「怒っていたのではない」
物語の主題を聞かれて、当時ちんぷんかんぷんだった「セロ弾きのゴーシュ」。
今、読んでみて、おもしろさがようやくわかる気がします。(遅。)
物語の響くポイントというのは、読む人によってもちろん違っていて、
同じ人が読んでも、その時期によって変わることがあります。
そして、主題。
本当に作者の1番言いたかったことが何なのか。
これも実は、ちまたの解説本に書かれているものと真実は違っているのかもしれません。
作者の1番言いたいことが、本当にはわかっていないのかもしれない、という隙間。
私はいつもそれを残しておきたいと思っています。
自分のキャパシティの容量分でしか、作品を受けとることができないという事実について、真摯に受けとめていきたいと考えているのです。それは、作者への敬意とも言えるかもしれません。
高校の時に受けた模試の設問で、ある小説の読みとり問題がありました。
その答えあわせの時間で、国語の先生が
この答えが本当に正解かどうかは、作者に聞いてみなければわからない。
(あるいは聞いてみてもわからないこともあるかも・・)
でも、確実に正解だと言える(ように思える)ものしか、設問にとり上げられないようになっているのだから、国語の試験というのは、真実がどうかを掘り下げて答えるのではなく、一般的に読んだ人がどう受けとるか、一般的に考えて何が答えとして適切か、に基準をおいて答えなさい。
と教えてくれました。
つまり、国語に関しては、真実を答えることが、必ずしも正しいとは言えない。
それを聞いた当時の私は、長年の不満と疑問が一気に解決した気分になったものです。
文系の力というのは、自分が創造的に生み出した答えと、一般的な答えとの両方を、言語化し、扱っていく能力のこと。
創ることと、知ること、
使っていくためには、どちらも必要という授業。
http://www.aozora.gr.jp/cards/000081/files/470_15407.html
「セロ弾きのゴーシュ」
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