。。 




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so exciting

2009-08-28 01:38:11
テーマ:ブログ

このところ、睡眠時間5~6時間生活を 断行しております。

まれにみるアクティブぶりに 自分で わくわくしてしまいますねー。


そんな中、 ピアノが、ちょっと外せないですんですよね。 生活から。

弾きたくてしょうがないんです。


弾いてる時の、集中してる感じが とても心地よくて、脳内換気してる気分になります。


何曲か弾いて身体と感覚のバランスが掴めてくると、視覚 聴覚 指先の感覚が連動して、 聴こえてくる音に より集中できるようになります。 


そのうちに、自分の手から引力が出てる感覚がしてきて その引力をON/OFFして、鍵盤を指にひきつけたり 離したり。 する。  そこまでくると、脳の端っこあたりで、ピアノと全く関係ないイメージが進み出すんです。 

なんだろう。 こういう感覚って 伝わる人は いるかしら。


集中している先は 目の前の鍵盤なんだけれど、 それとは異なるところで展開されていく 組み立て自由なストーりーがあるんです。 考えているのではなくて、 流れていくストーリー。


昼間見る夢みたいだけど、自分の意思で展開できるので、 すごく心地よいのですよね。 これ。



だからたぶん、私がピアノを弾いているときは、けっこうな気持ちよい脳内物質が出ちゃっているのではないかしら。



ピアノを弾くことで、その後 確実に ひらめきが起こったり、 ものごとがスムーズに流れていくようになるのは、この状態に入るから、なんだと思うのです。


これは、スーパーナチュラル ドラッグみたいなものかもしれません。



どうりで、また弾きたくなるはずです。




そして、人それぞれ あるんでしょうね。 


方法が。



気持ちよさを感じる脳内物質を自然に出す方法。



それを見つけると、すごく便利。


やる気を出したい時、実力を発揮したい時、アイディアがほしい時、いろんな時に意識的にそれを取り入れれば、確実に脳は活性化しますし、 脳が心地よく感じる物質が作用するということは、普段ある脳内リミッターが外れるということで、 その状態で行動をすると、自分が求める方へ確実に近づける。


より ベストパフォーマンスに近づく。

これは、まだまだ研究の余地ありですが、本当に おもしろいテーマだと思います。


ドラッグに手を出さなくても、 人は 人とつながったり、楽しさや心地よさから、自然にそういう状態になれる生き物なんですよね。



キーワードリーディングすると、


脳内物質→ 根本からの変化

ナチュラル→ 本来の自分 

方法   → 楽しむ方へ



つまり、本来の自分を楽しむ方へ向かう時、人は根本から変化することができる。



生薬のようにナチュラルに、 脳内物質を出す方法。





田舎を愛せない症候群

2009-08-18 01:34:57
テーマ:ブログ

幼なじみに誘われて、来月1年半ぶりに実家に帰省することにしました。


なにやら、きのこのシーズンらしく、きのこ狩りを一緒にしようというお誘いです。

どうなることやら。アラサー女の きのこ道中・・。



かつては、地元の 何年経っても変わらない感じが苦手だった私ですが、外に出て、そこに属していない自分の幹が太くなると、 ただ単に、方向性が違っただけなんだということに気づき、 心境にも変化がでてきました。 



そのとき、そのとき、自分に必要なものが ある場所に行く。

そのとき、そのとき、自分が より学べ、より楽しめる場所に行く。


これは 私の方向性。


単に地理としての場所、という意味だけでなく、自分の所属とか、居場所とか、精神的な段階、新しい経験をするための場とか そういう意味も全て含めての「場所」。




同じものを見て 同じ話題で話していても、同じ意味を扱っているとは限らない。


同じ日本語同士でも。


あるいは同じ日本語同士だからこそ。



そんな風に言葉で認識するようになったのは、おそらく10代の後半だと思いますが、わりと長いことそんなことを考えていて、 だからこそ



繊細な言葉で話したい。  


と、ずっと感じていました。




そして、それをどう満たしていいかわからない自分への、怒りと諦め。

そんな記憶が 地元の記憶として、いつかの時まで、私の中にありました。  



全然 好きになれない。




でも、その場所から出てみて 見えたもの、得たものが 確実にありました。


そして、それらによって 満たされなかったことの意味を、まったく違った角度で認識するようになりました。


子どもの頃の私は、私について 何も知らなかったんだ ということ

当時は、自分について 周りに知らせる術を 持っていなかった(というか、その発想すらなかったかもしれない) ということ。



一方で、満たされない感情が、創作熱や 知識欲に昇華されたことによって、今の私がずいぶん助けられているということ。



その場所から出て 見えたもの。 得たもの。


これもきっと、地理としての場所だけでなく、


自分の所属する何か、たとえば職場や、家族や仲間かもしれない そういう慣れすぎたものから 出てみることで 見え、得る何かが きっとあるのでしょう。



自分の居場所と思っていたところから、出るべき時も いつかあると思います。


今までのマインドでは、今までの思考回路では、今までの方法では、 どうにもならないという時も。

今までの常識、今までの哲学、今までの価値観、今までの人間関係、今までの・・



そんな いろんな今まで は



つまり  



過去。



今さっきまで 自分自身のように慣れ親しんだものも、 ある時、過去になっていく。


そのとき、未来に持っていけるものは、 唯一、自分 だけ。




表向き、きのこ狩りをするための秋の旅路は、


自分のRoots と もっと深くつながりなおす旅。








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