日本における歴史ミステリーにて、
最大の謎といえば「坂本龍馬暗殺の真相」です。

検証本や検証サイトは数知れず、
黒幕の正体に関する諸説もずらり。

ざっと挙げてみます。

新選組犯行説
京都見廻組説
紀州藩士報復説
土佐藩説
薩摩藩陰謀説
外国陰謀説(フリーメーソン陰謀説)

しかしながら、

どの説も根拠はあれど決定打がなく、
真相は謎のまま。

ただ、

歴史ミステリーは、
謎のままだからこそ、面白い。

俺はこう思う、私はこう思う、
とあ~だこ~だと自論を展開することこそ、
歴史ミステリーの醍醐味です。

また、

歴史は、歪んでいます。

歴史を紐解くうえで重要になってくるのは、
膨大な数の史書や私書です。

公的なものから、私的なものまで、
現代にまで残されている書籍から導いていく。

でも、

その書籍に書かれていることが、
真実だとは限りません。

公的な歴史書は、時の権力者が
自分の都合の良いように改ざんするもの。

坂本龍馬暗殺事件当時に残されている書籍が
ものすごく少ないことも、時の権力者の意向。

残したくないものは、残さない。

だからこそ、

歴史書は、
行間を読むことが大切です。

その行間こそ、
謎解きのメインイベントであり、醍醐味。


その観点から、
坂本龍馬暗殺について、新説をひとつ。

さて、
まずは暗殺の舞台についてのおさらいです。

場所は、京都の近江屋(醤油屋)。
坂本龍馬は、母屋の2階で中岡慎太郎と会談をしていた。
時刻は、21時頃。

ちなみに、
龍馬は、事件の3日前に、近江屋の裏手にある土蔵から、
母屋2階の一番奥の部屋へ居を移しています。

龍馬が強襲された寺田屋事件(寺田屋遭難)の教訓もあり、
防衛対策のための引っ越し。

現代の建物と違い、防音対策などのない母屋です。
1階での物音は、2階に筒抜け。
生活音ですら、その状況であり、玄関からならず者が襲ってきた場合、
音や気配ですぐに戦闘態勢に入れる。
また、
いざとなれば、2階の窓から屋根づたいで逃げることもできる。

当時の龍馬は、
「命」とはいかないまでも、
お上から「身柄」を狙われている身です。

でも、
龍馬はまだ捕まりたくない。

だからこそ、
自己防衛に対して、
相当、敏感になっていたはず。

そんな状況下にも関わらず、
暗殺をされてしまいます。

しかも、

刀すら抜かせてもらえず、
護身用のピストルも撃っていない。


とっても不思議。


次に、
暗殺時の状況をピックアップ。

とある客人達が近江屋を訪れて、十津川郷士を名乗り、
龍馬に会いたいと願い出ます。

龍馬の用心棒である元力士の山田藤吉は、
客を龍馬に会わせるため、母屋の2階に案内。

その時、客人達は、藤吉を後ろから斬ります。

当然、大きな物音が出る。
藤吉は元力士です。

その音に対して、
龍馬は「藤吉、ほたえな!(土佐弁で「騒ぐな」の意)」と叫んだと言われています。

客人達は階段を上がり、
2階の奥の部屋のふすまを開けます。

客人のひとりは、
「こなくそ」と叫び、中岡に斬りかかり、
龍馬は額を斬られた。
その後、龍馬は後頭部から背中、再度額を深く斬られて、ほぼ即死。
中岡は2日後に死亡した。


上記が、
暗殺の状況として、有力な説です。


ここで疑問。

坂本龍馬と中岡慎太郎は、
ともに、剣術の心得は十分にあり、
海援隊、陸援隊の隊長を務めるほどの実力者です。

さらに、
修羅場を何度もくぐってきている手練れでもある。

そんなふたりが、
刀も抜かずにめった打ちにされている。


客人達は玄関から入ってきています。
用心棒の藤吉が斬られたときの物音は、生活音ではない。


1階から2階まで上がってくるまでの、
タイムラグを考えれば、刀を手にかける時間は十分にあったはず。

にもかかわらず、

龍馬は刀にも、ピストルにも、
手をつけていない。


補足ですが、
龍馬は、寺田屋遭難時にピストルで2名を射殺し、
危機を脱出しています。

その記憶が覚めていないにも関わらず、
防衛対策を全くしていない。

不思議というより、
不可解です。

上記したエピソードの真実はさておき、
龍馬や中岡が刀を抜いていないことは、
遺品である刀を検証した結果、事実です。

ということは、

「刀を抜かずに殺された」

ことは、揺るぎない真実。


では、
龍馬たちは、なぜ刀を抜かなかったのか。


答えはひとつしかありません。


暗殺者は、
龍馬が警戒をしない人だったから。


当時の龍馬は、
正直なところ、敵だらけです。

最初に挙げた黒幕説を見ても瞭然ですが、
いろいろなところから狙われていた。

また、
積極的に狙わなくても、
「いなくてもいい」
「いないほうがやりやすい」
といったレベルまで落とせば、ほぼ全員が敵です。

「船中八策」を龍馬とともに構築した後藤象二郎などは、
龍馬がいなければ、手柄は独り占め。
そのため、
龍馬はうっとおしい存在だったはず。


龍馬と共に暗殺された中岡慎太郎にしても、
龍馬と昵懇ではないです。
暗殺の実行犯として、中岡慎太郎犯人説があるほど、
龍馬のまわりはギラギラしています。


そんな環境にもかかわらず、
刀も抜かずにやられてしまった。


では、
誰が龍馬を斬りつけたか。

龍馬が警戒をしない身内という観点から
考えてみる。


事件当時、近江屋にいた龍馬の側近は、
ひとりしかいません。


山田藤吉。


元力士の用心棒兼付き人です。


龍馬は最初の一撃で致命傷を喰らっています。
脳漿が流れ出るほどの一撃。

十中八九、即死です。

不意打ちに元力士が刀(鈍器)で
思いっきり、叩き付ける。

龍馬は、
何が起こったのかさえ、
わからなかったかもしれません。

さて、
中岡慎太郎は?

当然ながら、共犯です。

龍馬と中岡の目的は、
革命を起こすこと。

時代を変えることが目的です。

この目的は一緒。

ただ、

方法論が180℃違った。


龍馬は大政奉還による無血革命論者
中岡は、岩倉具視を筆頭とする倒幕論者。

事件当時の流れは龍馬の活躍もあり、
無血革命へと進んでいた。


中岡としては、
面白い状況ではない。


そこにきて、
龍馬暗殺の話がきた。


乗った。

その視点から
当時の状況をカムバック。


夕刻、龍馬がいる近江屋を訪れたのは、中岡慎太郎。
三条制札事件について意見を交わし合う。

龍馬と中岡。

こういった議論は、度々行われていた。

根っこの部分で食い違っているふたりは、
論が対立することもしばしばで、
熱が帯びてくると、刀を抜き、剣を交えることもあった。

だから、

ふたりで議論するときは、
お互いの刀をそばに置かないルールとしていたとする説もある。

この日も刀を遠くに置き、
議論をしていた。

夕刻から始まり、夜の戸張が下りるまで、
話は尽きない。

当然、
そこに酒があったはず。

その頃、龍馬は、
軍鶏鍋が食べたくなり、近江屋の丁稚を肉屋に走らせている。

その刹那、
近江屋にいたのは、坂本龍馬、中岡慎太郎、近江屋主人の井口新助と妻、山田藤吉。

夜になり、人も減った。

このチャンスに、
山田藤吉は動いた。

2階に上がり、奥の部屋のふすまを開けて、
そのまま、龍馬の額めがけて一太刀。

そのあと、
藤吉は、計画通りに進み、安心している中岡にも太刀を入れる。

なぜ、
藤吉は中岡にも太刀を入れたのか。
これは最後に綴ります。


この喧騒に気が付いた
近江屋主人の井口新助は、お店と目と鼻の先にある土佐藩邸に駆け込む。

そして、
土佐藩邸から河村盈進、曽和慎八郎、谷干城、毛利恭介が駆けつける。

龍馬も中岡も土佐藩出身です。

が、

土佐藩もふたりに対して、
味方ではなかった。

なぜなら、
ふたりとも脱藩者であったため、
脱藩罪を赦免されているものの
ふたりの行動が面白くない真面目な藩士も多かった。

当然、
龍馬と中岡を助けない。

下手人は、山田藤吉。

土佐藩は、
藤吉を捕えて、黒幕を聞き出します。


そんな折り、
薩摩藩の吉井友実、陸援隊士の田中光顕、海援隊隊士の白峰駿馬らが
土佐藩に遅れて、近江屋に集まってきた。


各団体には様々な思惑があり、
各個人にも様々な思惑がある。

ここで、
坂本龍馬暗殺は、
ふたつに分かれたとみます。


山田藤吉を使って暗殺をした黒幕
龍馬暗殺を「謎」とした黒幕


後者は、
言うまでもなく、暗殺後に近江屋に集まってきた面々。

龍馬暗殺事件を契機として世に飛び出し、
明治維新後は、政府の役職に就いている人ばかり。


時代の流れは、無血にしろ、倒幕にしろ、
革命に動いていた。

徳川は終わる。

形はどうあれ、
徳川後の時代の本流にいたい。

その思惑で、合致。

実行犯である藤吉の口を封じ、
ありもしない暗殺ストーリーを作る。

瀕死の中岡からの供述。


とどめは、明治3年に犯行を自供した
京都見廻組、今井信郎です。

明治維新後に自供です。

その頃、近江屋にいた面々は、
政府の要職に就いている。

龍馬暗殺事件の真相が万が一にも
露呈した場合、地位を守れない。

当然、
保身に走る。

暗殺者のでっち上げ。


これが黒幕のひとつの真相。


さて、
もうひとつの謎。

山田藤吉を操った黒幕とは。


藤吉は
龍馬の用心棒兼付き人です。

そこには、
藤吉を龍馬に紹介した人物がいる。


長岡謙吉。

彼は
海援隊のサブリーダー。

坂本龍馬の右腕、
ブレーンです。

坂本龍馬の功績である
「船中八策」や「大政奉還建白書」の草案は、
長岡謙吉が考えて、記述した。

抜群に頭が切れて、
時代を読む力もある。

ただ、
その隣には、カリスマ性と発進力に長けた
坂本龍馬が常にいた。

長岡の考案したプランは、
坂本龍馬が世に出して時代を動かしていく。

当然、
坂本龍馬の評価は善きも悪しきも上がる。

長岡の評価は、
海援隊の副隊長のまま。

長岡本人からしてみれば、
「日本を変える志や、そのためのプランは、龍馬より上」
と思っていてもおかしくない。

そこにきて、
暗殺の3日前、
龍馬は幕府の若年寄、永井玄蕃と会っています。

それから、
ほぼ毎日のように永井のところへ通っている。

そこで昵懇になり、
永井から新選組に「坂本は狙うな」との言質をとっている。

当時、
龍馬は幕府から指名手配を受けている身。

その幕府の若年寄に接近し、
自身の保身に奔走する坂本の姿を見て、
長岡は幻滅し、今まで山積した思いが頂きを超えた。

龍馬がいれば、
いつまでも2番手。

革命後のプランも山ほどあるが、
龍馬がいれば、すべて龍馬の手柄になってしまう。

もういやだ。

坂本龍馬を亡き者にする。

そこで白羽の矢が立ったのが、
山田藤吉です。

藤吉は、
長岡に拾ってもらった恩がある。

ここで長岡に恩を売っておけば、道が開ける。

藤吉には藤吉なりの打算があった。


長岡は中岡慎太郎に話を持ちかけ、
暗殺計画の駒として使った。

当然ながら、
藤吉には、中岡も殺すように命じていたはず。

暗殺者がきた証拠として、
「鞘と下駄」も藤吉に渡していた。

藤吉は、
ふたりを殺害後、
1階に戻り、ブルブルと震える演技をすればいい。

仮に、藤吉が下手人となった場合でも、
長岡が命令した証拠はない。

というより、
藤吉も捨て駒。

捨て駒がどうなろうと、
知ったこっちゃない。

また、
龍馬は当時、指名手配犯です。

殺されるだけの公の理由があった。


が、


事件は
長岡の思惑を超えた展開をする。


上記した
ふたつめの黒幕の登場です。

そして、
龍馬暗殺事件は、謎となった。


しかしながら、
ふたつめの黒幕たちは、
藤吉からの証言で、
長岡謙吉がひとつめの黒幕であることは知っている。

だからこそ、
長岡謙吉もこちら側についてもらう必要があった。

龍馬暗殺後すぐに、
長岡謙吉は、
正式に海援隊の隊長に任命されている。

任命したのは、土佐藩です。

ちなみに、
長岡は、土佐藩出身。

でも、
脱藩者です。

脱藩者には厳しい時代。

それを差し置いて、
隊長に任命しているには、裏がある。

その裏こそ、
龍馬暗殺後の密約。


また、

明治維新後は、
政府から異例中の異例として、三河県知事に推挙。

またしても、
龍馬暗殺の関係者が
政府側の人間へと転身した。


歴史は、時の権力者が
自分の都合の良いように改ざんするもの。

坂本龍馬暗殺事件当時に残されている書籍が
ものすごく少ないことも、時の権力者の意向。

残したくないものは、残さない。

だからこそ、

歴史は、
自分なりの解釈ができる。

真相は誰にもわかりません。

そこが、面白い。

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