2007-01-08 10:22:41

陰謀のセオリー

テーマ:ビリヤード・フィクション

「いやあ,ビリヤードって本当に面白いなあ。玉が思い通りにポケットされるとすかっとするよ。しかも奥が深い。なあ,ディビッド?」

「・・・」
「ディビッド?」

「なあ,フランク。君にひとつだけ言っておかなければならない。ビリヤードというのは決して楽しい遊戯などではないし,ビリヤード場は大人の社交場なんかでは勿論ないということだ」
「おいおい,説教かい?」
「・・・あそこでプレイしている常連達,彼らの正体を知っているかい?」
「正体?」
「彼らは,某国の諜報部員だ」
「何だって!?」
「レジで居眠りしてる店員がいるだろ。彼の役割は・・・」
「彼もスパイなのか!」
「いや,ワンランク上の特殊工作員だ。眠そうにしていればいるほど優秀な工作員だという証だ」
「何てこった!!」
「彼は,レジを打つと見せかけ,そのターミナル端末から本部のホストコンピュータへ情報を転送しているのだ」
「もしその情報を覗こうとしたら?」
「君なんか瞬時にハチの巣だろうな」


「でも,ディビッド。どうやって諜報活動を?みな遊んでいるようにしか見えんがね」
「フランク。諜報活動とは大きく2つに大別される。君の目の前の丸いカラーボールを何だと思うね?」
「?」
「監視衛星だよ。小型のね。君の映像,声紋,性格から,ちょっとした癖まで,今,全て記録された」
「しかし,ディビッド,ボクなんかの情報を調べても」
「広く浅く。これが広域諜報活動だ。これに対し,ターゲットを絞り込み,具体的な任務の遂行のために行われるのが・・・君はロストボールって知ってるかい?」
「なんだい,そりゃ」
「不思議なことに,どの店にもボールが1つ欠けた玉のセットが必ずひとつはある。店員は自動販売機の下に転がり込んでとれなくなったなんて言ってるがね」
「それと諜報活動となんの関係が?」
「それは追尾型の監視衛星なのだよ。だから出払っているのだ。文字通りターゲットに張り付き,上空から,時にはガラス越しに,あるいは室内に入り込んで情報を送信しつづける」


「ディビッド。話を聞いていると,諜報活動とは情報収集がメインで,つまりその,テレビのような手荒なことはあまりしないんだな」
「フランク,君はなんて楽観的なやつなんだ。いいか,店の常連というのはすべてが実行部隊であり,特殊な訓練を受けた者ばかりなんだ。一人一人が素手で熊と戦える者ばかりなんだぞ」
「そ,そうなのか」
「しっ!今,常連の一人が『順を捻れ』と言ったのが聞こえたか」
「き,聞こえた」
「あれは『明日12:00(ヒトフタマルマル)に決行せよ』の意味だ」
「そんな意味が!」
「彼らはミッション遂行の指示はすべて隠語で行うからな」
「い,今もう一人が『⑨番サイド』と言ったぞ。小さな声で」
「奴ら,徹底的に潰す気だな。その意味は『ターゲットの身柄を拘束せよ。生きていようと死んでいようと構わん。邪魔する者は女子供であろうと射殺せよ』だ」

「そんな非道な!彼らのやり方にモラルはないのかい?」
「あるとも。ミッションが許容する範囲でだがな・・・フランクッ!!何してるんだっ!そのメカニカルブリッジを放せっ!!」
「え?これがどうかしたのかい?」
「そのブリッジは隣の台のだっ!!」
「大きな声をだすなよ。みんな見てるじゃないか」
「見てるからこそだ。君はビリヤードのルールでブリッジを同時に2個まで使えるということを知っているか」
「知らないな」
「では,実際に2個のブリッジを使ってプレイする者を見たことは」
「いや,ない」
「2個のブリッジを使ってプレイする,それは極めて特殊な暗号なんだ」
「どんな?」
「『このアジトが発見された。証拠を隠滅し,各自逃走せよ』」
「ということは?」
「君が隣の台のブリッジをつかんだ瞬間に,諜報部員たちの目に緊張が走ったのが見えなかったか?ブリッジというのは普通は自分の台のを使う。わざわざ隣の台のブリッジをつかむということは,自分の台の分とあわせ,2本使用する意思ありと宣言しているようなものだ。その場合,君はたちどころに店ともども爆殺されていただろう」
「・・・ば,爆殺?」
「目の前に豊富に転がっているプラスチック爆弾があるだろう」
「え,この玉が?いや,さっきは監視衛星と・・・」
「覚えておけ。ソリッドがプラスチック爆弾。ストライプが監視衛星だ。よく間違える奴がいるが,死を招くからな」


「そうするとディビッド。キューボールは何なんだい?きっと凄い性能を秘めているのだろうね?店員も特別ていねいに磨いているようだし」

「・・・」
「・・・ディビッド?」
「・・・」
「・・・な,何かいけない事を言ったかい?」

「・・・どうやら君は知りすぎてしまったらしい」
「デ,デ,デ,ディビッド!?」
「キューボールの秘密をそんなに知りたいと?」
「知りたくない!そんなつもりじゃなかったんだ!」
「話が長くなりすぎたようだ」
「お願いだっ!ディビッド!殺さないでくれっ!親友じゃないかっ!!」


「・・・殺しなどしないよ,フランク。実はキューボールには,特別な仕掛けなど何もない。しかし,このビリヤードという陰謀に満ちたゲームの,深遠なる秘密の全てをキューボールが握っているのだ。・・・どうだろう。親友の君と私とで,これからあるゲームをしようじゃないか。極東支部の連中が開発したJAPANというゲームで,キューボールの真理を解き明かすには格好のゲームだ。ただし私は,『⑦番シングル』というハンデを頂く。これは,いわば情報料だ。これで君も晴れて組織の一員さ」


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2005-03-11 02:14:37

イニシャル「K」

テーマ:ビリヤード・フィクション

池袋のビリヤード場に「K」と呼ばれる男がいた。


Kは,毎週金曜日の夜12時になると決まって一人で現れる。

押し玉,引き玉,順ひねり,逆ひねり,バンクショット。
一人で黙々と練習をし,コンビネーションショット,キャノンショット,キスショット,ジャンプショットと進んでいく。

どの配置も一回だけ練習し,一球たりとて外さない。

さらに,カーブ,マッセ,ロングジャンプ,ダブルバンクと高度な練習に進んでいく。

そして,きっかり一時間撞くとキューをしまい帰っていく。


Kが初めて店に現れたとき,常連プレイヤーは目を見張った。
ビリヤードのあらゆる技巧を,淡々とノーミスで撞いていくKの力量は,底知れないものがあった。

Kが3回目に訪れたとき,店員は黙って店の一番奥のコンディションが最良の台に案内した。

5回目に訪れたとき,Kのために店員は台にブラシをかけ,常連客はKの技を見ようと時間にあわせて来店するようになった。


Kの練習が始まると,店内で撞いている者は口数が少なくなる。
ホールの喧騒は静まり,Kの撞く球音だけが響いていく。

そして10回目。
Kに挑戦する者が現れた。


Kは一瞬,相手の目をじっとみつめると,
「いいですよ」と短く答えた。

11ゲーム先取りのセットマッチで,常連では一番の実力者である対戦相手は,1ゲームも取れずに敗退した。


Kの噂は,他のビリヤード場にも広まった。
他店からも挑戦者が来るようになった。


Kの本名は誰も知らない。
対戦のとき,スコアボードの自分の名前に「K」と記入するので,人はいつしか畏敬の念をこめて「池袋のK」と呼ぶようになった。


Kは負けなしだった。
対戦相手が1ゲームでも奪うとギャラリーからどよめきが起こった。

ギャラリーの人数は回を重ねる毎に増え,多いときは数十人に達した。
誰一人口をきかない緊迫した雰囲気の中で,自分のプレイを維持するメンタリティーをもつ者だけが挑戦を許された。


Kから2ゲームとった者は,どの店にいっても自慢できた。
3ゲームとった者は「猛者」と呼ばれた。

しかし,3ゲームをとられるとKのプレイは凄みを増した。


プール・プレイヤーには,二つのタイプがある。

常に心を静め,冷静さを武器に戦う「静」のタイプ。
研ぎ澄まされた感性を爆発させ,リミッターをはずして戦う「動」のタイプ。

Kが後者を発動させると,それ以上ゲームを奪える者はいなかった。
Kはまさに鬼神と化した。

やがて,関東一円だけでなく,全国各地からアマチュアのトッププレイヤー,かけだしのプロプレイヤーが対戦を申込みにくるようになった。


Kは,決して守りのビリヤードをしない。
相手が的球を隠し,完璧なセイフティーを決めたときですら,逃げることは絶対にしなかった。

Kは,台上のモーゼだった。
海を割り,道を開け,誰にも予想のつかないショットで的球をポケットした。
背筋が凍るような玉を撞いた。
かなう者はいなかった。


そしてついに,誰かがたまたま来日していた海外のトッププロを呼んできた。
フィリピン人で,世界大会で多くの入賞歴を誇るプロ中のプロである。



「お前が無敵の男か?」

Kは無言だった。
ややあって,こう言った。


「11ゲーム先取り,1セットでいいですか」

「OK。ちょっと乗せないか?」

彼は法外な金額を口にした。
誰もが耳を疑う金額だった。


「いいですよ」とKは短く答えた。



長い夜が始まった。

フィリピン・プレイヤーは,いきなり4ゲームを連取した。
Kは一度も撞く機会を与えられなかった。
4連マスワリである。


フィリピン・プレイヤーは,ナイフで人の心臓をえぐるような玉を撞いた。

破壊的なブレイク,キラーショット,相手の息の根をとめんとする獣の息づかい。

Kは椅子に座り,ただ静かに自分の番がくるのを待っていた。


フィリピン・プレイヤーの配置が難しくなり,彼は防御を選択した。

Kは立ち上がり,キュー先に入念にチョークを塗った。




バンクショット一閃。

シュートコースを塞がれていた的球は,一瞬にして別のコーナーポケットに叩き込まれた。

今夜のKは違った。
静かな闘志がめらめらと燃え上がり,顔はむしろ蒼ざめてみえた。


Kは狂気の玉を撞いた。
あっという間にゲーム差は縮まり,抜きさった。

次にフィリピン・プレイヤーに番がまわってきた時,彼はゆっくり首を回しながら台に近づいた。

無表情に,残り玉の配置を眺める。
すぐには撞こうとしない。

やがて,おもむろに構えると最初の的球をポケットに沈めた。
手玉は大きく台上を走り回ったが,まだ手玉が動いているうちに彼は次に構える位置に移動した。
手玉が,ピタリと彼の前に停止した。

彼は,ギアをまた一段あげたようだった。
Kなど最初からそこに存在していなかったかのように入れ続けた。
玉と玉が弾けあう音,ポケットされる音だけが,その場を支配した。


再び難解な局面を迎えたときに彼が行ったセイフティーには,今度は二重,三重にトラップが仕掛けてあった。

しばし佇むK。

それでもKは攻めた。

クッションに向かって強烈に放たれた手玉は,衝撃で空中に跳ね上がった。
まるでスローモーションのように美しい孤を描いた手玉が的球にヒットし,その的球は隣接した別の的球をポケットした。




勝負は全くの互角だった。

両者とも,一歩も譲らなかった。

お互いに,それぞれのビリヤードを貫いた。




試合は,フルセットまでもつれこんだ。





そして。

最終ゲーム,⑨番ボールの前に立っていたのはKであった。



遠めの角度のある配置。
普通に撞くと手玉がスクラッチする可能性もある。

しかし,邪魔する玉は何もなかった。


Kは,柔らかいタッチで撞いた。

キュー先から,トーンと撞き出された手玉はスルスルと走り,⑨番の右端をかすめるようにカチンとあたった。
手玉は右コーナーポケットの角をなめるようにしてスクラッチを回避し,⑨番ボールはゆっくりと左コーナーポケットに向かった。






コトン。


と,音はしなかった。

⑨番ボールは,ポケットからわずか数ミリのところに静止していた。




「…OKです」と,Kが静かに言った。





フィリピン・プレイヤーは長い間,動かなかった。

やがて立ち上がるとKに煙草をすすめながら言った。
ちょっと怒ったような顔つきだった。


「さっきの金の話な…。ありゃ嘘だ。自分にプレッシャーかける時はいっつもあれやるのさ」


Kは黙って煙草を一本とりながら話の続きを聞いた。


「それにな,お前だって嘘っぽいぜ」

「…」

「正確無比なビリヤード・マシンのような顔をして,こんなにも熱い玉を撞く。…本当は,ロマンチストなんだろ?」





Kは白い歯をみせて笑った。
Kが初めてみせる,人懐こい笑顔だった。


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