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鈴木健.txtブログ――プロレス、音楽、演劇、映画等の表現ジャンルについて伝えたいこと


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専門学校時代、小説やルポ、あるいは写真等の作品を在校生から募集するコンテストが年に一度おこなわれていた。文章力を養う学校に通いながらまったく自信がなかった自分にとってはハードルが高いものにしか思えず、チャレンジする気概も湧かぬボンクラだったのだが、一緒にバンドを組んでいた友人は勇んでトライした。

本来、小説は物語を読ませるものである。必然的に、長いスパンによる時間の流れが描かれるわけだがその友人の作品は変わっていた。ひとつの部屋の中へいる男子と女子による1時間ほどのやりとりを、ちゃんと一冊分になるほどのテキスト量で書き、提出したのだ。

おそらく、選考員の講師たちは面食らっただろう。特に事件も起こらず、口喧嘩や意見の相違さえもない2人が部屋の中にいるだけのことが、延々と書かれていたのだから。結果、その作品は大賞こそ逃したものの特別賞を受賞した。

選考理由には「起伏のない出来事ほど描くのが難しく、しかも極めて限定されたスパンにおける風景にもかかわらず、根気よく最後まで書ききったアプローチの仕方と粘り強さを評価する」とあった。ちょっとした動作と何気ない会話、つけっ放しのテレビの画面や時計ぐらいしか部屋の中には変化がない。そこに在るものひとつひとつを細かく表現することで、読み手の頭へ明確な絵が浮かんでくる。

物語性に頼らずとも、顕微鏡で見るような“寄り方”で時間の流れを克明に表現することによってリアリティーを描き、最後まで引っ張れる才能が友人にはあったのだろう。6月10日に発刊された『2009年6月13日からの三沢光晴』(主婦の友社・発刊/長谷川晶一・著)は「2009年6月13日の三沢光晴」と「2009年6月13日からの三沢光晴」の2部構成となっている。



厳密には、第一部は第五章となる「それぞれの六月一四日」…あの日の翌日までとそれに付随する2009年にあったことまでが触れられており、第二部は現在である2015年の“その後”が3章に渡り続いている。どこを切ってもドキュメンタリーなのは言うまでもないが、一秒ごとの秒針の動きにさえ物語があるかのごとく細かく、濃く、そして深く記されているのが6・13という一日。

あの場にいた者一人ひとりの目に映った情景、あるいはあの場へいることができなかった者それぞれの思いによって、さまざまな角度から6年前が形とされていく。第二部である3章分の方が時間は流れているはずなのに、6・13の方が長く感じるのは単にテキスト量の差によるものではない。

膨大な取材と根気を要す検証なくして、それを書くのは不可能。そこには選手や団体関係者だけでなく、当日現場へいた報道陣や三沢さんが倒れたさいに応急措置を施した2人の医師、搬送されたあと病院で蘇生措置にあたった医師がその日、どんな心情で何をしたのかが映像を見るかのように再現されている。

私がこの書を一般的なルポルタージュと位置づけて読めなかったのは、当時の同僚だった落合史生、会田忠行両カメラマンや、佐久間一彦・週刊プロレス編集長(現在は退社し、本書の編集を担当)が実名で登場し、あの日の中で三沢さんと向き合っていたからだ。同じ職場にいて長い時を共有してきながら、これほどまでその内面を高い精度でとらえた経験は記憶にない。

我々は自分がどうという以前に、伝える立場にある。だから職業意識によって自身の気持ちは抑止され、求められぬ限りは吐き出さないようにと本能が動く。記者はそれでも、記事の中に加味することがある程度許される。

だが、カメラマンには写真がすべてというプロとしての姿勢があり、ゆえに個人の感情を表に出すことに対しよりブレーキがかかる。たとえ近しい関係にあり、公の場でなくても自発的に語ろうとはしない。それでもあの場にいた人間として、とてつもなく大きなものが残ったのは明らか。

両カメラマンがあの日、あの場所で味わった思いが、6年が経過した今でもリアルタイムで秒を刻むかのごとく迫りくる。もちろんそれは、2人に限ったことではない。

広島へ向けて大阪を経った時、三沢さんの一番間近にいた鈴木鼓太郎(付け人の太田一平が欠場中だったため代わりに世話を務めていた)、当日の試合にタッグパートナーとしてともにリングへ上がった潮崎豪、最後の相手となった齋藤彰俊、トレーナーとして応急措置に加わった浅子覚、三沢さんと友人関係にあり、この日も客席から応援していながら不測の事態と闘った2人の医師…。

サムライTVディレクター、東京スポーツ紙記者、オフィシャル携帯サイトスタッフと、いずれも取材を通じて三沢さんと関係を築いた報道陣の“あの時”もそこには刻まれていた。プロレスラーのドキュメンタリーなのだから、同じ選手や携わった関係者の証言が並ぶのが通例だが、当然ながらアリーナへいた人間はそれだけに限らない。

描かれている感情の数だけ、幾重にもなった気持ちの渦が胸のあたりでうねり続け、そこに秒針の先のように鋭角的な感覚がチク、チク、チク、と刺さっていく。著者のテキストに大袈裟な描写はなく、ひたすら寸分の狂いもなく時を刻むことにこだわりを持つ時計のようにあの場で起こった現実を投げかけ続ける。

午後八時一五分――。
結果として、人生最後となる試合に挑むべく、エメラルドグリーンのマットに三沢は歩を進める。
午後八時一六分、ついにゴングが鳴った――。
午後八時一六分――ゴング直後に対峙したのは潮崎と齋藤だった。
午後八時一九分――三沢がこの日最初のリングインを果たす。

午後八時二五分――
午後八時二八分――
午後八時二九分――

午後八時四三分――運命のときが訪れる。

試合タイムで表すならば27分3秒の出来事。そしてその後に訪れた、永遠に続くかのような長い時…それらが活字の範ちゅうを超えて迫りくる。ノンフィクションと小説の違いや物語性の有無という点を承知の上で、冒頭で触れた友人の作品を連想した。

映像ではワンテイクによる長尺とされる手法。特定の場面や時間帯に焦点を定め、そこへ全神経を傾けたかのような描き方に圧倒された。

あの場へいなかった自分が、6年のラグを経て連れていかれたような感覚へ陥った。三沢さんが倒れた時のリング上、終了のゴングが打ち鳴らされてからの応急措置の様子、さらには搬送されたあとの集中治療室での蘇生措置…それらのシーンが、記録フィルムのようなのだ。

中でも「蘇生措置中止の決断」と、三沢さんが眠る霊安室で交わされた齋藤彰俊と三沢夫人の対話の場面は、あの日の真実を知り、そして乗り越えて進んでいく上で我々が記憶へとどめておかなければならないのだろう。言葉にすると陳腐になってしまうが、この2つのシーンがさまざまな意味で“決定的”とされるものなのだと思う。

もっとも、この書は6年前をリアルに描くことで哀しみを反すうするのが本望なのではない。著者が何よりも伝えたいのは、それぞれの中へ息づいている三沢さんへの思いと、そこからあぶり出される人間像である。

「この年の暮れ、西永(秀一=筆者・注)がレフェリーを務めた三沢対小橋の一戦がプロレス大賞のベストバウトに輝いた。知らせを受けた西永が、社長室に報告に行く。『社長、おめでとうございます。ベストバウトを受賞しました』三沢の顔が少しだけ曇る。『うん? 何を言ってるんだよ。お前も一緒だよ。お前も受賞したんだよ』」(第七章「レスラーたちのそれから」より)

辛すぎた別れがどう影響を及ぼし、そして自分の中でどんな答えを導き出したのか。一日たりともあの日を忘れることのない齋藤彰俊は、一生を懸けてそれを追求する覚悟を決めた。敬けんなクリスチャンである落合カメラマンはその場にいて何もできなかった罪悪感との葛藤の末にプロレスから離れ、なおも自問自答を繰り返し続けている。

これは誰にも言っていないのだが、落合…さんと私はあるひとつの共通した境遇を経験している。東日本大震災のあと、被災地に向かいボランティア活動を続け、現在は東京を離れて仙台の皆さんの力になろうとしていると聞いた時も、そのことが頭にあったからひとり腑に落ちた。

「三沢さんだったら、どうするだろう」

彼らがそれを語るたびに三沢さんの実像が具現化し、力を与えられ、導かれているのが伝わってくる。2015年編では、著者ではなく佐久間氏がゆかりのある者たちを取材し、あの日を掘り起こす日々が並べられる。

通常ならば、そこは著者と取材対象者のやりとりが描かれるはず。しかし2009年編に続き佐久間氏を登場人物として据えることで、第三者の視点を通し伝えているのだ。この方が当事者同士ならではの心の動き、つながりが浮かんでくる。

じつは佐久間氏から直々に「ブログに書評を書いてくれませんか?」と依頼された。仮にこの書の中でフィーチャリングされなかったら、自分の文章で多くの人々へ紹介したかったに違いない。

自身が登場人物として出ながらそれをやったら、自画自賛と受け取られてしまう可能性もある。報道陣にもスポットを当てるアプローチが特徴のひとつなのだから、同じ立場の人間ならばそこも拾ってくれるはず…そんな狙いから振ったのだと、勝手に解釈している。

読了後に気づいたのだが、著者の顔がいい意味で一切見えない。主観を徹底的に排しているから「僕」という主語はあとがきを除けば皆無である。そこに書き手として、さらには生前「友だち」と言ってくれた三沢さんに対する強い思いを見た気がした。

この書は、自分ではなく三沢さんのためなのだと。

同じ姿勢にこだわりを持った者たちが、あと数時間もすればあの地へと集まる。2015年6月13日の三沢光晴と逢うために――。
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