袴流行りが、いろいろ物議を醸している。
着るもので人は判断出来ないというのも一考、出で立ちは人となりをあらわすとも言える。
日本は保守的土壌なので、着ているものでいろいろ言われる。
父と母は、一緒に着る物を選び教えてくれたし、一緒に楽しんで揃えてくれたが、小学校卒業を機に自由勝手に好きなものを着させてくれた。その理由は、自分を現す物でもあり、美意識も育てられて、楽しめるものでもあると教えてくれた。
無理やり嫌なものを着せるというのも、心身に良く無いのでは無いと云う考えだったからだと思います。
ダメダメと言われれば、隠れてするようになる。
真面目な恰好していれば、親や世間が黙るから、真面目な恰好で悪さをされるのは、悪知恵ききすぎでなお恐ろしい(笑)
着る物を自由にさせていると、その時の生き方や思いが見えるので、ある意味安心とも言える。
趣味のいいもの、センスのいいオシャレなものを選ぶ、TPOをわきまえることは、色々着てみないと学べない。
社会人となり、また奥方になった時、どう自分を表現して、どういう立場を気持ちよく暮らせるか、そんな事にも必要な事だ。
お母さんがたも、オシャレは大好きなはず…
記念の日は、父も母も息子も娘もオシャレして、思い出にするのもイイのではないでしょうか。
特に若い子は、何を着れるかが大問題、ハレの日にギクシャクふくれっ面、あの時はあの時はと言われるのもね〜楽しませてあげて、いつか時間が経ちわかる時が来る。
父や母になった時、感謝の念を持つだろうし、ムリをさせて申し訳無かったとも思い、親となってどうすべきかを学ぶ一助にもなるのかもしれない。
見た目では無い、ソレを心底わかりフェアな人になるには、厳格さか自由か親が哲学を持つ事だと思います。