しばらく更新が滞っておりましたが、ネットワーク環境が不安定なためプロバイダ変更をしておりました。
その間、息子が第二志望の私立高校に無事合格。(本命はまだ先です。)
週末からは嫁が椎間板ヘルニアで安静といろいろあったこの頃でした。
私はというと、休日は嫁に代わって家事ぐらい。
合間を縫って近くにカメラ片手に出かけておりました。
というわけで久しぶりの更新になります。
さてさて、年も明けて1か月あまり、そろそろ今年の干支も忘れ去られそうですが。笑
辰年の名所としてご紹介したいスポットがひとつ。
東山区本町にある瀧尾神社です。
年明けに亀ちゃん(市川亀治郎さん)がBSの番組で紹介していて目が釘付けに...建仁寺の双龍図よりすごいではないか!
場所ですが、JR奈良線・京阪本線東福寺駅を下りて本町通を北へ数分です。
本町通は東福寺駅から先300mで東海道新幹線・東海道線などで行き止まりになるので迷うことはないでしょう。
ただし間違って南へ進むと別ですが。笑
えーと伏見稲荷まで行ったら行き過ぎです。爆
本町通はかつての伏見街道で、豊臣秀吉により京都と伏見を結ぶ街道として造られました。
東山区内では本町通・伏見区内では直違橋通・京町通と呼ばれます。
東海道線より北側には秀吉ゆかりの方広寺、道中には伏見稲荷大社などかつては大変賑わった街道でした。
瀧尾神社は古くは武鶏の社・多景の社とよばれ、かつては方広寺付近にあったものが遷座されてきたといいます。
宝永年間に幕府の命により瀧尾神社とされました。
近隣の泉涌寺の守護神として庇護を受けたともいわれます。
祭神は大己貴命、つまり大国主命。他に弁財天・毘沙門天。
小規模な境内の割に社殿は見事ですな。
唐破風造にズラリと並んだ干支の彫刻は見事です。
大丸創業家の下村家は伏見から京都へ行商の際、必ずここを参拝したことから現在でも崇敬されているそうです。
天保年間に造営された現在の社殿も下村家の援助によるところが大きく、このような豪華な社殿になりました。
境内の絵馬舎には、呉服屋時代の店頭の様子が巨大な絵馬として奉納されています。
こちらの見どころは境内真ん中にある拝殿。
天井には長さ8mという巨大な雲龍の彫刻があります。
全身をくねらせて、今にも天井から飛び出してきそうな迫力ですな。
非常にリアルな木彫りの雲龍で、あまりのリアルさに「夜な夜な今熊野川へ水を飲みに行く。」
といううわさがまことしやかに流れたとか。
木彫りの龍を取り囲む金属製の枠は金網の名残。
夜な夜な水を飲みに行かないように金網で閉じ込めたというのです。
かつては極彩色だったという木彫りの龍。
今では彩色もすっかり剥がれ落ち、かえって無垢材の木目が美しいですな。
それがかえって細かな部分まで丁寧に彫り込まれた龍の姿を際立たせます。
広角レンズがあってよかった!!笑
なかなか全体像を1枚に収めるのは難しいほどの大きな木彫りの龍。
社務所でお断りすれば拝殿への昇殿は自由となっています。
本殿の欄間に彫られた彫刻は、江戸末期天保年間に九山新太郎の手によるもの。
十二支のほか、鳳凰・獅子・麒麟といった神獣も見えます。
彩色は施されていないものの日光東照宮髣髴とさせます。
東本願寺善光寺など名だたる寺院建築に彫刻を施した九山家。
日光東照宮近くにも瀧尾神社があるそうで、多景の社からの改名はこれに因んだものだとか。
境内社の三嶋神社にはずらりと並んだ鰻の絵馬.....う、鰻の絵馬って。w
安産・子授けの神様だそうですがなんで鰻なんでしょうね??
いわれはわかりませんが、秋篠宮殿下も御参拝なさったそうです。
さてさて、せっかくですので本町通から泉涌寺・今熊野界隈をぶらり歩いてみましょう。
■瀧尾神社
京都市東山区本町11丁目178
JR奈良線 東福寺駅下車 徒歩5分
京阪本線 東福寺駅下車 徒歩5分
*境内拝観自由
*駐車場はありませんが、京都駅周辺に駐車してJRでひと駅です。





























JR湖西線マキノ駅から車で約5分
名神高速 京都東ICから湖西道路・湖北バイパス経由90分 














坂本盆梅展 / 旧竹林院
京阪石山坂本線 坂本駅下車 徒歩10分
西大津バイパス 滋賀里ICから3分
















