佐藤慧 -世界に魅せられて-

スタディオアフタモード所属、ジャーナリスト/写真家/作家、さとうけいのブログ。


テーマ:
陸前高田市からいったん関東圏に戻ってきた。
明日、明後日、東京で色々な方とお話をし、実際の活動に向けて進んでいく。

ここ数日、僕がみた現実は、あまりにも想像を絶していた。
いったいこれは何なのか、わからないまま、ただ感じるまま歩き、シャッターを切った。

この空気は僕の写真では伝えれない。

畏れと、静寂と、圧倒的な暴力、そして死の混じった匂い。
僕の脳は考えることを止めた。


佐藤慧  -世界に魅せられて-
ここに人口2万人の町があった。歩き慣れた通りはもう無い。


圧倒的な暴力。
理不尽な力。

否応無く奪われる命。

人の営みとはなんと脆いものか。


佐藤慧  -世界に魅せられて-
自動車は波にさらわれ、潰され、冷たい棺桶と化した。


想像力が追いつかない。
圧倒される風景に、感覚が麻痺してくる。

いったいいくつの命が泡沫に消えたのか。


多くの人が愛する人を失った。
意味もわからず、ただ、愛する人はその手の内から消えていった。

町の瓦礫は凄まじいが、
人々はその心の中に、二度と修復されることのない傷を負った。

僕の父もまた、その最愛の人を失った。

失ったというのは早計かもしれない。
遺体は見つかっていないのだから。

被災地に入るまで、僕も淡い期待を抱いていた。

きっと母は生きている。
どこかの避難所で、連絡手段もないまま、生きている。

そんな「希望」は、目の前の景色の前には虚しく響くだけだった。

あらゆる命が荒々しく叩き潰された町。

母はどこかに消えた。
その命は、波の彼方に溶けていった。


佐藤慧  -世界に魅せられて-
波に呑まれた父のカード入れが見つかった。そこには10年前に亡くなった姉の写真も。


佐藤慧  -世界に魅せられて-
瓦礫に埋もれた家から探し出して来た写真。父と母に抱かれているミミ(右)とチョビ(左)。


佐藤慧  -世界に魅せられて-
母の車。駐車場から500mほど流されている。ギアはPのまま。母は車に乗らなかった。


心が麻痺している。

数百の遺体の顔を覗き込み、そこに母の面影がないことに安堵する。

苦悶の表情を浮かべる遺体。
その死はどれだけの苦痛を伴ったのだろう。

陸前高田市で現在見つかった遺体は約1000体。
行方不明者は1万人に迫る。

残る9千の骸から響く命の咆哮は、引き潮に流され海に消えたのだろうか。

時の流れは容赦しない。
命の器は徐々に宇宙の流れに還ろうとしている。

原型を崩し始めた歪んだ顔に、
慈愛に満ちた母の顔を重ねてみることは今の僕には出来ない。

死はみなに平等に訪れる。
命とは、刹那に消え行く蝋燭の灯火のようなものなのだ。

前に進んでいかなければならない。


震災は終わっていない。
心に傷を抱えた人は、それでも命を紡いでいかなければならない。
愛する人に残されたものは、それでも残りの時間を生きていかなければならない。

多くの人が、その進むべき道を見失っている。

いっそのこと、共に死ねればよかったと、嘆きの声が聞こえてくる。

しかし、命とは与えられているものなのだ。
この宇宙にある以上、その命に与えられた役割を全うし、
その「時」が訪れるまで、ただ我武者羅に前に進んでいくしかない。

落ち着いて、次の一歩を踏み出さなければならない。

生きるのだ。

愛する人のために。


佐藤慧  -世界に魅せられて-
陸前高田市の復興のために、社会福祉協議会の方と避難所の調査にあたる。


人はなぜ生きるのだろう。

この束の間の命には、どんな意味があるのだろう。

「人生とは、無情なことの連続だ」と、被災した男性が呟いた。

世界は悲しみに溢れている。
しかし、それは裏を返せば、世界は愛に満ちているということではないだろうか。

愛するが故に、痛い。
愛するが故に、無情を感じるのだ。

風は吹いている。
ただ、その風を受け止めて、空に舞い上がれ。


佐藤慧  -世界に魅せられて-
日はまた昇る。無情が故に、幸せがある。

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