「あの日」の想い

テーマ:

こんにちは。

 

今日もプライベート記事ですので、

 

興味なければスルーしてくださいねニコニコ

 

 

 

前回、慰霊碑のお参りをして、学校のブランコを見ながら、

 

相変わらず同じ場所にあることに懐かしみを感じていました。

 

 

 

私が小6の頃、ある女子グループから仲間外れにされちゃって、

 

クラスの班も男の子の中に私一人、のこともあって、

 

最悪の最終学年のスタートを切っていました。

 

もう誰ともしゃべりたくない、そう思っても

 

学校を休もうと思ったことはなくて、

 

というか、親に心配かけるのが嫌だし、めんどくさいし。。

 

しばらくの間、休み時間も一人で過ごしていました。

 

 

2学期だったかな、

 

ある日、クラスの女の子、Sちゃんが突然、

 

「一緒にあそぼ!」って言ってくれて。

 

そこから、その子のグループで遊ぶようになりました。

 

あの時、なぜかブランコで遊ぶのが流行ってて、

 

学校でもブランコ、公園でもブランコ、

 

ずっとブランコだった気がする。。

 

ほんと、仲良くしてくれて、

 

お雛祭りするからって、Sちゃんのお家に行かせてもらって。

 

趣のある平屋建ての立派な広いお家で、立派なお雛様の前で、

 

Sちゃんのお母さんに、みんなで写真も撮ってもらって。

 

 

小学校の最後は、仲間外れのことなんかすっかり忘れて、

 

本当に幸せな日々でした。

 

だけど、Sちゃん、中学校は私立の女子校で、私は

 

公立校で、離れ離れに。

 

確か小学校の卒業の頃に、うちで育ててた「フウセンカズラ」のタネを

 

Sちゃんにあげたんだっけ。とっても喜んでくれて♪

 

そのタネって、丸くて黒い真ん中に

 

白いハートがあって、とっても可愛くて♡

 

夏頃には、中学校の制服姿の横に、フウセンカズラの植木鉢の写真を

 

手紙と共に送ってくれました。

 

 

高校に入ってからも、年賀状のやりとりとかはしていたのだけど、

 

そのうち、違う区に私が引っ越ししてしまい、疎遠になってしまって。

 

 

そして、25歳の時に阪神大震災が起こりました。

 

 

起こった前日のことや、起こった寸前に見た夢までもクリアに

 

今だ覚えてるのは、やはり忘れるなということ?

 

 

震災から数日経った、ある日の新聞。

 

亡くなった方の名前の中に、見つけてしまった。

 

 

Sちゃんの名前。

 

 

 

それから、何年かは、震災の日の前になると、

 

必ず夢にSちゃんが出てきて、

 

メッセージをたくさん残していってくれました。

 

 

めぐりめぐって、

 

何故かまた、私がこっちに戻ってきて、

 

自分の子供らが、自分と同じ環境で育ち、

 

 

いろいろ経験させてもらって、

 

 

育ててもらって、

 

 

守られて、

 

 

生かされて、

 

そして、

 

この地から巣立っていって。

 

 

 

 

包み込まれた愛に感謝し、

 

心静かに

 

明日を迎えます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

AD

同じテーマ 「日記」 の記事