久々にブログを。。


8月中頃~今月にかけて、
急に仕事が忙しくなってきました。

期末なので仕方ないといえば仕方ないのですが、
ただ、この時期の動きは(手前味噌ですが)
内容はもとより、会社への貢献度など
非常に充実したもので結果も出せたと思っています。
(正直、頑張りすぎてぜんまいが切れ気味ですが・・・。 苦笑)

ただ、そんな良い状況の中でも課題は当然あるもの。

その一連の仕事を通じて、常に頭にあったことは、
『成果の最大化』です。

簡単にいうと、自分自身がいくら結果を出しても、
それは自分の限界までしか成果が出ないのは当然です。
つまり、出せても自分のキャパシティ内でしかなく、
それ以上は当然ながら無理です。

では、どうやってその成果の最大化を図るか。

マネージャー視点でいうならば、
単純な話、同じくらいの結果を出せる人間を揃えることです。

例えば、自分が出せる結果が10だとすると、
自分で10出すのではなく、10出せる人間を増やす。

その人数を掛け合わせた数がそのまま成果になるので、
3人いれば30、5人いれば50、10人いれば100になります。

あとは、その10の結果を出せる環境を整えるだけです。


しかし悩ましいのは、人それぞれ持ち味も強みも性格も違うということ。
当然ながら私が覚えてきたやり方で良いわけではありません。


まだ数日営業日は残っていますが、
来期はそれについてじっくり取り組んでみたいと思います。

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手品とビジネス

昨日は、会社のグループの締め会がありました。

そこで一緒に仕事をしているFさんが、なんと手品を披露してくれました。
いや、負けず嫌いなのであんまり褒めたくないのと
タネがわからなかったので悔しいのですが、
本当に素晴らしかったです。

ちなみにその後私もちょっとした手品(?)を披露しました。
(それはどうでもいいですね。 笑)


とまあ、そんな出来事があった次の日の今日。

そのFさんとその手品のこととブログに書くビジネスネタを
結びつけることができないかと話したのですが、


あえて無理矢理結びつけるとしたら・・・、

手品って、結局想像していたことと異なることが起きるからすごいのだと思います。

だから手品師は決してタネ明かしはしません。

しかし、ことビジネスにおいて手品をやられると大変なことになります。


想像してみてください。

ビジネスにおいて、いきなりハトが飛び出してきたら驚きますよね。

なので、タネというわけではありませんが、
結果だけでなく、きっちりとそのプロセスの共有も必要になってきます。

もちろん、何かが起こりそうなとき、
スケジュールが変わるとき、
他の人に迷惑を掛けそうなとき、

それだけではありませんが、
それらの全てでしっかりと情報共有することが必要です。


ビジネスに手品はいりません。


って感じでいいでしょうか? Fさん。 (笑
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クリエイティブの世界で、

よく「アタリをつける」といいますが、

これはプロのクリエイターには必須の条件です。


なぜ必須の条件なのか。


それは狙って物事を進めることが、

次につながるからだと私は思います。


狙う(アタリをつける)という行為。

これは、アウトプットイメージ(目的)から逆算して

物事を進めるということであり、

言い換えると、そのアウトプット(目的)への道筋が

明確な状態だともいえます。


もちろん狙い通りのモノを創れたとしても、

残念ながら失敗するときも現実にはあります。。


しかし、その失敗は納得の失敗であり、

次につながる失敗だと思うのです。


なぜならば、そこに明確な道筋(ストーリー)があるので、

きっちりと立ち戻ることができるからです。



例えば、そこにアウトプットイメージや

そこへの道筋が無いまま物事を進めたとしましょう。


そこで失敗したときは、なぜ上手くいかなかったかがわからないので、

ゼロベースでもう一度リセットして進めなければいけません。

反対に「たまたま」上手くいったときにおいても、

なぜ上手くいったかがわからないので応用というか転用がききません。


これでは全く意味がありませんよね。(苦笑)



また、物事を進めていくに当たって、

迷うときや悩むとき、右か左かわからないときも多々あります。


しかし、その前提に狙い(アタリ)や道筋(ストーリー)があれば、

それに沿って判断していけばいいので大きくブレることはありませんが、

反対にそれがない場合は、個々人の主観や好みによって判断されるため、

結局バラバラになっていきアウトプットのカタチがへんてこになってしまいがちです。



なのでまず、狙い(アタリ)をつけて、

その狙い(アタリ)が目的に整合性が取れているかを十分吟味し、

動き始めることが大切なのです。



私は、このことはクリエイティブに限らず、

ビジネスにおいても同様だと思っており、

ビジネスにおいてのその狙い(アタリ)は、

「ビジョン」やそれに基づく「戦略」という言葉に置き換えられると思います。


例えば、それが無いまま動き始めた場合、

(結果が上手くいくいかないは別にして)

そのプロセス(なんて無いのかもしれません・・)が、

ものすごく動きづらいモノになってしまいそうに思います。


なぜならば、「組織は戦略に従う」ものであるならば、

その組織を構成する基準がない状態ですので、

構造自体がいびつなものになってしまう可能性もありますし、


また、ひとつひとつの意思決定においても

判断基準がありませんので、時間もかかりますし苦労もします。

もっというとブレてしまうことだってあると思います。



このようなことから、きっちりと戦略やゴールイメージをうちたて、

それに基づいて行動するということが大切なのです。


「そんなこと普通やん」と思われるかもしれませんが、

もうひとつ気をつけなければいけないことというか、よくみられることに、

その「戦略の中身をきっちり詰める」ということがあげられ、

そこを軽く考えてしまうと大きな痛手を食らうこともあります。


では、その中身ってなんなのさということになりますが、


戦略の定義を、

---------------------------

目的を、競争優位性により、持続的に達成するための施策群

---------------------------

とするならば、


そこには、

---------------------------

「目的性」、「差別性(独自性)」、「持続性」、「実行性」

---------------------------

の4要素が存在し、そのいずれがかけても「戦略」とはいえません。


例えば、飲食店において

「お客さんをたくさん集めよう」という戦略は

戦略でもなんでもありません。


なぜならば、これって全ての飲食店で言えることですよね。(笑)



そもそも戦略の重要性を認識していない人は問題外ですが、

戦略が大切だということは認識(もしくは口に)出来たとしても、

その中身まで考えなければ意味がないということですね。




私自身、何を進めるときには、

今一度このことを頭にいれて動いていこうと思います。

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昨日の話になりますが、あるセミナーに参加してきました。


そのセミナーは二部構成に分かれていて、

第一部では現在ターンアラウンドの最中にある企業の経営者による講演と、

第二部ではインターネットメディアについての話だったのですが、


第一部の講演の中で、

---------------------

「人の成長によって企業を成長させる」

---------------------

という印象深い話がありました。


(人的資源管理的にいうと)

「採用」→「配置」→「評価」→「報酬」→「育成」(→「退出」)

の各プロセスにおいて、優秀な人材をしっかり採用し、

その優秀な人材をモチベートすることによって成長を促し、

結果、企業の成長につなげるという

ひとつのサイクルをつくるが大切だと改めて実感できた内容でした。



しかし、人間のモチベーションは株価のようなもので、

日々上下します。


それも、組織をマネジメントする人やリーダーが

それほど気にかけていない意思決定や

何気ない行動によって変化することもあります。


いわば、そのマネジメント層やリーダーにとっては

大したことないと思っていることが、その当事者にとっては

結構気になるところだったりすることがしばしばあるということですね。



では、そのモチベーションの源泉となるものってなんなのでしょうか。



もちろんいろいろと要因はあると思います。


ちなみに、ハースバーグの「動機付け・衛生理論」では、

---------------------------

「仕事内容」、「責任感」、「承認・評価」、「達成感」、「成長」

---------------------------

が動機付け要因だといわれていますが、


その「成長」につながる話として、

私は、「周りの人間の能力」というものも大きいのではないかと思います。



何かの記事で、

---------------------------

優秀な人は、「自分と同等以上に優秀な人と働きたい」という願望が強い。

---------------------------

という内容が載っていましたが、


この記事にも私は同感で、これまでを振り返ってみると、

私がみてきた、能力のある人間(デキるヒト)は、

常に自分を切磋琢磨し高めてくれる環境に身を置こうとしていたと思いますし、

同時に自分の能力に対する正当な評価も求めていたようにも思います。


結局、成長意欲の高い人間を集め、

それらの人間が成長することのできる環境や仕組みを用意して、

その仕組みをいかに動かしていく(回していく)か、

そのことも良い企業になるひとつの条件なのかなと思います。



過去の日本企業において、年功序列という名の下に

能力のない人間にポジションを与えてしまったがために、

企業システムが機能不全を起してしまい、

結果、変化への対応や企業成長を促すことができなかったという残念な例もあります。


もちろん、その機能不全の要因がそれだけだとはいいませんが、

当時の状況を察するに、自分の能力や成果とは別次元の論理で

昇進や昇級が行われていることに対する違和感は当然ながらあったと思いますし、

能力のない上司に対するストレスも持ち合わせていたと思います。

また、頑張ろうが頑張らなかろうが一定の年齢になると

ポジションが与えられるという変な安心感もあり、
結果、いばらの道を歩むことになってしまった。


こんな事例は尽きないと思います。




そもそも人材不足と嘆く前に、

企業としての姿勢や仕組みがそうならないようになっているか。

もっと言い換えると、モチベーションが低いと嘆く前に、

モチベーションを低くしない仕組みづくりになっているか。



マッキンゼーの7Sでは、

人材とスキル(と企業風土・文化)は変えにくいものといわれています。

であるだけに、比較的変えやすいハード面で、

それを生み出せるカタチになっているか。


組織としての大きな仕組みはもちろん、

ちょっとした小さなことにおいても、

そこをしっかりと気を配って考えていくことが大切だと思います。

私は、ビジネスにおいて重要なことのひとつに

「実行」があると思っています。(ちょっと受け売りです。。苦笑)


そして、その「実行」を導くためには、

明確な目標(ビジョン)とそこにたどり着くための

シナリオというかストーリーが必要だと思っています。



つまり、何らかの目標(ビジョン)があっても、

そこにたどり着くだけのストーリーが無ければ、

それは単純に絵に描いた餅になってしまい、

「実行」は伴いません。


反対にストーリーさえしっかりしていれば、

目標(ビジョン)は大きくても全然問題ないとも思っています。


しかし、よくあるケースというか問題に、

その目標(ビジョン)達成までのストーリーが(見え)ないことがあります。



そのストーリーが(見え)ない理由が何なのか。


私は、その要因のひとつに、「具体化」があると思います。



例えば、最近話題の某国の話。


「戦争のない平和な世界をつくりましょう」という言葉には、

おそらく誰も反対しないと思います。


それと同じような言葉として、(もしくはそのための手段として)

「核を持つのはやめましょう」という言葉にも反対はないと思います。


それこそ、その状態が実現できるのであれば、

ものすごくいいことですし、理想ですよね。


しかし、そこまでのストーリーが見えないのです。


だからこそ、ある国は絶対的な武力をもってそれを実現しようとしますし、

ある指導者は、無抵抗主義を通すことで実現を試みます。

もちろん、その他にも宗教的なアプローチや経済的なアプローチなど、

その手段は多種多様です。


ただし、「戦争を無くしましょう」という意見に反対はなくても、

「武力で世界を制圧して平和を築きましょう」という意見に対してはどうでしょうか。


おそらく、賛否両論の意見が起きるはずです。

つまり、ここまで来てようやく、「出来る出来ない」、

「良い悪い」も含めた様々な意見が出てくるのです。


一般的に、人は納得(腹落ち)レベルに物事を認識して初めて

主体的な行動が伴うと言われています。


「反対がない」ということと、

「納得している」は違います。(必要条件ではありません。)


また、納得は議論によって生まれるものだとも思います。


であるならば、それぞれの意見において、

議論できるレベルまで落ちてこそ、

ストーリーがようやく見えかけてくるのでは無いでしょうか。


そして、その議論レベルが深いものであればあるほど、

より「実行」に近いストーリーだと思います。


なぜならば、「深い議論ができる」ということは、

議論の当事者がイメージできている状態だからです。


そのストーリーのいい面や悪い面が

具体的にイメージできているからこそ、

議論が深まり納得につながるのではないかと思います。



抽象度の高いビッグワードでは、ストーリーは生まれません。


なので、ビジネスにおいて重要なことが「実行」であるならば、

明確な目標(ビジョン)の設定はもちろんのこと、

その目標(ビジョン)達成への道筋の具体化が必要だと考えます。

今日、コンビニにいくときにちょっと思ったことがひとつ。


それは、「弁当屋のからあげ」です。


うちの近所の弁当屋のからあげは100g180円です。

しかし、同じく近所のスーパーで買ったら100g120円くらいです。

もっというと、とりもも肉を買ったら100g50円くらいで買えるときもあります。


では、この100gにして60円や130円の違いは何なのでしょうか。


まあ、書くまでも無いかもしれませんが、

単純に付加価値です。


結局、とりもも肉に調理という付加価値をつけると、

その付加価値によっては倍以上の値段の差がつきます。


反対にいうと、付加価値をつけないことには、

高い値段で売ることはできません。(当たり前ですね・・。笑)




料理人は、材料に「調理」という付加価値をつけ、

職人は、材料に「技」という付加価値をつける。

(もちろん、「時間」や「美しさ」といった付加価値もあります。)


これが私はビジネスの基本だと思います。



からあげと一緒で、基本的に材料自体はどこにでもあり、

誰もが同じものを使えるのが普通です。


であるならば、大切なのことは、

その材料にどのような付加価値をつけることができるか。


それができなければ高い値段をつけられないばかりか、

下手をすると全く売れない状態すらありえます。


ただ、付加価値がつけばそれでOKかというと、世の中そんなに甘くなく、

厄介なことに、人が感じる価値観は時代とともに変化します。


例えば、あったかどうかわかりませんが、

からあげがものすごく珍しい食べ物だった場合、

その値段はものすごく高かったと思いますしね。


もちろん、同様にどんなものにもこのことは当てはまって、

環境の変化や時代の移り変わりによって、

いままで高い価値として受け止められていたものが、

全然低くなったり、無価値になってしまうこともあるのです。


そこで、過去の栄華にしがみついて、

その変化への対応を怠っていれば、どんどん衰退するばかりです。



まず前提としてビジネスをやる上で、

商品やサービスにいかに付加価値をつけるかを考える。

そして、起こり来る変化に常に柔軟に対応する。


言うは易しですが、これが基本だと思います。



--------------------------

戦略とは変化への適応である。

--------------------------


逆に言うと、変化への適応なくしては戦略とはいえません。


変化が激しいといわれる今の世の中で、

このことを常に意識していかなければいけませんね。

ひきこもり

連休が明けてから早3日。

実は夏休みをとっていたので、現在6連休中になるのですが、

この三日間、ずーーーーーーーーーっとひきこもっていました。。



ひきこもって何をしていたのかというと、
毎日毎日、朝から晩までレポート作成です。

今日、ようやくひとつ片付いたのですが、
あともうひとつあります。



今日まで取り組んでいたレポートはマーケティングで、
ある企業の戦略を、CEOの立場で考えていくのですが、
その意思決定までのプロセスは結構な道のり(?)で、

その企業(製品)のおかれている市場をとりまく環境の分析から、
マーケット分析、自社分析、競合分析を押したり引いたりひねったりして考えていき、
そこから、自社にとっての市場機会の発見までがひとつの流れ。

さらにそこからターゲットを設定しポジショニングを考え、
マーケティングミックス(4P)に落としていく。
その時に数あるオプションの中から戦略と効果を見据えた方法を選択。

ある程度そのストーリーが見えてきたら、
それをロジカルにレポートに落としていく。

そんなこんなでこんなに時間がかかってしまいました。(苦笑)



ただ、このレポートを書いているときに思ったことがひとつ。

それは、実際のビジネスの場面で、
ここまで考えているのだろうか・・。ということです。

取り組んでいるケースは実在する企業のものですが、
あくまで学びのための事例です。

そのサンプルの中での意思決定を行うために、
ここまで時間をかけているにも関わらず、
しかも、実際のビジネスシーンはもっともっと複雑で難解であるにも関わらず、
なんだかここまでじっくり考えることが少ないように感じます。

いくら正解のない世界とはいえ、
そんな状態では成功確率を高められるわけがありません。



先日、同じ講義を受講している方から、
マーケティングをしっかり行う意義や
ロジカルに考える意義について質問を受けました。

私はその質問に対して、

> ロジカルに考えることで必ず正解が見つかるというわけではありませんが、
> 結局、その後の成長に大きく影響をしてくると思っています。
>
> いわば、PDCAサイクルでいうとCHECKの精度が変わってくると思うのです。
> つまり、ロジカルにやるということは、
> なんらかの仮説や論理をベースに物事を行っているわけで、
> 例えば、それがうまくいかなかったとき、原因が見つけやすく、
> また、その原因をきっちりつぶすことで次のチャレンジの成功が近づくと思います。
>
>
> もちろん、ロジカルに物事を進めなくても成功することもあるとは思いますが、
> それは、野球でいうところのまぐれ当たりのホームランで、そこに継続性はありません。
> 「勝ちに偶然の勝ちあり、負けに偶然の負けなし」ですね。
>
> ただ、ロジックだけで通用しないのがこの世の中で、
> やっぱり感情であったり思いつき、
> はたまた声の大きい人の意見が通ってしまうこともしばしば・・(苦笑)
>
> そうでなくても、市場自体が大きく成長しているマーケットの中でのビジネスにおいては、
> 極端な話、追い風吹きまくりなのでロジックなしでも大方成功しがちのように思います。
>
> ただ、市場の成長率以上の成長を目指すならば、
> やはりきっちりロジカルにというか戦略的に動いていくことが必要になると思います。

と答えたのですが、

そもそも自分がそれを行えていないのであれば本末転倒ですね。(苦笑)


もちろん、企業特性や社風、関わる人たちという外部要因はあるとは思いますが、
実際に動いているのは自分です。

学びは活かしてナンボ。
いいレポートが書けてもいい仕事ができなければ意味がありません。


今日みたいに頭がボーーーっとなるくらい、
もっともっと考えなければ。。。ですね。

桶は桶屋に

どんな仕事でもある道でお金をもらっている以上はプロです。
なので当然ですが、プロ意識を持たなければいけません。

ではプロの条件って何なのでしょうか。

いくつかあると思いますが、
そのひとつに
----------------------------
自分の分野においては、そのすべてを責任を持ってやり遂げることができる
----------------------------
ということがあると思います。

では「やり遂げる」ということとはどういうことをいうのでしょうか。

それは、決められた(決めた)納期に間に合うように、
求められている(もしくはそれ以上の)アウトプットを提供する。
いわば、その職務において最大の効果を発揮する。ということだと思います。


私は、これまでの仕事において、
同じ職種の後輩などにはプロであることを伝えようとしていたと思いますし、
また、他の職種の方に対してはプロであることを尊重してきたと思います。
(もちろん、その当人があてはまらないこともありましたが・・ 苦笑)

なので、相手に求めることはそれぞれの職務における最大の効果であり、
それを担保できるのは、他の誰でもなくその職務の従事者です。
そこで最大の効果を出せるのは私ではない(というかあってはならない)のです。


例えば、広告のクリエイティブひとつとってみても、
クライアントはその広告に使える様々な材料を提供してくれます。
クライアントからしてみると、当然すべてが使えるものとしての材料提供なのですが、
しかし、その材料をすべて使っても効果的ではありません。

そこでプロである広告の制作者は、その材料ひとつひとつを吟味して、
使えるもののみを効果的に使い、広告を組み立てていきます。
もちろん、その完成物に対する説明責任もありますので、
ある程度アウトプットが見えた時点で、
その意図と方向性と姿を説明し理解してもらう過程は外せません。
材料も当然ながら多い方がいいので、
その材料集めのために取材を繰り返したりもします。

しかし、そこまでのプロセスのなかで、クライアントに相談することはあっても、
クライアントにクリエイティブを委ねたり、まして作らせることはしないものです。
なぜならば、クライアントはあくまでクライアントであって、
広告制作のプロでもなければ、クリエイティブのプロでもないからです。
極端な話、「発注者」を「制作者」にしてしまっては、その時点でプロではありません。


「桶は桶屋に」ではありませんが、プロである以上、
「頼んでよかった」とか「やっぱり違う」と思わせてなんぼですし、
それを生み出すための努力は欠かせないと思います。

表面的に「○○の仕事をやってまーす。」では、
それは単なる家DJとかわりません。

プロであるからにはそれだけの価値を自身で担保し、
その自覚をもって『やり遂げる』ことが大切です。

そんなことをふと感じた一日でした。

よく、経営資源として「ヒト・モノ・カネ・情報」といわれていますが、

私は最近、それに加えて「時間」という概念が

非常に重要だと考えるようになりました。


その「時間」を有効に使うには、

当然ながらスピードを上げていかなければいけないのですが、

スピードをあげるためにはどうすればいいのでしょうか。


例えば、掃除を考えると、

(求められているレベルのクオリティを実現することを前提として)

やり方や道具を変えることで効率をあげれば

当然ながらかかる時間は短くなります。

では、掃除をする人間を増やせば時間は短くなるのでしょうか。


私は、単純に増やすだけでは時間は短くならないどころか、

かえって時間がかかる場合もあると思います。


確かに、量的要素として大きなインパクトを生み出す可能性はあります。

しかし、極端な話、そもそも増えた人が掃除をする意識がなかったり、

掃除をしようと思っても、例えば掃除機が必要な場所の掃除であるにも関わらず、

掃除機を他の人が使っているという、物理的に掃除ができない状況に陥ってたり、

掃除をしていたも、誰かがやったところと同じ場所の掃除をしたりといった

意味のない掃除をしていては、当然と言えば当然ですが時間は短くなりません。


その状況を避けるためにも、

掃除取りまとめ担当(昨日のブログでいう現場監督)は

しっかりと掃除要員の交通整理をしなければいけません。


まずは、求めているレベルのクオリティになるためには、

どこをどのくらい綺麗にするかを認識し、

そのために、どのくらいの時間と人数が必要かを把握する。

そして、そのために適正な持ち回りを設定し、

あとは、道具をそろえたりして動きやすい環境を用意する。

時には頑張っている掃除要員にジュースの差し入れなどをして

息抜きやモチベーションアップのための施策を講じる。


そいうことを行っても、いざ実際の掃除が始まると

例えば、上記のように他の部屋の作業が長引いて、

使えるはずの掃除機が使えないといったような問題も起きてきます。


そういった状況を打開することも当然「交通整理」に含まれます。


そこで何の手立ても打たず(打てず)、

その掃除要員の空き時間を作ってしまえば、

結果として全体の時間はかかってしまいます。


その掃除要員は「ヒマだ」と思うかもしれませんが、

それは、決して「良いヒマ」ではなく、

いわば後々に大きな影響を与える「悪いヒマ」です。

結局最後は自分たちの首を絞めかねませんしね。(苦笑)


では、「良いヒマ」とはどういう状態をいうのでしょうか。


私は、ひとつに予定していた業務が予定以上の速さで片付き、

余裕をもっている状態だと思います。


というのも、その余裕があるからこそプラスαのことが行えて、

結果、時間的にも状況的にもよい状態を生み出すことができる。

そして、それがあるからさらにまた余裕が生まれる。

このサイクルが見えるからです。


であるならば、掃除取りまとめ担当は「悪いヒマ」をつくらずに、

「良いヒマ」をつくりだせるように注力すべきで、

それができなければ、決して良い掃除取りまとめ担当とはいえません。


掃除機が使えないなら、掃除機を使わない他の作業を見つけ、

それを手が空いた掃除要員にあてがったり、

もしくは、その時間のかかっている部屋が人数を増やすことで

もっと早く終わらせることができるなら、

そこにその人員を向かわせるなどの施策があるはずです。

(もちろん本当にヒマなのかどうかを把握する必要はあります。)



なんだか最近私の周りが静かに感じますが、

それが「悪いヒマ」でなければいいのですが・・・。

ターゲット設定

ビジネスを起すにしても、広告を制作するにしても、雑誌の特集を創るにしても、

それが商業ベースである以上、「誰に向けてのものか」という視点は非常に大切です。

(というかそれがないとできません 笑)


まあ、「誰に」「何を」「どのように」の「誰に」の部分です。


というわけでターゲットを決めようという話になるのですが、

そこでのターゲット設定って私の実感値ではありますが、

結構中途半端になっているのをよく目にします。


「年齢と年収と家族構成を考えてハイ終わり」というのは論外ですが、

それに毛が生えた程度では、「どのように」なんて見えるわけありませんし、

「何を」すら見えないこともあります。


結局、ターゲットを考えるという作業は、

的確なアクションを導くための手段であって、

決してそれ自体が目的ではありません。


にも関わらず「こんな人がいそうだから」だとか

「自分がイメージしやすいから」とか

もっとひどいのになると、「なんとなく」なんて

目も当てられないノーロジックな言葉を耳にすることもあります。


極端な話、そこを見誤るかどうかでビジネスの成否すらわけることにもなるのです。


そこはきっちり、

---------------------------

1)「○○だから○○な人がいる」

2)「そしてその○○なひとはきっとこういう不○があるはずだ」

3)「その不○を解消するためにこんなサービス(モノ)を提供しよう」

---------------------------

と、言葉のしりとりロジックを積み上げていくべきだと思います。


もしくは仮説逆算的に、

---------------------------

1)「○○に対して○○な不○があるかもしれない」

2)「その不○を抱く人は○○のような人かもしれない」

3)「もしそんな○○な人がいるならば○○の方法でその不○を取り除いてはどうだろう」

---------------------------

という考え方もあるかもしれません。

(もちろん上記2つともに要検証であることはいうまでもありません)


ちなみに、上記のいたるところに「不○」という言葉を使ったのは、

「世の中のサービスのヒントは「不」のつくところにある」という格言(?)からですが、

結局、人間が行動に移さない(移せない)のは、

何らかのキーとなるボトルネックがあるわけで、

シンプルにいえばそれを解決できる「何か」を「適切に」提供すればいいのです。


ただ、そのボトルネックを見つけるのも難しければ、

それに対する解決案を提示するのも簡単ではありません。


なので、ターゲットをしっかり把握する必要があるのです。



例えば、自転車に乗れない小学生がいたとします。

そこで、その小学生の家族構成とかお小遣いの金額とか、

勉強ができるできないがわかったところで、

その小学生が自転車に乗れる方法を提示できますか。


このケースの場合、その小学生が自転車に乗れるようにするためには、

背が低くて足がとどかないという身体的要因なのか、

(↑ex:足の届く自転車を用意する)

バランス感覚が悪いなどの運動神経(?)的要因なのか、

(↑ex:補助輪をつけてあげる)

そもそも自転車に乗ったことがないという経験的要因なのか、

(↑ex:こけても怪我をしないサポーターをつけて、練習する時間と場所を用意する)

はたまたそれ以外の要因なのかをしっかり見極める必要があります。


そのためには、その小学生と置かれた状況を知らないといけません。


結局はイシューに直結した要素をひとつひとつクリアにしていき、

そして、そこにイメージを助けるためにその人の環境を添えていく。


「自転車に乗ろうと思っている小学生がいる」(←事実)

「その小学生は背が低い。」(←事実)

「その小学生が乗ろうとしている自転車は大人用だ。」(←事実)

「だから、その小学生は自転車に乗れない。」(←(精度の高い)解釈)

「なので、子供用の自転車を用意しよう。」(←その解釈に対するアクションプラン)

といった一本通ったロジックですね。


もちろん、世の中のことはこんなに単純ではありませんので、

いろいろな要素・要因が絡み合っています。

直接的ではなく間接的にその「不」のある状態に結びついている場合も多々あります。

しかし、ロジックが通っていればターゲット設定ができたときに、

具体的なアクションプランまでは見えなくても、

解決のためのベクトルの方向くらいは見える状態になっているはずです。


前にも書いたネズミの話でいうと、

「近くにネコが住んでいる」(←事実)

「しかし、(何らかの理由で)別の場所に引っ越すことはできない」(←事実)

「だから、いつもビクビクしながら生活しなければいけない」(←解釈)

※「ネコが近づいたことが事前にわかればその不安も解消する」(←大枠のベクトルの方向性)

「よし、ネコの首に鈴をつけよう」(←大枠のアクションプラン)

「でも、どうやって鈴をつければいいのだろう」(←具体的なアクションプランの思案&試行錯誤)

というの中の※部分くらいの感覚ですね。



もっともっとターゲット設定を行う意味を考えるとともに、

時間ではなく思考をかけるというスタンスが必要だと思います。

(もちろん私自身も常に意識しなければいけないことですが。。)


ちなみに私が私なりにターゲット設定に際して心がけていることは、

いきなり年齢とかから入るのではなく「なんで」からスタートすることです。