世の中には、科学の力では解決できない不思議なことが・・・・
って、いきなり書き出しましたが、
今回は別に「怪奇現象について」とか、「人体の秘密」についてとか、
「世界ふしぎ発見」的なことを書こうと思ったわけではありません
(期待された方ゴメンナサイ・・・)
日常、仕事をしていくなかで(特にものを創ったり表現したりする仕事では)、
非常に重要な言葉は「なんで(why)???」という言葉です。
例えば、物事の真理を見極めたり、論理的な思考を構築するためには、
その「なぜ?」を5回繰り返さなければいけないと、
通っていたビジネススクールで学びました。
しかし、この「なぜ?」という言葉は、
決してビジネスの難しい(?)部分だけではなく、
ものづくりにおいても大切になってきます。
物事を表現するためには、その事実を
きっちり理解するところから始まると思います。
その理解が浅ければ、結果アウトプットされるものは、
すごく薄っぺらいものになるか、
事実の誤認識からトンチンカンなものになってしまいます。
物事の表現は極端にいうと、
「誰に」「何を」「どのように」伝えるか
という言葉にあらわせると思いますが、
その「何を」にあたる部分です。
そして、その事実をきっちりと認識するために、
「なぜなぜwhy?」を繰り返していくのです。
例えば、最近話題になったニュースでいうと、
アドビとマクロメディアが合併するという驚くべきニュースがありました。
これを、両社の認識が薄い人に伝えるとき、
まず、「その事実自体がすごいことである。」ということを伝えたいですよね。
その場合、ただ単にアドビという会社とマクロメディアという会社が
今度合併するらしいよ。と伝えても、
おそらく認識の薄い人にとっては「あっそ。」であったり、
「へーー」というリアクションで終わると思います。
つまり、その認識の薄い人にとっては、
よく知らない会社が一緒になるんだ程度のものでしかないのです。
いわば、言い方はあまりよくないかもしれませんが、
小さな町工場同士が合併するといったこととそんなに差はありません。
そこで、この合併がすごいということを伝えるときに必要な要素があります。
その必要な要素をあらい出し、ブレイクダウンする作業が、
「なぜなぜwhy?」なのです。
まず、このニュースが「なぜ」世の中にインパクトをもって
伝えられたのだろう??ということが出発点だとすると、
そこで見えてくるのは、「有名な会社同士だから」であったり、
「ライバル企業同士だから」であったりすると思います。
そこでまた「なぜ」有名な会社なのだろう??とか、
「なぜ」ライバル企業なのだろう??といったことを投げかけていきます。
すると、「身近に使っているソフトをつくっているから」であったり、
「両社とも提供しているソフトの種類が非常に似ているから」
といったことが見えてきます。
そこで、再び「なぜ」と投げかけていってもいいのですが、
「身近に使っているソフトをつくっている」ということは、
「世の中に普及している」ということである。ということは、
「マーケットの中で大きなシェアをもっている」という風に
つながっていくわけです。
そして、「ライバルである」ということを踏まえると、
このニュースの驚きの中心がみえてくるような気がします。
つまり、「両社とも、マーケット的に大きなシェアをもっていて、
かつ、お互い似たようなソフトをつくっているライバル会社が合併する」から、
話題になるニュースとして提供されたといえるのではないでしょうか。
もちろん、今簡単に構想しただけですので、
論理的な点で突っ込みどころはあるかもしれませんが・・・
しかし、その事実の内容をきっちり理解(ブレイクダウン)して、
そのひとつひとつを取捨選択し、再構築する。という作業が
実は物事を表現する一端をになっているのではないかと思います。
蛇足ですが、もしそれをマーケティングや市場分析的にみる時は、
始まりはきっと、「なぜ」この両社は合併したのだろう・・・から始まり、
マクロ環境や業界環境などを見据えて分析していくのでしょうね。
私は、物事を見たり、その感想を振り返るときに
「なんか」という言葉は厳禁。というルールを作っています。
(まあ、これも受け売りではあるのですが・・苦笑)
結構、この「なんか」という言葉は便利なもので、
例えば映画を見たときに、「なんか」面白いんだよねとか、
「なんか」知らないけど泣けてくるんだよね。と
ついつい使ってしまいがちになります。
しかし、これは物事の本質や原因を考えることをとめてしまう言葉で、
きっと、その面白い映画や感動する映画には、
面白いと思える要素があり、涙する要素があるはずなのです。
つまり、いざ自分がいいものを作ろうとしたとき、
その「面白さ」や「感動」のパーツの理解や積み重ねが
活きてくるのではないかなと思います。
ある有名な野球監督が
「勝ちに偶然の勝ちあり、負けに偶然の負けなし」といっていました。
その論理には非常に共感します。
しかし、勝つには勝つだけの理由がやっぱり存在しますし、
きっちりとその「勝ち」への道筋を見極めたうえで
「勝ち」を目指すのがベストだと思います。
偶然の勝利があることは否めませんし、
実際勝てばうれしいものです。
しかし、たとえ偶然勝ったとしても、その「勝ち」は単発に終わり、
「勝ち続ける」ことにはつながらないとも思います。
と、まあいろいろと書いていくと、タイトルや冒頭のくだけた感じからは
想像つかないくらいの長文になってしまいましたね・・(汗)