2007-10-23

ためになるニコニコ動画

テーマ:徒然なるままに

なぜ0で割ってはいけないのか? リンゴの分配から体の公理まで (ニコニコ動画)


こういう使い方はいいね。ちょっと目の覚める思い。


大学の講義とかもupすればいいのに・・・。

間違えば指摘が入るし、質の高い授業はランキングもあがるし、競争が働いていいんじゃね?

放送大学なんて、結局みんなリアルタイムで見ずに録画してるんだから、ニコニコにupのほうが利便性高いと思ったり。



こんなのも。

【経済学】ミルトン・フリードマン part1【経済学者】

【経済学】ミルトン・フリードマン part2【経済学者】


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2006-04-19

揚げ足取りだけど(2)

テーマ:徒然なるままに

あいかわらず日経BPの記事は面白いなぁ。今度は日下公人氏。

タイトルもずばり、『「コンプライアンス」をありがたがる風潮はもう終わり』。

時代の流れに真っ向から立ち向かう男気にまず涙。



世界の中で日本は「関数」から「変数」に変わった


関数 とか変数 を持ち出す理由はあまりないけど、ここでは、影響を受ける側から与える側に変わったぐらいの意味。私の知らん間に日本も出世したもんだと感心しながら読み進めていくと、どうも違うらしい。 意外に早くそうなると思うとか書いてある。じゃあ、まだ関数のままじゃん・・・。なんか、全体に時制がおかしいというか。氏のいうところの底力の3段階で、日本がどこにいるのかよく分からない。私に読解力がないのか・・・。


あと、国民の認識は5年も遅れているらしい。だって新聞やテレビや学者が遅れているから。だから最新のニュースを見てても、どうしても遅れてしまうらしい。5年も(笑)。



日本式出世は「功労に報いる」システム

正規雇用が増えてきたという事実にもとづき、日本型雇用関係(終身雇用のことか)礼賛が続く。


あげく、『日本では上役は功労者なのだ。日本における出世は“功労に報いる”というシステムで、そうすると部下はそれを見て仕事に励むわけだ。「おれも偉くなったら料亭に行って、ゴルフをしてもいいらしい。それを楽しみに頑張ろう」ということだ。』と続く。認識が5年遅れている私にはさっぱりわからない。


役人にもご褒美が必要な時代が来る

これは官庁でいえば天下りシステムと一緒。→ 日本の役人が世界一よく働くのは、天下りが楽しみだから。→ 天下りをなくすと官僚システムが崩壊する。→ したがって役人にご褒美が必要な時代が来る。


と、役人に擦り寄って外郭団体の役員にでもしてもらう魂胆なのかしらと邪推したくなるような極めて明快な論理展開。これ以上褒美が必要なのかと小一時間(ry。



対等な相手に「コンプライアンス」とは言わない

ここでおもむろに「コンプライアンス」が登場。今までの文脈完全無視。

コンプライアンスの訳には「従順」とか「卑屈」とかいう意味があるから、対等な相手に使うのはけしからんとえらく噛み付いてる。なにか英語にコンプレックス(強迫観念、固定概念、複合体、複雑な)でもあるのかしらん。


結局何が言いたかったのかよく分からない。

5年経てば分かるようになるのか・・・。

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2005-12-11

自分の目で確かめるということ

テーマ:徒然なるままに

国交省、耐震偽装再発防止へ建築行政見直し


マンションなどの耐震強度偽装問題で国土交通省は再発防止のための建築行政全般の見直しに入る。通常の制度改正には1年程度かかるが、迅速な対応が必要だと判断、来年の通常国会で建築基準法の改正をめざす。12日の社会資本整備審議会(国交相の諮問機関)で専門部会を設置して議論を開始。自治体に民間検査機関への監督権を認めることを柱とする建築確認制度の全面見直しなどをとりまとめ、年明けにも中間報告を出す。
 
今回の偽装は着工前に設計にお墨付きを与える建築確認を簡単にすり抜けていた。偽装は国交省が現在集計できている分だけで63件。民間の確認検査機関だけでなく、自治体検査でも見逃しが次々に明らかになり「制度そのものに欠陥がある」との見方が強まっている。 (07:01)

(NIKKEI NET)

 

いわゆる「危険なアネハ 」問題が連日お茶の間を震撼させていますが、親しくしている不動産コンサルティング会社の方と話した際に思ったこと。

 

この会社はコーポラティブハウス を手がけていて、ぼちぼち株式公開でもしようかというところ。連日の報道の影響で、コーポラティブハウスに対する追い風が吹いている様子。この調子で上場まで上り調子だといいねと思いつつ、被害者の心情を思いやると早く騒動が治まるといいねと思いつつ。

 

ご存知の方も多いと思うけど、コーポラティブハウスは入居者が建設組合を組成し、土地の仕入れから設計、建築にいたるまで、建設組合が発注者としてマンションを建設する。通常は私の知ってる会社のようなコーディネーターが仲介に入るけど、あくまで建設組合が主体であることに変わりはない。建設組合を構成する入居者は、自分の目で土地を見て、設計を確認し、施工現場に立会い、手間ひまをかけて安心できる住まいを作り上げる。

  

デベロッパーが土地の仕入れから販売までを行い、入居者は出来上がりの物件を購入するだけという通常のマンション購入のケースとは少し違うわけだ。この場合、入居者は信頼できるデベロッパーを選定することで、住まいの安全を確保することになる。

  

例えるなら、牛丼を食べたいときに、自分で材料を吟味して、料理人を選定し、指図通りに作らせた牛丼を食べるのが、コーポラティブハウス方式とすれば、材料も調理者もレシピもお任せで吉○家や松○といった看板を信用して食べるのが通常のマンション購入のケースといえようか。

 

脳みそがスポンジになった牛を食べるリスクを回避する方策として、自分の目で見て確かめるか、信頼の置ける企業に任せるかの違いである。

 

もちろん、コーポラティブハウスの入居者も、みな素人であるから、自分の目で見たところで、本当に安心できるかは分からない。しかしながら、衆人環視のもとで偽造を出来る業者は少ないと思われ、この点に限っても自分の目で確かめるということの重要性は失われないと考える。

 

一連の事件の被害者とされるマンションの購入者は、自らの潜在的なリスクに対してどのように対処してきたのだろうか。ヒ○ー○ーを信頼に値する企業と考えたのか、近隣のマンション対比で安すぎると思わなかったのか・・・。

 

もちろん、偽造した連中が極悪なのは当然だと思うし、制度上の不備もあったのかも知れない、それでも購入した被害者にも一定の責任はあると思うのだよなぁ。実際に地震で被害にあった阪神や中越の被災者に対する支援と比べても、今回の支援措置は過剰すぎる気がするのだけど、気のせいですか、そうですか。

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2005-10-28

理想と現実の間

テーマ:徒然なるままに

昼下がりに銀行時代の上司のH氏から電話がかかってきた。来週の予定をキャンセルして、今晩、飲みに行けないか、というのだ。やけに急いで会いたいと言っていたから、転職の話かなぁと邪推しながら、彼の申し出を受け入れた。


彼とは来週、銀行の施設で会食をすることになっていた。バブル期に建てられたその施設は、取引先の接待用に使われていて、料理やお酒も贅がつくされている。「しゃぶしゃぶでも食べようか」の一言に、抵抗できる者がいるだろうか。私は万難を排してスケジュールを空けていたのだ。


私は受話器を置くと、取引先に提示する提案書の作成に取り掛かった。しゃぶしゃぶを食べ逃した口惜しさからか、しばらく作業は捗らなかった・・・。


8時を過ぎた高田馬場は、相変わらずの混雑振りだった。学生時代からの習性で、この界隈には極力足を踏み入れないよう生きてきたのだが、今日ばかりは致し方ない。西武新宿線沿線に生息しているH氏を気遣えば、他の場所は思い当たらなかった。


彼のお薦めの居酒屋で串焼きを頬張りながら、私たちは思い出話に花を咲かせた。現在の仕事のあらましや、互いの共通の知人の消息、統合を控えた銀行内の動向など、話の種は尽きなかった。が、彼が私に会いたがった本当の理由は他にあるはずだった。生ビールのお代わりを注文し終えると、私は話を切り出した。


「統合後の身の振り方は決められましたか?」


堰を切るように、彼の口から言葉が溢れ出した。前回の統合によって不遇をかこっていること、現在の体制では自身が不当に低く評価されていること、今回の統合で処遇が改善されるとは思えないこと、年齢を考えると私のように転職に踏み切る決断ができないこと、・・・。


重い空気を破るように、店員が生ビールを運んできた。彼は軽く口をつけると、私にとって意外な言葉を口にした。


先日、彼は某資格の試験を受け、現在は二次試験の結果待ちだという。仕事をしながら一年ほどスクールに通っていたようだ。それを聞いて、彼が私と会いたがったことが理解できた。私も銀行に入って2年目にその資格の一次試験に合格していた。一緒に働いていた頃、彼からその資格についていろいろ質問されたことを思い出した。当時と試験制度が異なるとはいえ、彼にとって私は彼の苦労を理解できる数少ない人間であった。


彼の年齢で目標を持って勉強を続けてきたことに敬意を表したい。しかしながら、この資格では、彼の境遇を変えるには至らないだろう。私が一次試験合格までで勉強をとどめたのも、実用性が低いと判断したからだ。彼の努力の方向性は少しずれているように思われた。


誰しも、理想と現実の間にはギャップがあるものだ。このギャップを埋めるために何をするのかによって、その後の人生は変わってくる。残念なことに、彼がギャップを埋めるために選んだ切り札は、彼が考えるほどの力を発揮してはくれないだろう。


彼は、資格に合格したら、それを梃に転職をしたいという。「合格しなければ、不本意でも銀行員を続けるさ」と串の先を見つめながらつぶやく。今やこの資格が逆境に喘ぐ彼の心の支えになっていた。いずれ彼も現実に気づくかもしれない。だが、今ここで彼の夢を砕く権利を私は持っていなかった。

 

「Hさんなら大丈夫ですよ。合格したらお祝いしましょう。」


私はありふれた言葉を口にすると、ジョッキを持ち上げ、軽く乾杯の仕草をした。喉に流した液体は、いつもより少しほろ苦かった。このまま酔いから醒めなければいい。今後、彼が味わうだろう失望を思うと、そう願わざるを得なかった。

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2005-10-04

銀行員も楽じゃない

テーマ:徒然なるままに

銀行時代に、3月、9月の期末月には、毎日きりきりと胃の痛む日々を過ごしてきたせいか、4月、10月を迎えると、にわかに気が緩みます。転職して3月、9月のプレッシャーから解放されているにもかかわらず、際限なく気が緩んでしまうのは人間の業というものでしょうか。体に染み付いたリズムはなかなか抜けないようです。


期末月といえば、(顧客のリスクをヘッジしてヘッジしてヘッジしているうちに一周回ってポジションだけ増加した)デリバティブ商品の販売や、(借入よりもはるかにコストが高い)私募債の発行とか、(一度も使われない)決済商品の販売に力が入るところです。そう、すべては収益のために。


ここで、がっつり儲ける行員が良い行員。良心はどぶに捨てる。多分、収益マインドの高い行員は、この9月あたりは「某銀行として最後の決算だから」と顧客にごり押しし、舌の根も乾かないうちに、今度は「新銀行として初めての・・・」とごり押しってところでしょうか。そのうち刺されると思いますが、自業自得ということで。


10月に入ると半期の収益目標が示達されます。金融庁に(鉛筆なめて)提出した計画に基づいて各拠点にbreakdownした数字が来るので、だいたい非現実的なアホか馬鹿かと言いたくなる目標を掲げることになります。期末月に余力を使い果たしているので、ヘロヘロなのですが、基本的に銀行員は数字に対してマゾ(顧客に対してはサド)ですから、目標が立てられると喜々として営業に出ていきます。


まぁ、そんなことは今となってはどうでもいいことですが。


私の勤めていた銀行も今回統合(商業銀行は1月に延期)するということで、聞き及ぶところでは行員も大変なご苦労をされているご様子。私のところにも転職の相談がちらほら来たりします。たとえば、元上司のY氏。


Y氏「そろそろ銀行員も潮時だと思うんだけど、どうよ?」


はぐれ「そうですね。多分、Yさんは出世の芽も少ないでしょうから、50歳近くになって取り返しがつかなくなってから、取引先の経理部長あたりに送り込まれるのが落ちでしょうね。今年40歳でしたっけ、ギリギリかも知れませんね。」


Y氏「いや、まじで焦ってるんだよ。お前の知っている会社で、どこかいいところないのか?CFOぐらいできるぞ。贅沢は言わないけど、伸び盛りの会社で、給与が良くて、美人秘書付。」


はぐれ「ないです。仮に知っててもYさんには教えません。将来が見えなくて、給与が安くて、見ようによっては美人秘書っぽいかも知れないhuman beingのいる会社は知ってますけど。」


Y氏「いいとこなしかよ。他は我慢するけど美人秘書は外せないんだよなぁ・・・。」


はぐれ「奥さんにあることないこと言いますよ。いいんですか?マンション共有でしたよね。」


Y氏「まだ30年ローンが残ってるんだから勘弁してくれ・・・。冗談はさておき、真剣に転職先探しているから、情報があったら教えてくれ。」


はぐれ「真面目に答えると、投資ファンドが買収した企業に経営者として送り込んでもらうのが手っ取り早いと思いますよ。うちで手がける案件で手ごろな会社があればご紹介しますが。自分で会社興すのもありだと思いますよ。いずれにしても、Yさんは、自分に何ができるのか、キャリアをたな卸ししておいたほうがいいですよ。」


Y氏「顧客に(無理やり)印鑑ついてもらうのは得意だけどなぁ・・・。」


銀行員に限らず、一般の会社も同様でしょうが、長く勤めれば勤めるほど、その会社特有のビジネススタイルに適応してしまい、他につぶしの利かないスキルばかりが身についてしまいがち。いざ、転職を考えたときに、手遅れとならないように、日ごろから意識しておきたい。


Yさん、そういうことですので。よしなに。

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2005-02-20

銀行統合の思い出話とかもろもろ

テーマ:徒然なるままに
東海銀行と三和銀行が合併したときの話。

基本的に三和銀行のシステム・手続きを採用したので、東海銀行出身の私としては、慣れるまでは本当に大変だった。当時の経営陣が統合時期を前倒しにしてくれたおかげで、準備作業は火を噴いていた。

何しろ用語一つとっても微妙に違うのだ。数えきれない種類の契約書や申込書も覚え直さないといけない。数えるほどしか脳みそに皺のない私には酷な話だった。もう二度と統合作業なんてやるもんかと思ったものだが、ものの3年で再統合とは・・・。偉い人には下々の苦労など分からんか?

だいたい統合効果なんてこれからようやく発生(当初はイニシャルコストが発生)するんじゃないの?またコストかけて統合して・・・。まぁ、止むに止まれぬ理由があったのだろうけど。

そういえば、一連の作業の中で思わず笑ったのが、印紙税の取り扱いが微妙に違っていたこと。名古屋国税(東海銀行)と大阪国税(三和銀行)の指導の違いらしい。厳密に言えばどちらかが脱税もしくは過払いになっていたわけで、そんなルーズな扱いを許容する国税の懷の深さに畏敬の念を禁じ得ない。

統合作業を通じて、妙な収穫もあった。重複している取引先の粉飾決算が発覚した例も一つや二つではなかった。統合による財務データの突合作業により、銀行ごとに違う決算書を出していた手口がバレてしまったわけだ。もう即行で債務者区分引き下げ(笑)。きっと今回の統合でも発覚するのだろうな。

なんか、書いててまとまりがなくなったような・・・。いつものことだけど。

どうでもいいけど、統合する銀行の名前は何とかならないものか。
三菱東京UFJ銀行っていかにも読みづらいよな。略称はMTUか、MUBKか。持ち株会社はMUFGらしいから、やっぱMUBKか。もう早いとこ名称変えちゃいなよ。何かこう親しみやすい感じの・・・。

UFJは、邦銀初のアルファベット表記で世間の失笑を買ったのが自慢なので、新銀行は世界初のAA表記というのはどうよ?

キタ━━(゚∀゚)━━ッ!!銀行とか。

orz銀行なんて腰が低そうでいいかも。潰れそうな気もするが。



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2005-02-19

株主として、債権者として

テーマ:徒然なるままに
今から6年くらい前のこと。
若手行員だった私は、「引き抜かれても痛くもかゆくもない」という支店長の極めてまっとうなご意見で本部の長期研修に派遣された。取引先の社債発行や株式公開を支援する部署を中心に、デリバティブを扱う部署やベンチャーキャピタルにも出入りしていた。

特に何かをするではなく、「研修終了時にレポートを提出すること」という、およそ給与をもらうに値しない指示だけ受けていた。まわりの行員たちは、時間を持て余している研修生に構っていると自分も暇だと思われてしまうという、これまた分かりやすい理由で、私を放置していてくれた。

彼らの放置プレイは、私にとって非常に好都合であり、朝から晩までファイナンス関係の書籍や資料を漁ることができた。ファイナンスに関する知識は当時身につけたものであったし、将来投資銀行分野に進もうと決めたのも、このときの研修から受けた影響が大きかった。このときの研修の成果をその銀行を退職してから活かしている、というのは、皮肉というしかない。

それはさておき、当時私が拙い知識の中で疑問に持っていたことがある。それは、銀行が取引先の株を持つということの意味である。株主としての銀行と債権者としての銀行。二つの立場の利害は通常一致しない。自分はどちらの立場に身をおくべきかと。

企業価値は、株主の取り分と債権者の取り分に分けられる。一つのパイを分け合う中で、利害が対立するのは至極当然だからである。

当時は安定株主として銀行が取引先の株を持つことはごく当たり前の慣行であった。5%ルールの範囲内で、公開企業や上場指向の企業の株式を持っていた。取引先との長期的に良好な関係を築く上で、株式保有はそれなりに重要であった。

私が研修を受けていた部署は、こうした政策投資を業務の一つとしており、株主総会の時期には、投資先企業から「白紙委任状送れ!コラッ!!」と言外に書いてある株主総会召集通知が山のように届くのが常であった。一応これらをチェックはするが、よほどのことがない限り、議案には賛成していた。

この場合、株主としての銀行の立場は極めて軽いものといえる。取締役会に対してイエスとしか言わない株主。ガバナンスが効くわけがない。

一方で、債権者としての銀行、特にメインバンクとして入出金パイプまで握っている銀行のパワーは強い(はず)。日常的にガバナンスを効かすことも可能である。

上述の私の疑問は、実務の面ではまったく問題にされなかった。
「株主の立場? 考えたこともない。」これが答え(笑)だった。
結局、銀行はどこまでいっても債権者なのだなぁ。

あのとき盲目的に議案に賛成してきたが、本当は株主としてモノを言うべきではなかったか。株主価値を損なってはいなかったか。ときどきそんなことを思い出したりもする。

銀行が持ち合い解消の流れのなかで、取引先の株式を売却しているのは、おそらく正しいことなのだろう。

債権者は株主にならないほうがいい。
やくざは教師にならないほうがいい。>ごくせん(仲間由紀恵は可愛い)


(追記)
今話題のCBなんかは、債権者としての性格と株主としての性格を両方持っていることになる(どちらか一方しか選択できないが、一部転換した場合、両方の立場を持ち合わせる)。そういう意味では、上記の銀行での経験は一般化できないね。銀行の政策投資がやはり異常だったということで。なにしろ貸出の採算が投資の意思決定を左右していたのだから。売却の自由度がないからキャピタルゲイン考慮されてなかったし・・・。





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2005-02-13

リアル詰め将棋

テーマ:徒然なるままに
そういえば、巣鴨信金のエントリーを書いてて思い出した。

2年ぐらい前に都内某所の某行支店に勤務していたときのこと。

当時は盗難通帳引き出し事件が続出していた。サムターン回しで空き巣が増えてた時期と多分符合するのだろうけど、4千年の歴史を誇る方々とその関係者が、他人の通帳と印鑑を使って窓口でお金を引き出すという、今から思えばのどかな手口が横行していた。

たまたま私の支店にもご一行が来店された(緩そうな支店が狙われるとのことで、入られた時点でかなり恥ずかしい)のだが、窓口の女子行員の機転で丁重に応接室で軟禁状態に。

この支店は法人部門が2階にあって、私もその部門で仕事と称して資料を作っては捨てるという作業(俗に貸出稟議書の作成)に勤しんでいた。

ちょうどその頃、1階にいる上司から電話が。

「悪いけど、屈強な男性行員を連れて1階に降りてきてくんない?」と状況説明を一切省いて部下の投入を図る上司。

「(いねーじゃん、そんな奴と思いながら)分かりました(上司の命令には絶対服従)。」と私。

で、理由も分からず1階に降りてみると様子が変。

「あ、悪いけど、そのへんに立ってて。で、何かあったら盾になって。よろしく!」と爽やかに上司。

「何があるんすか?盾って・・・。」と屈強でない行員一同。

「んー。応接に犯人いるから。警察来るまで逃がさないようにしないと。ナイフとか持ってたら怖いじゃん。」と上司。

「(犯人?)・・・。ナイフならまだしも、拳銃持ってたら?」と私。

「死ぬなよ。(俺は妻子もいるし、ローンも残ってるんだYO!)」と上司。

「(逃げてやる。ぎりぎりのところで逃げてやる。)分かりました。」と私。


そんな微笑ましいやりとりをしているうちに警察がやってきて犯人は御用となった。結局私自身は事件にはなんの貢献もせずに、ほのぼのとした一日は過ぎたわけだが、女子行員にはトラウマが残ったらしい。お気の毒としか言いようがない。

このときの自分の立ち位置が何かに似ているなぁと、ずっと頭に引っかかっていたのだが、先日新聞の詰め将棋をやっていて、この疑問が氷解した。

捨て駒ですか? > 上司

気付くの遅すぎ・・・。上司の頭で私は「歩」なのか「桂馬」なのか、そのあたりも気になるところ。まっすぐ進まないところは「桂馬」なんだろうな。

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2005-01-18

そのとき歴史は動いた ~人類進化の分岐点~

テーマ:徒然なるままに
田中邦衛原人発見!

古世界の住人」より(一部無断修正あり)

北海道富良野近辺で原始的な生活をしていたとされる原人。

化石の発見当初はピテカントロプス・アラルス(言葉を持たないサル的な人)と呼ばれて人類アジア起源説が唱えられました。(現代では人類アフリカ起源説が有力)

(「シナントロプス・ペキネンシス」と呼ばれていた )三瓶原人と同一種であることがわかり、両者は「ホモ・エレクトス」という学名に統一されました。

田中邦衛原人の体型は 三瓶原人に比べ、背が高く、細身だった思われます。

(参考)
ガッツ人

えなり原人

あんまりだ・・・。

次回は武田鉄矢原人を取り上げます(嘘)。

生命の進化というものは突然生じるのではなく、段階をおって徐々に進行していくものと教わったことがあります。そして、遡れば必ず、別の種族との分岐点が存在するはずです。

その時点では小さな変化なのかも知れませんが、環境適応の過程を経て、いつしかまったく別の生物になっているのです。当然適応できなかった種は淘汰されていきます。

人類の進化はまだ続いているわけですから、何万年か後に振り返ってみれば、今、あなたの隣に座っている方が、別の人類の祖になっていても不思議ではありません。

ちょっと人よりアゴがしゃくれているとか、すぐに「ダーッ」と雄たけびを上げる人の子孫なんかは、だんだん人間離れしていくかも・・・。

ちなみに、チョー寒がりで冬嫌いな私は、地球温暖化に適した勝ち組新人類となるべく日夜奮闘しています。
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2005-01-16

未完の魅力

テーマ:徒然なるままに
以前、新鋭の建築家の方とお話したことがあります。

私の上司は軽井沢に別荘を所有していて、その別荘を建築された方です。
ちょうど私の懇意にさせてもらっている建築コンサルティング企業の若手経営者をご紹介することになっていて、上司の別荘の内覧会と称して二人を招待したのです。
建築家という人種とお話しするのは初めてだったので、興味深深でいろいろ質問してしまいました。

印象に残ったことをいくつか。(私の理解不足で意訳になっている可能性もあり)

「もともと建築は恐怖を克服するためのもの。今は建築が恐怖のもとになってしまっている。建築をあるべき姿にもどしたい。」

人間が家を作るようになって何万年経つのか知りませんが、本来は、闇夜の恐怖、風雨、外敵などから身を守るためのものであったはずです。

その安らぎを与えるはずの建築が、例えばシックハウスの問題や、ローン、日照権、景観、その他諸々の悩みの種になってしまっている、というのが氏の問題意識でした。

確かに身の回りで生じるトラブルの多くは建築にまつわるものが多いようです。公共建設などもそうですね。

非常に心を痛めておられ、少なくとも自分の建築する建物は安らぎを与える存在でありたいと強く願われていました。そして彼の建築した軽井沢のその別荘は、非常に居心地のいい、心の休まる建物でした。彼が住居の建築にこだわるのは、そのあたりの温もりにあるのかなぁと思ったりもしました。

周りの環境とも調和していて、決して主張が強すぎず、また自然の木々の配置や地面の傾斜といった土地の特徴を矯正するのではなく共生しているところに好感を持ちました。


「建築は舞台の脚本を書くことに似ている。脚本にないセリフが出てくる面白さがある。だから自分の建築はいつまでも完成しないのです。」

建築家の醍醐味についての聞いたときの彼の回答です。建物は確かに完成します。建物が完成した瞬間は、建築中の躍動感も引渡し後の生活感もない、本当に真っ白な状態なのだそうです。

けれど建物の完成自体にはさほどの感慨はないとのことでした。

というのも、実際に生活が始まって、施主さんが当初の設計で想定していない使い方をしてみたり、年月で少しずつ様相や施主さんのライフスタイルも変化したりと、住むということの色づけがされてきて、常に作品自体が変化していくことが建築の最大の醍醐味だから、ということです。

そして彼は一生をかけてその作品と向き合い、また、施主さんの人生に立ち会っていくのです。

自分の作品が一生完成しないというのも凄い話ですね。絵画や書物のように観賞用の作品との違いは、使うこと自体が意味を持つことでしょうか。皮革製品が使い込むごとに風格を増していくというのに似ているかも知れません。


ビジネスの世界では完成することが意味を持ちます。銀行員時代、期限のない仕事は仕事ではないとさんざん叩き込まれました。仕事に区切りをつけることは大切なことですが、一度つけた区切りの後がどうなっているのか、関心を持ち続けていきたいと思いました。


とりとめもない話で恐縮ですが、ふと思い出したので書いてみました。

いつかその建築家の方に自分の家の建築を依頼できたらいいなぁと思いながら。





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