二文字熟語

漢字の中には、その文字を超越した深い意味思いが込められていることが多くあります。国語辞典を側において、日頃何気なく読んでいる言葉の数々の中に、脈々と流れている日本人の心を読みとろうと努めてみませんか。とても、興味深い事実に気がつくはずです。

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ここは、イタリア

去年の夏休みに行って来ましたが
それから、早くも1年経過
時間の過ぎるのは早いですね
今年はどこに?

実は、箱根の温泉*\(^o^)/*
ゆっくりして来ます。

#夏休み


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先走る
 今日は、先見(せんけん)という言葉です。

 皆様は、自分の事を、“先見(せんけい)の明がある”と思いますか。何かに取り組もうとするときに、数か月後、数年後の未来を見据えて、将来の展望を開く能力があると思いますか。恐らく・・ですが、そんな能力のある人は、半分もいないと思います。ただ、この先を見る能力は、何かにチャレンジしようとする人達にとっては、とっても重要な能力になります。先を見通す能力を持っている事は、今、何をしたらよいかを考える能力につながるからです。

 さて、先見(せんけん)ですが、先(せん)には、進んでいく方向、空間的に先立つ、現在のもののひとつ前のもの、最初、一番早いものetc.いろいろな意味があります。見(けん)には、見る、見分ける、自分の考え、隠れていたものが現れてくるetc.の意味があります。即ち、先見(せんけん)とう言葉は、時間的な制約を飛び越えて遠い未来に現れるであろう姿をイメージできる能力のことを表しているような気がします。国語辞典を見れば、“ある物事について、それがはっきり現れないうちに、前もって見通すこと”等と解説があります。

bibibi超
 先見とは、ちょっと千里眼(せんりがん)のような超能力に似ているような部分もありますが、あくまでも、数か月、数年先の姿を想像する力であって超能力ではありません。先を、予測する力とでもいうのでしょうか。目標を明確・具体的に設定できる力とでも言うのでしょうか。いずれにしても、皆様が、自分自身の未来に向けた行動指針などを立てる時には、大いに役立つ能力だと思います。必ずしも先天的な能力ではなく、後天的な、努力で身に付く能力だとも考えていますので、とりわけ若い皆様には、先を見る力、先見性を身に着けるべく、想像力・創造力・イマジネーション能力をブラッシュアップする努力をお勧めします。
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7月も半ばを過ぎ…

じきに、梅雨も明けそうです
話は違いますが
ここ数日の間に、わかった事
人の価値観の違いは
妥協できるレベルのものもあれば
信念にまで昇華している価値観には
妥協は存在しないということ

価値観が180度異なる場合は、
永遠に重なることのない平行線

資本主義と共産主義…みたいなもの
平行線のものを妥協に導くのは
無駄な努力

…そう割り切らないと
人の世の中や、人の歴史の不合理は
理解不能ですね

写真は、万両の花の蕾が
鈴なり

#価値観


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タロット:正義勇者
 今日は、妥協(だきょう)という言葉です。

 物事の正否は、ある価値判断によって行われますが、この価値判断。実は、人によっても、時代によっても、国によっても、大きく異なることがあります。例えば、普遍的な価値判断がありそうな“正義”という言葉でも、日本の場合、道理に適った正しいこと全般を意味します。これは、民主主義国家である日本の正義です。ところが、思想、信条が異なれば、正義の内容は異なり、思想、信条の数だけ「正義」が存在します。中国のような共産主義国家における正義は、中国共産党そのものが正義です。ここでは、“正義”に関わる思想・哲学が存在しません。状況が異なる中で、それぞれの正義を主張しあった時、どこで折り合いをつけるのか。これが妥協(だきょう)という事です。自分だけの主義主張を押し通すことができれば、これほど簡単な事はありませんが、やはり妥協(だきょう)できる事がないのか、価値観の調整ということが必要になります。

 さて、妥協(だきょう)ですが、妥(だ)とは、安んずる、お互いに折れ合うetc.という意味です。協(きょう)とは、力を合わす、調子があう、和合する、相談をして一致するetc.の意味があります。従って、妥協(だきょう)とは、お互いに譲り合う部分、譲れない部分を確認しながら、一定の内容で、不満を残しながらも合意することです。大人の判断とでもいうのでしょうか。

仲良し仲良し
 “妥協の産物”という言葉がありますが、まさに主張の対立の先の回答として、中間の結論をさぐって導き出された結論の事でしょう。あるHPの相談欄で、妥協の産物とは?という質問に対して、真剣に討論しないで簡単に妥協した結果を蔑み、又は後悔して言う言葉....という回答がありましたが、私は若干異論があります。真剣に議論をしない・・といった枕詞がついていますが、世の中には、価値観の違いからどうしても折り合いがつかない、いくら議論しても並行線という場面は山ほどあります。ですから、妥協の産物とは、真剣に議論を重ねた結果の、双方にとっての苦肉の解決策だと私は思います。皆様は、どう考えますか?
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