私は、ビジネスにおいて重要なことのひとつに

「実行」があると思っています。(ちょっと受け売りです。。苦笑)


そして、その「実行」を導くためには、

明確な目標(ビジョン)とそこにたどり着くための

シナリオというかストーリーが必要だと思っています。



つまり、何らかの目標(ビジョン)があっても、

そこにたどり着くだけのストーリーが無ければ、

それは単純に絵に描いた餅になってしまい、

「実行」は伴いません。


反対にストーリーさえしっかりしていれば、

目標(ビジョン)は大きくても全然問題ないとも思っています。


しかし、よくあるケースというか問題に、

その目標(ビジョン)達成までのストーリーが(見え)ないことがあります。



そのストーリーが(見え)ない理由が何なのか。


私は、その要因のひとつに、「具体化」があると思います。



例えば、最近話題の某国の話。


「戦争のない平和な世界をつくりましょう」という言葉には、

おそらく誰も反対しないと思います。


それと同じような言葉として、(もしくはそのための手段として)

「核を持つのはやめましょう」という言葉にも反対はないと思います。


それこそ、その状態が実現できるのであれば、

ものすごくいいことですし、理想ですよね。


しかし、そこまでのストーリーが見えないのです。


だからこそ、ある国は絶対的な武力をもってそれを実現しようとしますし、

ある指導者は、無抵抗主義を通すことで実現を試みます。

もちろん、その他にも宗教的なアプローチや経済的なアプローチなど、

その手段は多種多様です。


ただし、「戦争を無くしましょう」という意見に反対はなくても、

「武力で世界を制圧して平和を築きましょう」という意見に対してはどうでしょうか。


おそらく、賛否両論の意見が起きるはずです。

つまり、ここまで来てようやく、「出来る出来ない」、

「良い悪い」も含めた様々な意見が出てくるのです。


一般的に、人は納得(腹落ち)レベルに物事を認識して初めて

主体的な行動が伴うと言われています。


「反対がない」ということと、

「納得している」は違います。(必要条件ではありません。)


また、納得は議論によって生まれるものだとも思います。


であるならば、それぞれの意見において、

議論できるレベルまで落ちてこそ、

ストーリーがようやく見えかけてくるのでは無いでしょうか。


そして、その議論レベルが深いものであればあるほど、

より「実行」に近いストーリーだと思います。


なぜならば、「深い議論ができる」ということは、

議論の当事者がイメージできている状態だからです。


そのストーリーのいい面や悪い面が

具体的にイメージできているからこそ、

議論が深まり納得につながるのではないかと思います。



抽象度の高いビッグワードでは、ストーリーは生まれません。


なので、ビジネスにおいて重要なことが「実行」であるならば、

明確な目標(ビジョン)の設定はもちろんのこと、

その目標(ビジョン)達成への道筋の具体化が必要だと考えます。

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ものもらい。。

テーマ:

しばらく少し更新がご無沙汰になってしまいました。。


最近微妙な忙しさがつづき、

ちょっと嫌な疲労感が漂っていましたので、

この週末はゆっくり英気を養うべきだったのですが、


いつもながら予定でパンパンの週末のために、

結局、疲れはとれず・・・。


しかも、右目にものもらいのオマケつき。。(苦笑)


体からのシグナルなんでしょうね。



しかし、少々の忙しさにはこれまでの経験からの免疫もありますし、

自分的には平気だと思っていたのですが、

なぜこんないつにない疲労感を感じているのかをちょっと考えてみると、

主に精神面が大きいように思います。


まあ、この状態はあまりいいとはいえませんので、

何とか打破する方法を明日から考えてみようと思います。

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シャープなメッセージ

テーマ:

この週末から新たに「経営戦略」のクラスが始まりました。

(他に、「ビジネスファシリテーション」もあります。)


4月から振り返ってみると・・、

「組織行動とリーダーシップ」、「クリティカルシンキング」、

「マーケティング」、「人的資源管理」


MBA以外も含めると、

「マーケティング・経営戦略基礎」、「アカウンティング基礎」


に続く7クラス目になります。



こうやってみてみると、

よく挫折せずに学んでこれたなぁと思うと同時に、

きっとこうやって続いているのも、

成長の実感があるからなんだろうなと思っています。


小難しくいうと、

---------------------------

人間の行動は、努力が成果に結びつく可能性の高さと、

成果から得られる報酬の高さに起因している。

(行動×成果×報酬)

---------------------------

という、「ブルームの期待理論」が満たされている状態だからなんでしょうね。




これまでのクラスの一回一回も当然ながら学びの連続なのですが、

今回の「経営戦略」のクラスも、初回から例に違わず大きな学びがありました。


それは、

--------------------------

フレームワークを知っていても、

その使い方を知らなければ意味がない。

--------------------------

ということです。


その一例としてたまに見かけるのが、

マクロ環境(PEST)→市場・競合・自社(3C)×SWOT→打ち手など、

形式的にはフレームをつなげてつかっているのですが、

そのフレームのひとつひとつをみてみると、

抽象度の高いビックワードや、イマイチしっくりこない言葉が入っており、

当然ながら(?)抽象度の高いメッセージが導き出されていたりするものです。


極端な話をすると、「そんなのフレームを使わなくてもいえるやん!!」とか、

「これってここから導かれたものなの??」となってしまっているものもあったりします。(笑)


きっと、そのフレームワークを使って「何がいえるのか」、

もしくは、「何を導き出されるのか」を理解しないまま、

教科書的にというか、表面的に使ってしまったことで、

そのような状態になってしまったのかもしれません。



もちろん全てを完璧にしていくことが大変なのも事実です。

(私もまだまだだと思っています。)


しかし、フレームワークは本当によくできていて、

そのひとつひとつをしっかり理解したうえで正しく使っていくことができれば、

精度の高いアウトプットを導くことができる有効なツールだと思います。



であるならば、(今回のクラスでも話されたのですが、)

---------------------------

結論をどれだけシャープな言葉で表現できるか。

---------------------------

ということにこだわって使いこなしていかなければいけませんね。



「○○業界で勝ちましょう。」とか、

「集中と選択でいきましょう。」などというのは、

結論でもメッセージでも何でもありません。


フレームを使う以上、

「そこから何がいえるのか」を意識して、


フレームを使うことを目的とするのではなく、

そこから「シャープな」メッセージを導くことを目的として、

取り組んでいく必要があります。



これからの学びがさらに楽しみになってきました。

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リクルートのナレッジマネジメント


■書名:リクルートのナレッジマネジメント―1998~2000年の実験

■出版社:日経BP社

■著者:リクルート・ナレッジマネジメントグループ著

■オススメ度:★★★★☆



次に読んだのがこの本。


リクルートのナレッジマネジメントの構築の実例を通して、

そのプロセスと内容をリアルに紹介している良書ですが、


この本を読んで思ったことが、


確かにそのあり方自体は、

各事業部や各社の置かれた状況によって異なるのかもしれませんが、

素晴らしい仕組みをつくったり、何かを考え実行していくことは、

結局は、「人」のなせる業だなということです。


その「人」のスキルはもちろんのこと、

やり遂げるという熱意、

そして泥臭いことをもいとわない実行力。

さらには周りを巻き込んでいく力。


これらの要因が揃ってこそ、変革は実現するのであって、

反対にいえば、それが無ければ難しいと思います。


私自身、この本を読みながらいろいろなことが頭をよぎり、そして共感し、

(特に、第一章と第二章の「ナレパラ」の記述には)感動しました。



知識自体の共有ではなく、

考え方や本質、そしてプロセスを共有する。


前にもブログで書きましたが、

---------------------------

魚を与えるのではなく、釣り方を教えることが大切

---------------------------

ということにも通じる部分もありますね。




そして、本編の内容とは大きく関係しませんが、

印象に残った言葉を引用して書き留めておこうと思います。


>不思議なもので、本来その能力を既にもっているものは

>より一層その能力を伸ばそうとし、

>少しでも能力向上すべき低レベルのものに限って

>その能力の重要性にも気づかない。

>差はますます開くのである。 (第七章 「社外からの考察」より) 


この言葉を実感するとともに、

自分自身に向けても常に意識する必要がありそうです。

最近読んだ二冊の本が、どちらも秀逸で興味深く読めましたのでそのことを。


キャリアを考える技術・つくる技術


■書名:ビジネスリーダーへの キャリアを考える技術・つくる技術

■出版社:東洋経済新報社

■著者:グロービス・マネジメント・インスティテュート

■オススメ度:★★★★☆



まず、「ビジネスリーダーへの キャリアを考える技術・つくる技術」 ですが、


なりたい自分って何なのかということから始まり、

それを実現するための技術的なことや考え方的なこと、

さらにはそれを進めていく上での落とし穴や留意点も含め、

実際のケースを交えて、キャリアに関する様々なことを体系だてて紹介してあり、

自身のこれまでのキャリアと今後のキャリアを考える上で、

非常に参考になる良書でした。


これからのビジネスシーンは「知的格闘技」の時代に突入するという、

私の恩師の名言とともに、今の自分のキャリアに想いを馳せ、

改めて今後を考える良いきっかけとなったとともに、

そのタイミングには、是非もう一度読み返そうと思います。


ちなみに、この本の共著者の運営するサイト

「SCHOOL OF 未来図」 もおすすめです。

三連休終了

テーマ:

今日で3連休終了です。


振り返ってみると結構アクティブに動いた連休でした。


まず土曜。

浦和レッズ対ジェフ千葉を観るために埼玉スタジアムへ。

試合もさることながら、相変わらず熱気溢れるサポーターも堪能し帰宅。

帰りの電車を寝過ごすオマケ付。(苦笑)


そして日曜。

本来なら学びに充てる予定でしたが、

予定を勘違いしていることに気づき、急遽インテリア探しに変更。

昭島のインテリアフェアに向かったあと、新横浜のIKEAへ。

インテリアフェアはショボかったもののIKEAの人と家具の多さには圧倒されました。

そして、疲れた体を引きずり新幹線で東京へ。

居酒屋で一杯やった後、友人を招いて酒と音楽を楽しむ会を朝方まで。。(苦笑)


さらに本日。

昨日勘違いしていた学びのために昼から活動開始。

天気に恵まれた気持ちよい天気の中、夕方までコツコツ。

青い空と青い海が恨めしい。。。(笑)

帰りに新宿で買い物をして帰宅。そして夕食後は、

朝から晩までびっちり埋まってしまった週末のスケジュールを確認し、

いよいよ今週末からDay1が始まる経営戦略の予習。



そして、いつの間にかこんな時間になってしまったので、

明日に備えて寝ようと思います。


充実はしていたけれども、

もう少し学びに充てる時間が多くても良かったかなと

ちょっと思った三連休の振り返りでした。

今日、コンビニにいくときにちょっと思ったことがひとつ。


それは、「弁当屋のからあげ」です。


うちの近所の弁当屋のからあげは100g180円です。

しかし、同じく近所のスーパーで買ったら100g120円くらいです。

もっというと、とりもも肉を買ったら100g50円くらいで買えるときもあります。


では、この100gにして60円や130円の違いは何なのでしょうか。


まあ、書くまでも無いかもしれませんが、

単純に付加価値です。


結局、とりもも肉に調理という付加価値をつけると、

その付加価値によっては倍以上の値段の差がつきます。


反対にいうと、付加価値をつけないことには、

高い値段で売ることはできません。(当たり前ですね・・。笑)




料理人は、材料に「調理」という付加価値をつけ、

職人は、材料に「技」という付加価値をつける。

(もちろん、「時間」や「美しさ」といった付加価値もあります。)


これが私はビジネスの基本だと思います。



からあげと一緒で、基本的に材料自体はどこにでもあり、

誰もが同じものを使えるのが普通です。


であるならば、大切なのことは、

その材料にどのような付加価値をつけることができるか。


それができなければ高い値段をつけられないばかりか、

下手をすると全く売れない状態すらありえます。


ただ、付加価値がつけばそれでOKかというと、世の中そんなに甘くなく、

厄介なことに、人が感じる価値観は時代とともに変化します。


例えば、あったかどうかわかりませんが、

からあげがものすごく珍しい食べ物だった場合、

その値段はものすごく高かったと思いますしね。


もちろん、同様にどんなものにもこのことは当てはまって、

環境の変化や時代の移り変わりによって、

いままで高い価値として受け止められていたものが、

全然低くなったり、無価値になってしまうこともあるのです。


そこで、過去の栄華にしがみついて、

その変化への対応を怠っていれば、どんどん衰退するばかりです。



まず前提としてビジネスをやる上で、

商品やサービスにいかに付加価値をつけるかを考える。

そして、起こり来る変化に常に柔軟に対応する。


言うは易しですが、これが基本だと思います。



--------------------------

戦略とは変化への適応である。

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逆に言うと、変化への適応なくしては戦略とはいえません。


変化が激しいといわれる今の世の中で、

このことを常に意識していかなければいけませんね。

私の会社では毎日退社時に日報を書くことになっているのですが、

私の日報にはほぼ毎日、「今日のひと言」を書くようにしています。


その「今日のひと言」はその日にあった印象的な出来事を、

自分や一緒に仕事をしているメンバーに向けて書いているのですが、


今日のひと言は、「空、雨、傘、紙」でした。


実はこの言葉、あるコンサルタントの受け売りで、


要約すると、

-----------------------------

前の晩、空が曇っていたので、

次の日雨が降りそうだと思い、傘を持っていこうと決める。

しかし忘れてしまうかもしれないので、紙に書いて玄関に貼っておく。

-----------------------------

という一連の行動を示したものですが、


これはもちろん例え話で、


実際は、

-----------------------

「空を見る=状況把握(ファクト収集)」、

「雨が降りそう=おこり得る事象の分析や予測(ファクト分析)」、

「傘を持つ=何をすべきかの答えを出す」、

「紙に書く=具体的なアクションプランに落とす」

-----------------------

という、


ファクトに始まりアクションに落とす

一連の(思考)プロセスの基本で、

いずれも欠けてはいけないものです。


しかし、世の中を見てみると、

空を見ずに傘を持とうといい始めたり、

傘を持つというアイデアが無いのに紙に書こうとしたり、

空を見て雨を予測するだけだったり、

「プロセス欠乏性」に陥っている人たちが多いのは否めません。


私も過去、「傘のみ人間」に出会って非常に困らされたことが・・。(苦笑)



現在関わっている業務やミーティングで、

最近ちょっとこのことを振り返る機会が多いので、

ちょっとブログに書き留めてみましたが、

今日の日報に書いたのは業務のことだけではありません。




というのも、実は・・・、


今日とりに来る粗大ゴミのことをすっかり忘れて

出しそびれてしまったのです。。

自分で今日の収集を申請しておきながら、

昨日は昨日で、明日は絶対出さなければいけないと意識していながら、

今日の朝になったらすっかり真っ白で、

収集に来た方からの電話の着信履歴で思い出す始末。。(苦笑)

これは完全にそのものズバリで「紙」の部分を怠っていたからです。

今度はしっかり玄関に大きな文字で書いた紙を貼っておこうと思います。。



まだまだ修行が必要ですね。(苦笑)

今日の日経の朝刊に、

-----------------------

家庭の所得差が小学生の学力の差につながっている

-----------------------

という記事がありました。


最初はその記事を読んで、

「なるほど、裕福な家庭ほど学習塾とか教育関連の事柄に

費用をかけられるから差がつくんだな。。」

と納得していましたが、


ちょっと立ち止まって考えてみると、

なんだか違和感を感じるのです。


なぜならば、私も決して裕福な家庭ではありませんでしたが、

別にとりとめて成績が悪いわけではありませんでした。

(反対に良くもなかったですが・・。苦笑)

そして、周りに目を向けても同様で、

「経済力の差=学力の差」ではなかったと思います。



であるならば、考えられる要因は、


昔と今では求められる学力レベルに大きな差があるのか、

求められるレベルには差は無いが、

なんらかの事情により学校外での学習によって差がつく状況にある。


ということです。



となると、その「なんらか」とは何か。

ということになりますが、


単純に考えると、

小学生の学力レベルが昔に比べて著しく下がったか、

教える側の教育レベルが下がり、ちゃんと教えられていないか、

ということが想定されます。



別に、学力が全てだというつもりもありませんし、

「日本の教育に改革を」と声高に訴えるつもりもありません。



しかし、この解釈にたどり着いたときに思ったのが、

現実としてこういう状況が起きていることを、

実際に教育に携わっている人たちはどう認識しているのだろうかということです。


もしかしたら昔もその状況が存在していたにも関わらず、

単純にそれが解明されていなかっただけかもしれません。


しかし、この事象を受けて、(この記事の論調でもある)

「所得の差があるから国は何とかしないといけない」というのではなく、


なぜ、昔は無かった原因による学力差が今こうやっておきているのか。


もっともっとこの事象が意味していることを真摯にとらえ、

そもそもの学校の責任範囲と重ねながら、

教育者達は自身に矢印を向ける必要があると思います。




なんだかいつになく社会的なブログを書いてしまいましたが、

ちょっと気になったので書き留めておきました。(笑)

今日は、朝から久しぶりにのんびり。


何にも無かったわけではありませんが、

まだまとまっていない(苦笑)ので、

久しぶりに「自分の過去の振り返り」 でも書こうと思います。

(本当に久しぶりになってしまいました・・。 苦笑)




【自分にとっても会社にとっても最善の選択】


前回までに書いた社内独立もそこそこ板についてきて、

小さいながらもポツポツと仕事が来ている状況の中、

業務においてひとつの変化がありました。


それは、会社都合でもあったのですが異動です。


新しく配属になった部署は、

その会社でも大きな収入源のひとつ。


私自身、前述でも書いた独自の業務を手がけていましたので、

一応、社長にその業務のことを確認したところ、

その独自の業務も続けながら、

新しい部署での業務もやっていって欲しいとのこと。


当然ながら、どちらの業務も中途半端になります。


実際、新しい部署はそこそこ忙しく、

レギュラー業務だけでも結構なボリュームだったのですが、

メンバーがどんなにバタバタしているなかでも、

私だけは独自業務をやることもしばしば。。


また、その業務量自体もまだまだ波がありましたので、

仕事の割り振りも難しかったのではないかと思います。


また、立場的にもアートディレクターを二人抱える状態になったので、

デザイン面でのやりとりも難しくなったように思います。



【川上への意欲】


そして、自分の中でも大きな変化がありました。


それは、出向時に体験した新ブランドの立ち上げや、

出向が終了してから体験した社内独立的な業務によって、

自分の中でなんとなく感じていたことが明確になっていたのです。


そのなんとなく感じていたこととは、

どれだけデザインのベストを尽くしても、

そもそもの企画がしっかりしていないと人は動かないということです。


つまり、これまでは、「いかにきれいなデザインをつくるか」ということに注力してきたのですが、

「デザインとは企画も含めてこそデザインである」という、

ある意味当然のことに気づいただけでなく、

その企画の部分をもっともっと極めていきたいという気持が大きくなったのです。


もちろん、それは自分が所属している会社でもできないわけではありません。

しかし、もしかするとその道にもっと適した場所があるのではないかと

外に目を向け始めたのです。



【離婚、そして転職】


そして、運のいいことにその道にふさわしい会社が見つかり、

転職をすることを決めました。


今思ってみても、この選択は大正解だったと思いますし、

所属していた会社にとってもいい選択だったと思います。



そしてそれと時を同じくして、

プライベートでも大きな変化がありました。


それは、見出しにも書きましたが離婚です。


当時結婚していた女性は、性格の非常によい美人で、

私にはもったいないくらいの素晴らしい人でしたが、
当時の自分が考えている(結婚像も含めた)将来像と

彼女の考えている姿のギャップがあったのです。


そして、これからの自分にとっては、

いろいろな意味で独り身でいるほうがいいように思えました。


まあ、簡単に言ってしまえば私のわがままです。(苦笑)


きっと若かったこともあって、

それらが解決できる問題だとはわからなかったのと、

仕事が段々面白くなり、ストイックにのめりこんでいる状況から、

気持ちが盲目的になっていたんでしょうね。


しかし、そんな身勝手な選択に理解をしてくれた

彼女と双方の両親には今でも感謝しています。




《つづく》

次回は、転職後の新しい環境での

学びや変化について書こうと思います。