2012-03-01 18:06:15

塾訓

テーマ:はじめに
本ブログの読む前に、以下『塾訓』をご一読ください。


競馬維新塾-塾訓

、本ブログは、競馬を「予想」でなく「ギャンブル」の側面から綴っている。

、本ブログは、「予想家」でなく「ギャンブラー」となることを推奨している。

、本ブログは、「当てる予想」の類いは一切なく、あくまで「回収率を底上げさせる知識」を綴っている。

、本ブログは、世の「馬体パドック派のスタンダード」である、「相馬感」といった「馬体の見方」ではなく、「相馬眼(観)」という、「相馬の基本」をもとにした「馬体の見方(ロジック)」を解説推奨している。

、本ブログの内容は、決して各個人の利益を保証するものではない。故に、参考にして生じる不利益等、その一切は自己責任。

、本ブログは、決して、「競馬は“ギャンブル”として向き合うのが正しい」と、主張していない。あくまで、「競馬で勝ち負けを意識する場合、“ギャンブルの基本(セオリー)”が必須」と、主張しているに過ぎない。

※「予想家」と「ギャンブラー」の定義
※随時修正更新



以上、競馬では

・レースを自分なりに「予想」する、探求分析する
・人や馬のドラマに感動、騎手やサラブレッドを応援する
ギャンブルとして向き合い、博打として勝負にする

これら「三者の行為に優越は存在しない」のではないか。



つまりは、

・予想を探求している競馬ファンも
・大好きな馬に会うため、牧場へ足を運ぶ競馬ファンも
・一攫千金の夢みて、賭け続ける競馬ファンも

みな同じ、ただの「競馬好き」の一点でつながっている。



私は、「競馬の在るべき姿」として、

・もっと健全なスポーツとして運営されるべき
・博打ギャンブルがダメ、イメージを悪くしている
・人間のエゴで走らせるのはかわいそう
・綺麗事よりも、一攫千金!

どの考えも、「それ一つでは正解とはならない」と思う。



むしろ、それら競馬への「純粋過ぎる一面的な思い」は、
結局、競馬全体として「偏り」でしかなく、


必ず、どこか別の処に、しわ寄せを生みだしてしまう。
結果、「競馬のより良い発展にはつながらない」と思う。


競馬が、博打だけに特化した娯楽となっては
馬や人々を愛する競馬ファンは離れていってしまう。

馬が大好きだからといって、競馬博打を否定することは
馬やそれに関わる人々の首を絞める行為と変わらない。


競馬ファンが、競馬の「要素、楽しみ、向き合い方」
そのすべてを受け容れ、ただ互いに


「持ちつ持たれつ」


このスタンスこそ、「競馬の在り方」として最善ではないか、と思う次第。

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