今年を振り返るー私編ー

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さぁ。
文章が全て消えたショックから這い上がってきている私。

今度は私の事で書いて見ましょうかい。
もう二回目だけどね・・・!!!!(キレ気味)


生徒会の事はもう前回の日記でアップしたつもり☆☆
(力尽きたなんて言わないで☆☆)


2006年2月
漢字検定2級に合格しました。
実は検定の日に病気で欠席など・・・曰くだらけの検定でしたが。3度目の正直と言う奴で合格いたしました。
むしろ執念だと言ったほうが良いかもしれません。
二十歳になるまでに準1級をとりたい私だけど・・・。
さすがに血を吐きそうなので、2年以内に合格を目指すようにします(それでも間に合わない気がする私)

それから4月の下旬まで。
私って受験生になるんだわーってかもう受験生なのねー頑張らなきゃ私って能天気に考えてた私です。
それまで私は「平凡」という和やかな素敵な時間の中で生活しておりました。


2006年5月
・・・毎日の激動を約束された生徒会で生徒会長に。
本当に予想していなかったこの機会。
辛い事も沢山ありすぎて思い出せないけど、やっぱり自分が大きく成長する糧を沢山得られた場所でもあります。

生徒会の事はもう前回の日記で書いたつもりなので、省略します(だから力尽きたなんて言わないで♪♪)


2006年6月
コレが2006年の最大の出来事でしょう。
性同一性障害の診断を頂いた事。

http://ameblo.jp/kenpou/entry-10013678398.html


2006年も半ばを過ぎた頃の出来事でした。
身体は「男性」だけど心は「女性」ということ。

・・・モヤモヤがすっきりした私は、
女の子な部分を隠さないようになりました。
・・・でも実は周りの子から見たら、「いつもの私」だったらしいww・・・でもそれってはじめから受け入れられてたって事だわねぇ・・・。うん。ありがたい。


2006年10月11月
鹿児島県内の弁論大会に2箇所出場させていただきました。
どちらも優秀賞・・・つまり2位を頂きました。
・・・。1位とは僅差だったということを聞かされて、悔しいけどもなんか嬉しい感覚が大きかったのを覚えています。
・・・東京の全国大会に行けなかったのが本当に悔しかったけどね・・・ww(東京の友達に会いたかった)

こんなのを発表しました。

http://ameblo.jp/kenpou/entry-10018122716.html

半生を書いたのかな。

鬱病の事。心の性別の事。
「現在、心から生きていて良かったと思える」
・・・と書いた作文です。

この作文を書いた事で、自分と言う人間に一区切りをつけられたと思うし。大きく成長する糧になったとも思います。
・・・そう思えるから嘘ではないと思うのです。

ちなみに1回目の大会の日の周辺では
体育祭の事で目が回りそうでした・・・。

ちなみに2回目の大会の日の周辺は
大学受験目前でした・・・。

THE 2足のわらじ・・・。
まぁ・・・いいじゃんね!!!(泣叫)



2006年12月
コレがあったから、安心して今年を終わらせられるんだな。
・・・。大学合格です。






・・・。
ね。生徒会の事だけでも色々あったのに。
自分自身にもこんな事があったんだなぁ・・・。
・・・よく私・・・死ななかったね・・・!?!?


でもね。あれなんです。
自分自身が少しずつ成長していることもあるとは思うけど。
何より、みんなの支えのおかげでココまで来れたんです。


時間が流れていくほどに
歳を重ねていくほどに

確実に大きくなっているもの。
それが、皆さんの支えです。

私はその中で・・・また成長していけたらと思っています。



本当に本当に・・・。
ありがとうございます・・・。




とりあえず。ココでひとまず終わります。
・・・そして。後一つ。
書くことがありますよ。
まぁ。それはくだらない話かもしれないけど。
私にとってはこれも大きな事なのです。


こんな私ですが・・・。
もっともっと・・・。気張るぞーーー!!!

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私の実力。

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昨日の私に起きた事を書きます。


※人によっては精神的に耐え難い話かもしれません。
とりあえず、↓の方に記しておきます。









あのですね。本当に。皆さんに。
私を信じてくれている皆さんに。
「ごめんなさい」としか言い様が無いんです。

入試で大失敗を犯しました。


入試。
小論文の試験の時。


残り時間が後10分って所で。
私は。もう少しで書きあがる所で。


突然。



本当に突然。




文字が書けなくなりました。


いくら書いてみようと頑張っても。

漢字も、平仮名も・・・。全部。


手がぶれて。
枠からはみ出てしまう文字。


今思うと。
私はあまりにも緊張してたんだと思う。


もう少しで書きあがるのに。
鉛筆が震えて。腕が震えて・・・。

私の腕が痙攣を起こしてた。


もう頭真っ白で。
「諦めるしかない。」

そんな考えが私の中で起きたんです。

冷や汗は出てくるし。
悔し涙は出てくるし。


・・・。

でも。
でも・・・。

私は諦めなかった。


強引だったけど。
凄く強引だったけど。
何とか所定の文字数をクリアさせて。
終わらせました。


でも。
明らかに。


文の書きはじめと終わりで。
凄く文字のぶれ方がわかるんです。


最初は丸っこく落ち着いてたのに。
最後のほうはカクカクの。
鉛筆を持ちなれてない子供が書くような字。



本当にね。
予想してなかった。

誰が予想するんだよ・・・。

自分の腕が突然震えだして

文字が書けないなんて。


いつも出来ることが何故出来なくなったのか。
何であの場でそうなったのか。

人生で初めて体験したあの腕の震え。


何故。

何故。あの場で起きてしまった・・・?




ベルが鳴って。
とりあえず、小論文を書き上げたから良かったけど。

その後にすぐ面接があったから落ち込む余裕も無かった。


面接は面接で。
色々と凄く突っ込まれて。
何とか応えたけど。しどろもどろになった。

何とか意欲だけでも見せなきゃ頑張ったけど・・・。



推薦入試はそれで終了して。
大学の食堂で

仲良くなった子と話をして・・・。

それから入試が終わったと日記をアップして(この一つ前ね)

それから母親が迎えに来てくれて。
色々聞いてきたけど。

「ちょっとうるさいから黙ってくれん?」

と母親に言い放つ私。


何故って。何故って。


・・・私は。あの時の「限られた力」で。
全力を尽くしたけど。


それでも。

私は自分に起きた
信じられない出来事を受け止め切れてなかったから。


車の中ではずっと沈黙で。


家に帰り着いてから。
携帯に。一番最初に。
幼馴染の親友の「ヨッシー」から
「お疲れ様」ってメールが来てて。


メールで返事する力がなかった私は
彼に電話をかけたんだけども・・・。


ヨッシーの声を聴いた瞬間にさ。

私の中の。
緊張やせき止めてた感情が。

全部が切れちゃったみたいで。


大泣きました。

泣きながらグダグダと・・・・
ヨッシーに自分に対する憤りをぶつけたり。

・・・ごめんね。
迷惑をかけてしまった・・・。
でもありがとう。


それから。
お母さんとお父さんに全部ぶちまけたよ。


自分がやってしまった出来事を。

でもさ。
怒らないで言ってくれたんだよね。


「ココで経験したんだから良かったと思えば良いが。」
「受かってたらありがたく。違ったらセンターを気張らんか


って言っても。
・・・本当に優しく言ってくれました。


それから、夜中に、
女副会長の方と電話しました。

またそこでも大泣きで。

「けんぽーはさ。その時の全力を尽くしたって思うから。絶対大丈夫だ」
でもやっぱり大泣きして電話を切ろうとする私に、

「あんた、私が落ち込んでる時は良いこと言うくせに、
自分が落ち込んでる時はそれを私に言わせないつもりか」


だって。



あぁね。もうね。




「私」

よりずっと・・・。

私を支えてくれる

「仲間」たちが。


「私」を信じてくれてるんだな。って思って・・・。



うーん。
今書いてるけども。
やっぱり今も泣いてしまってるなぁ私。

しょっぱいなぁ私。


もうね。
・・・本当に悔しかった。


現在の私は
悔し泣きをして。


泣いても泣いても枯れない涙を抱えてる。



・・・。


私。




昨日のシビアな経験の直後は


「全てを諦めかけた」


・・・。でも。


私は。泣きながらも諦めないで。
志望してる大学に入学しようと思う。


泣きまくっても。絶対に諦めないでやる。


泣いてるって事は。
それだけ。それだけ。

「私らしく生きたい」


ってことなんだろう。


だから。私。


この悔しさをバネにしろ。

バネはいくらつぶされても。
その重さが無くなれば。また弾ける。


私は。
私的な感情の中で。
コレまでになかった。
「現時点での最上級の現実の重さ」を抱えてる。


だから。きっと。
コレを乗り越えれば。

コレまでになかった大きな弾みで。


今より。
「高いところから見る景色」を見られると信じてる。


だって。私の名前は。

「見峰」(けんぽう)だから。


私は。
私の名前どおりの生き方をしてみせるんだから。







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テレビに出るか・・・?

テーマ:
6時18分からKTSで。
6時28分からKKBで。
後、NHKとMBCでも流れるかも・・・。

今日の弁論大会の紹介。

私映ってるのかなぁ・・・。
どうなんだろ。
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と言う事で。

明日
11月23日(木)AM10;30より
「鹿児島県互助組合会館三階大会議室」

にて行われる
「鹿児島県高等学校弁論大会」

に出場してきます・・・!!!


9月に書いた、
「私」についての作文が・・・。
まさかココまで成長すると
正直思ってもいなかった・・・。


私。

明日(11月23日)から来週の12月2日にかけて。

私の高校時代で

「一番の試練」

を迎える時期になる・・・かな。



・明日の大会。

・今週の日曜日には「ワープロ検定2級・1級ダブル受験」

・来週月曜から金曜日にかけての「中間考査」

そして・・・。

・来週土曜日の「大学推薦入試」



やらなきゃいけないことは沢山で。

でも。そんな乗り越えなきゃならない日々が待ち受けているのに。
ココ最近は浮き沈みの激しい私だった。


私の人生っていう何者かが
「私の限界」を試してるようで。


泣いても泣いても楽にならないし。
泣いたら泣いたで疲れちゃって勉強できないし。


どうしても。
どうしても思い通りに動いてくれない体。



「こんな場所から逃げ出しちゃいたい」
と何度も思った。全て放り投げたいって。


だけどさ。
だけどさ・・・。


私。
色んなことあったんじゃん。
色んなこと経験したんじゃん。


・・・現在の学校に転校して。

「再スタート」のチャンスを掴み取って。

がむしゃらに頑張ってみて・・・。


そしたら・・・。
いつの間にかこんな私になった。


生徒会の会長なんて思ってもみなかった。

「本当の私」を見つけられた事も。

弁論大会で認めていただいたことも・・・。

そんな私に
大学の推薦入試へのチャンスを与えてもらった事も。

・・・いつの間にか
大好きな優しい大好きな人達に囲まれていたことも。



ほら。


ほら・・・。さ。

私とみんなで積み上げて来た
沢山の素敵なモノたちがあるじゃんか・・・。



だからね。やっぱり逃げないよ。

「私」という人間を何処までも貫き通していくよ。


・・・。
これから始まる私への挑戦。

そこで絶対に。
私の人生でこれまでに発さなかった。


「最高の輝き」で


全力疾走してみようじゃん・・・!!!

どんな結果であれ・・・。
全力でいこう・・・。
後悔は絶対にしないと決めてるんだから。

明日は・・・。
そのスタートラインだ。



・・・走れ!!!








守るべきものがある私は
とても強いからね

ayumi hamasaki
And then




PS
明日・・・。鹿児島でお暇な方・・・。
私を見たいという怖いもの見たさの貴方(爆)
是非是非・・・。

「互助組合会館」
へお越しください・・・ww

「テンパーク」の近くです。
「照国神社」の近くです。


PS2
そうでした。
多分明日。
「あいつ」も来てくれるはずです。
・・・本当に来るのか??「あいつ」は・・・w

私の名前

テーマ:
高校一年の家庭科の授業だったかな。
「自分の名前に込められた意味を調べなさい」
って宿題があった訳なんだよね。

それがきっかけで両親に、
初めて私の名前の由来を聞いたんだけども・・・。



「見峰」


って名前。
皆さんはどんな風に思われるでしょうか???




名前からそのまま予想できるのは・・・。
「峰の山頂から全ての景色が見渡せる」

ということ。


お母さんとお父さんは。
「視野を広く持てる(峰の山頂から全ての景色が)
 相手の気持ちが解る人になりなさい(見渡せる)」

って願いを込めて。
つけてくれた名前なんだって。


一つの考えに固執せず、
あらゆる視点から物事を分析できるように。
他人の気持ちが解る優しい人に。

そんな感じかな。

「見渡す=解る」って事なんです。


私の身体は男の子として、
「小さくて華奢(涙)」な奴だけども・・・。

名前に込められている
「規模」はデカイんだもんね・・・!!!!
(もはやお子様)


この名前に似合う人物になるように。
しっかり生きていきたい今日この頃。


皆様も。どうぞ是非是非。
貴方のお名前の由来をお聞かせくださいませ☆☆
むしろバトンにしたい・・・ww


PS
・・・。「峰」ってさ。
とんがってる山なわけじゃん。
・・・。それが素で体格に出てるんじゃないかと。
本気で思い始めた今日この頃(二回目)

何故福祉・・・?

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「福祉」とはどんなものかと問われて、
ハッキリと答えられる人っていったいどれくらいいるんだろう。

辞書に載ってるような意味でなくてね。
1人1人の心の中にある考えの話かなぁ・・・。


私が何故、福祉関係の仕事に就きたいかって言ったら、

もう凄く単純な話で

「私以外の誰かを援助したいから」と言うこと。


お母さんとかお父さんとか。
私が身内のお世話を出来るようになりたいし。

世の中には困ってる方が沢山おられて・・・。
その方々にほんの少しでも良いから手助けしたい。

私っていうちっぽけな存在がどれだけのモノを提供出来るかは解らないけど。

「私」っていう人間を信じ続けて、
向上心を尽かさない限り
・・・果ては無いと思う。


ある目標を設定して。
目標に向けて努力して。挫折感とか味わったりして。
でもその目標に到達できたとして。
そこで反省して振り返ってみて。

そして「次はこうだ」って新たな目標を定める。

満足してたら駄目かなって思うから(怠惰って意味でね)


まぁ、↑はどんな目標であれ共通する重要な根幹か・・・。


まぁ。まだ
「アイドルになりたい」って夢は持っているし
(芸能界って言う厳しい世界を体験してみたい。俳優?)
トロンボーン(吹奏楽)も最近ご無沙汰だけど続けたいし。
本だって沢山読みたいし・・・。
世界中旅行してみたいし・・・。
食欲は薄いけど美味しいもの沢山食べたいし。
色んな人と関わって繋がっていきたいし・・・(環になれ)


なんかやりたいことが沢山詰まってる訳なんだ私って奴。


凄く話それたなぁ・・ww
でもね。あれなんだ。
福祉の仕事がしたいという強烈な衝動を与えてくれたモノが。

「鬱病」なんです。
そして「性同一性障害」。

鬱。病状は良くなりつつあり。
性同一性障害って言っても、
「私」は今の身体で生きていきたいって決めてる。
(両親が作ってくれた身体だから)


何だろうな。
沢山の人に支えられてるし。
支えられまくりだし。

・・・そうそう。

「恩返し」をしたいんだ。

私を見守ってくれた人たちに。
見守ってくれている人たちに。
私は「今」を頑張って生きてるんだ~~!!って教えたい。

そして。自分以外の誰かに愛情を注ぎたい。
私がもらった「でっか~~い愛」を循環させたいんだ。


ああ・・・。

ある言われた言葉を思い出した。


友達に言われた言葉。
「私たちの幸せはけんぽ~が幸せになること。けんぽ~の幸せな顔を見たら私たちも幸せになる。だから。絶対にけんぽ~は幸せになって!!」

そう。こんな言葉を私はもらった。

私が辛くて笑えない時にもらった言葉。

そうなんだな・・・。
沢山の暖かい言葉やパワーをもらって私は生きている。


つ~まり。


私は。

「私がもらったでっか~~い愛を循環」させたいの。


だから。
私は福祉の勉強をして。
福祉の仕事をしたいんだ・・・。



理由になってないけど・・・ww
これこそ。私の「死ぬまで終わらない目標」なんだと思う。

私は社会に沢山揉まれていくんだろうな。
嫌なくらい。叫んで逃げたいくらい。
だけども・・・。
忘れないでいたい目標だ。

「でっか~~い愛を循環させる」こと。

体育祭終了。

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ホントにホントに余裕が無かった・・・。
忙しいとは「心を亡くす」と書いて、忙しい・・・。

確実に体育祭への準備は進んでいるはずなのに、
予行練習をして初めて解った問題点とか。
前日になってから、
クリアしたはずの提出書類とか全部やり直しだったりとか。


各先生方から問題点を沢山指摘され。
生徒役員も生徒役員で私たちにどうしましょうと相談してきて。

なんかもう文字じゃ伝えきれないことが多すぎるけど、
「生徒会長」として自覚しなきゃいけないことを沢山教えられた気がする。じゃなくって。教えられたな・・・。



もう常にテンションが「一触即発」の状態に高められてて。
ちょっとした事で怒鳴ってしまいそうになることが多々あって・・・。


「そうやって前日に指摘するなら、もっと前の日に教えていただきたいんですが!!!」って言いたくて。
「そうやって前日にあたふたするなら、もっと日にちを計算して工夫して仕事をしなさい!!」って言いたくて。


あ~。でも私も他人のことは言える義理も無く。
自分だって穴だらけの人間だから。


だから、絶対に怒っちゃいけなかった。
私が相手のことを理解しようと努める事を忘れてしまったら、
当然相手も私のことを理解しようとしなくなるから。


私まで怒って、喧嘩しちゃったら。
その時の私に作られた溝を埋められないはずだったから。

危険がドミノ式に並んでる感じ。

一つが崩れたら全部が崩れるって感じ。

「私自身のみ」の事だったらどうにでも出来る。
けど。「みんなの事」が自分にのしかかってた。


凄いね。欲張りすぎちゃいけないね。

生徒総務であって・・・。
生徒会役員で・・・。
応援団員で・・・。

今回はどうにかなったけど。
やっぱり、実力を十二分に発揮するには・・・。
二つまでしか許されないな。今の私には。


生徒会役員にも、応援団員にも迷惑を沢山かけた。
本当にすいません。
だけど。本当にありがとう。

みんなのおかげで成り立ったんだもの。今年の体育祭。


私の学生最後の体育祭。
学生として最後の体育祭。


ねー。応援団の演舞披露が終わった後。
もう泣くのを止められる・・・はずもなく。

練習不足で出来てない部分も沢山あったし。
反省するべき点も多々あったし。

だけど。その場でしか起こらない
「ミラクル」だっておきてたんだモノね。

それを凄く感謝したいもの。


特に応援団かな。
応援団で使う予定だった曲の編集とか。
演舞披露の20分前に出来て。

応援団の演舞の時間目前に、
学ランが一着足りないって事態になったり。
(最終的に見つかって本当によかった・・・)
皆が所定の位置に着いてスタンバイしてる時に、

演舞内容を忘れて慌ててる子がいて。
そばにいたのがもう私しかいなくて。
(みんな校庭の隅々に散らばってた)

出来るだけのアドバイスをして、私も所定の位置に走って・・・。

もう祈るしかなかった。皆と自分を信じてやるしかなかった。

実は、全員のメンバーがそろって練習が出来たのは、
今週の水曜と木曜日が初めてだったの。
そして昨日の夜と、今朝におさらい練習をするはずだったけど都合が重なって重なって出来なくて・・・。


ぶっつけ本番。
どうだったのかなぁ・・・。

もう必死だったなぁ・・・。


・・・。ぐあぁ。もう書けない。

色んな気持ちがごっちゃになってるんだ。

悔しい気持ちと
泣きたい気持ちと
嬉しい気持ちと・・・。



とりあえず寝てなかったりする。
とりあえずご飯食べてなかったりする。
夜に食べるつもりだった朝ご飯は、
「あいつ」に全部あげてしまってたり。


何なんだ。この情報量の多さは・・・。
とにかく・・・。


みんな、ありがとう。

生徒会役員・手伝ってくれた友達・見に来てくれた友達、応援団員のみんな、先生方・・・。

とにかく・・・。
私は・・・。


明日はゆっくり休む・・・・・。








なはずも無く。


マイミク「ブラド」とカラオケに行ってくるつもりです(をい)
声の出しすぎで声がつぶれるかと思ってたら、
そうでもなかったのよ・・・ww





うん。
・・・。








~~

いざ進め
本気で熱い奴ら!

モーニング娘。
本気で熱いテーマソング。

~~

私アガッテル。

テーマ:

つまり。
「緊張」しているのでございます。

明日は、ついに作文の県大会でございます。
どうなのかなぁ。うん。どうなのかなぁ・・・。

なんか、緊張するのって明日の大会の時だろと、
セルフ突っ込みをしているのですけども。

やっぱり緊張しているのです。

なんかねー。あはは。
うまく言葉にも出来ないや。今の私。


でも、この緊張してる感じを忘れちゃいけないな。


私は。
明日、大きな舞台に出るんだっていう緊張感。
糸がピーンって張り詰めてる感じ。


でも、ギターの糸がだらけちゃったら音は出ない。
張り詰めすぎてもちぎれちゃう。

だから、今のこの感じを忘れなきゃいいんじゃない・・・?


私らしく・・・。行っちゃえば良いんじゃない・・・?

そんな感じ。

ちなみに。明日の私の作文のタイトルは。


「私らしく」

叱る。

テーマ:

生徒会長になってから、
その人のために「しかる」と言う事を避けられなくなった私は、それなりに「しかる」と言う事も慣れてきました。

凄くありがたい話で。
「覇気あって怖い」(そう言われて、正直感動)

私の怒りの雰囲気がそれなりに出てるようで・・・。 
まじめに私の言葉を聴いてくれます。
とてもとてもありがたい話です。


だけど、最近私は、
一番身近な「副会長」に対して、「しかる」ことが出来なくなっていました。

私の情が入りすぎなのがもちろんで。
私が副会長の生活事情をそれなりに知ってたりして。

だから、今、きつい言葉は掛けたくないと思って。


・・・でもそうやってたら、どんどんズレが正直来ちゃって。


だから、今さっき。
ようやく・・・。「しかり」ました。

凄く心が痛いけど。

でもやっぱり、一番上に立つものとして、
秩序は保たなきゃいけない。

私の言葉がどう相手に響いているのかは解らないけど。

「ヘラヘラしてる私」
をいつまでも出すわけにもいかない。

というか、

「会長」の前に「友人」だけど。
「友人」以前に「会長」ってこともある。

だから、「友人目線」で
言葉を受け止められてしまっているのなら。


私は、今後一切において感情をオフにする覚悟でいます。


私事関係で、周りを乱しちゃいけないもの。



↑↑の文章だけ見たら、
私って凄く愚かで思い上がってる。
でも、本当に間違っているのなら
私に大きな代償がかえってくるはず。

さぁ。
私はひたすら待とう・・・。




PS

この記事を見た、私の会長としての姿を知っている貴方。

どうかこのことを今は内密にしておいていただけないでしょうか。

お手数を・・・おかけします。

作文・・・一応仮完成。

テーマ:

私らしく生きること
               

 
 「私は男ではない。」
そう漠然と思うようになったのは、私という人間が生まれて五年も経たない頃と思います。ただそのように思っていても、難しいことが全く解らなかった私は、ごく普通の男の子として生きていました。でもいつまでも不透明な感覚を放っておくことは出来ず、高校1年生の時、自分の中の違和感は大きく表面化し、私を大きく変えてしまう問題へと発展していきました。
 

現在の定時制の高校へ転校する以前、私は地元の進学校へ通っていました。こなさなければならない宿題や部活に、睡眠時間は毎日三時間未満と厳しい高校生活。慣れない生活のためか、二ヶ月余りで体調を崩し、一週間学校を休んだ結果、ほとんどの授業内容が理解できなくなっていました。自信を無くした私は、突然教室へ行くことが怖くなり、保健室登校をするようになりました。
 

学校生活を思うように送れないストレスのためか、毎日頭が割れるように痛く、考え方が全て後ろ向きになり、全く眠ることの出来ない体になりました。私はそのようになった自分自身を責め続け、
「私は周りの人が当たり前に出来ることが出来ない弱い人間だ。」
と思い込むようになりました。そしてそれに拍車をかけるように、思春期を迎えていた私は、自分の体の違和感を無視することも出来なくなっていました。体つきが男らしいとは言えない細すぎる体。力は全く無く、言葉も立ち振る舞いも男というよりは女と言った方が良いような自分自身。
「自分の体に違和感を感じる」
という事を誰かに相談する勇気を、当時の私は全く持つことが出来ませんでした。
 

男とも女とも言えない狭間に落ち込んだ私は、そんな私に自信をつけるために、ただひたすらに学校生活や勉強、趣味の音楽に打ち込むようにしていました。そのようにして取り柄を持っていなければ、私は自分自身を保つことが出来なかったのです。そして学校生活が崩れたことで、自分自身という人間も崩れ去って行ったような感覚に襲われました。
次第に何もかもがコントロールできなくなり、そして
「私には生きる価値が無い。」
という考えが自分自身の全てを占めるようになりました。自分自身が憎くてたまらなく、そしてリストカットなどで体を傷つけてしまった時もありました。

 
 入学してしばらく後、落ち込んでいた私を、見かねた母親が心療内科の病院へと連れていってくれました。そこで診断された病名は「鬱病」及び不眠症。私はその診断を聞いた瞬間、泣いてしまったのを覚えています。それは、私がこんなにボロボロなのは、自分自身の甘さのせいで、これは病気でもなんでもないと思っていたからです。投薬治療をすれば必ず治ると教えてもらった時、私の中で真っ暗だったトンネルに一本の光が差したような希望が生まれました。でも私は薬を飲むということに不安を感じてしまいました。それを病院の先生へ伝えたところ、
「薬を飲む事は悪いことではない。風邪を引いたら風邪薬を飲むでしょう。鬱病は心の風邪なのだから、その風邪にもお薬を与えましょう」
といってくださいました。二〇〇三年十一月十四日。私の鬱病治療が始まりました。


 治療とは言っても、並大抵のことではなく。体に合う薬を探すこと、不眠症を改善することに数ヶ月かかりました。眠ることが出来るようになっても、毎日悪夢を見る事に悩まされました。でも徐々に、治療も軌道に乗り始め、その頃から不思議なくらいに冷静に物事を考えられるようになりました。

その時に第一に考えたこと。それは現在の定時制の高校へ転校する事でした。まずは「高校生らしい」生活を取り戻すことが第一の目標でした。

 でも、両親や先生方に転校を反対され、説得することと例え滅茶苦茶だったとしても、それなりに過ごしてきた高校生活に踏ん切りをつけるまでに一年半の時間がかかりました。ですが、その期間が私に勢いをつけてくれることになったのかもしれません。

 
 ついに転校することが出来た時に私が決意したことは、勉強をすることと同時に、全ての授業に出席すること。すなわち「皆勤」をすることでした。それは心配していた両親を安心させるためであり、そしてなにより落ち込んでボロボロだった私に自信をつけるため。とにかく学校や自分自身の弱さから逃げずにしっかりと向き合おうと思いました。
 
 毎日学校へ向かうこと。決意したこととは言え、本当に楽なことではありませんでした。体調が崩れた日も、病気で気持ちが塞がっている日も、常に「皆勤」を絶対にとって見せると自分自身に言い聞かせるようにしました。そして去年の一年間。ついに一年皆勤をすることが出来ました。それは予想通り、私を大きく自信付けさせてくれ
「自分を信じて頑張れば、ちゃんと結果は出る」
と考えられるようになりました。

 そして私はその事をきっかけに、勇気を振り絞って、両親に「自分自身の体の違和感」を打ち明けました。私が始めて真剣に打ち明けたのはそれが始めてでした。
 

 両親に打ち明けた日から、一気に話は進み、ついに二千六年六月十五日。私は病院の先生より
「性同一性障害」
と診断されました。私はその診断で、やっと「生きる事を許された」と思えるようになりました。私は男じゃないと自覚した幼少期から約十五年。それが「本当の私」が誕生した瞬間でした。
 
  気がつけば私は前向きになり、そして有難いことに、ずっと不透明だった「私らしさ」も手に入れることができました。現在の私はありがたいことに、「受験生」と同時に「生徒会会長」という大役を務めさせて頂いています。

 鬱病になってから三年半経った現在。私は鬱病になったことを感謝しています。辛くてたまらなかった心の痛みは、以前よりも他人の苦しみを共感させてくれるものになりました。当たり前だと思っていた家族や友人の存在が、とてもかげがえのない宝物だと実感させてくれました。そして、「私らしく生きるきっかけ」を見つけさせてくれました。辛いことにしか思えなかった鬱病は、逆に沢山の抱えきれない大切なものを私に教えてくれました。
 
 現在も投薬治療は続いています。しかし治療開始当時より、薬は三分の一以下の処方になり、完治まで後一歩のところまで来ています。
 
 この先も、きっと予想もし得ない沢山の苦難が待ち受けていると思います。何度と無く打ちのめされるようなこともあると思います。
でも、
「生きてて良かった。」
そう心から思うことが出来る現在を百パーセントに。
「私は、私らしく全力を尽くして生きよう」そう心から誓っています。