うーーん、数時間ぶりの更新のブログ。
正直何を書こうか迷いました(苦笑)
ちなみに私のこのブログ。
基本的に一日であった出来事を、
自分の考えに照らし合わせて、
いつも、ちょっと難しいことを考えている風に
紹介しています。(あくまで「風」です 苦笑)
という観点からいうと、
今日はCDジャケットのデザインについて
とかが妥当かもしれませんが、
あえて、今日食事に行ったときに出た話を。
ヒトって何のために生きていると思いますか??
きっと、今のスクールブームも
転職トレンドも、キャリア志向風潮の根源も
全ては、自分の生き方的な部分を
きっちり認識してのものじゃないかなと思っていました。
目的があるからスクールに通い。
なりたい自分があるから転職やキャリアプランを考え・・・
しかし、本当に世の中のひとは、
自分が死ぬまでにやり遂げたいことを
明確に意識して生きているのでしょうか。
私は、「誰かの楽しい!を応援する」ために生きています。
これは、あるきっかけで最近明確になったことではありますが、
今までの自分を振り返ったときに、
常に自分が誰かを楽しませたり、
影響を与えて生きてきたように思います。
例えば高校の生徒会長のときには、
より全校生徒が楽しめる文化祭を提供するために。
そして、大学時代の大学祭中央実行委員会の
音楽企画部長では、本当に楽しめる音楽イベントを作るために。
さらには、学生時代から働き出し、東京に出てくるまで続けていた、
DJについても、自分がいいと思う音楽を広めるとともに、
そのことで来ていただいているお客さんに音楽の楽しさと、
新しく発見した、「いい音楽」を提供し、楽しんでもらうために。
デザインの仕事に最初に就いたときもそうです。
世の中の楽しいことをデザインを通して広めたい、と思ったから。
と、その時は正直意識はしていませんでしたが、
今となっては思えます。(後づけですか?? 苦笑)
そして今、こうやって新規事業を志したのも、
きっかけはそこにあります。
誰かの「楽しい!」を応援するために、
世の中に新しい価値を提供する。
そのために、新規事業を起こす。
といった感じですか。
この場合、「世の中の人たちを楽しませる」という目的があって、
「世の中に新しい価値を提供するべく、新規事業を起こす。」
というのが手段でしょうか。
しかし、世の中の人はみんな
自分が生きている目的を考えているのでしょうか。
なにかの本で読んだのですが、(また受け売りです 苦笑)
人間は自分の足跡を残すために生きていて、
それは本能的に生まれ持ったものだ、と。
つまり、自分が生きていた「証」を残したい、という
本能的な欲求をもっているそうです。
私の場合はそれが、自分のやったことで、
楽しんでもらえたひとたちに、
自分の名前、もしくは自分が作った商品、
もしくは、自分が提供した何かの名前を覚えてもらう。
ということかな、と思います。
しかし、世の中のヒトはどうなのでしょうか。
いわば、自分の中で自分のコンセプトをもって生きているのでしょうか?
自分とは「○○○○である。」もしくは「○○○○のために生きている」と
いえるものがあるのでしょうか?
結構、目標があいまいで、
インプット(プロセス)だけが一人歩きしている印象を受けます。
例えば、「自分らしく生きたい!」と、よく聞きますが、
では、「自分らしく生きた」結果、何がしたいのでしょうか。
もしくは、そもそも「自分らしさ」ってなんなのでしょうか。
もっと噛み砕いていうと、仕事上の目標で、
「社内のコミュニケーションを積極的にとる」であったり、
「社外のセミナーに積極的に参加する」とか、
もっというと、「○○のスキルを身につける」
といったことでしょうか。
これって目標じゃないですよね。
目標とは、あくまでアウトプット(結果)であって、
それを達成したかどうかで、判断がつくものだと思います。
そして、それが数値化されていれば、判断もつきやすいですよね。
ということを鑑みて、上記のことはどうでしょうか。
「社内のコミュニケーションを積極的にとる」
これは、なにをもって判断するのでしょうか。
もっというと、積極的にコミュニケーションをとった結果、
どういったメリットを会社に提供するのでしょうか。
どういった自分がいるのでしょうか。
そこの部分が目標になってくると思います。
そして、その判断にしても、
例えば、「社内中の全てのひとと最低1度は話をする」であれば、
実際のところ数の論理なので、判断するひとつの手段として、
社内の全員に、その目標を設定した人間を知っているか、
もしくは話したことがあるかを聞けばいいと思います。
そして、目標にも社内の従業員数を明記していれば達成度も明確です。
(といってもこの目標はインプットであることには変わりないのですが・・ 苦笑)
他の目標にしてもそうです。
「社外のセミナーに積極的に参加する」とか、
「○○のスキルを身につける」にしても、
「達成したい何か」があるからこそ、この行動をとるわけで、
目標であるならば、その「達成したい何か」がくるはずです。
人生の目的(目標)に関しても同様だと思います。
そしてできることならば、他の誰かに、
「あなたってどんな人??」って聞かれたときに、
自分のことや自分のコンセプトを
しっかりと一言で話せればベストですね。
前に、理念とかビジョンとか目標のことを書きましたが、
それが自己に変わっただけだと思います。
上位概念に自信の目標(目的)があり、
それを達成するための仕事のやり方であったり、
生活の過ごし方につながってくるのではないでしょうか。
そして、目的を設定するときに必要なものがあります。
それは、きっちりとその目標を達成するための
「期間」を意識するということ。
人間の寿命は限られています。
そして、生涯の目標ならともかく、
その過程のうえでの目標なら、
絶対に「期間」の設定が必要だと思います。
なぜなら、その目標が過程の一環であるのならば、
いつまでもその過程に限られた時間を使うことはできないからです。
階段をいきなり30段とのぼることは不可能です。
きっちりと一段一段のぼっていかなければいけません。
でも、一段をのぼるのために、
与えられた時間の90%を使ってしまえば、
残りの29段を全体の10%の時間で
のぼらなければならなくなります。
それって不可能ですよね。。。
もちろん、この話は何かの本で読んだ、
「人間とは足跡を残すために生きている」という前提での話なので、
別に足跡なんて残さなくてもいい。という人には、
正直どうでもいいものかもしれませんが、
少なくとも生まれてきたからには、
なんらかの自分が生きてきた意味を見出せないと寂しいな。と
私は思います。
こうやって偉そうにつらつら書いてはいるものの、
果たして、自分がその目標を達成できる確信はありません。
しかし、その目標を達成できなかったときにでも、
こうやって生きてきたから満足だ。といいたいものです。
その時の振り返りは間違いなくインプットです。
つまり、結果を振り返るときのインプットは致し方ないにしても、
目標設定段階でのインプットはどうなのだろう。。と
あくまで個人的な意見ではありますが、思います。
日々の積み重ねが、将来の自分の目標につながるように、
常に意識しながら、そして日々頑張っていきたいと思います。