Washington Time
慶長の本棚(和書)
慶長の本棚(洋書)
ブログパーツ 無料.com
【告知】 2012年3月17日(土)午後2時から、世界銀行東京事務所(内幸町)で「東北復興を考える~スリランカ津波復興支援の経験から」というセミナーをやります。世銀のスリランカ津波復興支援の経験と教訓を紹介し、それを参考に東北復興について皆さんと一緒に考えたいと思っています。
申し込みはコチラから→ http://bit.ly/wEPLRM
1
|
2
|
3
|
4
|
5
|
最初
次ページ >>
2012年01月22日(日)
うつくしま福島より
テーマ:ジャパン通信
先週の火曜日から福島で働き始めました。三月中旬までの福島滞在中、このブログは最低でも週一回くらいのペースで更新できればと思っています。リアルタイムの情報は、ツイッター
の方で発信するつもりです。
美しい吾妻連峰を臨み、「うつくしま」とも呼ばれる福島に来て五日ほど経ちました。まずは、なるべく色んな人に会って色んな話を聞き、状況を把握することに努めています。その中から優先順位の高い課題を見つけ、自分の専門と経験から何ができるのかを決めて取り組みたいと思っています。今までは、僕を受け入れていただいた福島大学の関係者をはじめ、福島で支援活動をしているいくつかのNPO、福島市内の幼稚園の先生、伊達市の農村地域の団体などなどにお会いしました。ただ自分が福島に滞在するのは数ヶ月という短い期間のため、悠長なことは言ってられません。大した支援は何もできずに帰ることになるのではないかという危惧は、ワシントンを発つ前から持っています。既に焦っています。
福島市内は、避難区域になっていない市町村の中では、放射線量が比較的高い状態が続いています。でも、多少マスクをしている人の割合が多いかなと思うくらいで、市内の様子は一見ふつうの生活と何ら変わらないように見受けられました。ただ、色んな人の話を聞くと、やはり様々な思いや不安・ストレスを抱えて暮らしていることに改めて気づかされます。避難すべきなのか、子供に何を食べさせるべきなのか、子供をどこで遊ばせればいいのか、放射線量を下げるために庭の木を切るべきなのか、芝生をはがすべきなのか等々、あの震災以来、そういう問題に福島の人たちは日常的に悩まされているのです。自主避難を決めた人、一度は避難したけれど戻って来た人、福島に残ること決めた人、それぞれの事情を抱えながら、それぞれの決断。僕のような部外者が、その難しい決断にああだこうだと言う資格はありません。それぞれの決断は全て正しいのですから。
2012年01月12日(木)
東北への想い、そして福島へ
テーマ:ワシントン通信
皆さん、ご無沙汰しています。今年はもう少しブログを書こうと思うので、どうか宜しくお願いします。さて、昨年の3月11日以来、ずうっと東北のことばかりを想って過ごして来ました。自分は、地球人、アジア人、日本人、東北人、青森県人、八戸人ですが、その中でも「自分は東北人なんだ」とあの大震災以来、強く意識しています。遠くにいて何もできない無力感を抱え、自分には何ができるのか、何をするべきなのかと悩みながら、何とか東北に戻って復興の一助になれないものだろうかと模索していました。
それがこの度、縁あって福島大学に震災後に設立された災害復興研究所で福島復興のお手伝いをさせていただくことになりました。日曜日にワシントンを発って福島に向かいます。今回は、世銀の業務とは全く関係なく、世銀の仕事を休んで、個人のミッションとして働かせていただくのです。休暇を取って行く都合上ほんの数ヶ月だけで申し訳ないのですが、福島の皆さん、どうか宜しくお願いします。
2011年10月31日(月)
今年のJack-O-Lantern~カボチャの中のリンゴ
テーマ:ワシントン通信
ひと月以上の長い出張に出ていて、ワシントンに帰って来たのが10月29日の夜でした。気がつけば10月31日のハロウィンまで、もう日がない。今年のJack-O-Lantern(カボチャの提灯)はどうしようか。去年
やおととし
のように手の込んだデザインだと、細部を慎重に削ったりするので一つのカボチャを彫り上げるのに3時間くらいもかかるのです。時差ぼけも疲労もあるし、とてもじゃないけど今年は3時間もかけてカボチャを彫る気は起きないなあ。
ということで、今年はこれにしました(↓)。先日亡くなったアップルのスティーブ・ジョブズ氏を追悼する意味も込めて、カボチャの中のリンゴ。これだと、カボチャの中味を取り出す作業も含めて、全工程で一時間かかりませんでした。
2011年09月03日(土)
宮城県の被災現場訪問~ともに、前へ
テーマ:ジャパン通信
日本での夏休みの終盤、宮城県の被災地を駆け足で周ることができました。名取市、仙台市、多賀城市、七ヶ浜町、塩釜市など。初日は七ヶ浜町に住む被災した友人を訪ね、彼に七ヶ浜町と塩釜市を中心に案内してもらいました。翌日は、仙台市役所に勤める知人のご厚意に甘えて、大被害を受けた海岸沿いの浄水場、放射性物質を含む下水汚泥の一時貯留場、瓦礫の仮置き場、建設が進む瓦礫の焼却施設、被災した荒浜小学校と壊滅した周辺住宅地などを視察させていただきました。
田んぼに転がる多くの車、陸に打ち上げられた船、破壊された電車の車両、点灯しない信号機、根こそぎ流された松の大木、まだヘドロの臭う沿岸街区、校庭の仮設住宅、仮置き場の巨大な瓦礫の山、そして、基礎だけが残された住宅の庭で咲き続けるヒマワリの花々。ニュースやインターネットで見てはいましたが、実際に自分の目で見ると、やはりショックは大きいです。呆然として言葉も出ず、悲しくて写真を撮る気にもなれませんでした。宮城県の被災現場で唯一撮った写真がこれです(↓)。これは、七ヶ浜の海岸に打ち上げられた韓国籍の貨物用コンテナ。仙台港から津波で流されてここまで来たと思われます。
仙台市の被災現場を視察しながら、仙台市の方々のお話をいろいろと伺う機会もありました。様々な困難を抱えながらも復興の現場で奮闘する彼らとの対話を通じて、復興の組織体型、復興財源、復興施設の計画と維持管理体制、復興代替え案のコスト・ベネフィット、復興施設のエネルギー効率と代替えエネルギー源、段階的復興計画の必要性、復興プロセスの内外への情報発信などなどについて深く考えさせられました。そして、やはり被災者と地元自治体を復興の主役にしていかなければいけないと改めて思ったのです。仙台は、必ずや災害復興の世界的先進事例になるはずです。その仙台市役所の正面には、「ともに、前へ 仙台~3・11からの再生~」という文字が掲げられていました(↓)。そう、ともに前へ進もう。
2011年08月27日(土)
八戸復興への序章
テーマ:ジャパン通信
ふるさと八戸に滞在中、沿岸部を中心に八戸の被災現場を視察する機会がありました。上の写真は、ウミネコの繁殖地として国の天然記念物に指定されている蕪島(かぶしま)。ご覧のように蕪島の前の公衆トイレが破壊された他にも、今年は津波による塩害で蕪の花が咲かなかったと聞きました。この資料によれば、八戸の被害状況は死者・行方不明者2名、重軽傷者17名、全壊住宅217棟、半壊住宅910棟、住宅以外の全半壊の建物984棟、大小の漁船被害256隻、その他にも港湾、水産業関連施設、防波堤などにも大きな被害が出ています。
ただ八戸市は行政機関が被害を受けずにしっかりと機能していることもあり、復興に向けて着実に動き出しているようです。復興への序章が始まっているのです。先日は、八戸市復興計画(原案)も公表され、現在市民からのコメントを募っています。僕自身、ふるさと八戸の復興に関しては、あまり心配していません。むしろ八戸市は仙台市とともに、東北の復興を牽引する立場にあると思うのです。早く復興して、より被害の大きかった他の三陸の自治体に対して援軍を出すべし。しかしながら、放射能の海洋汚染による八戸の水産業への影響に関しては、今後も注意深く見守る必要があるのかもしれませんが。
1
|
2
|
3
|
4
|
5
|
最初
次ページ >>