Washington Time








2004年06月06日(日)

アフガニスタンの希望の光

テーマ:アフガニスタン通信
 情勢はまだまだ不安定なアフガニスタンですが、少しずつ希望の光が差しつつあります。カブールの街には活気のある商店がいくつも並んでいたし、ショッピング・センターの建設も進んでいました。街の広場では、バレーボールやクリケットをする若者たちも見かけました。タリバン時代にはご法度だった映画やテレビなどの娯楽が復活し、衛星放送やインターネットの利用も可能になりました。祖国を離れていた難民たちもぞくぞくと帰還しています。世銀のカブール事務所に勤務し、今回僕と一緒に働いたカヒールさんも、タリバン政権崩壊後にパキスタンから帰還したひとりです。

 アフガニスタンの子ども達が学校に通う姿も見かけました。特にタリバン時代には禁止されていた女子の教育も再開され、通学途中の女の子たちが僕の顔を珍しそうに見ていました。南アジアでは、「男を教育することは人ひとりを教育したことに過ぎないが、女を教育することは一家全員を教育したことに等しい」と言われます。未来のアフガニスタンを担う子供たちの教育が、今後の国づくりの最重要課題であることは言うまでもありません。

 アフガニスタン人は、政府の人もゲストハウスで会った何人かのビジネスマンも、みな誇りが高い印象を受けました。僕が泊まっていたゲストハウスに勤めるズモールさんは、「アフガニスタンがテロリストの巣窟になっていたのはここ5年くらいのことだ。今後テロリストを追い出して、平和で安定した国になるのには10年はかかるだろう」と言っていました。アフガニスタンは、今年の9月に選挙を予定しています。この選挙を成功させることが、ズモールさんが言う「10年後」への第一歩になるでしょう。まだまだ前途多難なアフガニスタンですが、国際社会に生きるひとりひとりが、この国で起きていることから目をそらさずに関心を持ち続けることが必要なんだと思います。アフガニスタンの希望の光を消さないために...。
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2004年06月05日(土)

寂しきカブール

テーマ:アフガニスタン通信
 今カブールで僕が宿泊しているのは、民間のゲストハウスです。世銀や他の国連機関は、駐在員や出張者のために、カブールに独自のゲストハウスを借り上げてセキュリティ対策に万全を期しています。ところが今回は、その世銀のゲストハウスがあいにく満員だったため、民間のゲストハウスに追いやられてしまったのです。民間とは言っても、国連のセキュリティ・チェックでOKが出たゲストハウスで、かなり高い塀に囲まれ、国連に認められた警備員が門番をしています。部屋は四畳半くらいの独房で、ベッドと机と扇風機があるだけです。風呂とトイレは共同で使うことになっています。

 このゲストハウスの難点は、しばしば停電がある上、水圧が極端に低く、お湯も出なかったりでシャワーを浴びるのに一苦労だということでしょうか。まあ、カブールで快適さを求めるつもりもありませんので、安全ならば良しとしましょう。これで朝晩の食事が付いて、一泊60ドルです。ちなみにカブールにはインターコンチネンタル・ホテルがありますが、何ヶ月か前にロケット弾が打ち込まれて以来、国連の職員は宿泊が禁じられています。こちらに来る国連機で一緒になったNHKの特派員は、そのインターコンチネンタル・ホテルに三ヶ月ほど滞在する予定だと言っていました。

 カブールに着いたその日、緊急時の連絡用に世銀の現地事務所から無線ラジオと携帯電話を貸し与えられました。そして国連のセキュリティ担当者からブリーフィングがあり、夜間は外出禁止であることや、昼間でもひとりでは歩かないこと、ひとつの場所に長く留まらないこと、カブールを離れてフィールドに行く場合は最低二台以上の車で車列を組んで行くことなどの指示を受けました(地方によっては武装警官によるエスコートが必要)。さらに、カブール市内には国連が安全と認めたレストランが六つだけあり、それ以外のレストランには行かないようにとのことでした。早い話が、仕事や外出は早めに切り上げて、安全な場所に戻りなさいということです。

 僕の泊まっているゲストハウスには、デンマーク人の女性とエクアドル人の男性も泊まっています。いずれも援助関係者ですが、夜はすることがないので、いつも三人でアフガニスタンについての長話をしています。デンマーク人のPさんは、アフガニスタン滞在中は一日100ドルの保険料を払っているそうで、その金額には驚きました。彼女のその保険は、万が一誘拐された場合でも、身代金を払ってくれる保険なのだそうです。ちなみに国際公務員を誘拐しても身代金は出ませんよ。だから僕を誘拐しても無駄です。
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2004年06月03日(木)

悲しきカブール

テーマ:アフガニスタン通信
 アフガニスタンの首都カブールからです。カブールはとても暑く乾いた天気が続いています。辺りを小高い丘に囲まれているカブールは、まるで砂漠の中に建っているような街です。少し風が吹くと砂埃が舞い、その砂がオフィスの中にまで入ってきます。アフガニスタンは、ここ4~5年ずうっと旱魃が続いているそうですが、20年以上も紛争状態が続いたアフガニスタンを、天までが見捨てたとはやりきれません。

 イスラマバードを発って国連機でカブールに着いたのは、もう何日前だろうか。あの日、カブール空港に着陸した時に最初に見たものは、滑走路の向こうに広がる空き地で行われていた地雷除去活動でした。カブール市内にはバリケードがいたる所に築かれていて、ほとんどの建物の前には銃を構えた門兵がいます。それから、カブールの街を車で移動していると、戦車とすれ違うことも珍しくありません。これは、主にNATO軍で構成されている「ISAF」と呼ばれる国際治安部隊の戦車だそうです。この「ISAF」がパトロールしているために、カブールの治安は比較的安定しているといいます。

 それに比べ、カブールを出て地方に行くとかなり危険だそうです。おとといも、アフガニスタンの北西部で活動中の「国境なき医師団」の5人が武装集団に殺されました。イラクでもそうですが、国際機関やNGOなどのいわゆる「ソフト・ターゲット」を狙った攻撃がアフガニスタンでも増えているようです。昨日、僕らもカブールから北へ車で二時間ほどのデバリという集落を訪れたのですが、「国境なき医師団」の事件後だったこともあって、かなり緊張しました。無事カブールに戻ったときは正直言ってホッとしましたね。道中、戦闘で破壊された建物や、戦車や装甲車の残骸を多く目にしましたが、これらが早く過去の遺物になってほしいものです。
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2004年05月29日(土)

アフガニスタンへ

テーマ:アフガニスタン通信
 昨夜ワシントンを発って、今朝ロンドンに着きました。これからパキスタン経由で初めてアフガニスタンへ行きます。今回は「アフガニスタン復興基金」に関する仕事ですが、この基金とは、日本を含めた先進国や各国際機関がアフガン復興のために拠出した資金をプールして、世銀が一括管理しているものです。この基金の設立は、2002年1月に東京で開かれた「アフガニスタン復興支援会議」で決まったものでした。確か、あの東京会議では緒方貞子さんが日本政府特別代表として議長を務めていましたね。

 アフガニスタンでは実に7割を超える人々が、日常的に安全な水を手に入れられないという悲惨な状態です。そこでアフガン政府が最近、この「アフガニスタン復興基金」を使って水供給プロジェクトをやりたいという計画書を作りました。それに関する審査と交渉をする役目が、僕にまわってきたのです。治安の回復や政治の安定がなければ、水も飲めないようなアフガニスタンの貧困を撲滅することは難しいかもしれません。また同時に、貧困がなくならない限りは政治や治安の安定も難しいと言えるでしょう。平和維持や民主化への努力と、復興支援を同時並行で進めなければならない所以です。イラク報道の陰で最近あまり話題にのぼらなくなったアフガニスタンの現状を、この目で確かめてこようと思います。

 アフガニスタンでインターネットが使えるかどうか、今のところ分かりません。今後更新がなければ、インターネットが使えないものと思ってください。
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