ヒプノセラピー スペース・SORA KEIKO.

スペース・SORAを主催しヒプノセラピスト(退行催眠・前世療法)として1999年より活動。
日々の出来事、運を上げるコツ、意識のカラクリなど、実体験をお話します。
自分自身を知って人生の質を上げましょう~♪☆
(東京・有楽町線&副都心線『千川駅』下車徒歩5分)


テーマ:

26日の記事 『許すということ』にいたった経緯についての

つづきになります。長くなるのですが・・・・ファイトはっぱ



少しだけ母を擁護すると…9才の年から家事一切を私に任せてしまったのには母なりの事情がありました。母は あの時代の女性には珍しく、ある種の仕事でそこそこ成功していたのです。土日が無いような仕事でしたから、週に何回か家事代行を頼むものの毎日の食事や掃除は、私にさせるしか方法がなかったのでしょう。


私が社会人として働くころには、母はそれなりの財産を持っておりましたが、相変わらず家の事は出来ない人で、私の結婚後も電話一本で呼び出され用事を言いつけられるという関係がずっと続いていたのでした。



とはいえ、娘が妊娠して、母にとっても初孫という存在を前にし、喜んでくれるものと何の疑いをも持たずにいた私だったのですが、現実はそうではありませんでした。


母はまるで私を憎悪の対象であるかのように、次々とひどい仕打ちをし続けるようになったのです。まともに目も合わせない、言葉は刺々しく、冷ややかな態度、冬の寒い日呼び出し、体を冷やすような肉体的労働を強いる、


叔母や近所のお客様が私の体の事や、お腹の赤ちゃんの話題を出すとあからさまに嫌な態度を示し誰もが皆黙ってしまう・・・。私は実家を訪れるたびに、悲しい気持ちで一人思い悩みながら帰路につかなければならなくなったでした。


そしてあろうことか、ある日のこと、あまりにも唐突に財産の話に及び、私の弟にすべての財産を渡すつもりだから、あなたは欲しがるなと言い出したのでした。・・・・なぜ今?・・・財産の話・・・?


一瞬、何を言っているのか理解できませんでした。私が指輪一つでも、母のものを欲しがったことがあったでしょうか・・・我が耳を疑いました。


極め付けは、私が一人で百貨店に出向いて貰って来たBaby用品のパンフレットを母に見せた時のこと。母はテーブルの上のそれを片手でハラリと払い落とし


 「バカだね!そんなもの揃えても、まだ流産するかもしれないでしょ!」と、憎々しげに吐き捨てるように言ったのでした・・・・。安定期に入ったばかりの事です。



自分のたった一人の娘が初めての子をお腹に宿し、人生で最も母という存在に頼りたがっているという時に、この人は一体、何を話しているのだろう・・・。


この時の苦悩は、それまでのどの出来事よりも辛いものでした。その後、涙が流れない日はなく、何故このような仕打ちを受けるのか、出産の時は誰に頼るべきか、産後は病院からどこに戻ろうか・・・様々に心は乱れるのでした。



でも、最も私を苦しめたのは、お腹の赤ちゃんに申し訳ないということでした。私の子供に対する想いは、自分が温かい愛情をもらえなかっただけに、人一倍大きかったのです。


そして、妊娠初期から母親と胎児間の対話法を学んだり、子供をただの白紙状態の小さな人間と捉えず、一つの対等な魂という観点で捉える講座に参加し、


妊娠中に最も大切なことが食にこだわる事でもクラッシックを聞くことでもなく、母親が胎児に愛情を持ちつつ、心穏やかに安心して日々を送ることだと知っていたのでした。


何故ならば、胎児は母親の感情を自分の感情と同化してしまい、その感情を持ちながら胎内で育ってしまうからです(その後ヒプノセラピストとして、胎内退行でこの問題にどれほど出合った事でしょう)。



心穏やかに・・・・・安心して・・・・

ただでさえホルモンの変化で精神的に乱れやすいこの時に、母の仕打ちはあまりにも惨く、心穏やかにも、安心しながらも、毎日を送る事が出来なくなってしまったのでした。


しばらく実家に行くことをやめました。行くたびに傷つけられ、心乱され、帰りには大人気なくも泣いて帰るということは、もうできませんでした。 


そして、考えまいとしてもどうしても浮かんできてしまう母の事を、私はどのように受け止め、これから先をどのようにしていけばいいのか、グルグルと考え続けたのです。



    ひどい・・・あまりにも酷い、こんな母親がいるのだろうか

    でもたった一人の母親を憎みたくはない

    お腹の赤ちゃんに辛い思いをさせているのに

    思いを頭から追い出すこともできない

    心穏やかに過ごすには、いったいどうすればいいの?

    こうして実家から遠のけば、母はきっと困っているだろうな・・

    私以外に母が頼れる人がいないのだもの

    それでも、もうこれ以上傷つけられたくない

    ひどい・・・ひどすぎる・・・・



なかなか答えが見つからないまま、日々が過ぎて行きました。 そしてある日、姑からの電話があり・・・。 目の前が真っ暗になったのです。


母は実家に顔を出さない私に腹を立てて、なんと夫の実家に電話をして「ここまで手塩にかけて育ててきた娘に、こんなひどい仕打ちを受けるとは!」と、とんでもない勢いで苦情を言ったというではありませんか・・・


姑も訳もわからず驚いたでしょうが、私のショックは言葉で表すことなど出来るものではありませんでした。母は一体何をしたいのだろう!!



でも、このショックが逆に私を大きく突き上げました。

私の思いは決まりました。



   もう 傷つけられるのは やめよう。

   被害者になるのは もう終わりにしよう。

   これ以上 母に罪を重ねさせるのは やめよう。

   私は母になるのだから

   こんな悲しみにくれている場合ではない。

   強くなろう。

   物理的に距離を取ろう。

   そして、少し離れたところで、母に愛を送ろう。

   母の幸せを 心から祈ろう。

   それがすなわち、許しなのだ。

   


そう心が決まり、私は徐々に晴々とした毎日を送るようになりました。

毎日、お腹の赤ちゃんに話しかけ、赤ちゃんが蹴り上げる足をお腹の上からタッチし、夢を通して〝男の子”である事や誕生日(9月25日)を教えてもらい、カレンダーに大きく赤丸をつけ、その他いろいろとコミュニケーションをとって。



9月24日に陣痛を迎えました。そして32時間という気の遠くなるような時間をかけて、25日に息子は生まれたのです。その日・・・母が夫からの知らせを受け、叔母と一緒にお重を持って産院に顔を出し、嬉しそうに息子を抱き上げました。


これが、『許すということ』 への私の経緯です。



息子の出産を終え、しばらくして私はセラピーを精力的に受け、学び、

様々な問題を解決して今に至ります。



長くなりました。お読みいただきまして

本当にありがとうございます。花




花スペース・SORA メニュー&お知らせ花
NEWメルマガ登録 ⇒★
ホームページ ⇒★
個人セッション ⇒★
ヒプノセラピスト養成講座  ⇒★
各種申し込み・お問い合わせ ⇒★


ブーケ2書籍ブーケ2

↑クリックで詳細をご覧いただけます↑
ブーケ2CDブーケ2
  
↑クリックで詳細をご覧いただけます↑
いいね!した人  |  コメント(6)  |  リブログ(0)

SORA・KEIKO さんの読者になろう

ブログの更新情報が受け取れて、アクセスが簡単になります