アサヒ・スーパードライ誕生!
テーマ:ブログ
2008-10-01 15:16:42
今は日本を代表するビールになったアサヒ・スーパードライ(A.S.D)は‘87年発売当初は関東地方限定の商品でした。そして当時のアサヒのシェアーは10パーセント足らずで業界3位でした。CMを担当した博報堂の萩原高CDから、行く行くは全国発売にこぎ着けアサヒの代表的な商品にしたいと熱のこもったオリエンテーションがあり、CMの映像は辛口作家の落合信彦氏を起用して作られました。萩原さんはとても情熱的な人で、博報堂の中で燃える制作者として有名でした。仕事のやり方が緻密なので他の仕事が手につかなくなる位に時間が拘束されます(ギャラはいっぱいくれるので問題なしですが)。特にこの仕事には沢山の時間とエネルギーが費やされました。萩原さんからの音楽の注文は“辛口な音”を作れでした。萩原さんの思う辛口な音とは、憂いのあるメロディーをしゃがれた声の男が歌い、都会的なサックスが絡むというものでした。それだけイメージが明確になっていると、こちらとしては作り易い訳です。そこでロス・アンゼルスに飛びNORMAN SALEETという作家に作ってもらい、CHRIS FARRENの歌にテナー・サックスも入れて2曲を完成させました。編集時に”Special Woman”という曲に決まり発売第一号のCMが完成です。この頃はフルサイズの曲を2曲制作して、その中から1曲を放送していた訳ですから、コストを考えると贅沢な話しで、こんなやり方は今では不可能です。A.S.Dは幸運な事に発売と同時に話題になり半年後に全国発売になりました。落合さんのシリーズも3年続き、音楽はJOHN WARREN, DAVID HALIDAYと繋がり,なかでもMARK DAVISが作りJOHN WARRENの歌った“Take Me Back”は88年オリコン洋楽第1位に輝いたのでした。MARK DAVISはこの後もオリコン洋楽第1位になるヒット曲を作り続け、A.S.Dの売れ行きも絶好調でCMも大量に放送され、日本国中が活気に満ち溢れていました。盛り上がりたい人はiTunes Music Storeで。






