以下は杉ウイメンズクリニック杉先生の記事です。

とても参考になることが書かれています。

 

私が「不育症学級改訂版」123ページでも紹介した論文(Fertil Steril 2003;80:376–83)で、胚移植の日からアスピリン、ヘパリンを投与しても、妊娠率、着床率は上がらないとありますが、良く見るとアスピリン、ヘパリンを投与した方が若干、妊娠率、着床率が悪い事が分かります。妊娠率は、アスピリン、ヘパリン投与群14.6%、非投与群17.6%で、統計学的には有意差は無いのですが、参加者555人の大規模な二重盲検法による研究なので、ヘパリンの副作用で着床障害が起きる可能性につき、ずっと引っかかって来ました。

私が最近研究テーマにしているHB-EGF(ヘパリン結合EGF)ですが、これは着床には必須の分子で、子宮内膜上のHB-EGFが胚盤胞上のヘパリン様分子であるヘパラン硫酸にくっ付き、着床するのですが、もしここに外部から投与されたヘパリンがあると、HB-EGFはヘパリンとくっ付き、胚盤胞のヘパラン硫酸とくっ付けなくなるので、着床が出来なくなる可能性があります。

もう一つの着床の機序は、L-selectinシステムです。胚盤胞上にはL-selectinという癒着し易い蛋白があり、それが子宮内膜にくっ付いて着床が始まります。ヘパリンは、L-selectinの発現を抑えたり、L-selectinに結合し、着床の邪魔をする事が知られています。分子量の大きなヘパリンの方がより効率的に邪魔をするので、日本で使っているヘパリンは、海外で使われている低分子ヘパリンよりもより着床を邪魔します。

ヘパリンは着床が終わった後は、胎盤を育てる作用があるので不育症治療には効くのですが、着床前後に投与する事は、逆効果の可能性があるのです。ヘパリンは、流産予防効果はありますが、着床障害に効くというエビデンスは無いのです。

最近、胚移植の前に子宮内腔にヘパリンを注入したら着床率、妊娠率が上がるのか検討した論文があります(Clin Exp Reprod Med 2016;43:247-252)。結果は案の定、効果がありませんでした。着床率は、ヘパリン投与群18.2%、非投与群22.3%で、統計学的には有意差は無いのですが、ヘパリン投与群の成績の方が悪かったです。この論文は、胚移植の3から5日前の採卵時にヘパリンを投与していますが、その理由は「培養液にヘパリンを入れてヒトの受精卵に影響が無いのかを調べる実験は倫理的に出来無いので、子宮内に投与したヘパリンというテストの済んでいない物質が移植した受精卵に直接接触する事がない、移植の3から5日前にヘパリンを投与した」とあり、ヘパリンの投与時期は、倫理的判断で決めたと書かれています。

実は、受精卵の培養液にヘパリンを入れると、無脳症や二分脊椎などの中枢神経系の奇形が起きるという動物実験がありますので、注意が必要です。

当院がヘパリンを胎嚢確認後に開始しているのは、以上のリスクを避けるためでもあります。胎嚢確認後からのヘパリン投与の安全性、有用性は、既に確立しているので、ご安心ください。標準治療ですから。

着床障害に対する治療は、色々試されていますが、過剰治療は、意味が無いどころか、逆効果になる可能性があります。

以前も申し上げた様に、標準治療から外れた治療はリスクを伴いますので、ご注意ください。

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不育症患者の「卒業」って?

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以下は杉ウイメンズクリニック杉先生の記事です。

 

不育症患者の「卒業」って?

 

 

最近、当院にあったメール相談で、当院で不育症の治療をした場合の卒業は妊娠何週かという質問がありました。

その方は、遠方から当院に通院希望のようで、妊娠してから当院で治療を開始した場合、当院には何週まで通院し、当院を「卒業」した後は、近くの分娩病院に紹介状を書いてもらえるのかなど、具体的に知りたいという質問でした。

私は、「卒業」という言葉が直ぐに分からなかったのですが、不妊のクリニックは、妊娠したら10週ぐらいで卒業で、後は分娩病院に紹介して引き継ぐので、その感覚でメールして来られた様です。当たり前ですが、不育症診療の卒業は、無事に出産した時です。

私は、6年前まで大学病院に勤務していたので、不育症患者さんの分娩まで診ていました。今は、それが不可能なので、妊娠35週まで診ています。35週になれば、いつ産まれても大丈夫な週数なので、後は分娩病院にお任せしています。

最近、不妊のクリニックでも、不育症の診療を行っているところもありますが、アスピリンやヘパリンを処方し、妊娠10週ぐらいで「卒業」とし、そのまま分娩病院に紹介して治療をうやむやにし、その後、胎児死亡や重症妊娠高血圧などを発症するケースがあり、大変危惧しています。

不妊クリニックは、妊娠後期まで管理するスキルが無いので、中途半端に不育症診療に手を出すのは、問題があると思います。

きちんとしている不妊クリニックは、不育症検査で異常が見つかれば、その時点で当院に紹介して来ます。

当院でさらに精査し、治療方針を確定し、妊娠した後は、35週まで責任を持って管理しています。

そのために、当院は多くの分娩病院と連携して治療しています。当院は、多くの大学病院、中核総合病院との良好な信頼関係を構築しています。

私は、当院の検査、研究、診断能力をいつも自慢していますが、実は、分娩病院との連携が当院の不育症診療の最大の特徴なのかもしれません。

大学で准教授として真面目に研究、臨床に励んできたので、多くの病院との信頼関係は、私の大きな財産です。

不育症診療の「卒業」と言う、不思議な言葉を聞いて、そんな事を思いました。

ヘパリンの治療法

テーマ:

以下日本医大産婦人科のサイトからです

 
排卵後、高温期に入った時点で低用量アスピリンの連日服用(バイアスピリン100mg/日またはバファリン81mg/日)を開始し妊娠35週まで継続します。
又、超音波診断にて子宮内妊娠が確認された時点よりヘパリンカルシウムの併用(ヘパリンカルシウムシリンジ「モチダ」、またはカプロシン(R)皮下注用5000単位×2回/日皮下注射)を開始します。
ヘパリンは現在のところ注射用製剤しかありません。一日2回、12時間ごとに注射を打ちに通院(約8ヶ月間毎日)するのは、患者様にとって大きな負担となります。そこで、糖尿病の患者さまがインシュリンの在宅自己注射を行っているように、ヘパリン療法開始時は数日間の入院指導を行い自己注射のトレーニングを行います。
自己注射というと驚かれる方も多いと思いますが、通常は2~3回練習するとすぐにできるようになります。
打ち始めの頃は血液検査を頻回に行い、副作用が出ていないか、ヘパリンの量が適正であるかを評価し、必要に応じて投与量を調節します。分娩まで在宅自己注射法によるヘパリン投与を継続します。

ヘパリン療法治療法

4.副作用

カプロシンの副作用について薬剤添付文書には次のような記載があります。

1.ショック、アナフィラキシー様症状

ショック、アナフィラキシー様症状が起こることがあるので、観察を十分に行い、血圧低下、意識低下、呼吸困難、チアノーゼ、蕁麻疹等の異常が認められた場合には投与を中止し、適切な処置を行うこと。

2.出血

脳出血、消化管出血、肺出血、硬膜外血腫、後腹膜血腫、腹腔内出血、術後出血、刺入部出血等重篤な出血があらわれることがあるので、観察を十分に行い、異常が認められた場合には本剤を減量又は中止し、適切な処置を行うこと。

なお、血液凝固能が著しく低下し、抗凝血作用を急速に中和する必要がある場合には、プロタミン硫酸塩を投与する。

3.血小板減少、HIT等に伴う血小板減少・血栓症

本剤投与後に著明な血小板減少があらわれることがある。ヘパリン起因性血小板減少症(HIT)の場合は、著明な血小板減少と脳梗塞、肺塞栓症、深部静脈血栓症等の血栓症やシャント閉塞、回路内閉塞等を伴う。本剤投与後は血小板数を測定し、血小板数の著明な減少や血栓症を疑わせる異常が認められた場合には投与を中止し、適切な処置を行うこと。
このHITがヘパリンの副作用で最も怖いものですが、幸いなことにわが国で妊婦に対して行ったヘパリン療法では現在のところ重篤なHITは報告されていません。
この他、ヘパリンの長期投与による副作用として骨量の減少が挙げられますが、一時的なもので、中止後に回復します。また、妊娠初期に投与しても催奇形性はなく、胎盤が完成されてからは胎盤がバリアとなり赤ちゃんには移行しません。また、その他に症状は軽いものの頻度の高い副作用には以下のものがあります。

  1. 肝酵素の上昇、肝機能障害
    一過性に肝酵素(AST、ALTなど)が上昇することがあります。多くは投与開始後1カ月ほどで落ち着きます。
  2. 注射部位の発赤、かゆみ、腫脹、硬結
    最も多い副作用です。アレルギー反応の一種と考えられますが、多くは程なく軽快します。同じ場所に繰り返し注射をしたりせず、毎回違う場所に打つなどの工夫で介することができます。長引いたり、重症化したりする場合はすぐに主治医に報告してください。
  3. その他
    ヘパリンは比較的速やかに体内から代謝されますので、分娩が開始する前に中止すれば、分娩時に異常出血を来すことはまずありません。

 

このように、ヘパリンは使い方さえ誤らなければ安全に使用できる薬です。とはいえ、副作用は一旦起これば大事に至ることがあるので、初めは入院してしっかりと管理することが大切です。

また、ヘパリン治療中は血液凝固系検査による十分なモニタリングを行います。

これらの副作用を未然に防ぎ、万が一副作用が出た場合でもすぐに対処できるように、当院では数日(1~2泊)の教育入院を原則としています。

お問い合わせ
日本医科大学付属病院

〒113-8603 東京都文京区千駄木1-1-5
TEL: 03-3822-2131(代表)

TLC外来

テーマ:

日本医大の不育症外来のTLC外来に関して

 

TLCとはTender Loving Careの略で、そのまま訳せば「やさしさに包まれるような愛に満ちたケア」となりますが、不育症の既往を持つ方が妊娠したらかかる外来と考えていただければよいと思います。
反復流産の既往があると、妊娠しても喜べずかえって不安が募る毎日を過ごしている場合が多いものです。

通常妊娠の診断がつくと、次回健診は早くても2週間後、長いと4週間後になってしまいます。

過去の流産が妊娠初期の場合、一番心配な時期に診察が受けられないことになります。

TLC外来は、そんな不安を少しでも和らげるため、妊娠のごく初期(胎嚢が見える前から)から少なくとも1週間に1回は来ていただき、すこし時間をかけて専属のスタッフが診察をする外来です。

特別な薬を使うわけでもなく、魔法を使うわけでもありませんが、TLCにより赤ちゃんが産める確率が高まったという科学的なデータも出ています。
妊娠かと思ったら、まず予約を入れてください。
原則的には毎週月曜日、火曜日、木曜日の「TLC外来」枠で診療しています。

お問い合わせ
日本医科大学付属病院

〒113-8603 東京都文京区千駄木1-1-5
TEL: 03-3822-2131(代表)

不育症の標準治療について

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以下杉ウイメンズクリニック杉先生の記事です。

とても参考になることが書かれています。

 

 

不育症は新しい分野なので、標準治療がありませんでした。そこで、平成20年に厚生労働省不育症研究班が立ち上がり、当院もそこに参加して不育症診療の標準化に取り組みました。その結果、一次スクリーニング検査、選択的検査を提示し、今ではどこの不育症外来でもこの検査項目を標準に検査、診断を行っています。治療方針も、班員各施設の患者データを集め、データベースを作り、膨大な患者数のもと、各リスクファクター毎に治療成績を出しました。当院を含め、不育症研究班の班員はそれに基づいて適切な診療を心がけています。

現在は、厚労省研究班は国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)研究班と名前が変わりましたが、データベースに皆さんの治療成績を追加し続けており、その数、5000人を超えました。現在の班員は、富山大、東大、日本医科大、岡山大、神戸大、兵庫医大、そして当院です。当院やこれらの大学の不育症外来を受診すれば、全施設の治療成績を共有していますので、それに基づいた適切な標準診療が受けられます。一つの施設や、一人の医師の個人的な経験に基づく医療は、エビデンスレベルが低いことは既に広く知られています。

 

最近、ヘパリンの過剰使用、エビデンスの乏しい薬剤の使用など、標準治療からかけ離れた不育症診療が横行しているので、危惧しています。

標準治療は、決して遅れた治療ではありません。別に、必要最小限の治療に徹しろと言っているわけではありません。例えば、不育症データベースによるとアスピリン療法で概ね大丈夫だけど、ヘパリンを併用したほうが僅かに成績が良いのであれば、本人の希望があれば、やれば良いと思います。私は、チキンレースは嫌いです。でも、そういう人に対してヘパリンをやらなければ心拍が止まるなどと最初から脅すのは、適切な医療ではありません。

 

現在、AMEDの研究は、不育症データベースを蓄積する以外に、新しい不育症の原因の解明、検査、治療の開発に焦点を置いています。母体は文部科学省ではなく、厚労省なので、研究が目的なのではなく、不育症診療への実用化が求められているのです。一般の不育症外来は、エビデンスに基づく診療をする義務がありますが、我々AMEDの研究班は、新しいエビデンスを作る責任があります。当院も、抗第XII因子抗体や、抗プロテインS抗体など、他ではできない検査を行っていますが、当院研究所で勝手にやっているのではなく、AMEDの参加施設との共同研究でやっています。当院で抗体陽性者の患者血清から抗体を精製し、それを富山大に送って実際の胎盤に与える影響を培養系で見てもらう予定です。各研究室の得意分野を生かす訳です。

もちろん、その研究のためには、AMED研究全体で富山大の倫理委員会の承認を得ており、さらに当院の倫理委員会の承認も得ています。そして、研究に賛同して頂いた皆さんからは、インフォームドコンセントの書類に署名して頂いています。当院は、標準治療から外れた不育症診療を独自に行っているクリニックとは、立場が違うのです。それにしても大学でも無いのに、当院をAMEDの研究施設として認可してくれた厚労省に感謝です。その代わり、研究成果をAMEDに報告し、学会で発表し、英語の論文を書くという義務を負います。標準治療をしない一般クリニックは、倫理委員会の歯止めもなく、治療成績を報告する義務もなく、密室で行っているので、外部からのフィードバックがなく、治療が適切なのか評価もせず、いつまでも不適切な診療を続けているケースがしばしばあります。標準治療を無視するクリニックの診療は、リスクを伴いますので、ご注意ください。

 

また、当院は、各自治体の不育症助成制度の診断書を書く資格がありますが、もし当院がエビデンスのない診療をし、助成金の診断書を書けば、皆さんの税金が不適切な診療に注ぎ込まれる事になります。そんな事をしたら、助成金の診断書を書く資格を剥奪されるでしょう。そう言えば、標準治療をしないクリニックの診療費に助成金はおりるのでしょうか。