母親とエホバの証人の姉妹との研究が始まり、我が家の生活は徐々に変わっていった。

カルト色一色に染まり始めたのである。

まず、エホバに関するいかなる「からかいや冗談」も禁止された。エホバ神こそ唯一絶対の神であり、どんな事柄よりも優先されたのである。それ以外の存在は無に等しかった。

なので、たとえ子供であっても、神のご覧になっているこの世界において、子供らしい愚かさを表したり、子供らしいじゃれ合いをしたり、冗談を言ったり、イタズラをしたりすることも全て神に誉れをもたらさないという点で、罪とみなされ罰せられ、体罰を受けた。

唯一の正義である、神やキリストは、絶対にそんな愚行はしないから、という母の思い込みもあったのだろう。

生活面の全てにおいて、そのような神の律法が適用された。妥協は許されなかった。

従って、世間の人たちは、真の神エホバを知らないがゆえに愚か者であり、それゆえに我々は宣教によって、彼らを罪から救い出さなければならないという重要な使命を各人が帯びていた。

それは、たとえ子供であっても同じであった。

だから、あらゆる人たちの前で、子供たちはエホバの証人的な観点で、極めて模範的でなければならなかった。

いつも大人しく親に従順な子供が最善とされ、親からはその型に押し込まれるかのように教育され続けた。

それを常に24時間365日にわたり、強いられていたのだ。

なので、親に対するあらゆる反抗の言葉、ののしりは即悪行とみなされ、親から厳しい体罰を与えられた。主に尻を出して、そこを何度もムチ打ちされるという刑であった。

それで、私たち子供は、何をしても何かにつけて叱られるので、徐々に子供らしさや明るさを失っていった。

私自身、幼少期には、日に一度も叱られなかったという日はほとんどないというぐらいだった。

ただし、唯一母親が、喜んだのは、子供たちが神を讃える時や立派な行動をした時だけだった。

それ以外は、子供の成長を含めて、喜ばれることはほとんどなかった。

エホバの証人的な成長以外には喜ばれることはなかったのである。



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