今日は、私の任されている業務のひとつ、

事業部横断の企画の今後と企画書についてミーティングをしました。


しかし、正直な話、

昨日書きました、モチベーションにも関連するかもしれませんが、

企画書が・・・


一応、作業の簡略化も考えて、

ある程度のテンプレートも用意していたのですが、

そのテンプレートの文字を打ち変えただけ。。

言ってしまうと「やっつけ仕事」でつくった企画書です。


私たちでいう、「いい企画書」とは、

受注がとれる企画書です。


どんなに色々考えていても、

受注がとれない企画書では全く意味がありません。


その企画書の修正をお願いするのも大変です。


私の中での考えでは、

テンプレートはあくまでガイドラインで、

その企画のウリを明確にしたり、

落としどころをきっちりみせるためには、

テンプレートを無視して、自由につくってもいいと思っています。


その意図が伝わっていないのか、

もしくは、そもそもモチベーションがないのか・・・。


かなり難しいですね。


目的はある意味簡単です。

その企画に対する受注を獲得して、

売り上げをあげていく。


しかし、そのための企画書があがってこない。。。。


私は、企画書の作り方をレクチャーすればいいのでしょうか。

しかし、それって少し違うような気がします。

というか、そもそもそんな時間もなければ、

学生じゃあるまいし、

そんなことをいまさらするってのもどうかと思います。


とりあえず、

私の目的は「いい企画書」を時間通りにあげてもらうこと。


そのための方法が見えませんね。


まだ、それに対して前向きなら何とかなると思いますが、

そうなると、やはり昨日のモチベーションってことになりますか。。


なぜ、自分が今の仕事をしているのか。


その意味を明確に示すときがきているのかもしれませんね。

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「クリシン」でいこう

テーマ:

今日は、うちの会社に、あるゲストが訪問してくれました。


そのゲストは、サッカー好きの私にはたまらない方だったのですが、

その方の明るさや接しやすさ、人柄には本当に感動しました。


すっかりファンになってしまいましたね。


今日一日、その方を交えた企画の運営とミーティングで

しっかり一日つぶれてしまったのですが、

それよりも頭を悩ます(?)ことがあります。


それは、コミュニケーションとモチベーションです。


もちろんこのふたつだけではなく、他にも大切なものもありますが、

正直、このふたつは仕事を進めていくためには不可欠な要素で、

そのいずれかが欠けても、どこかに負荷がかかります。


しかし、こればっかりは、

「コミュニケーションとろうよ」とか、

「モチベーションあげていこうよ」といったように

人が押し付けてもダメです。


ではどうすればいいのか。。。



答えは単純です。


自らそのことを意識してくれればいいのです。


しかし、意識させるのが難しい。。。

結局、仕組みなのかなとしみじみと感じました。


では、モチベーションをあげる仕組みとは。


シンプルな方法は、共通のビジョンをもち、

そのビジョンのもと目標を設定し、

その目標を達成した人には惜しみない拍手を贈る。

それだけです。


そして、コミュニケーションを促進する仕組みとは。


これもシンプルな話、

コミュニケーションが活発な方が上手く行く身近な事例や

本人にその体験を提供することです。


しかし、実際はあまりシンプルではありませんね。

例えば、ビジョンを設定したとします。

それを共有する機会がなければ・・・?


コミュニケーションに関しても、

そもそもその文化がない場所で、

事例や体験を作ること自体難しいのかもしれません。


まあ、課題が山積みなのは誰の目に見ても明らかです。


では、その課題を解決するにはどうすればいいのか。


これって、私は前に学びました。

問題解決のための意思決定を促すための論理的思考。

そう、私が学んだのは「クリティカルシンキング」です。


その時に学んだことを大雑把に言うと、

「インプットではなくアウトプットを意識する」

「木を見て森を見ずにはならない。人は得てして葉っぱを見がち」

「まずは一塁にでよう」

「考える枠組みを考えよう」

  ・

  ・

  ・



まずは、明日の課題抽出ミーティングでは、

きっちり「考える枠組みを考えて」から臨もうと思います。

おそらく、「インプット」や「葉っぱ」の話が

正直メチャメチャでそうな感じがしますから。(苦笑)


そして、またミーティングに時間をつかっていくのかな。。。(笑)



とりあえず、今日もよー頑張った !!!!!

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無駄な時間の削減のために

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今日は、週明けの仕事はじめ。

っていっても、昨日も仕事のようなものなので、

月曜の感じがしませんでした。


しかし、仕事は毎日動いています。

私もバタバタバタバタ動いています。


今日やった仕事を振り返ってみると、

ミーティングと、ライティング少々、作業少々、チェック少々。

うーん、こうやって振り返ってみると、

あまり何もしていない印象ですね。


うーん。。無駄な時間が多いのでしょうか。


いや、この状況でひとつはっきり言えることは、

ミーティングの時間が異様に長いんです。

今日だけで、ミーティングが6本入っていました。


しかし、限られた時間を有効に使うために、

ミーティング以外の時間を見直さなければいけませんね。

いや、まずはミーティングを短くする工夫からかもしれません。


なんてジレンマも少し感じながら、

そろそろ明日に向けて寝ようと思います。


寝る前に今日のトピックスをひとつあげるとすれば、

新しい名刺が届いたことがあります。

入社3ヶ月にして、前の名刺を約半分残しながらも、

新しい名刺が届きました。

(できるなら前の名刺を、いい意味で全部使い切りたかったですね。)

もちろん、追加注文をしたわけではありません。

単純に仕事がひとつ増えただけです。

(って、きっとそっちをメインに書くべきでした?? 笑)



では、明日からも頑張れるように。

おやすみなさい。。。

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ひらめきと行動

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今日は、来週火曜に行う企画の衣装を探すために、

アメ横までいってきました。


正直、私にとって上野は、

東京に住みながら、あまり縁のない場所で、


東京に初めて引っ越してきたときに、御徒町で自転車を買ったのと、

上野動物園で、炎天下の中、ひたすらペンギンの写真を撮った以来です。


そして、アメ横には正味の話、

高校のときの修学旅行以来ですか。(苦笑)


まず、改めてアメ横ってすごいですね!!

服を売っている目の前で生臭い魚を売っていたり、

メチャメチャわっかーい女の子の横をお年寄りの方が歩いている。。


ある意味、物売りのるつぼ。。そして、世代のるつぼ。。


今日は、結局目当てのものを買うのではなく、

違う方法で入手するアイデアを思いつき、

そのアイデアに協力していただいた高円寺のお店で

衣装の大半は用意させていただいたのですが、


ひらめきってやっぱりふとしたときに舞い降りる。

ということを改めて実感しました。


実際、今日は当初からアメ横で「買う」ということしか頭になかったのですが、

いざ買うときになって、買わなくて済む方法をひらめいたのです。


そこから行ったのは、

アメ横ではなく漫画喫茶(インターネットカフェ)です。


そこで何をしたかといいますと、

目当てのものを取り扱っているショップを検索してメモリ、

喫茶店に移ってひたすら電話です。(笑)


結果、高円寺のショップにお願いすることになったのですが、

今思えば、よくこの方法を思いついたな。と思います。


振り返ってみると、今日のこの出来事は、

たった一度だけ修学旅行でいった

アメ横だったからなのかもしれません。


修学旅行に行く前に学校で、

未知の世界である東京を、必死に夢見ていたツールは、

雑誌しかありませんでしたし、

そして、その雑誌の記事の横にはアメ横のお店が載っています。


結局、その経験が今回のファインプレー(?)に

つながったのではないかと思っています。


具体的には書きませんが、

もう、何をしたかおわかりですよね。(笑)


ただ、急に思いついたことなので、

いきなり名刺も企画書も持たずに、

Tシャツに短パン、そしてサンダルという

カジュアルな格好で押しかけた、高円寺のお店の方には、

驚かせてしまってどうもスイマセン。。という感じです。

いや、普通ありえへんやろーーってな感じかもしれません。(苦笑)


しかし、言い訳でも開き直りでもはありませんが、

私は、「思いついたら吉日人間」なのです。

(開き直ってますね・・・ 笑)


正直、いろいろと準備している時間はありませんでしたし、

企画が来週の火曜という、ある意味、

行動に移さなければいけない状況でもありました。


まあ、それはこちらの勝手な都合なんですけどね(苦笑)


ただ、そんな状況でも快く応じてくれた

お店の方には本当に感謝感謝です。


一応そのお店のリンクを。

気さくな職人的な店長がやっているウェスタンショップなのですが、

萩原流行さんもよく来るそうで、

オーダーメイドの革製品は本当におススメです。

[このお店のHPはこちら]


とまあ、またもや散漫になってしまいましたが、

今日を通じて感じたことは、

やはり、「ひらめきはふとした瞬間に訪れる。」ということと、

その「ひらめきは、過去の経験より呼び戻される」ということ。

さらには、「思いついたら吉日でいいじゃないか。」ということです(苦笑)


なぜなら、そこで動かなければなにもならなかったのですから。。

(自分を正当化してますか?? 笑)


「あの時こうしてたら・・」

なんて言葉はいいたくありませんしね。


また、今回はたまたま成功しましたが、

全てがそうとは限らず、時には失敗するときもあると思います。


ただ、やらなかったことを悔いるよりも、

実際にやって(動いて)失敗した方が素晴らしいですよね。


なんだか、自分自身でそれを実感した一日でした。


一緒にいった後輩のT君には、

グルグルつき合わせて申し訳なかったとは思いますが、

彼にとってもいい経験になったのでは。と、

勝手に納得している私でした。。。(笑)

今日も観てきました。呑み明けの映画。

懲りないですねー。私も。(苦笑)


昨日は結局午前様で、

その前日も朝方まで呑んでいたこともあり、

死んだように寝ていました。。

まどろみ(?)の中目覚めたのが、夕方の4時。。

もちろん、体も頭もポケーーっとしています。


でも、行かなければなりませんでした。

なぜそこまでして映画に行くのかは正直わかりません。

ただ単に週末を何もせずに過ごすのが嫌なだけかもしれませんし、

ブログを書くネタ探しのためだけなのかもしれません。(笑)


今日観てきた映画は、

本日公開の映画、「ダニー・ザ・ドッグ」。

リュックベッソン脚本の期待作です。

正直、話題の「スターウォーズ」よりも、

私にとっては観たい映画でした。


そして、観にいった私は、

ガチガチに体に力が入りすぎて、

映画が終わった後妙な筋肉痛になりそうなくらい、

劇場の画面に釘付けになりました。


いつもは、映画の途中で今何時だろうと、

時計に目を落とすこともしばしばなのですが、

今日の映画は最後までずっと、

目を見開いて映像を追いかけた、

期待通りの快作映画だったと思います。


この映画、ものすごく深い映画です。

ダニー(ジェットリー)に関わるふたつの家族。

サム(モーガンフリーマン)たちの家族はもちろん、

もうひとつの家族の愛情もある意味深い。


この映画に広がる、正直真逆ともいえるふたつの世界も

違和感を感じることなく、映画に入り込めたのは、

各役者の素晴らしい演技はもちろんのこと、

リュックベッソンの脚本と監督の力が創り上げた

素晴らしいバランスがもたらしたものなのだと思います。


実際、映画自体は、恐怖を煽り立てる激しい

(過剰)描写があったわけではありませんし、

お涙頂戴的な、ウソ臭いドラマが繰り広げられていたわけでもありません。

しかし、息をするのもはばかられるくらい、

体が凍りついたシーンもありましたし、

涙がこぼれんばかりの感動もありました。

(どのシーンかはこれから映画を観る人のために伏せておきます。)


なんだか、ずっと喉元にナイフを突きつけられているような

緊張感と世界観がこの映画にはありました。


簡単に一言でいってしまうのもどうかとは思いますが、

この映画は、「ギャップの映画」だと私は思います。

ギャップを明確に出し、メリハリをつけてバランスよく組み立てる。

結果、人を引き込む世界観が出来上がり、

ひとつひとつの出来事が際だっていく。

それをリアルに感じることのできた、いい映画でしたね。



ちなみに私は、映画館に自転車で行っているのですが、

あまりにもグッと胸にきたのか、

映画館を出たときの私は、その自転車にも乗らず、

しばらく、「ダニー・ザ・ドッグ」の映画館の看板を眺めたあと

ボーっと映画館の周りをフラフラしてしまいました。。(苦笑)


面白い映画を観たあとの、

映画館を出てから現実の世界に自分を戻すまでの

ほんのちょっとした時間だけ感じることのできる微妙な感覚。

私は、その感覚が妙に好きです。



とりあえず、この映画はこの夏のおススメ映画のひとつです。


観た方は是非感想を聞かせてくださいね。

毎日書くという目標・・

テーマ:

実は、私、ブログをはじめたときに、

「毎日書く」という目標を立てていました。


実際、その目標を達成するために、

GWでもPCを持り帰り、

ネット環境にない場所に行く場合は、

ブログを書くためだけに、

無線LANが使えるお店(例えばロイヤルホストとか)

や漫画喫茶(インターネットカフェ)にいって

このブログを書いていました。


しかし、ご存知の通り、

木曜と金曜(昨日、一昨日)の

二日分を書くことが出来ませんでした。

もちろん、これが昨日の分といえば

いえなくもないのですが、

木曜の分はもうかけません。(苦笑)


でも、言い訳ではありませんが、

一日ブログが途絶えたことによって

ふっと考えたことがあります。


それは、単純に「目標」ってなんなのだろう・・。


ということです。


「毎日書く」はもしかしたら「目標」ではなく、

「手段」なのではないでしょうか。。


たとえば、

「ブログを書くことによって、○○を達成する」

ということなら「目標」といえるかもしれません。

結局「○○を達成する」ために「毎日書く」のならば、

やっぱり手段ですね。


明確な「目標」のないプロセスは

ものすごくモチベーション的にも

作業的にも弱まりがちです。


しかし、なぜか一昨日まで毎日書くことが出来た。

楽しさはもちろんあるのでしょうが、

私の気づかないところに、

そのモチベーションの源があったのでしょうね。


そこには、「ランキング」があり、

そして「読者」がいて、

「コメント」をつけてくれるありがたい人たちがいます。


それは、確かにモチベーションの源です。

しかし、その源と違う何かがあるような気もします。


ちょっとそのことも考えながら、

今日からのブログを続けていこうと思います。


ただ、「毎日書く」は手段なので、

もしかすると出来ない日が出てくるかもしれません。

(ってやっぱり言い訳ですね 笑)



あなたがブログを書くのは何のためですか??

よかったら教えてください。



安直さがもたらすもの

テーマ:

今日もこんな時間に更新です。

なんだかわらけてきますね。(笑)


昼間に、「日本代表の試合を観たら明日ヤバいね。」

なんて笑いながら話していたのがウソのように現実になりつつあります。

なぜなら、あと約30分後には放送が始まり、

1時間後にはキックオフのホイッスルが鳴っているからです。(苦笑)


ただ、いくら時間が迫っているからとはいえ、

今日は、心を鬼にして眠りにつこうと思います。


別にロナウジーニョがでないからとかじゃありませんよ。

純粋に仕事のためです。


その仕事ですが、

今日、私がデザイナー時代にお世話になった方に

約1年半ぶりに連絡をとりました。


その方は、いまでも同じ職場に在職中で、

私の相談を快く受け入れていただき、

なおかつ、早速明日会社に来訪してくれるそうです。


本当にありがたいですね。


その時に後輩(?)から言われた言葉。

「kegさんって、ちゃんと仕事につながる人脈をもっていてすごいですね。」


でも、私は別に相手を仕事上の付き合いだからと

区別して接してきたつもりはまったくありませんし、

そんなに計算高くもありません。


私は、単純に相手に誠実に、

そして何事も懸命に取り組んできただけです。

とりとめて、人よりもすごいスキルがあったわけではありませんし、

人をひきつける魅力があるとも思えません。


「ただ、真剣に」「ただ、本心で」


それだけです。


相手にとって誠実であれ。ということは、

結局こうやって時間があいても

話を聞いてくれる関係につながるのかな。と思います。


広告でも同じで、

表現でウソをついてはいけません。

ウソをついて大げさに見せることもできますし、

ないことをあたかもあるように作ることも出来ます。


しかし、その時の効果がもしよかったとしても、

結局、その広告主のためにならない。

というのが、私の持論です。


ウソをつくならば、ウソを考えている時間を使って、

ターゲットにいかに魅力的に見える真実を見つけるか。

ということに注力すべきです。


それは、すごく大変ですし、

労力からいってもウソで飾る方が簡単です。


しかし、クリエイティブというか、

もっというと人を動かすって、

結局その努力ができるかできないかなんですよね。


とりあえず、明日約1年半ぶりに

再び仕事で出会う人との話を楽しみにしながら、

眠りにつこうと思います。


おやすみなさい。



【追伸】

なんだかここ最近の私のブログ。

読み返してみると、イマイチですね。。

スイマセン。。(苦笑)

言い訳ではありませんが、

これが今の私の実力かなと思います。

こんな状況でも、

ちゃんとした内容のブログが書けるように

成長していきたいですね。

しがみつく

テーマ:

なんだか昨日のブログを読み直してみると、

少しネガティブな感じがしました。(笑)


まあ、確かに、疲れとか悩みとかはありますけど、

昨日のブログほどではありませんので、あしからず。。。


しかし、文字が心を表すのだとしたら、

ものすごく疲れて、何かに助けを求めているのかもしれませんね。



振り返ってみると、私自身、今までずっと

いつもいつも走り続けてきたような気がします。

このことは、今後きっと、「新規事業に魅せられるまで~社会人編~」で

書くことになるとは思いますが、


正直、私は苦節や苦難。もっというと失敗を知らない人間だと思っています。

こうやって書くと、驕りだとか、傲慢だとか思われるかもしれませんが、

実際、自分の意識の中でそういった経験がないのです。

そして、知らないからこそ走り続けることができたのかもしれません。


自分のやりたいようにやり、

自分のやりたいことをやる。



もちろん、そこには責任がありましたが、

それだけでやってこれたような気がするのです。


ただ、自分の意思でやるからにはきちんとやらなければいけない。

というよりも、結果を出さなければいけない。ですね。



私の人生の振り返りは、また後日アップするであろう

「社会人編」を読んでいただくとして、


なぜ失敗したことがないのか。

ということについて簡単に書こうと思います。


それは・・、








ズバリ、成功するまでやるからです。(笑)


もちろん結果を前向きに受け止めることはもちろんですが、

失敗のまま終わらせていないような気がします。


私が転職したとき、

常に、今以上の世界を望んでいましたし、

そして、その世界で今以上の力を

なんとか身につけてきたのではないかと思います。


実際、新卒のときの私からみると、

「マーケティング」だの、「ブランディング」だの、

もっというと、ビジネスで使うカタカナ用語なんて、

まったく無縁の話でしたし、「論理的思考」なんて皆無な

まさしく「直感人間」だったと思います。(苦笑)


しかし、今は出来ている出来ていないを抜きにして、

意識はするようになっています。

そして、組織全体の視点も

もてるようになったのではないかと思います。


それって何によって得たものなのでしょうか。



結局、私が考えるには、

いかに意識してその場に身を置き、

そして、その中で無理矢理でもやっていこう。

という気を持つことなのではないかな。と、思います。


水泳でもなんでもそうですが、

泳げない人でも、水の中に落とすと、

泳ぎ方はどうであり、泳げるようになりますよね。


英語がしゃべれない人でも、

外国で生活せざるを得ない状況になると、

話せるようになりますよね。


それと一緒なんです。


いかに自分を追い込むか。

いかに自分を切羽詰った状況にもっていくか。

そして、甘えない(言い訳をしない)か。


私は、新しい仕事が増えるとすごく嬉しいですし、

大事な仕事を任せられると、やる気が沸いてきます。


たとえ、自分のキャパオーバーでも

何とかやろうと思いもがきます。


結局このときの「もがき」が大事なんです。


格好よく成長できるのは天才だけ。


私みたいな凡才は、どれだけ泥臭く、

そしてしつこく、しがみついていけるか。


本当にそれだけです。


明日を見ている余裕なんてありません。

しかし、もっと遠くを見ようとする自分がいます。

そして、疲れてしまう自分もいます。


ただ、そのおかげで身についたこと、

わかるようになったこと。


たくさんあります。


人の成長なんて、非常に単純で、

今の自分以上の世界に身をおけて、

なおかつその中でどれだけ「もがき」、「あがけ」るか。


ただそれだけです。


もう一度、自分をその環境に飛び込ませてもいいかな。


と、ちょっと考えることもある今日この頃です。

(別に転職するわけではありませんよ・・・ 笑)

何で働くのだろう・・・。

テーマ:

毎日毎日、朝から晩までなんで働くのだろう。。


別に、お酒を飲んだり、遊んだりしているときのように

楽しいわけではありませんし、

自営業のように、働いたことによる結果が

自分にとってそのまま真っ直ぐ返ってくるわけでもありません。


働いている意味をはっきりと口にできる方はいらっしゃいますか?

もし、いらっしゃるなら、是非教えてください。

私がどうとかではなく、本当に知りたいのです。


例えば・・・、


「生活をしていくため。」

「家族のため。」


わかります。

ただ、それならば今やっている仕事じゃなくても問題ありませんね。


「暇だから。」


わざわざ仕事をしなくてもいいですよね。


「遊ぶため。」


これもお金系ですよね。


私は、人生の中で結構な時間を「仕事」に費やしています。

そのために出来ないこともたくさんありますし、

例えば、世の中の人が見ているドラマとかは

まったく縁のない世界で生きています。(苦笑)


ちなみに今日も月曜から終電帰りです。(笑)



なぜ、ここまで仕事をするのでしょうか。


もちろん、「好きだから」という理由はありますが、

では、なぜ好きなのでしょうか。


「自己表現の場??」

それならばアーティストを目指すべきですよね。


「出世欲??」

これは手段ですよね。

「出世して○○がしたい。」とつながると思います。


「お金儲け??」

きれいごとのようですが、日々暮らしていき、

ちょっとだけ好きなことにつかえるお金があればOKです。

そしてこれも手段ですよね。


「見栄??」

別に大きな企業に勤めていたとしても、

それが優位性になる時代じゃありませんよね。

(私が勤めている会社が大きい大きくないを別にして・・ 笑)



わざわざ転職してまで、今やっている仕事を選び、

そして、その仕事に従事している自分の理由。


自分では、その答えがなんとなく、

わかっているような気もします。

しかし、具体的に口にするのはなんとも難しいです。。。



ただ、私のこの気持に近い、というか

この気持の答えを示してくれたような気がした曲に

先日、幸運にも出会えました。


その曲は、先日私がジャケットのデザインを担当させていただいた、

「空色のドア」という曲です。


とここまで書いておきながら、

ちょっと収拾がつかなくなってきたので、

ここら辺にしておきますが・・・(汗)


今日のブログの締めに

この曲のメッセージだけ書いておこうと思います。



それは、


「なりたい大人になれている??」


というメッセージです。


私は、このメッセージこそ、

仕事を頑張っているひとつの理由なのかなと思っています。



ちなみに、宣伝になってしまいますが、

この曲は本当にいい曲なので、

機会がありましたら是非聴いてみてください。


では、本当にとりとめのなくなったブログはこの辺で・・(苦笑)

次のステージへ・・・

テーマ:

今日は一日、外に出ることもなく

ひきこもり(ぐうたら?)生活をしていました。


やったことといえば、ちょっと部屋を片付けたのと

7月のスケジュール作成ぐらいですか。


ただ、7月から私に任される仕事が若干増えることもあり、

今後の自分のためにもビジネススクールに行くことにしました。


このスクールは、前職時代にも違う科目でお世話になっており、

かなりのことを学ばせてもらっただけでなく、

人のつながりなど、いろいろな面でもお世話になっている場所です。



世の中には、「ゼネラリスト」と「スペシャリスト」の

二種類の人間がいると、よくいわれています。


そして、ご存知の通り、

今の世の中は「スペシャリスト」が重宝される傾向です。


実際、これまでの日本を振り返ってみると、

「ゼネラリスト」的な教育や育成が主流でした。

いわば、ウィークポイントを消すための教育といった感じです。

 

しかし、ウィークポイントを消すために、

ものすごく努力したところで、身についたスキルは人並みなので、

別に目立った何かを手に入れることはできません。

 

それならば、同じ時間で「スペシャリティ」を伸ばす努力をして、

他の人との優位性をもつという考えには、正直大賛成です。

 

しかし、最低限の知識や認識がないと、

なんだか路頭に迷いそうな気がするんですよね。。

(貧乏性なだけかもしれませんが・・ 笑)

 

自分の特定の分野以外は、

まったく関与できない「スペシャリスト」は

本当に目指すべき姿なのでしょうか。。

 

もちろん目的にもよりますし、

それを否定しているわけではありません。


ただ私の場合、今後のステージを考えたときに、

「スペシャリスト」だけでは難しいような気がしているのは事実です。


別に、自分の特定の分野以外で

「スペシャリス」ト並みのスキルを身につけなければ・・。

とかということではありませんが、

最低限「スペシャリスト」の人間と、

普通に会話ができるようになっておく必要は

あるのではないかと思っています。


業務をやっていくなかで、意思疎通や共通認識って、

スムーズに業務を動かしていくために大切ですし、

まあ、そのためのスキルといった感じです。


今まで何年もその分野でやってきた人を上回ろうと思ったら、

ものすごい努力と時間が必要です。

しかし、同じ認識で話せるレベルまでなら、何とかなりそうです。


なので、私は今後の自分のために、

新たなスキルを身につけていきたいと思います。



それでも、そのために学ぶことは、

まだまだまだまだまだまだまだまだ、あります。本当に・・。(苦笑)


そして、そうやって身につけたスキルは、

その道のスペシャリストから見れば、

当然ですが、子供レベルだと思います・・・・。(苦笑)