根底にある絶望感

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今年の始めに体験した仕事上のできごと。
あれがなければきっと今、私は就職をしてなかっただろう。


絶望感みたいなものが根底にあって、今も続いているんだなと心から思う。
私の中で、何かが死んでしまったのかも。

今は仕事でいろんなことがあって、怒ったり悲しんだりしても、絶望感の上には何も感じない。
自分の力の及ばない領域の想像以上の深さに気づいたから、ある意味どうでもいいことも増えた。


正直、あの頃私はもうダメなんじゃないかと思ったりしました。
何が起きても耐えられると思っていたのは勘違いだったんじゃないかと思いました。

でも一応試練を乗り越え、今の選択があるのです。
同じような体験をしたとしても、人によって同じ試練ではなかったりします。
もっと当事者だったのに、私よりもダメージを受けなかった人もいます。
それが私の絶望感をまた少し強くしたりもするんだけど。
あのときダメージを受けた私のことをほこりに思ってさえいます。

就職したら、周りはもちろんこの絶望感を体験したことない人ばかり。
体験したことがある私がすごいわけでも、みんなが体験すべきでもないと思う。
でも見えない隔たりを感じるのも確か。


逆に考えるとね、こういう自分だけ持てる世界みたいなのを得られたことを感謝すべきなのかも。
人間に少しは深みが出たってもんよね(笑)
生きていくってこういうことなんだなとつくづく思う。


これでチャレンジする心とかなくしちゃったら台無しだから、そこは失わずにいきたいと思いますけどね。
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美容院

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今日は美容院へ。
最近ロングにしてるので、美容院に行っても変化に乏しく、美容院で何をしてきたかわからないと息子達には言われるけど、私としては行くと行かないとでは大違い。
艶髪でいるためにも、必須です。


ところで、最近仕事でいろいろあって疲れているらしく、土日は家族の誰よりよく寝てたような気がします。
それでも料理とか、息子達の勉強見るとか、ほんと最低限のことはやりました。
こんなんじゃ家も片付かないなぁ。
何もかもやるのは無理だから、多少あきらめるしかないかな。

明日からも忙しそうだしね。
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学生時代の友達と

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学生時代の友達と会いました。
なぜか3人でお互いのすごいとことかほめあったりしたんだけど。

一人はすごいバランスを持ってる人で、何でもすごいの。
もう一人は全然バランスがとれてないんだけど、突出したとこはすごくてね。
私は人とうまくやっていく能力だけは高いってことらしい。

あとはそれぞれの妻とか夫のこと。


おもしろかったのは、たとえばうちの夫が世間的に評判がいいのは、私の評判が悪いからじゃないかって話。
確かに私は妻としてほめられたことはないなぁ。
ほめられたいわけでもないので、いいんだけどね。
確かに妻としての能力には甚だ疑問があるし(笑)

でも評判ほどは悪くないよ。

夫の評判のよさはすごいのよ。
本人も実態以上だって言ってるから。
人に絶対に悪い印象を与えないの。

とはいえ、私と一緒にいて、私に怒ることは皆無だし、まじめだし、やっぱりよくできた夫なのかもしれないけどね(笑)


ちなみに今日会った友達二人の妻はよくできた妻。
やはり絶対に悪い印象を与えない。
何の問題もない。
うーん、私みたいな人の妻としての評判が悪くても仕方ないかな(笑)


あとは仕事のことを少し話して終了。
本当は4人で会うはずだったんだけど、今日は仕事で一人来れなかったからまた集まろうと思う。
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自分の会社を作る前にいた会社で、コンサルティング部門の戦略を立てていた時期がありました。
稼ぎ手でもあったので、ほとんどの時間を外で稼ぎながら、ときどき自社の今後を考える…という感じでした。
でもいろいろなことに障害を感じ、周りの動かなさに落胆し、私が感じてる危機感が伝わらないことにイライラして、独立しました。

今から二年前のことですが、やはりだいぶ私も青かった(笑)
独立したことは間違いではなかったんだけど、あの頃は私にはもっと別の世界があると思ってたんです。
つまり逃げられると思ってた。
壁を越えようとしてなかった。

そして最近感じるのは、やはり私は逃げられないということ。
この道しかない、もしくはこの道をちゃんと走らないと次の世界を見ることができない。
んなとこなんだろうな。

私はもう他の仕事には移れないなと今回の就職のときに覚悟を決めました。
実際には、コンサルティングから離れたことなんてないわけだし、いまさらなんだけど、じたばたするのが人間ってもん(笑)
じたばたして、逃げ道を探して、いろいろやって、退路をたたれて覚悟を決めるのです。
少なくとも私はそうです。

独立したときは、自分を売り込むことならできるけど、他の人まで売り込むのは大変なのに実りなしぐらいのことを思ってました。
でも自分だけでやってたら、今度はまた物足りなくなってしまって(笑)
別のもっとおもしろい道なんて全然見つからないし(笑)

ダメか、あたし?

ま、とにかく勝負はきっとこれからです。

学校

今日から学校。
夏休みが終わるのはうれしいけど、昨日の息子達の準備のできなさにがっかり。
私は彼らといると怒ってばかり。


引っ越したので、今朝は新しい班で集団登校。
お母さん達への挨拶もしなきゃならないしね(笑)
大変ですが、軌道に乗れば落ち着くことでしょう。
と、信じてます。

会社に連れて行く

今日は家族を会社に連れて行っていい日だったので、母と上の息子達を連れて行きました。
オフィスを回ろうかと思ったけど、落ち着きがないのであきらめてイベントをやってる部屋に押し込めておきました。

イベント中は、息子達そろってパソコンのゲームに夢中。
ゲームをやりにいったんだな、あれは。

お昼を食べたら帰ってもらいました(笑)
彼らがいると落ち着かない。

でもあとになって「なんで息子ちゃん達を見せてくれなかったの?」と何人かに言われて、やはり回るべきだったか?とも思いました。
が、息子達は非社交的な輩なので、やっぱり回らなくてよかった。
きっと途中で逃げ出すよ。

彼らはあんなんで大丈夫なんだろうか?とときどき思うけど、しょうがないよなぁ。

無事終わってよかったよ。

やらなきゃね

昨日は仕事のことで、どよ~んと落ち込んだんだけど、私の落ち込みなんて長く続くわけない。
今日は思い切って上司に言ってみたら、わかってくれました。
上司も同じようなことで、実は昨日落ち込んでいたらしい。

何とかしなくちゃね~って話になって、でも今は道が全然見えてなくて、遠すぎて途方にくれています。
でも道は必ずあるはず。

見つけなくちゃ。
あきらめずにがんばろう。
目の前の小さなことにとらわれていてはいけないよ。
今まで仕事で見つけられなかった道はなかった(と思う、たぶん、忘れてるだけかな)。


道を見つけたら、上司にいろいろ動いてもらえばいい。
上司は私が持ってないものをたくさん持ってるから。
昨日一瞬ひとりぼっちだと思ったけど、ひとりぼっちな人は他にもいて、お互いの強みを出し合えば、できそうな気がしてきた。

これは大変だな。

三男

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三男を妊娠したとき、つわりがひどく、妊婦の1%しかならないという妊娠悪阻になり、入院しました。
上の息子達のときもつわりは軽くなく、グロッキーだったけど、やっぱり医者に「これはいけない」と言われるレベルは段違いで、自分の生存の危機を感じました。
大げさだと言う人もいますが、少なくとも点滴をしなかったら生き続けられなかったとは思います。
そのとき、お腹の中の三男はとても元気で、平均よりだいぶ大きく、私の命を削ってでも生き続けようという強さがありました。

三男が生まれたとき、そのまん丸の顔と、でかい頭と、太い脚にみんなびっくり。!!
頭がでかすぎて、首もほぼ座ってました。
その姿を見たとき、この私には似てもにつかないしっかりした体を作るのに、あんなに大変だったんだなと妙に納得がいったもんでした。

不思議だと思ったのは、上の息子達のときも、三男のときも、妊娠中につらくても嫌だなぁとあまり思わなかったこと。
お腹の中にいる胎児を思うと、とにかくちゃんと育ってくれとしか思わない。
あれは本能なのかしら。

生まれてからのが困難に立ち向かう度に逃げ出したくなったものです。
今も、三人の息子達をコントロールするのに常に全力で戦わなくてはならず、しょっちゅういやになります(苦笑)

育児は本能だけじゃできないんですね。


で、三男。
彼もいろいろやらかしてくれます。
だだもこねるし、わがままも言うし、怒ってわめくとうるさいし、凶暴になるし、兄達とふざけるとひどいし。
でも、とにかくかわいい(笑)

三男と2人で過ごすと最高にいやされます。
よく「双子がいたのに、もう一人産もうと思ったのがすごい」と言われますが、三男を産まなかったらこの癒しは得られなかったんですもの。
その代わり男子三人を見なくちゃですが…。

ちなみに上の息子達は、癒しはほとんどくれないけど、代わりに私の人生観を変えてくれた人達です。
彼らがいなければ今の私は決してない。


書いているうちに訳がわからなくなったけど、もともと三男を苦労して産んでおいてよかったなということを書きたかったんです。
昨日とか疲れてたし、いやな気分だったけど、三男がたくさん癒しをくれたのがうれしかった。

末っ子の役割なのかも。
私も末っ子だから、きっと父に癒しをあげてたんだろうなーなんて思いました。

転職って

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今日はお客さん先に行きました。
これからお世話になるかもしれないお客さんです。

お客さん先に行くと、気分は盛り上がります。



ご存じの通り、私は先月転職しました。
迷いながらも自分で選択したことです。
なので、転職による結果を誰かのせいにするつもりはないです。

その上で、現在の心境を語ると、転職そのものはやはりいいことばかりじゃないなと思います。
一から築かなくちゃいけないことがいっぱい。
人間関係もよくわからない。
外からの目線を持っている身として意見を言えば、「うちの会社はそうじゃない」と言い返される。
どれも一つ一つはたいしたことない。
でも積み重なるとストレスだ。

それもこれも外に出てコンサルティングしちゃえば、関係なくなる。
とは思うけどね。

私は新しい環境でもわりと大丈夫な方だと思う。
それでもやはり転職はそれなりに大変かな。

それより何より、社内に誰も味方がいないのかもしれないなぁと思うときがあって、そんなときは孤独を感じますね。
知らない人ばかりの中で、自分のプレゼンスを高めていくには、時間も労力も必要。

亡くなった父ならたぶん、それらはすべて想定内であり、もし想定していなかったとしたらそれは自分が甘かったと思えと言うことでしょうし、私もそう思います。
でも楽じゃないなって感じるのも事実。

なのでときどきなんで転職したのか、転職してやりたかったことは何かを確認した方がいいんだろうな。
とりあえずしばらくは続けるんだ。
すぐには絶対にやめない。
ただ、今の状況は何とかしなくちゃいけないと思ってます。
少しずつ始めなきゃ。

当事者意識

ここ最近もめていた仕事のことは解決に至りました。
が、新たな問題にぶつかりました。
こっちのが根が深いかも。

いや~やばいでしよ?


なんかなつかしいものを見ました。
あることないこと心配して前にすすめない。

危険を察知することは必要。
でもあるかないかわからないリスクについて長時間論じるのは意味ないじゃないですか。
と、私は思う。
リスクばかり気にして小さくまとまる…私が是としないことですが、それはあくまで私。

リスクのない誰でもできる仕事は価値が低下していきます。
この金融危機をきっかけに余計にその傾向が出てます。

コンサルティングの仕事を続けていてつくづく大切だと思うのは、当事者意識。
コンサルタントは第三者です、確かに。
でも第三者の意識のまま、コンサルティングしていても喜ばれません。
気持ちとしては、コンサルティングをしている間はお客さんの会社の人になってしまうぐらい。
ただし、ここで昔大議論になった点があって、お客さんの会社の誰になるかということ。
私自身は特定の人もしくは役割になってはいけないと思ってますが、あえてなるなら経営者。
経営者から依頼を受けていないコンサルティングだとしてもそうあるべきです。
会社は利益を出し、成長をし、勝ち残らなければなりません。
特定の個人や役割を幸せにするのではありません。
それがたとえ依頼元だとしてもです。

話はそれましたが、とにかく、当事者(社)意識を持たないとです。
で当事者意識を持ったら、自分達のリスクばかり気にして、守りに入ってしまうなんてことはありえないと思うんですよね。
もちろん当事者意識をいくら持ったってビジネスですから、線引きは必要。
線引きと守りは違うと思うんですよね。

なんてここでぼやいてても仕方ないですけど。

私のこのポリシーを変えるつもりはないですから、徐々に外堀から埋めて、中も染めていくか、馴染めずに離れるか…どちらかになると思います。