Washington Time








2010年12月18日(土)

バンコックのHOPE

テーマ:タイランド通信
 気がつけば今年もあと10日あまり。今年中に書き終えたいブログ記事がたまっているので、今日から数日間は毎日更新を目指します。まずは、タイのバンコックについて。


 今年も何度かバンコックを訪れました。バンコックでは、今年はじめに元首相タクシン派(通称「赤シャツ隊」)による騒乱がありましたよね。多数の死者も出しました。その騒乱の最後に破壊されたのが、僕も何度も通ったことがある「セントラル・ワールド」というショッピング・モールです。今年6月に訪れた時はまだ閉鎖中で、一番被害の大きかった一角(ZENというデパートがあった所)はこんな様子でした(↓)


 再度11月に訪れた時は、ZENの一角を除いて「セントラル・ワールド」は営業していました。復活を誇示するべく、あちこちに「NOW OPEN」という標示があったのです。


 ZENの入っていた一角はまだ工事中でしたが、その工事を隠すかのように、巨大なクリスマス・ツリーの建設が進んでいました(↓)。今ならきっと、綺麗な飾りつけも終わり、イルミネーションが灯っているんじゃないでしょうか。


 その「セントラル・ワールド」の外側をグルリと一周歩いてみて、僕が一番印象的だったのは、工事中の部分を覆うフェンスに描かれた様々なメッセージでした(↓)。「怒りは何も解決しない」、「希望を持ち続けよう」、怒りより希望を。本当に、世界を希望で満たしたい。



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2010年05月25日(火)

夜間外出禁止令が発令中のバンコックより

テーマ:タイランド通信
 今日の夕方、タイのバンコックに着きました。タイでは、反政府デモ隊と政府との衝突による混乱・騒乱・動乱(何て呼ぶのが一番適切なのか)が先週一応の終結を見たとはいえ、まだ治安情勢に不確定な要素が多いということ。実際、バンコックとその他多くの州では、政府による午前4時までの夜間外出禁止令が布かれています(到着するまでは夜間外出禁止令は明日の朝までということでしたが、来てみたら29日の朝までに延長されていました)。従って、今回はエアポート・ホテル(↓)に泊まっています。


 こんな情勢ですから、今日乗ってきたANAの成田~バンコック便はガラガラでした。ビジネスクラスが全部で35席ありましたが、乗っていたのは8人ほど。当然ながら、バンコックのスワンナプーム空港も閑散としていました。これじゃあ、経済への打撃も大きいでしょうね。何よりも、死者が80人以上出た今回の騒乱の傷痕や、騒乱を間接的に引き起こしたとされるバンコックと農村部の格差などを考えると、治安が回復しても、本当の意味での問題解決には時間がかかるのでしょう。微笑みの国と言われるタイに、早く微笑みが戻りますように。
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2009年12月18日(金)

バンコックで消えたスーツケース

テーマ:タイランド通信
 結論から言うと、無事に戻ってきましたよ。まだほとんど使っていないチョコレート色のRIMOWA(リモワ)だったので、戻って来て正直ホッとしました(↓)。中身より、このスーツケースの方が高価だし。今まで使っていた黒のリモワ はスリランカ離任前に角が割れたので、数ヶ月前にこれを買ったのです。


 ことの顛末は以下の通り。ブータンからバンコックに飛び、いつものようにエアポート・タクシーを手配してバンコック市内のホテルまで向かったのです。高速を飛ばして約20分で、ホテルとはもう目と鼻の先くらいの一般道への出口近辺に来ました。が、そこから一般道へ下りるまでが大渋滞で、40分もかかったのです(バンコックの交通渋滞は、一時、高速道路や高規格鉄道の整備で改善されたと思っていましたが、最近はまた酷くなっている)。僕はもうかなりイライラしていて、ホテルに着くなり、スーツケースを車のトランクから出してもらうのを確認もせず、チェックイン・カウンターへ急ぎました。

 チェックインの手続きを終えて、「僕のスーツケースはどこですか」とホテルのポーターさんに聞くと、知らないと言う。愕然。あのタクシーは、僕のスーツケースをトランクに積んだまま走り去って行ったのか。ポーターさんいわく、「運転手に聞いたら、トランクには何も入っていない」と言われたと。運転手も渋滞でイラついて意図的に嘘をついたのか、あるいは運転手とポーターとの間で何らかのミス・コミュニケーションがあったのか。思えば、僕がいろんな国のいろんな町のホテルにタクシーで乗りつける時、スーツケースを車から降ろすのをホテルのポーターやドアマンやコンシェルジュに任せっきりで、自分できちんと確認することはほとんどありません。それでも、こんなことが起きたのは初めてです。これからは、必ず自分で確認しよう。

 さて、幸いなことにバンコックの空港で車を手配したときにもらったレシートが手元にあったので、そのタクシー会社に電話して車の番号を告げ、追跡してもらったのです。待つこと30分。でも連絡なし。半ばあきらめて、外出することにしました。約2時間後にホテルに戻ると、愛しきリモワが届いていたのです。やれやれ。


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2009年10月03日(土)

もち米とマンゴーの相性

テーマ:タイランド通信

 昨夜コロンボを発って、今朝、トランジットのためバンコックに着きました。で、お昼のデザートに食べたのが、タイ料理の定番となっている「スティッキー・ライス&マンゴー」です(↑)。ワシントンのタイ料理店でも時々食べますが、結構好きなんですよ。初めて食べたときは、どうしてご飯を食べた後に、またデザートにご飯が出てくるのか不思議でした。でも、ほんのり甘く味付けしたもち米と甘酸っぱいマンゴーは、かなり相性がいいですよね。
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2009年03月21日(土)

バンコックの卵かけごはん

テーマ:タイランド通信

 いつもながらバンコックではいろいろ美味しいものをいただきましたが、今回一番美味しかったのがこちら(↑)。飲んだ後に食べた「卵かけごはん」です。僕は子供の頃から、生卵をご飯にかけて醤油を垂らしただけのこの「卵かけごはん」が大好きでした。貧乏学生だった大学時代は、よくこの卵かけごはんで飢えをしのいだものです。で、僕の記憶が正しければ、海外で食べた「卵かけごはん」は、これで二度目。一度目は、もう何年も前にニュージーランドのこのホテル の朝食で食べた時だったと思います。

 バンコックで「卵かけごはん」を食べたのは、「大の樹(DAI NO KI)」という京風料理のお店でした。ここは、日本から生卵を空輸しているそうです。だからこそ、生でも安心して食べられるのです。

お店情報 ~ 「大の樹」:76/10 Soi Lang Suan Ploenchit Rd, Lumpini, Pathumwan Bangkok
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2009年03月20日(金)

Medical Tourism ~ 国境なき患者たち

テーマ:タイランド通信
 最近、メディカル・ツーリズムという言葉を時々耳にします。医療が目的の(海外)旅行。バンコックにあるBumrungrad Internationalバムルンラード・インターナショナル)という総合病院は、そんなメディカル・ツーリズムの目的地として注目を集めています。この病院には、毎年150を越える国々から約100万人の患者たちがやってくるそうです。途上国の患者たちはより質の高い医療を求めて、先進国の患者たちはより安価な医療を求めて、いずれも国境を越えてこの病院にやって来ます。日本人も年間3000人ほどが利用していると聞きました。YouTubeにも、この病院についてのビデオがあったので見てみて下さい(↓)




 実は僕も昨日、このバムルンラード病院のお世話になってきました。二年間のスリランカ生活の後の、人間ドックというか総合健康診断を受けてきたのです。コロンボからワシントンへの帰途に、バンコックを経由することにした主な理由がこの健診で、前もってメールで予約していました。血液検査、検尿、検便、心電図、負荷心電図、内臓の超音波検査、胸部レントゲン、バリウムを飲んで胃の検査、腫瘍マーカー、眼科などなど全26項目をチェックして、所要時間は約3時間。非常に手際よく効率的な検査という好印象を受けました。


 最新鋭の設備、アメリカなど先進国で教育を受けた医師団、そして何よりも、タイ人スタッフのホスピタリティ溢れるサービス。日本人のスタッフもいるので、英語やタイ語ができなくても安心ですよ。僕も、二人の日本人スタッフにとても親切にしていただきました。この病院、スターバックスなどのカフェも充実していて、病院というよりはホテルかショッピング・モールのような雰囲気なのです。病気じゃなくても、なんかまた行きたくなるような病院でした。
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2009年03月19日(木)

大都会バンコックより

テーマ:タイランド通信
 最初の経由地バンコックに着きました。高層階から見下ろすバンコックは、思わず「あ~あ~、果てしない~」とクリスタル・キング「大都会」を口ずさみたくなるくらいの大都会です。


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2009年02月12日(木)

アユタヤの世界遺産~マハタート寺院

テーマ:タイランド通信
 今回のアユタヤ通信の最後は、世界遺産に指定されているアユタヤ王朝の遺跡群の中で、ひときわ目を見張るワット・マハタート。遺跡と言うか、巨大寺院の廃墟です。アユタヤ王朝は、隣国ビルマとたびたび戦火を交えたらしく、そのビルマ軍に壊滅させられたのが、このマハタート寺院なのです。破壊される前の姿を見てみたかった。さぞ、美しく荘厳な寺院だったのでしょう。





 さて、このマハタート寺院で、僕が一番興味をひかれたのがコチラ(↓)


 菩提樹の木の複雑に絡み合う根っこの部分に、仏像の頭が取り込まれていました。この仏像の頭は、どうしてこういう場所に落ち付いたのか。ガイドさんによれば、ビルマ軍は当時、多くの仏像の頭を切り落とし、ブラック・マーケットで売り捌いたそうです。その切り落とされた頭のひとつが、長い年月をかけて菩提樹と一体化してしまったらしい。本当だろうか。でも、仏像は石像のはずなのに、僕には菩提樹の中の仏陀は、色も材質も菩提樹そのもののような気がしました。触って確かめることができなかったのが残念です。何とも神秘的なアユタヤのマハタート寺院でした。
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2009年02月11日(水)

アユタヤに山田長政を訪ねる

テーマ:タイランド通信
 交易で栄えたアユタヤには、16世紀以降、多くの外国人が渡来して住んでいたといいます。その中には数千人の日本人もいて、日本人町を形成していたらしい。当時アユタヤの日本人の中には、祖国を追われたキリスト教徒が多かったそうですが、アユタヤ宮廷に仕える傭兵たちもいたのです。そんな傭兵隊の隊長を務めていたのが、有名な山田長政。アユタヤの日本人町に、その山田長政を訪ねてみました。


 アユタヤの日本人町の跡地は、チャオプラヤー川の畔にありました。当時日本人が住んでいた民家などは残っていませんが、跡地に小さな日本庭園などが整備され、ちょっとした公園のようになっています。右上の山田長政の銅像は、お土産売り場の一角に立っていて、日本人のボランティアが「顔は想像ですが、服装などは当時のものを再現したのだ」と説明してくれました。


 山田長政はどうして当時のアユタヤに渡ったのか?彼についてもっと知りたくなり、バンコックの紀伊国屋書店で、遠藤周作の「王国への道~山田長政」という本を買ってきました。この本によると、長政は「小さな日本で息をつめて暮らすのは俺の性にあわない。異国で一旗あげよう」と、密航までして日本を出て、マカオからアユタヤに入るのです。約400年も前に、新しい生き方を模索し、情熱に燃えて自ら異文化に飛び込んだ日本人の男がいた。その後、術策と謀略の渦巻くアユタヤ王朝で出世を重ねる。山田長政は、「世界に通用する日本人」としての先駆者だったのかもしれません。
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2009年02月09日(月)

古都アユタヤの風景

テーマ:タイランド通信
 今までタイには何度も来ていますが、大抵はトランジットのため、バンコックだけしか訪れたことがありませんでした。でも今回は、14世紀から18世紀にかけて王朝が栄えた古都アユタヤに行ってみたのです。バンコックからは車で一時間ちょっと。早朝にバンコックのホテルを出て、車でウトウトと居眠りをしていたら、アッという間に着きました。まず訪れたのが、バンパイン・パレスという美しい宮殿(↓)




 その後は、アユタヤの寺院めぐり。いろんな仏陀を見ましたが、いくつかを載せておきます(↓)。アユタヤ通信、もう少し続きます。



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