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2018-02-18 09:14:24

ミスター・ガガ 心と身体を解き放つダンス

テーマ:出店予定

2017年12月17日(日)

「しばらく、映画を見てないね」という話になって、梅田スカイビルや京都シネマの上映情報を検索。この映画を選んだ。

イスラエルのダンスカンパニー【バットシェバ舞踊団】の振付家オハッド・ナハリン(人呼んでミスター・ガガ)に8年間密着したドキュメント。レディ・ガガとは関係ない。ラジオガガとも関係ない。GAGAと書いて、ガガ、映画配給のギャガとも関係ない。GAGAというのは、ナハリンが考案した身体能力開発メソッドで、身体感覚や直感を目覚めさせ、体の動きへ昇華させる。

映画の冒頭、若手女性ダンサーがナハリンから指導を受けている。一気に体の力を抜いて崩折れる動作。崩れ落ちる瞬間、無意識に、身体に力が入って、ナチュラルな動作にならない(演劇でよくある動きになっている)。ナハリンは、恐れず、無になって、崩れ落ちるよう彼女に要求する。何度も何度もダメだしが続き、どこかの境地にたどり着くのか、突然、彼女は崩折れられるようになる。

100分間の映像で、この冒頭のシーンが何よりも印象的だった。そして、癌で亡くなった先妻マリ・カジワラとのダンス。マリのダンスがナハリンをGAGAに導いたのだろう。マリの動きは水のようで、時間そのもののようで、常に流れがあって、指先やつま先まで繊細、しなやかで柔らかい。マリはニューヨークのバレエ団でのキャリアを捨てて、ナハリンと【バットシェバ舞踊団】を作ったのよね。イスラエルで、義母からヘブライ語を学ぶよう諭されている映像もあった。このドキュメンタリーもマリとの思い出に捧げられている。

映画の最後に、再婚した妻エリさん(この人もダンサー)と娘も登場する。今度も日本人と結婚したのね。極東系が好きなのかなあとどうでもいいことを思った。

 

以上で2017年の記事はおしまい(台湾を除く)。

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2018-02-18 08:49:37

たまには中ノ島・北浜界隈(その5・終)

テーマ:日々雑感

2017年12月15日(金)

ティータイム【カカオティエ・ゴカン】

お腹は空いていないが、喉は渇いた、というより、休憩したい。どうする?ということになって、前から行ってみたかった五感のチョコレート専門店に案内した。実は、以前にも店の前まで行ったことはあるんだけど、そのときはお腹いっぱい過ぎて、チョコレートの匂いも無理~だったの。

チョコレートは無理だったので、チョコレート風味のお茶にしました。

実は、休憩したのには時間調整という意味もあって、前日から中ノ島一帯でOSAKA光のルネサンス2017が始まったところだった。中央公会堂でも5時半からウォールタペストリーが行われる予定で、せっかくだからそれを見て帰ろうということにしたのだった。

通常は5時に初回が始まるのだが、この日は、前座(?)というか大学のミュージカルの宣伝ステージがあって、5時半開始。それが遅れて5時45分開始になった。歩行天の道いっぱいに人があふれて風は通らないものの、じっと待っていると足元が冷える。話をしながら時をやりすごす。

天満橋方向を見る。

中央公会堂の壁面

この全面を使ってウォールタペストリーが描かれる。15分間のロマンチックというかファンタジックなアニメーション動画だ。前の作品を見たことがある人には、今回のほうがずっと綺麗で繊細と、好評だったようす。刻々と変化するアニメーションを数秒でも見逃すまいとしていたので、当然、その写真はない。見たもの勝ち!

若者たちや家族連れはその後も、中ノ島一帯のイルミネーションを楽しんでいったことだろうけれど、われわれ(一応)主婦4人組は、今なら7時前に帰れるねなどと世知辛いことを言いつつ、中ノ島線への階段を下りていったのだった。

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2018-02-18 08:49:23

たまには中ノ島・北浜界隈(その4)

テーマ:日々雑感

2017年12月15日(金)

まだ北浜を歩く

少名彦神社

少名彦神社は小西家住宅よりいっそうビルの谷間に埋もれていた。道路に面した参道入り口が狭くて見落としそうなくらいなのだが、運の良いことに15日は月例祭だったので、明かりが灯され、参拝する氏子さんたちも多く、見逃さずにすんだ。

左隣は神社の会館。神社そのものよりずっと大きい。

細い参道には道修町らしく、様々な製薬会社の主力製品が展示(奉納?)されている。命の母Aとか葛根湯とか、ものすご~く日常的なお薬ばかり。参道を抜けると、広場のようなところに出る。右隣のビルを侵食しそうな勢いで楠ば伸びている。

月例祭だからなのか、茅の輪くぐりがあった。廻り方を確認して、全員が廻った。健康と医薬に神様なので、もちろん健康長寿を祈願した。

再び、堺筋を南下する。

生駒ビルヂング

アーチ型の窓から張り出したところに、鷲かなあ?なんだか可愛らしいのだけれど。

時計台を備えた生駒時計店のビルで、1930年竣工、スクラッチタイル張りのアールデコ様式というらしい。登録有形文化財。今も、生駒時計店が営業しているが、カフェやレストランもあって、なかなかおしゃれに使われているらしい。銀座・和光の服部時計店(旧社名)の時計台は交差点の角にそびえて、結構威圧感があるるが、こちらは堺筋に面したところに謙虚に立っている。交通の要所だけに道路標識が邪魔なんだなあ。

 

 

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2018-02-18 08:49:12

たまには中ノ島・北浜界隈(その3)

テーマ:日々雑感

2017年12月15日(金)

北浜を歩く

桜宮公会堂から、大川に沿って南天満公園を北浜に向かって歩く。

大阪証券取引所

五代さまの像のある大阪証券取引所の前を廻って堺筋を道修町方向に歩く。今更、五代さまの像でもないなと思いながら、高層ビルの前に設けられた巨大な円柱のようなエントランスを見上げると、気になるものを見つけてしまった。

全体としては円柱なんだけど、巨大な歯車のようにも見える。柱と柱の間に人が立っているので、大きさが想像できる。

気になったのは、窓にはめ込まれた鉄のモチーフ。昔の写真から復元したとか。

北浜から道修町に向かう堺筋沿いには明治・大正の近代建築がたくさん残っている。そういうビルの一つとして、【五感】に立ち寄った。お腹いっぱい過ぎて、ケーキを見ても食指が動かない。写真も撮らなかった…アホや。参考までに、五感のある新井ビルは大正11年竣工、元は報徳銀行大阪支店、後に、新井さんが買い取って新井証券本社になり、現在は五感の本店。登録有形文化財。

おしゃべりしながら歩いていくと、道修町の入り口あたりだろうか。大きな町家らしき格子の壁がみえた。

小西家住宅

玄関側に廻ってみると、玄関が長屋門のように開いていて、屋外に開けた短いアプローチの奥に主屋らしき建物が見える。

上の写真には写っていないけれど、門の両内側に社員と思しき男女ひとりずついて、この建物はほとんどが重文、一部が登録有形文化財になっていること、現在は公開していないけれど、近い将来公開する予定で準備していることを教えてくれた。

もとは小西儀輔商店(現・コニシ)の社屋兼小西家の屋敷として、1903年に建てられ、300坪以上あるんですって。公開が楽しみだなあ。

ちなみにコニシは、黄色いボトルに赤い蓋の木工用ボンドやアロンアルファを作っている会社。日ごろから、とってもお世話になっていたのね。

わたしたちはその後、少名彦神社に向かって歩くのだが、途中振り返ると、ビルの谷間で小西家住宅は只者でない感じを十分に見せつけていた。

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2018-02-18 08:48:53

たまには中ノ島・北浜界隈(その2)

テーマ:日々雑感

2017年12月15日(金)

桜宮公会堂

レストランは披露宴会場にもなる場所なので、それにふさわしい豪華なしつらえ。ここは、かつての姿の復元ではなく(資料が残っていなくて、それは無理だったらしい)、歴史を感じさせつつ現代的な華やかさを演出したということのようです。

とはいえ、結婚式がなければ、普通のレストランなので、特別に着飾った人々だけでなく、ラフなスタイルのカップルも食事に来ている。

アミューズ(サービス)

前菜

スープ

主菜

デザート

 

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2018-02-18 08:48:38

たまには中ノ島・北浜界隈(その1)

テーマ:日々雑感

2017年12月15日(金)

友だち3人と、大阪で年末ランチ。Nさんが「桜宮公会堂って知ってる?造幣局の裏手にある素敵な洋館で、今は結婚式場兼レストランになってるんだよ~。いっぺん連れて行ってもらったけど、建物も素敵で、料理も美味しかった!」と教えてくれて、みな、乗り気。造幣局には桜の季節に行くけれど、なかなか大阪は街歩きをしないので、じゃあ、ランチの後は腹ごなしに北浜を散策しようと欲張りな企画を立てた。

京阪電車の天満橋から造幣局方向に向かって中ノ島を歩く。桜の季節にしか歩いたことがなかったので、冬枯れの公園は寂しい。造幣局を横目に見ながら大川沿いの公園を歩く。

階段を上ると、コロニアル様式なのかな、洋館が見えてきた。泉布観(重文)だ。

明治4年に造幣寮(現在の造幣局)の応接所として建てられた。設計はイギリス人のトーマス・J・ウォートルス。いわゆるお雇い外国人のひとりだが、正規の建築教育をうけたわけではなくて、今から思えば、いささか怪しげな人物だったらしい。泉布は貨幣、観は館を意味する。残念ながら内部見学はできず。3月に公開日があるとのこと。

同じ敷地の奥まったところにあるのが桜宮公会堂だった。

桜宮公会堂

玄関ファサード部分が重文に指定されている。。明治4年竣工、昭和2年に老朽化のため取り壊しになったが、玄関ファサードに使われていた石材は保存され、その後、創建当時の姿に復元された。玄関の大扉と照明も創建当時のもの。その後、いくつかの変遷があって、2013年に結婚式場兼レストランとしてオープンした。

何様式といってよいのか不思議な建物。石造りで重厚ではあるのだけれど。この石は竜山石といって、古墳時代に石棺としてよく使われているそうです。姫路城の石垣にも使われているし、近代の洋風建築でもたくさん使われているらしい。

レストランの入り口は、ファサードをぐるっと廻った側面にある。入り口の前がちょっとした庭になっている。

庭の向こうに泉布観の側面が見える。

では、レストランへ。

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2018-02-15 16:40:30

七条から五条へ(その4・終)

テーマ:日々雑感

2017年12月6日(水)

豊国神社

こちらは修学旅行生がちらほらいるけれど、全体としては訪れる人もあまりいない。

鳥居

わたしたちは脇から入ったので鳥居はくぐらなかったけれど… 豊国神社の正面に出る。

唐門

唐門の柱の意匠

唐門の入り口に結界が張られていて中には入れない。唐門から本殿を覗くと、

人の匂いのしないエリアが広々と広がっているのだった。秀吉という人のイメージとは合わないのだけれど、聖域ということばがふさわしいような空間だった。

とはいえ、中に入れないので、唐門で参拝らしきことをした。帰ろうと思った矢先、宝物館があることに気が付いた。


本殿と社務所を結んでいるらしい(?)渡り廊下が、結界線のように働くのか、こちらもほとんど人気がない。苔の緑と木々の緑に加えて、建物の緑。この緑の塀の向こうに京都国博のモダンな建物や噴水があるとは思えない。

豊臣家に縁のある品々が中心である。戦の最中に書かれた手紙や陣中で使われた道具類はもとより、桃山時代の風俗が描かれた屏風や聞香・お茶の道具などが展示されていた。移動するたびに、床がみしみしうなるのがちょっと困った。

 

あとは、五条でお茶して帰りましょうと決めて、大和大路を北上していくと、修学旅行生たちが地図を片手に「この辺だよね?」。豊国神社を目指しているらしい。「あそこやで」と指さす。方広寺の鐘もすぐ隣にあるし、豊国神社は修学旅行生には一定の人気らしい。

五条に向かう途中、【MOTTAIAIクラフトあまた】という雑貨ギャラリーを覗き(山葡萄のバッグや焼き物など、ちゃんとした工芸品を扱っている。山葡萄のバッグは気に入ったのだけど、持ち合わせがなかったし、やっぱり、高い、かな~)、五条通を渡って、【ハム工房古都】という小さな小さな無添加ハム屋さんに寄った。ためしにとソーセージを2種類買ってみたが、本当に美味しかった。あじき路地の近くだし、また、買いに行きたいと思っている。

で、最後に、京阪・清水五条駅から鴨川を渡ってすぐの喫茶店【efish】で3時のお茶。鴨川の野鳥たちを眺めながら足を休める。

店内の一角で、【カケラニット】の展示会が開かれていた。京都在住のニット編み職人takaさんが、国内外で買い付けた様々な糸を使って新潟のニット工場でいろんな柄やいろんな配色で編み上げたニットなのだそうで、ジャガード織りとか、らしいです。

こういう模様

細い糸で、機械で編み上げているのでしょう。編んでいると、どんどん細い糸が欲しくなるのよね。細いほど表現力が増すので。でも、手編み糸としては今の太さがベストだと信じているので、変えるつもりはないのだけれど。細い糸だからこそできる表現を見ると、それをしたいというのではなくて、いいなって思う自分もいる。

知らずに入ったカフェだけど、わたしにとっては良い出会いでありました。

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2018-02-15 16:40:13

七条から五条へ(その3)

テーマ:日々雑感

2017年12月6日(水)

食後は住宅地を抜けて、豊国神社の裏にひっそりと建つ方広寺を目指した。

方広寺

裏の駐車場側から入っていくと、拍子抜けするほど、小さい本堂にと鐘楼のみが残る寂しい一隅だった。Hさんが「ぜひ、ここに」と希望されたのは、まさしく、この鐘楼のところに京の大仏があったということをテレビで知ったからだった。

鐘楼

わたしたちが覗き込んでいると、たまたま観光タクシーで4,5人のグループがやってきた。タクシーの運転手さんは観光ガイドを兼ねている。いろいろ教わった。なんでも、大仏は3回作られたのだという。しかも東大寺のより大分でかかった。話を聞いているうちに、京都にもほんとうに大仏があったんやな~と実感してくる。

最初は、秀吉が天正地震の鎮魂のために東大寺をまねて造営し、大仏殿も完成したのだが、慶長伏見地震で開眼前に倒壊してしまった。ちなみに大仏殿の境内は隣の豊国神社、京都国博、妙法院、智積院、三十三間堂をすっぽりつつむほど広かったらしい。

2度目が秀頼による造営。秀吉の大仏は木製だったのだが、今度は銅製にしたのがあだになったのか、鋳物師の過失から仏像が融けて出火、大仏殿も炎上した。

3度目が徳川家康による再建。これも寛文年間の地震で大仏は小破。おまけに、方広寺は、例の【国家安康】と刻まれた梵鐘の銘を口実にされて散々。寛政年間には大仏殿に落雷。この時、大仏も焼失した。

こうして京都の大仏は無くなったわけだが、タクシーの運転手さんいわく、「昭和48年まで、肩から上だけの大仏と仮殿がここにあったんですよ。それはね、愛知県の人たちが寄進してくれたものなの。京都でも、この話はね、知らない人、ぎょうさんおるよ~」

昭和48年に、お顔の大仏と仮殿は焼失したが、今はそこに、豊臣家に災いをもたらした梵鐘の写しとそれを収めた鐘楼(明治時代に再建)がある。大仏殿の台座があったと考えられる場所は大仏殿跡緑地となっている。

国家安康の鐘

この写真ではわからないけれど、ちゃんと刻まれていました。

鐘楼の天井画

必見です。思いがけず、ええもん見せてもらいました。

方広寺の本堂の賽銭箱は埋め込み式

地味な本堂でしたが、これも何かの縁をお参りしようとしたら、賽銭箱が埋め込み式。めっちゃおどろいた。

このまま、隣の豊国神社をお参りしていくことにした。

 

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2018-02-15 16:39:51

七条から五条へ(その2)

テーマ:日々雑感

2017年12月6日(水)

蓮華王院三十三間堂(国宝)

さすがに有名処、12月でも様々な制服の修学旅行生がひっきりなしに訪れている。学校単位ではなく、どの学校も班行動で訪れているので、来るのも多いが、去るのも多い。

最後に参拝したのは数年前の3月3日で、あの日の特別な賑わいはない分、千体の千手観音立像のお顔の違うのを得と眺める。観音さまたちの前に並ぶ国宝の風神雷神増や二十八部衆もゆっくりと見ながら、長い長い通路を通り過ぎた。

お堂の前に広がるお庭

 

この後、午前中に豊国神社に廻る予定だったが、養源院で時間を使ってしまったため、先に食事にすることにした。食事は東大路を渡って渋谷道を上ったすぐのところにある【ル・ピックアシェット】。こじんまりしたフレンチで、ランチをいただきました。

スープ

前菜

レバーペーストとトマトのムースが美味しかったと記憶しているのだが、ちょっと時間が経ちすぎて、記憶があいまい。

主菜

デザート

ものすご~く濃厚なチョコレート。デザートとしていただいた中では今までで一番濃厚だったと思う。

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2018-02-15 16:38:58

七条から五条へ(その1)

テーマ:日々雑感

2017年12月6日(水)

年上の友人Hさんとの遠足。今回は「テレビで見た京都大仏の跡地と、久しぶりに三十三間堂に行きたい」というリクエストにお応えして、それだけでは時間に余裕があるだろうからと、わたしのリクエストで養源院におつきあいしていただいた。

ずっと寒い日が続いていて、あんまり寒いようなら中止かなと危ぶんでいたのが嘘のような小春日和。お散歩経路を考えて、まずは養源院に向かった。

養源院

門をくぐって、本堂を見やる。

本堂の前には、お約束のように2本の枝垂桜が、春においでと誘っている。

養源院は淀君が父である浅井長政の追善供養のために長政の21回忌に秀吉にねだって建立してもらった寺で、養源というのは長政の院号だそうだ。オリジナルは建立後ほどなく焼失し、徳川秀忠が夫人の願いを聞き入れて伏見城の遺構を用いて再建した。つまり、最初も二度目も側室だったり奥さんだったりにお願いされて建てられたという次第。秀忠が再興したおかげで徳川家の菩提寺として大切にされてきたのだから、淀君としても悪くない話だと思うけれど。

伏見城の遺構というのは、伏見城落城の折、徳川方の鳥居元忠以下の兵士が自刃したのだが、そのときの血を吸った床板を廊下の天井として使っているということ。

わたしにとっては、ここは何よりも俵屋宗達の襖絵があるところ、だったのだが、徳川家の菩提寺にとっては血天井が最大の売り(?)のようでした。

養源院の素晴らしいところは、特別公開でもなんでもない日でも、お寺の方が順路(というのも、何だが)に沿って説明をしてくれるところ。正直、参拝者にとってこんなに丁寧なところはまず無いので、ありがたかった。逆に言うと、宗達の襖絵を見て、本堂をお参りして帰ろうと思っていたのが、寺院の由緒来歴、建物について、ご本尊について、血天井の見所(これが大将が倒れた時の姿が血溜りの中に残った跡である、これはおそらく兵士の指の跡である、といったこと)、そして、宗達の杉戸絵や襖絵の解説と、テープレコーダーと肉声を併用して案内してくれるのだった。案内は順路に沿って繰り返されるので、自分のタイミングで見学に加わり、一巡すると去るというシステム。

しかも、宗達の絵の絵葉書を1枚、お参りの記念にくれた!Hさんは白象、わたしは唐獅子をもらった。ついでながら、白象の裏側には麒麟が描かれていて、麒麟というのはキリンビールのあのキリンなのだが、雄の麒ちゃんと雌の麟ちゃんで対なのだということを初めて知りました。げに、先達はあらまほしきものなり、です。

養源院を出て、すぐ隣の三十三間堂に向かう。

 

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