$冨田悠の経済学部音楽学科♪-ポスター大


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・タイトル 冨田悠の経済学部音楽学科♪


・放送時間 毎週日曜日19:30~20:00


・チャンネル FM84.1(FMサルース)


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$冨田悠の経済学部音楽学科♪-あじさい



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2012年02月01日

旨いもの

テーマ:ブログ
大根を味噌で煮くずれるほどに煮込んで、

炊きたての白飯にぶっかけて食う。


鱸を塩焼きにして燗で一杯。


鬼平犯科帳をはじめとする池波正太郎の小説には、

このような食に関する描写が数多く登場します。

美食家として有名な著者の描写は、

まさに食欲をそそるものです。


鬼平犯科帳では特に蕎麦の登場頻度が多く、

何故か盗賊一味の狙う商家の向かいには蕎麦屋があって、

火付盗賊改の同心達が蕎麦屋で張り込んだり、

見廻りの合間に蕎麦と酒で一服したり。

そんな影響で最近は蕎麦好きになってしまいました(笑)

ただ、鬼平の主人公の長谷川平蔵は武士なので、

その食事も外食を中心とした少し贅沢なものなんです。

で、今僕がすごく惹かれるのが、

仕掛人 藤枝梅安という作品の中で、

主人公の梅安が自分で作る食事です。

梅安は表の顔は鍼医者、裏の顔は暗殺者なんですが、

身分は平の町人。

仕掛(暗殺)で多額の報酬は得つつも、

私生活は質素なもの。

奥さんもいないのでほぼ自炊なんです。

相棒の彦次郎などが訪ねてくると、

夕食や酒の肴を振る舞うんですが、

そこでの料理がほんとに旨そうなんです。

食材は患者からの差し入れなどが多いので、

質素なものが多いんですが、

野菜や魚、豆腐など何か一品を丁寧に調理して、

白飯や酒と一緒に食す。

そんな描写を見ていると、

豪華で多彩な外食よりも、

よっぽど旨そうに感じます。


旨いものを追求していくと、

素材を生かしたシンプルな料理に行きつくような気がします。

併せて外食でなくて内食。

梅安で言えば、梅安が飾り気の無い料理を作って彦次郎が食う。

彦次郎は旨い旨いと頬張るわけですが、

それはやはり食事自体の旨さに加えて、

梅安が作ってご馳走してくれるとこにあるような気がします。

金を出して外食すると、

費用対効果を考えてしまったり、

接客など味以外の部分の評価も厳しめに見てしまいがちです。

でも内食ならば、たとえ食材は買ったとしてもそれはあくまで材料費であって、

調理をする行為自体がもはや出される側には嬉しいものです。

自炊の経験がある人なら誰でも、

作ってもらえることの有り難みはわかると思います。

また、内食ならば価格を考えた故に過度に作り込むような事も少ないので、

シンプルなメニューも作りやすい。

そんなわけで最近は梅安にご馳走されている彦次郎になりたくてたまりません(笑)


シンプルな手料理、僕が最近旨いと思うもののキーワードです。

ちなみに今日は寒いので湯豆腐を作った冨田悠でした。

Android携帯からの投稿
2012年01月26日

刀を振りながら

テーマ:居合道

合間を見ては素振りなどをしているのですが、


刀を振っていると色々と気付きがあったりするもんです。


前回の記事でゆとりについて書きましたけど、


刀を振り下ろす時もゆとりの重要性を感じる事ができます。


①振りかぶり


冨田悠の経済学部音楽学科♪-振りかぶり

②振り下ろし


冨田悠の経済学部音楽学科♪-振り下ろし

刀を振りかぶった時、


拳や腕には力を入れません。


極力脱力した状態を作って、


そこから一気に刀を振り下ろします。


振り下ろす時は左手が頭の中央から正中線(体の真ん中)を縦に真っ直ぐと通り、


それと同時に右手を絞り込む、


よく雑巾を絞る動作に例えられますが、


そうすると刀を下ろす力と右手を絞り込む力が合わさって、


良い太刀筋になるわけです。



専門的なことは僕はまだ講釈できるほどではないのですが、


この振り下ろす動作をするためには振りかぶった時にきちんと脱力する、


いわゆるゆとりをもたせておかないと、


左右の手の動きが不可能なものとなってしまうわけです。


面白いもので良い太刀筋を求めていくと、


自然と体や腕の使い方が導き出される。


言葉で書くとややこしいですが、


刀を振るという時に一番自然な形はおのずと決まってくるんですね。


まぁ、その自然体が難しいんですけど。



居合などの古武道に限らず、


何か実践的なものを追及し、


洗練されてきたものを学ぶと、


物事に共通する真理のようなものがあります。


とかく人は目先の結果を急ぐあまりに、


無駄な力を出そうとしたり、


無理をしようとしたり、


力んでしまいがちなものですが、


なんでもかんでもがむしゃらにやればいいってものではなくて、


力を入れるべき時や場所で力を入れ、


それ以外では無駄な力を入れない。


そんなゆとりある姿勢が大切なんだと思います。

2012年01月21日

ゆとり

テーマ:音楽

曲作りをする場合、


原則としては時間や気持ちにゆとりがある方が、


僕自身はいいものが作れると思うんですけど、


実際はそうでないケースも多々あります。



例えば、納期に制限もなく、


いくらでも自由に納得するまでこだわって下さいと言われたら、


多分いつまでも完成しない気がします。



また、学生時代なんですけど、


よく授業中にサボって作詞してたんですが(笑)、


その方がなんか良い詞が書けたんですよね。


机に向かって「さぁ、書くぞ!」ってすると意外と進まない。


先生の目を盗んで、声も出せない状態で書いてる方が何故か上手くいくんですよね。



でも、それと同時にやっぱり心にゆとりがないといい曲が書けないという事もあります。


仮に悲しい恋の歌(あんまり書かないけど)を書くとしても、


大失恋した直後に書こうと思っても多分書けなくて、


そんな悲しみを受け入れて、自分の中で消化して、


客観的に見つめられて初めて歌になるんだと思います。



さてそれでは、ゆとりを持つってどういうことなのかと考えるわけですが、


それは時間をたっぷりとったりして創作に向かい合うことじゃなくて、


色々な仕事や日常の出来事がある中で、


それでも音楽を創り出すことができる、


そういった心理状態が「ゆとり」なんじゃないかと思うんです。


それはつまり自分のキャパシティを広げ、


複数のものごとを進められる心の有り様というか、


それがゆとりのある状態なんだと思います。



だから、「歌を作る」ということにおいて、


それを具現化する作業、


例えば譜面を書いたり打ち込みをしたりみたいな作業は集中してやらないとですが、


曲を創作すること自体はスタジオに篭ってそれだけをやるより、


何か他の作業と平行しているくらいの方が上手くのかもしれません。



これってたぶんどんな仕事でも言えると思うんですよね。


目先のことだけに集中していると一見全ての力で作業するからパフォーマンスが上がる気がしますが、


実際のところはその作業だけでなく、


その作業が全体でどういう役割を占めているか、


周りの人はどういう風に動いているか、


その仕事は今後どのように展開していくか、


などなど、実際に目の前の作業以外の様々なことが頭に入っている人の方が仕事ができます。



いつも仕事に追われて残業続きの人と、


アフターファイブも充実している人では、


見た目前者の方が必死に頑張っている感じがするかもしれないですが、


実は後者の方が仕事ができるから定時に上がれるのかもしれないわけです。


人間のモチベーションなんてそんなもんで、


定時に終わらなくても残業すればいいやって思っていると、


結果的に仕事の能率が落ちる。


アフターファイブに趣味や付き合いを充実させたいと思っていると、


その為に結果的に集中して仕事ができたりするもんです。



話が逸れましたが、


良い音楽を作ることや、良い仕事を行うためにはゆとりが必要で、


そのためには全てをそれだけに注ぎ込むんじゃなくて、


他の様々な事とマルチタスクで進められる柔軟性を持つこと、


それが結果としてゆとりを生むことになるんだと思います。


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