じねん社長日記

美味しいものや楽しい場所が大好きで、お店や食材、観光スポットを探すのが楽しいんです。発見した良いものをどんどん紹介します。お楽しみに
\(*⌒0⌒)b


テーマ:
信玄殿が先日上洛のされ

その際のお土産にといただきました。

京都の「山椒ちりめん」

ありがたき幸せ・・・・・


新米を炊き上げて・・すぐにふりかけ

いただきました。\(◎o◎)/!

メチャクチャ美味しいです。

ありがとうございました。

じねん社長日記


じねん社長日記


じねん社長日記


じねん社長日記



テーマ:

ホテルオークラ浜松 フィガロランチビュッフェ

また来ちゃいましたねぇ\(^o^)/

食べ放題!! ほらっ!

やばいですねぇ・・・・・・

じねん社長日記


じねん社長日記


じねん社長日記


じねん社長日記


じねん社長日記


じねん社長日記


じねん社長日記


じねん社長日記


特別に描いてくださいました。ありがとうございます。

じねん社長日記


いや~~美味しかったし

ご馳走様でした。

浜松産パワーアップしてますねぇ!!



しかし・・・食べ過ぎっ(;一_一)

いいんです。今から動けばいいんです。

家康楽市 in 浜松出世城 春の陣 頑張ります!!




<オークラアクトシティホテル浜松>

〒430-7733 静岡県浜松市中区板屋町111-2 
TEL:053-459-0111(代表番号) FAX:053-458-3374





テーマ:
德川家の菩提寺「増上寺」のある港区。

通りには「大門」の文字。

しかも「未来につながる歴史の街」

良いですねぇ\(^o^)/

じねん社長日記


ここは「東京 浜松町」

その昔、德川家康公が江戸城と江戸の街を築く際

「浜松城下町」より大勢の腕利き職人を連れて行き

住まっていた場所と聞く。

浜松という名は家康公がつけた町名。

しかも、隣が「田町」

浜松の街と同じ名前が多くあるのが嬉しい。

じねん社長日記


じねん社長日記


じねん社長日記


じねん社長日記


おお~~!!18代当主 德川恒孝様の御名じゃあ!!

昨日お会いしたのぉ(・o・)

菩提寺じゃからのぉ・・・・維持するのも大変な事じゃぁ。

じねん社長日記


じねん社長日記



じねん社長日記


じねん社長日記


本堂には歴代の御位牌、子女の御位牌が並んでおる。

じねん社長日記


家康公の自画像じゃ

よく教科書などに載っておる。

じねん社長日記


皇女和宮様もおいでじゃ。

じねん社長日記


ここが「德川家御霊廟」

歴代6人の将軍と正室、側室など16人の御墓がある。

じねん社長日記


じねん社長日記


じねん社長日記



じねん社長日記


じねん社長日記


じねん社長日記


じねん社長日記


じねん社長日記



じねん社長日記


この門をくぐると

むさぼり(貪欲)

いかり(瞋恚)

おろかさ(愚痴)

の三つの毒から離れ極楽浄土に入れる心を作れる。

そう信仰されている。

戦後公開が初めてという

この「三解脱門(さんげだつもん)」

二階に多くの仏様が祀られており

江戸時代には年に数回多くの民が訪れ

祈りを捧げたそうであります。

じねん社長日記


じねん社長日記


じねん社長日記


じねん社長日記


じねん社長日記


じねん社長日記


じねん社長日記


じねん社長日記


じねん社長日記


じねん社長日記


魚がし??壱場??

あっそういう事ね。

ある水産会社が魚の供養塔を増上寺内に作って

その関係でこの青銅製の飾りが付けられているそう。

へ~~~すごっ!!

じねん社長日記


じねん社長日記


じねん社長日記


プリンスホテルも NHK大河「江」 に肖った

営業をされるのですねぇ。

浜松も秀忠生誕の地なので、もちょっと力入れないと

じねん社長日記


浜松・・・・頑張るぞ。

じねん社長日記

テーマ:
おお~~ここまで遠州弁なんですねぇ~~

「うぐいす・・・だに・・・」

えっ  ほんと??(;一_一)

ここは東京、上野駅のとなり「鴬谷」駅

じねん社長日記


この駅の横には由緒正しきお寺があります。

その名も寛永寺

芝の増上寺と共に

徳川将軍家の菩提寺となっておるお寺で

御霊廟には六名の将軍が埋葬されています。

四代家綱公・五代綱吉公・八代吉宗公・十代家治公・十一代家斉公

と十三代家定公。

$じねん社長日記


じねん社長日記


当時は現在の上野公園周辺の30万5千坪の敷地が寛永寺の境内地で

さらに1万2千石の寺領も有し、日本最大級の寺であったそうです。

すごっ\(◎o◎)/!

じねん社長日記


じねん社長日記


じねん社長日記


じねん社長日記


じねん社長日記


じねん社長日記


じねん社長日記


そして、ここ「寛永寺」には、私の大好きな「天障院 篤姫」

の御霊廟もあるのです。

しかも、夫の13代将軍家定公と並んで・・・・

江戸時代には将軍の墓の横に正室の墓があるなど

絶対にあり得ないことだったそうです。

がしかし、天障院 篤姫が亡くなったのが明治に入ってから

という事と、家定公とたいそう仲が良かった事と

勝海舟がお二人の事を最後の最後まで面倒を見て

尽くした結果であると聞きました。

篤姫の墓を家定公の横に作るために、寺の石垣を積み替え、

敷地を広げてまでして勝海舟が作ったそうです。

お二人が大好きだった果実の木がそれぞれ植えられている。

家定公は後ろ側に柿の木。

篤姫は前側にビワの木。

素敵ですねぇ(●^o^●)

この勅額門の奥に眠っておられます。

撮影ができないのでお見せでき無いのが残念です。

本当に仲良く並んで幸せそうにしておりれました。

じねん社長日記


じねん社長日記


じねん社長日記


        天障院篤姫 墓所  撮影禁止により「東京台東区の歴史より」お借りしました。

$じねん社長日記


じねん社長日記


じねん社長日記


じねん社長日記


じねん社長日記


じねん社長日記


じねん社長日記


じねん社長日記


じねん社長日記


じねん社長日記


じねん社長日記


じねん社長日記


じねん社長日記


日が暮れるまで敷地内のたくさんの歴史に触れ

和尚さま方のお話もたくさん聞けて満足にございます。

さらに寛永寺の将軍御霊廟は一般公開されていない中

今回、直にお参りできた事は私にとって最高の喜びで

涙があふれてきました。

徳川将軍の皆様にお参りできた事、心に刻まれました。

本当にありがとうございました。






Amebaおすすめキーワード