真のポピュラーミュージック

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[来年もKenta Kamiyamaをよろしく!]
https://soundcloud.com/kenta-kamiyama
今年は国外を始め、いろんな場所で演奏をしてきました。演奏するのが嫌いだった僕が重い腰を上げ、この音楽の素晴らしさを伝えるために懸命に努力しました。
ライブ中にMCは不要と考えていた僕がなぜそれを始めたのか?
それは、この音楽をアンビエントやリラクゼーション・ヒーリングという風に解釈して欲しくなかったからです。
これらの表現は今ではさらに希薄な意味合いになってしまっています。それも悲しい現実です。
聴き手が受け取る解釈は自由ですが、僕は直感的に作品を作るのと同時にある要素を無意識に受け取っています。それを今回はお伝えしようと思います。
その要素というのは、この世に生きるモノの"喜怒哀楽"です。
作品から受ける影響というのもまさにそこが要になっていますが、
それを人から受け取る場合、様々な環境下で生きている人間を思い起こします。
家庭に問題がある人、紛争地域で暮らす人、貧しい地域で暮らす人、裕福であるけれども一方で孤独を抱えていた人。
今まさにそういう状況に置かれている人や、過去に経験してきた人。そこにはその人にしか経験できなかった千差万別の歴史があります。
そしてそれらに共通するものが"喜怒哀楽"です。
それがこれから必要とされる一つのポピュラリティーじゃないかと思います。

劣悪な環境で暮らす人々にも当然"喜怒哀楽"があり、どんな状況であってもその人間が持つ心情に変わりはないはずです。
それを僕は音と一緒に音楽へ昇華させるのです。
なぜ手段が音楽なのかと問われると答えるのが本当に難しい。。。
おそらく偶然巡り合ったパートナーであり、生きることを創作する上でそれが必要だったんだと思います。
音は外的要因がないと呼吸できませんし、そもそも存在できません。
ぼくはその音を聴きたり生み出していかないと生きていけません。
それくらいぼくとの間には相互作用が生じているのです。
音のプロフェッショナルはむしろ相手側じゃないかと思います笑
ぼくはむしろ今を生きる一人の人間にしか過ぎません。
そしてそのパートナーは単体ではなく、いろんな場所に点在しています。
そこに暮らす人々の心情や意識を投影した音が無数に転がっており、それを知る各地のパートナーと共に、より具体化していき音楽に仕立て上げます。

僕の音楽にファンタジーはありません。現実しか写していません。
でも「聴きやすい」や「popだね」とたまに言われるのは、大衆に迎合した形ではなく、人間の普遍的な部分、所謂万国共通の"喜怒哀楽"が内在しているからだと思っています。
だからあなたの心情によって僕の音楽の聴こえ方が変わるのです。
時には聴くことができない時もあるかもしれません笑

景色からはあまり影響は受けないし、興味がありません。そこには何もないからです。
その景色を人が見ることによって「情景」に変わるのです。
僕はどちらかというとその景色を見たときの人の心情変化が好きなんです。
結果的には人が好きなんだと。良くも悪くも。

"社会の本流や主流ではないところにある「何か別のもの」。
社会によってsideにされているモノ、コト。
そこに生きる人たちによってsideにされているモノ、コト。
あえて目を向けない、見つめないようにしているそこにこそ、社会の本質が存在する。
sideとsideが交差するその場所に、side effectが存在してる。"

うまく言葉にできませんが、ここに、僕が追い求めているものがあるのではと思っています。
メキシコのプロモーターとイベントテーマで合致したのがこのテーマでした。
彼らも同じようなことを感じているんだなと、そして彼らの音楽が複雑なメキシコ社会や文化的背景などに起因しているんだなと思いました。

これはほんのあらすじに過ぎず、本編は1/11(水)下北沢ERAhttp://s-era.jp/access/で行われるライブからスタートします。チケットは1枚2300円。ライブにお越しの方はディスカウントします。2016年の内容はいかがでしたでしょうか?そして来年はどんな内容になるのでしょうか。

これらのことを噛みしめた上で僕の音楽を聴くと、作品に対する考え方や姿勢が変わるはずです。
これがぼくが今やりたいことなんです。

※この音楽には、ぼくが見たり聞いたり感じたり触れたものしか表現されていません。

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