いわゆる応用
テーマ:大学こういうジョークを思い出しました。ある人が40ヶ国語を読み書きできる、というのですが、その人にある文章を見せたところ、その人は「これが何語でかかれているかがわかれば、その意味がわかるのだが。」と言ったというのです。
この人の言っていることは論理的には正しいですが、これがジョークとして成立する理由は「何語であるかもわからないのに、意味がわかるといえるのだろうか」というところなわけです。
なぜこういうことを思い出したかと言うと、大学の数学で「定義と計算はわかるのだが応用がわからない」と言っているひとは同じようなことを言っていやしないか、と思ったからです。「出題された文章題に対してどの公式を使えばよいかわかれば、解くことができるのだが。」という学生の相談をときどき受けるのですが、多くの場合、こういう学生は
「こういう聞かれ方をしたらこう答えればよい」
という勉強をしてきているということです。大学入試だったら、これは有効でしょう。大学入試の数学をパターン化すれば、せいぜい数百通りくらいしかないはずです。もっと少ないかもしれません。それだったら、それさえ憶えてしまえばたいがいの入試問題は解けることになります。
しかし、現実に直面する問題(研究に限らず、社会一般のこと)で数学が必要だということなった場合、どの数学を使えばよいかを教えてくれる人はいませんし、パターンは無限大にあるとおもうのです。
今、大学生協で売れ筋の線形代数・微積分の教科書は「一般教養の先生が出しそうな問題をパターン化して羅列する」というタイプのものだそうです。やれやれ。
社会に出てから苦労するか、失敗しても取り返しがつく学生のうちに苦労しておくか。言うまでもないことなんですけどね。





