2009年01月07日(水)

全国化以降の速達郵便(27) 皇紀2600年切手を貼った速達はがき

テーマ:速達郵便史

このコラムでは、速達郵便制度全国化(昭和12年8月16日)以降、4年7ヶ月半にわたって適用された料金(速達料8銭<郵便区市内>、30銭<郵便区市外>)下で実際に差し立てられた郵便物を順次ご紹介し、これらを読み解いています。


今日は、昭和15年11月10日に東京から大阪あてに差し立てられた、「皇紀2600年」記念絵はがきの速達使用例をとりあげます。


紀元2600年記念の切手は2銭、4銭、10銭、20銭の4種あり、このうち2銭と10銭、つまりこの葉書に貼ってある2種は先に発行されました(昭和15年2月11日)。後に4銭と20銭の2種は同年11月10日に発行されますが、この日こそがこの葉書の差し出された日なのです。


ということは、この葉書は「既に発行済の2種の切手を貼り、後から出た2種の切手の初日にあわせて記念スタンプを捺したもの」ということになります。東京駅から列車に搭載され、翌11日に大阪東局から受取人に届けられました。


因みに文面をみると、「式典売捌(さばき)記念」と冒頭にあるのに続いて、「東京の賑い大変です。花電車 提灯行列・・・」と記されており、慶祝ムードに沸き立っていた当時の様子が偲ばれます。



郵便切手評論家・池田健三郎のブログ-s151110


■使用例のデータ

特/紀元二千六百年記念 東京10.11.10 → 櫛/大阪東 10.11.11

料金: はがき2銭+速達8銭(郵便区市内あて)=計10銭

貼付切手: 紀元2600年記念切手2銭および10銭

希少性☆☆☆(少ない/通常はオークション・アイテム)

※ただし、実際に逓送されていない「記念カバー」は稀少性☆(ありふれている)

2009年01月06日(火)

全国化以降の速達郵便(26) 封書と同料金のはがき

テーマ:速達郵便史

このコラムでは、速達郵便制度全国化(昭和12年8月16日)以降、4年7ヶ月半にわたって適用された料金(速達料8銭<郵便区市内>、30銭<郵便区市外>)下で実際に差し立てられた郵便物を順次ご紹介し、これらを読み解いています。


今日は、昭和16年12月13日に日本橋薬研堀局から仙台あてに差し立てられた、楠公2銭はがきの速達使用例をとりあげます。


これまで見てきたように、この時代のはがき料金は封書(4銭)半額である2銭。これを一般の速達にする場合は、郵便区市内料金8銭を貼り足すことでよいのですから、本来ならば東郷4銭切手2枚だけ貼ってあればOKとなるはずです。


しかし、このはがきをよく見ると、何やら紙が貼り足してあり、裏面だけでは言い足りなかったメッセージが書かれています。こうなると、当時の郵便規則でははがき扱いにはならなくなり、封書と同様に4銭の料金が必要となります。このはがきの差出人も恐らく郵便局の窓口でその旨を指摘され、4銭切手2枚に加えてもう1枚、乃木2銭切手を追加して差し出したのでしょう。


これならば初めから封書にしても同じ料金ですから、そのほうが付箋が剥がれるといったリスクを心配する必要もなかったかもしれません。いずれにしても、こうした例は特別珍重するようなものではないにせよ、いざ探そうとすると、何千・何万というはがきの束を丹念に点検する必要がありそうです。


なお、蛇足ながら、この葉書は日本軍による真珠湾攻撃(12/8日)の5日後に差し立てられています。ですが、郵便史の主たる要素である(1)逓送経路、(2)郵便料金、(3)郵便印、(4)郵便切手のいずれの面でも、真珠湾攻撃やそれに纏わる戦史とは何の因果関係も認められません(因みに裏の文面も単なる商用文です)。


よって、この葉書を郵便史コレクションの構成・展開上、「大東亜戦争の開始」とか「真珠湾攻撃」などのストーリで使用することは残念ながらできない(競争展では減点される)のですが、その点はさておいても、この使用例はコンディションも良く、なかなか面白いマテリアルといえるでしょう。


郵便切手評論家・池田健三郎のブログ-161213


■使用例のデータ

櫛/日本橋薬研掘 16.12.13 → 櫛/仙台 16.12.14

料金: 第1種書状4銭(はがきとして認められず)+速達8銭(郵便区市内あて)=計12銭

貼付切手: 楠公2銭はがきに1次昭和2銭+4銭

希少性☆☆(ありふれてはいないがよく探せば見つかる)


2009年01月05日(月)

全国化以降の速達郵便(25) 「速達で内地は何処へでも」

テーマ:速達郵便史

よく見かける速達郵便史関連品です。


昭和12年8月16日の速達制度全国施行にあわせて使用された、標語入唐草印です。

標語部に「速達で内地は何処へでも」の文字が入っています。


日付は昭和12年8月19日で、なるべく早い使用例を集めるのがポイントでしょう。

できれば、速達郵便物じたいをこの消印で抹消したものに取り替えたいところです。


郵便切手評論家・池田健三郎のブログ-s120819

2009年01月04日(日)

JIPPの第2回TOPHEXスター☆オークション

テーマ:JIPP

きょうは校了が迫っているため、スタッフ一同が深夜まで缶詰になってカタログ制作です。


ありがたいことに多くの皆様が応援してくださったので出品物も多数集まり、月末のオークションは、日本関係では手彫から現行まで、外国はペニーブラックから最近の切手までがバラエティ豊かにそろって、非常にバランスのよい出品物構成になっています。

2009年01月03日(土)

「無意味な満月印」5周年

テーマ:競争切手展

年末の書斎の大掃除 で、仕舞い込んでいた切手(写真)がひょっこりと姿を現しました。


郵便切手評論家・池田健三郎のブログ-410yen


言わずとしれた、1980年シリーズの普通切手410円「摩耶夫人像」の使用済です。ちょっと見にくいのですが、消印は年賀唐草/横須賀 58.1.1 です。


実はこれ、2003年に私が言いだしっぺのような形になって、郵趣界の「流行語」にもなってしまった「無意味な満月印」論争で「活躍」したマテリアルでもあるのです。早いもので、あれからもう、5年以上も経つのですね。


誤解のないように改めて申し上げておきますが、私はこの種の満月消切手が「悪い」とか、「使えない」とか、「魅力がない」とか「つまらない」などというつもりは毛頭ありません。むしろ、私もジュニア時代には、「現行切手武芸帖」よろしく積極的に消印のきれいな切手を追いかけていた一人ですので、満月印でリーフを作ったときの爽快感は十分に体感しています。そもそも民主国家において個人が趣味で何を集めようが自由ですしね。


ただ当時は、この種の切手は、「剥がす前の状態、すなわちオン・カバー(あるいは葉書)の状態に比べて著しく訴求力が劣る」のは明らかで、伝統郵趣における展開上、その切手の使用面を十分説明することはできないため、スコアを競うための「競争展には不向き」であり、「羅列しても無意味」(加点されない)ということを審査員として言いたかっただけなのです。あくまで、これは競争切手展の採点上の話。


それが、言葉だけがなぜか独り歩きして、曲解されたり、誤解されたりと、なかなか大変な思いをしました。今から思えば、競争展で我流を通してスコアが伸びなかった人が中心になり勝手に大騒ぎしていただけだったらしいとも言われているようで、そうであれば真面目に相手などしなければよかったとやや後悔しています。


ちなみにこの切手は、「剥がしてしまえば、何に使われたかなど誰も説明できない」ことを示す材料として、当時、自分のブックから引っ張りだしてきたもので、どこかで一度、原稿を書くときに使った記憶があります。いずれにしても、この切手は、これからも私のブックで眠り続けることになるでしょう。

2009年01月02日(金)

全国化以降の速達郵便(24)  番外編

テーマ:速達郵便史

このコラムでは、速達郵便制度全国化(昭和12年8月16日)以降、4年7ヶ月半にわたって適用された料金(速達料8銭<郵便区市内>、30銭<郵便区市外>)下で実際に差し立てられた郵便物を順次ご紹介し、これらを読み解いています。


昨日は、昭和13年に埼玉の川越局から県内あてに差し立てられたものの、速達料金が不足していたため、とりあえず郵便物自体は受取人に届けた上で封筒のみを郵便局が回収し、差出人に改めて不足分の切手を貼ってもらい消印を押した、とても興味深い書状の使用例をご紹介しました。


この記事をアップした後に、そういえば昨年入手したカバーの中に、これと似たパターンでできた使用例があったことを思い出しました。それが下の画像です。


時代はぐっと新しくなり、昭和28年です。これは、石川県加賀市にある大聖寺郵便局から差立てられた速達書留書状。当初は10円切手4枚と5円切手1枚の計45円分が貼付され、ただの書留書状ならばこれで料金はぴったりなのですが、速達料金がまったく貼られていない計算になります。恐らく、局の窓口で差出人が「書留速達」といったのを、うっかり単なる書留扱いにしてしまったと考えられます。


とはいえ、急ぎの郵便物ですから、大聖寺局では仕方なく受取人のいる長野県・岡谷局まで速達書留便として逓送しましたが、あと25円不足を何とかしなければなりません。


このため、岡谷局は、とりあえず受取人にこの書状を配達した上で、封筒だけを返してもらい、これを大聖寺局まで送り戻し、大聖寺局はここで差出人に不足分25円の納付を依頼。そこで差出人は立太子礼記念の24円切手と1円切手を貼付することで不足分25円を納付し、これでめでたく料金完納と相なりました。この郵便物の差出から、実に2週間が経過した時点でのことです。


考えてみれば随分と手間のかかる行程ですが、郵便利用者の当初の目的である、「大切なものを、いち早く送達する」というミッションを果たしつつ、料金面でも整合性をとらなければならないので、こうする以外によい手法はなかったということでしょう。もちろん、この取扱いは、正式な郵便規則類に則ったものです。


こうしてみると、昭和13年当時であれ、昭和28年時点であれ、郵政当局の自らのミスで生じた穴を埋めることに対する厳しい姿勢が、こうした使用例に滲み出ているような気がしますね。杜撰な年金事務で袋叩きにされている、かの社会保険庁も、25円を追徴するためにこれだけの執念を燃やす郵政職員のDNAの何分の1かでも持ち合わせていればよかったのにと思わずにはおれません。


いずれにせよこうした使用例は貴重であり、かつ興味深いもので、私はこれ以外にはこの時代の使用例を見たことがありませんが、実は昨年の某大手オークションでまったくの無競争で購入しました。ひょっとすると、このカバーの少々理屈っぽいところが嫌気されたのかもしれませんが、それにしても意外なことでした。


郵便切手評論家・池田健三郎のブログ-s281004

■使用例のデータ

櫛/大聖寺 28.10.5 → 櫛/岡谷 28.10.5 (ここで名宛人に配達済、封筒のみ回収して通信事務<無料便>で差出人に送付)→ 櫛/大聖寺 28.10.29(差出人が25円分を切手で納付したものを大聖寺局が消印)

料金: 書状10円+書留35円+速達25円(この分だけが当初不足)=計70円

貼付切手: 1次動植物5円、2次動植物1円、10円、立太子礼記念24円

希少性☆☆☆☆(入手困難/オークション・アイテム)


2009年01月01日(木)

全国化以降の速達郵便(23) 速達料不足分を郵便局が事後徴収した例

テーマ:速達郵便史

皆様、新年あけましておめでとうございます。本年が読者の皆様にとって輝かしいものにならんことをお祈り申し上げます。今年もこのブログをよろしくお願いいたします。


昨年来、本ブログのコラムでは、速達郵便制度全国化(昭和12年8月16日)以降の郵便物の実例を順次ご紹介し、これらを読み解いてきました。


1通の封筒や葉書をただ単に眺めたり、貼ってある切手に着目したりするだけでなく、その背景にある郵便制度や郵便事情などを知ることによって新たな歴史の一面に触れることもまた興味深い文化活動であることを、多少なりともご理解いただければ幸いです。


さて昨年中は、昭和12(1937)年8月16日からスタートした「速達料金(市内料金)8銭時代」の4年7ヶ月半に絞って、さまざまな使用例をご覧にいれてきたところですが、今年もしばらくの間はこれを継続し、やがて次の時代、すなわち速達料金が値上げされ、戦時色が濃化していく時代に移っていくことにしましょう。


さっそく今日は、昭和13年に埼玉の川越から県内あてに差し立てられた速達書状の使用例をご紹介します。


ご覧の通りこの書状は、昭和13年11月9日に川越局から県内あてに差し立てられ、宛て先地が近いためにその日のうちに中山局に到着しました。当初、川越局は差出人が速達を出す際に、宛て先が配達局(この場合は中山局)の郵便区市内エリアにあると考え、最低料金の8銭を徴収しました。このことは、「速達料金8銭徴収」の赤いハンコが捺されていることでわかります。


一方、書状料金は4銭ですから、この時点でこの書状には、左上の2枚の切手、すなわち4銭(東郷元帥を描く)と8銭(富士山と鹿を描く)の計12銭分だけが貼付されて、中山局に送られました。


ところが中山局に着いてみると、実際には、名宛人の住所は中山局の郵便区市内エリアの外にあり、「速達料金は30銭が適用されるべきだった」ということが判明します。つまりこの速達書状は「料金不足」ということになります。通常ですと、速達料金が不足している場合には、速達扱いを取り止めて、普通便扱いで配達するのがルール(2008年3月21日付の本コラム 参照)です。


ただ、このケースでは、そもそも窓口で8銭しか徴収しなかった川越局のミスなので、社会保険庁ではありませんが郵便局が自分のミスを棚上げして勝手に「普通便扱い」にすることはできません。そこで中山局では、この郵便物を速達扱いで受取人に配達しましたが、そのままでは料金不足。これをそのままにするわけにもいきませんので、その際、受取人には「中身だけ」を渡してその「封筒」は局に持ち帰り、川越局に送り戻しました。


その上で、川越局は再び差出人に頼んで、本来は30銭のところ8銭しか徴収しなかったので、差額の22銭を追加的に払ってもらい、その分の料金として封筒の右下に20銭(青)と2銭(赤)の切手2枚を貼り、13年11月10日の消印で抹消したというわけです。


当初の料金徴収ミスを、このような形できっちり精算することになった郵便局は当然、手間がかかってそれなりに大変だったことでしょうし、22銭を追加徴収された差出人も驚いたことでしょう。


こうしたミスやそのリカバリーの事例は、いくら昭和13年という古い時代であっても、さほど頻繁に発生したとは思えませんし、事実、当時の郵便局の事務レベルは相当高い水準にありましたので、このような実例が今日まで残る可能性は非常に低いと考えられます。実際に、この類例をわたくしはこれまで見たことがありませんので、このカバーはやはり貴重な史料ということがいえるでしょう。


このカバーは、昨年末、かなり押し迫ってから偶然みつけて購入したもので、まことに幸運でした。


郵便切手評論家・池田健三郎のブログ-s131109


■使用例のデータ

櫛/川越 13.11.9 → 櫛/埼玉・中山 13.11.9 (ここで名宛人に配達済、封筒のみ回収)→ 櫛/川越 13.11.10

料金: 書状4銭+速達30銭(郵便区市外あて)=計34銭

貼付切手: 1次昭和2銭、4銭、富士鹿8銭、20銭

希少性☆☆☆☆(入手困難/オークション・アイテム)

※但し差出人への返付と不足分の再徴収がない使用例の場合は稀少性☆(ありふれている)

2008年12月28日(日)

書斎の大掃除

テーマ:書斎術

今日は数ヶ月分の溜まりに溜まったムダなものを捨てるために、書斎の大掃除をしました。忘れていたオークションカタログや切手、カバー類など、出るわ出るわ・・・。


ようやく片付いたので証拠写真を一枚撮りました。しかし、こうやってみると、せっせと片付けてもなお何となく雑然としていますね・・・。やれやれ。



郵便切手評論家・池田健三郎のブログ-study08


デスクは明治40年代製でだいぶガタがきているのでそろそろオーバーホールに出さないと。後ろの書棚(4枚扉)の左半分はフィラテリー関係、右半分は経済関係にしていますが、左勢力がだいぶ侵攻してきています・・・。

2008年12月25日(木)

矛を買うか、それとも楯を信じるか

テーマ:フィラテリー

JIPPが主催する「TOPHEXスター☆オークション」誌に毎号、書き下ろしのエッセイ「オークション漂流」を寄稿してくださっている、いのうえまさと氏のwebコラム「ペア無宿」が、氏のサイト「J-Stamp20」にアップされ、さっそく拝読しましたが、実に面白く、また痛快です。


わが国で最も権威あるとされる「日本切手専門カタログ」の発売元である切手商が、あるセミクラシック切手の田型を、「これまで、この田型だけが単独で取引された記録はなく、『日専』でも著しく低い評価が与えられているのは、そのせいでしょう」などといって、そのカタログ評価の数十倍もの高額で郵趣雑誌に全面広告を掲載していることがとりあげられていますが、実に的を射た表現なのです。


このコラムを読み進めていくうち、とっさに中国の故事成語「矛盾」を思い出しました。カタログ自体の売り文句は「『目打/耳紙/銘版』の組合わせによる分類リストで格段に詳細な評価を採録」(郵趣誌の広告より)など掲載内容の正当性を前面に打ち出すものであり、一方でこの「世紀の逸品」の売り文句は「(この切手はカタログで)著しく低い評価が与えられている」というのでは、いったいどちらが正しいのか、とくにビギナーならば悩ましい思いをさせられるかも知れません。


とはいえ、オークションの世界では、カタログ評価の数十倍の高値で競り落とされる事例は枚挙に暇がありませんから、即売の分野でこうした価格設定がなされたとしても、それ自体、とくに奇異な現象とは言えません。


もちろん、オープンなマーケットでは、売り手が提示した価格で買おうという人が現れれば取引は成立する(ただし「抽選」に当たらないとダメなのでクジ運も必要かもしれません)のですから、外野がとやかく言うことではないのかもしれませんが、敢えてこうした「話題」になることを狙ったと思しき「イベント」にはやはり反応してしまいますね。


とまれ、次回のこの権威あるカタログの「改訂」に際してどのような再評価がなされるのか、今から楽しみに待ちたいと思います。確かこの雑誌広告の「筆者」と思しき方は、かねてから「カタログの評価というものは保守的なもので、ある時期に高額な取引実績があったからといって、それがそのまま反映されるものではない」旨の主張をされていたように記憶していますので。


あわせて、郵趣雑誌上でのこうした広告掲載によるビジネスモデルがどの程度、持続可能性を維持できるものなのかについても、市場関係者の一人として注目していきたいと思います。


蛇足ながら、このマテリアルが「世紀の逸品」であるか否かは、やはり公開のオークションを通じて正々堂々と市場に問いかけて結論を得ればよかったのに、というのがわたくしの率直な感想です。


2008年12月22日(月)

全国化以降の速達郵便(22) 速達で転送された軍事郵便

テーマ:速達郵便史

このコラムでは、速達郵便制度全国化(昭和12年8月16日)以降、4年7ヶ月半にわたって適用された料金下で実際に差し立てられた郵便物を順次ご紹介し、これらを読み解いています。


きょうは、昭和15年に中支派遣軍の野戦郵便局から差し立てられ、本土に到着後、速達便で転送された書状の使用例をご紹介します。


この書状は、昭和15年8月29日に中支派遣軍の部隊から内地の静岡県御殿場あてに差し立てられ、空路で9月6日には御殿場局に到着しました。


しかし名宛人が東京の田園調布に移動していたことから、家人が付箋に移動先を書いたうえで転送のための速達料として8銭切手を貼り足し(到着後10日以内の転送の場合は、速達料金のみ貼付すればよかった)、あらためて御殿場局から東京に転送されました。田園調布局には同日(9月6日)に届けられたことが到着印から読み取れます。


この時代になると、戦時色が次第に濃化していきますので、軍事郵便がらみの興味深い郵便物なども増えてくるのですが、速達扱いの転送便は見る機会が多いとはいえないでしょう。



郵便切手評論家・池田健三郎のブログ-s150829


■使用例のデータ

櫛/第百四四野戦 15.8.29 → 静岡御殿場15.9.6 → 田園調布15.9.6

料金: 書状4銭+航空30銭(外地より内地あて)=計34銭

    さらに国内転送の速達料金として付箋上に8銭を加貼

貼付切手: 1次昭和30銭、1次昭和8銭

希少性☆☆☆(少ない/通常はオークション・アイテム)

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