話題になる仕事

テーマ:
仕事が忙しくなってきた。
あれもこれもとたくさんやることがある。
まぁとりあえずやってみようとやってみてたら、うんと上の方が「力入れてやるぞ」なんて言い始めたようで、大変になるかも。


息子たちの受験が終わったら、プライベートが楽になる予定だったんだけど、子育ての終わりはまだまだ先だから、あたりまえだけど意外と楽にならない。
私が受験をそんなに必死にやってなかった証だわ。
子育ての一イベントだったのよね。
中学に行ったら行ったで、朝早くからお弁当作りだしね。
昨日すごくでかいお弁当箱買ったよ(笑)

でもそんなこと言ってられない。
子育てはまだ当分続くから。
仕事は仕事でやっとかないと。


話題になる仕事ってのが社内には常にいくつかあるけど、私はわりとそういうのに関わらせてもらう確率が高いと思う。
忙しくなるので、必ずしもいいわけじゃないけど、みんながみんなそういうのに関わるもんじゃないから、ありがたく思うことにしてる。
仕事が寄ってくるのか、私が仕事に寄っていくのか。
どっちかわからないけれど、縁はあるなぁと思う♪

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PTA広報

学校の広報で、カラー版のレイアウトを担当し始めたんだけど、来月号がようやく終わりそうです。
大変だけど、楽しいといえば楽しい。
毎年賞をもらってる学校なのでちょっと緊張するけどね(笑)

来年もボランティアで続けることに。
息子たちが全員違う学校になってただでさえ大変なのに大丈夫かな?
ま、なんとかなるでしょう。

せっかくだから楽しんじゃおう。
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コンタクト

テーマ:
10日ほど前から上の息子たちにコンタクトを導入しました。
目が結構悪いんだけど、なかなかメガネをかけない。
目つきが悪くなるし、実際見えてなくて困ることも多い(本人たちは困ってないと言ってたけど)ので、ワンデイを与えました。
目が小さいので、なかなか入らないんだけど、次男はわりとすぐに自分で入れられるように。
でも長男が全くだめ。
毎朝私が入れてるんですけど…。

私の技術だけが向上してる気が…。
どういうこと?
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音楽のように

テーマ:
学生時代、尊敬する先輩が「ピアニストが弾き終わったときにスタンディングオベーションされるようなそんな研究がしたい。」と言うのを聞いて、まったく理解できなかった私。
研究でスタンディングオベーションってないだろうと思ったものよ。
恥ずかしいのぉ。

三男がピアノを習い始めて、昔大好きだったピアノにまた関心を持つように。
このところショパン(だけじゃないけど)を聞きながら仕事するのがお気に入り。

先日のピアノの発表会で何人かがショパンを弾いていたんだけど、すごくすばらしい曲だと思いつつ、演奏が残念ながらやっぱり違うなー、当たり前だよなーと思ったのですよね。(ごめんなさい)
楽譜どおりに正しく弾くことをどうしても重視しちゃう。
そりゃ最低限そこが必要だってのはわかるんだけど、聞いてる人は「楽譜どおり弾けてるかどうか」なんて確認しないですよね。
心に響くかどうか。
間違えないようにしようとすればするほど、心に響かなくなるもんなんだなと気づきました。
でもきっと、お母さんたちは「間違えないように弾きなさい」と注意してるんだよ。
ピアノの先生はそういう指導はしないのよね。さすがだわ。
結果、うちの三男は間違えても全然気にしなさすぎなんだけど・・・。

で、ピアニストのショパンを聞きながら、私もこんな仕事をしたいなぁと思ったんですよ。
先輩、わかりましたよ、はい。もしかしたら先輩が言ってた意味とは違うかもしれないな。
いろんなもののスキルが高いというのは大切なことではあるのだけれど、スキルで人をうならすことはできない。
心に響くってスキルとは別次元の世界なんだって。
仕事でそういうものを実現したいなぁと思いました。

スキルを高めるのは大切なことではあるけれども、スキルをいくつ極めても越えられない山がある。
それがもしかしてピアノで言うところの「心に響く演奏」ってものなのかもしれないですね。

中学受験 最後に

テーマ:
無計画に書いていた中学受験関連。
まだ書きたりないこともあるかもしれないけど、一旦終了。

書いていて気づいたことがいっぱい。
何より、私のがそもそも成功体験か?というと絶対に違う気がする。
もっとがんばる方法も、貪欲に合格をとりにいく方法も、よくよく考えて途中でやめる選択肢もあると思う。
もしかしたらそうした方がよかったかもしれない。
けど、もしもはないので私たちにはこれがベストの道だったんだろう。


受験を通して私が常に考え続けていたこと。

まずは、中学受験はくだらないと思っていたこと。
自分の人生振り返ると、受験が大きなイベントだったことは間違いない。
がんばったこともあれば、もう少しやればよかったこともある。
でも大人になってみたら大したことないなーと思ってね。
くだらないと思っていたので、達観できました。

子どもたちの人生はまだまだこれから。
通過点のひとつである中学受験の時点での成長状況にはばらつきがある。
どんな結果でもその後の人生でなんとでもなる。
だからといって結果を出さなくていいわけじゃない。
逃げちゃいけない。
ここで逃げれば、次も逃げる。
逃げない人にはご褒美として、幸せの道につながる結果がもたらされる。
その結果を子どもが自分のこととして受け入れることも大切だ。


親が歩んできた道は、無数の中のほんの一部。
先人の知恵としてはいろいろと伝えたけど、押しつけることはしなかった。
最初の塾をやめたとき、はっきりと伝えた。
「受験で結果を出すための方法を一番知っていると思う塾に入れたけど、自らの意志でやめるんだから、責任は自分でとるんだよ。あとで泣き言を言ってもダメだよ。」
息子たちはよくわからなかったと思うけど、塾をやめたことを親のせいにすることだけはない。
親のせいにして、一番不幸なのは本人だから。
何の解決にもならないし。


受験がくだらないにもかかわらず逃げずにやらなきゃいけないこと、自分で選んだ道を人のせいにしちゃいけないこと、もたらされた結果を自分のものとしてこの先歩んで行くこと、これらを教えることができたと思う。


受験が終わった息子たちには、うんと楽しい中学生活を送ってほしいな!
たぶんそこは心配ないけど、順風満帆にいくほど世の中あまくないだろうな。
受験と同じようにこれからも乗り越えていこうと思います。
もちろん受験で勝ち抜くには勉強が必要。

塾の授業だけでできるようになるのは、結構難しい。
わからないものは授業で聞いたぐらいじゃわからない。
復習が必要だけど、わからないものを子どもが一人で復習できたら、そんな楽な話はない。

で、できないとことできるとこができてしまう。
そのまま放置すればそのまま。
結局見てあげないと厳しいんだ。
うちの息子たちは塾で演習があったり、ほぼ個別指導だったりしたんだけど、それでもだよ。

たとえば算数。
わからない問題はそのまま放置される傾向がもっとも強い。
長男はわからないと答えを写すし、次男はわからないと何日でも同じ問題を眺めてた。
「勉強してるよー」の実態がこれだからね(苦笑)
わからない問題を識別してあげて、塾の先生に聞いてくるように言い、そして本当に理解したかをチェックしたほうがよし。
うちは夫が自身でかなり見てました。

他の科目も同じなんだけど、もう少し知識を必要とする割合が多く、暗記が大事になってくる。
暗記物は塾がいくらやってくれても、自分でちゃんとやってないとどうにもならないので、遠慮なく介入。
子どもの耳や目などの五感をフルに活用して、覚えさせる。繰り返す。
うちは社会に音声教材を導入したところ、成績がかなり上がりました。
驚くほど忘れるので、繰り返すことと、直前のチェックは怠らずに。

あ、そうそう。
よく国語には本を、理科には実体験を、社会にはニュースを、幼いころからなじませておくのがポイントだというようなことを聞く。
そうだと思うけど、そんなのできたら苦労しないよね。
うちは双子だけど、長男と次男で違った。
長男は本が好きだけど、次男は嫌いだし、次男は算数が好きだけど、長男はほぼ興味なし。
環境が同じだって本人が興味を持たなきゃ意味ないのですよ。
親はある程度がんばって環境を作ったらあとは気長に待つ。
この子が国語ができないのは、私が読み聞かせを怠ったから?とかネガティブに考える必要はありません。


受験を通して私が思っていたのは、受験というのは、本人の能力+本人の努力+親をはじめとする周囲からもらえるもの の総力で挑むもの。
自分の受験のときには全くこんなこと思わなかったけど、今回の受験で初めて気づいた。
テストを受けるのは子ども1人だけど、それまでに準備がたくさんあるじゃないの。
そこでいかに他の力も活用できるかというのが勝負を分けるのかもなー。
受験も意外とつまらないものでもないのかもと思うにいたりました。

息子たちに伝わっているかは疑問ですが、「弟の受験は僕が面倒見なくては」と言っている様子を見ると、多少はわかっているかもしれません。


前にも書いた通り、息子たちが最後の転塾をしたのが5年生の冬。
まともな受験勉強はそこから始まったので、とにかく時間がない。
あと1年しかないのに。

塾の先生いわく、1年は子どもにとっては10年に匹敵するらしい。
「だから勉強したがらなくて当たり前。
10年も前から準備する人はいないですよね。」
「子どもがやる気になるのは、早くて6年生の11月です。」
いや、でも、勉強しなきゃ絶対に受からない訳で(笑)

サボる長男。
超スローペースな次男。
塾の先生も認める「際立った何かはないごく普通の子ども」。
しかも塾脱走兵。

どうしろってんだ?と天を仰いだ。
神が私に彼らを預けたのはなぜか?とかまで考えた。
彼らが生まれたときも、あまりもの子育ての大変さに試練を与えられたと思ったけど、それと一緒だ。

結局、こういうときは、人事を尽くして天命を待つしかないのですね。
人事を尽くすとは道を探して進むこと。
もうダメだと思ったら、全く道が見えない。
ダメじゃない道があるはずで、でもそんな難しいことを他人が考えてくれるはずもなく。
自分たちで考えるしかない。

最近いろんなところで思うんです。
真剣に考えるって大切だなあと。
考えなきゃ何も見つからないんだよね。

ということで、中学受験の結果はあきらめずに道を探して、最後まで歩いたからこそ、得られたんだと思います。


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うちは三人兄弟で上二人が双子。
中学受験は上の二人が同時に挑戦。
三男だけ野放し。

仲のいい兄弟なので、三男は兄たちに遊んでもらいたい盛り。
受験だと言ってもよくわからないし。
第一、兄たちだってどこまでわかってたか疑わしい。

結果、よく邪魔された。
邪魔したというより兄たちが邪魔された。
弟を見ると遊んじゃう。
かわいいからとか、弟が困ってたからとか、要するにサボりの言い訳だ。

なので弟にはなるべく家にいないでもらった。
私がいないときは極力いないように。
私がいるときは私が相手した。
実は何げにこれがかなり大変だった。
三男もかわいそうな面はあった。
けど、中学受験に中途半端に挑んでも結果が出せなさそうだったから仕方ない。
三男にも協力してもらった。
よく我慢してくれた。

いいこともあった。
三男が習いごとをたくさん始めるきっかけになった。
英語、プール、ピアノ、テニス。
どれもがんばってる。
私と二人になる時間が多かったのも貴重だ。
三人目になると親も手を抜くので、ちょうどよかった。

途中からは、三男が兄たちの邪魔をした場合には三男を叱った。
かわいそうだけど、三男がそのときに家族の一員としてやらなくてはならないことは、本人にも自覚させた。
どうしても親はこういうときに上の子ばかり叱る。
でも私は幼い頃から、そういうのはおかしいと思ってた。
上の子を叱るのは親が楽したいからだと思う。
下の子より上の子のがものわかりがいい。
当たり前だ。
でも違う。
悪いことをした人を叱るんだ。
兄たちの受験のために我慢させられてかわいそうだから悪いことをしていいんじゃない。
かわいそうなことと混同してはいけない。

受験とはちょっと関係ないけど、上の子たちからの信頼を強固にしたできごとがあった。
あるとき、三男はいけないことをした。
兄たちだったら私が激怒するだろうからできないようなことをやった。
二人とも、げっとか、こいつならかわいいから許されるかとか、実は勇気ある?とか複雑なことを考えたらしい。
そしたら、私が三男に5回ぐらいけりを入れたらしい。(あんまり覚えてないがひどく叱ったのは確か)
で、二人とも、やっぱり怒られるんだなとか、ママは弟にむしろ厳しいぐらいだなとか、弟もアホじゃんとか、僕らも愛されてるんだとか思い、ママは兄弟三人を平等に愛してくれてると認識できる出来事として息子たちの心に刻まれたそうだ。

受験には直接関係ないけど、間接的には大事だったかも。


で、戻ると、こうやって弟の隔離をしつつ、上の二人には面倒をみさせた。
学校につれていく、風呂に一緒に入るは責任をもってやらせた。
兄たちに家族の一員として貢献してもらうことは非常に大切だと思ったので。

なので、結果としては、みんなもちつもたれつだったと思う。

中学受験の塾選び

テーマ:
受験は競争だ。
志願者が募集人数を上回らなければ、成績がどうであれ受かる。
逆に志願者が多過ぎれば成績がよくたって落ちる。
結局は何人に勝てるかで決まる。
勝負は終わるまでわからないと言うけど、こと受験に関しては比較的結果をコントロールできる。
その目安になるのが偏差値。
志望校に合格するための偏差値を余裕で超えていたら、ほとんど合格する。
余裕で超えている がポイントだ。

必ず勝ちたいと思ったら勉強すればいい。
要領の良し悪しはあるけど、中学受験では綿密に勉強したらほぼ成績が上がる。
これは楽勝、あとはやるだけ。
正直、私はこんなことを思ってた気がする。

大外れだった。
理論は正しい。
でも言うは易し行うは難しの典型。
私は自分が今から子どもに戻って中学受験をするなら、ここまでわかってたら絶対にやると思う。
結果をコントロールできるなんて、なんて素晴らしい。
でも自分が中学生だった頃は違った。
勉強しろと大人は言うが、子ども騙しかもしれない、本当はもっと簡単な方法があるけど、教育上、そう言ってるだけかもと思ってた。

なので、かどうか知らないが、息子たちは勉強しなかった。
圧倒的にやれば結果が出ますという私の考えに沿った大手塾に入れたけど、息子たちが猛烈に嫌がった。
サボり始めた。
悪いことし始めた。
とにかく何もかもうまくいかなかった。
そして散々粘った挙句、5年生の夏休み終了後にやめた。

もう受験は無理だと思った。
私はどこかで息子たちを育て間違ったと思った。
もしかしたら息子たちに無理をさせただけかもと凹んだ。
中学受験はしなくてもいいんだと思うようにした。

でも、塾はいやだけど、受験はしたいと息子たちは言った。

で、新しい塾を探し、二つ目。
少人数の塾。
いきなり息子たちがはまった。
もうサボらないと宣言して、本当にサボらずに通った。
5年生の冬だった。
半分個別みたいな塾でありがたかった。

おかげで最後までできた。
それでも息子たちは言う。
最初に通った塾で習ったことが役にたったって。
あんなにいやだったけど、役にたったんだって。
だから弟は通った方がいいかもなーとか勝手なことを言っている(笑)
志望校対策には大手は無駄が多いから、途中で塾変わったら?だってさ。

ということで結論でず。
三男が受験に入るまでに考えようと思います。

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中学受験は親子の受験

テーマ:
中学受験は親子の受験だとよく聞くけど、正直、私は勉強というものは自分でやるものだし、過保護はよくない、実力でがんばれなんて思ってた。
私は自分が独立心が強く、小学校高学年にはほんとにいろんなことを考えてたし、勉強も1人でやってた。
だから本気で思ってた。

でもあまかった。
おわってみると、親子の受験だと認めざるを得ない。

うちの息子たちはとにかく幼かった。
早生まれ男子なので、仕方ないんだろうけど、それにしてもいつまでも幼かった。
受験の準備を始めたときにはサルに近かったしな。

なので、途中で方針を変えた。
夫も私と同じ考えだったけど、私はこれじゃ全く話にならんと思い、夫を説得。
受験が私より得意なので、勉強を見るようにお願いした。
うちの夫は勉強を見るのが一番パフォーマンスを発揮するだろうと思って迷わずこうしたけど、親は得意なものを子供とやればいいんだと思う。
勉強見ることだけがやり方じゃない。

夫が見るようになってからは、息子たちの成績や、やる気が向上した。
塾の先生に同じことを言われても親とは違うのかも。
劇的な効果が現れたみたいな感じはなかったけど、夫が勉強を見てなかったら間違いなく途中で受験自体をあきらめていただろう。

私はどんな貢献をしただろう?
要所要所の決断ぐらいで、入試前一ヶ月ぐらいしかまじめにやらなかった気がする。
私がこんなんだから、息子たちもあんなんなんだ(笑)
解けない問題を徹底的にやり直す具体的な方法を教えたのと、面接の特訓ぐらいしかやってないかも。

ちなみに夫はものすごく忙しく働いてる。
息子たちと顔を合わせるのは朝だけ。
私も働いてて、あんまり時間がなかった。
息子たちがあまりにもうまくいかないとき、仕事をやめるべきかとちらっと思ったけど、やめなくて本当によかった。
問題の解決にならない。
赤ちゃんを育てながら働いてた頃を思えばできるし、
仕事やめたって子供は最初喜ぶだけですぐに慣れるだろう。

結局、親が子ども以上に本気にならないとダメだし、それでもやっぱりやるのは子どもなんだよね。
難易度相当高いよ。
でも、少なくとも我が家はあきらめないで続けてよかった。


あ、でもむしろ受験に入り込みすぎるお母さんのが多いと聞くので、私みたいにできるだけ関わらずに受験させようと思ってる人にしか関係ない話かな。


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