おわりに

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さて 、私の(書いた)二冊目の本はいかがだったでしょうか?一人ひとりの感想は様々だと思います。それが当然ですから。でも、私の見ているものは、一つです。この本について議論をしてもあなたの時間の無駄です。この本は、今まで学んだ価値観を総取っ替えして「三元論」で読んでください。そして、あなたが感じたことをあなたのために使ってください。この本はあなたのために書いた神からのプレゼントかもしれません。最後に、私の自動書記を一つ公開します。この本を読み終わったあなたならば、これが理解できるはずです。これは頭で読まないでください。私も頭で書いたわけではありませんから。


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神様の宝石でできた島、それが日本です。


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永遠のパズル、神のパズル。その全景を知っているのは神のみです。すべての人の役目を知っているのは神のみです。あなたも誰も損しないで、すべての人が成功してなおかつ最短距離でパズルを完成する方法を知っているのは神のみです。あなたというピースの指定席への最短距離を教えてくれるのが、最も人の邪魔をしないで、最も楽に自分の指定席へのガイドをしてくれるのが直感です。誰かが創った物はなく、誰かの所有物もありません。すべて誰かを通して出てきたものです。それはその人から出るものなのです。その人を通して形にするものです。「あの人は有名でいいな、あの人は儲けられていいな」 その、あの人はそういう役目なのです。そこに注目しているとあなたはそのままです。

あなたの役目はすべてのあなたの外側のものへの執着をとったところにあります。人が何をしているか気にするエネルギーを、自分にできることをするエネルギーに使ってください。人に使ってもらうことを考えるのではなく、あなたのひらめきをそのまま実行するだけでよいのです。今までの価値観はすべて捨ててください。

美人で良い声に皆が寄ってくるならば、そういう人を使って神は情報を伝えます。歌に人気があればそういう人を使って情報を与えます。形に惑わされないでください。その人の名声や財産や能力や表面上の形に注目しないでください。

あなたは別の人です。あなたは別の役目があります。その人がツイテイルのではなくて、神がそうしたのです。あなたから見るとそう見えるだけです。あなたがそう見ている時は、あなたは自分の役目を果たしていません。あなたはいつまでも夢の席には着けません。あなたは自分の責任を果たしていません。それなりの体験しかできません。すべてあなたのしていることなのです。歌も詩も文章も言葉もゲームも無限にできます。

あなたは、いつまでそのゲームをしますか?いつまで外を探しますか?あなたの直感を行動する時にすべて形になります。すべてを形にしたいならば、直感を行動することです。外に探すのを一切やめることです。自分以外の世話をやめることです。人のものへの執着をやめることです。人へのコメント(文句、噂、評価)をやめることです。自分勝手に生きることです。本当に100パーセント自分の世界に入ることです。それでいいのです。

すべて伝えました。あとはあなたの選択です。すべてあなたの選択です。そして、すべてはあなたのためです。それが自動的に同時に裏を返すと人のためでもあるのです。あなたは一人です。あなたがしたいことと人がしたいことが出会っているだけです。それを形の上では「一緒にいる」というだけです。取り違いしないように。

あなたが人に頼っていると、人に執着していると、人の心配をしていると、その人にもあなたにも迷惑なのです。決して間違わないようにしてください。

もう終わりにしてはいかがでしょうか?みんなで一緒にやりましょうよゲームは、お互いのためになりません。それをよく覚えておいてください。もういいかげんに「足の引っ張り愛」ゲームはやめてはいかがでしょうか?「真実の愛」ゲームを始めませんか?あなた次第です。すべてあなたの自由です。すべての人が幸せになるゲームです。歴史上最初で最後のゲームです。形の執着をやめてください。外への執着をやめてください。自分だけでよいのです。自分中心が人のためになるのです。それが真実です。後は、信じようと信じまいとすべてあなたの選択です。「そんなもの見たことないぞ」というゲームは終わりです。あなたが見たことのないゲームが始まるのですから・・・・・・。

♪エンジェル(藤井フミヤ)

♪トウィンクルトウィクル(WINK)

衣替えの六月です。モードチェンジ開始です。前代未聞のドラマが始まります。


(平成六年五月二十九日一時二十分)


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よろしかったら第一冊目の本、『人生というゲームの新しい遊び方』(たま出版)も併せて読んでみてください。二冊合わせると新しい時代への変化がよりよく見えてくるでしょう。

あなたが新しい時代へのプロセスを、自分の足でしっかり歩いていけるようになるようになることを切に願っています。この本をあなたのために有効に使ってください。あなたと一緒に楽しく遊べる日を楽しみにしています。まずは、あなたが大いに遊んでください。


長谷章宏



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最後に、この先の変化のプロセスをできる限り楽にスムーズに進んでいくことができるように、『火水伝文』の我空徳生さんの講演会からいただいた五つの杖というのをご紹介して終わりにしたいと思います(我空さん本人の経歴や態度、行動を云々するのは古いゲームであり、我空さんの人となりと、「情報そのもの」の質は全く別のものです)。

これは、「すべては自分の責任で創りだしている」という人生のメカニズムそのものを表現した証拠であり、その効果を私の体験でも証明しているものです。これをすべて満たすことを心掛けていくと、執着を手放すことやカルマの解消が無理なく無駄なくできるというチェックリストでもあります。すべてを満たし続けるだけで、神があなたに必要なものをすべて必要なだけ与えてくれます(ここでは神という言葉の定義付けを自由にしてください。真偽○×の判断をするのではなく、素直に受け入れてみることが大切です)。前代未聞のプロセスを「安全」に歩いていくための「つえ」です。

この五つの杖をすべて満たせば、あなたの体験は喜びだけになります。あなたが本当にしたいことをやっているときは、今この瞬間にいます。①喜びとも感じない、②取った取られたのゲームをしていない③偶然だとは考えない④過去も未来も時間も病気も死も考えない⑤被害者意識はない、ということでちゃんと苦しみは感じていません。

あなたが喜びを創りだしたいならば、「人の責任ゲーム」は一切できなくなります。だからといって喜びを創りだそうとして何かすると五つの杖の④を外していることになりますから、「できない」という悩みができます。あなたが人の責任ゲームをしていても周りの人がしていないならば、あなただけが苦しむことになります。

この杖をよくわかっていれば、「人の責任ゲーム」が苦しみやトラブルを創りだしている原因であることも分かりますし、苦しみを感じているのは自分の責任であることも分かります。つまり、結局、すべて自分の責任であり、人の責任ゲームというのは手前勝手なお互いに迷惑なゲームであることがハッキリ分かります。今までの混乱の原因がすべて自分にあったことが分かります。もう、責任追及は一切できなくなるのではないでしょうか?


①神は喜びしか渡していない

神は喜びしか渡していません。すべての人間が喜びのうちに楽しんで遊べるようにすべての仕組みを創っているのです。本来は、苦があるのはおかしいことなのです。苦はあなたが素直に行動しないとき、あなたの我欲で動いているとき、この五つの杖のどれかを外しているとき、あなたを喜びへと戻すためのお知らせなのです。あなたがそれを人や神のせいにすることでますます苦を創りだすことになるのです。「喜びしか与えていないなんて嘘だ。苦しみがあるじゃないか」あなたがそう言っているから喜びがないのです。よって、ちゃんとこれを証明していることになります。


②自分のものは何もない


元素から地球まで、すべて神が創ったものです。肉体もお金も石油も電気も子供も車もすべて神の持ち物を借りて合成したり、組み立てたりしたものなのです。取った取られた、やったやられた、俺のものだから、というゲームは何をしているのか分かりますか?俺のものも国のものも皆のものもありません。そういう風に決めているだけです。すべて神のものです。本来は商売というものは必要なかったのです。それは今までのゲームの中で創りだされたシステムです。天地を売ったり買ったりすることはできません。ですから、ちゃんとトラブルや混乱が起きています。喜びはありませんよね。「もうかった」というあなただけの喜びではだめなのです。所有物や所有権というものはないのです。

「俺の家族を殺された」と言っているから自分が苦しくなるのです。その家族が死んだのはあなたとは別のその人自身の理由なのです。その人の生き方の結果なのです。あなたも損害賠償させようとしている相手も関係ありません。

失う恐れや死の恐れがあるのは「自分のもの」がある証拠です。なくなったものは、あなたに必要がないものです。あなたが必要なものはなくなっても出てきます。あなたには今この瞬間、必要なものはすべてあります。今この瞬間にです。あなたの持っているものはあなたが遊ぶための道具です。執着していると苦しくなります。今持っているものを必要な時に必要なものに交換しながら遊んでいけばよいのです。あなたには必要なものしかありません。必要なものをもっていて他のものを手に入れようとするから、手に入らないのです。自分だけ助かろうとするのも自分のものを守ろうとするところからきています。今回は、助かろうとすることが助からなくすることになります。この杖に従って、今までの執着を手放して今この瞬簡にいれば、結果として、「助かる」のです。


③偶然はない


すべては必然です。すべては与えられているのです。あなたが「偶然」というときは、自分が計画していない、思っても見ないことが起きたときです。「偶然」がなぜ起きるかと言われれば、そういう力が働いているとしか言えないのです。その力の正体が「神」なのです。苦しみも喜びも事故も病気もすべてあなたのために、あなたに教えるために与えられているのです。あなたが五つの杖を外していること、あなたの中に○×、損得、好き嫌いの執着や所有欲、決めつけがあること、を気づくための鏡を提供してくれているのです。奇跡も偶然も不思議も一切ありません。あなたが疑っているから、あなたが外を見ているから、不思議という悩み?を創りだしているのです。運や罰や占いや予言に振り回されることになります。起きていることを批判したり、人の責任にすることで苦しみやトラブルを創りだしています。よって、あなたは喜びは感じていません。

起きていることはすべて起きるべくして起きているのです。あなたが過去にやったことにこだわっていると、過去に起きたことに執着していると苦しみを感じることになります。あなたは過去の「辛いこと」を見ている時だけ辛くなるのです。楽しいことをやっている時に「辛いこと」は出てきません。あなたの体験は消えていませんから、結局は、あなたが意識するかしないかであなたの感情が決まるのです。楽になるのも苦しむのも、すべてあなたの内側の問題です。


④中今に生かされている


病気も死もあなたの自由にはなりません。あなたが寝ているとき、どこに行っているのですか?あなたが朝、目を覚ますというのは、生かされている人間にとっては奇跡なのです。あなたは生きていません。だから、分からないことだらけなのです。あなたが生きていると思っているから、病気や死やケガや事故や心配だらけなのです。思いどうりに計画通りにしようと思っているから「できない」という悩みが出てくるのです。あなたがこれを外しているから、あなたはちゃんと苦しみを感じています。

計画や反省や期待や希望や後悔や未来の不安、この先何が起きるかを気にするのも、何かを創ろうとするのも、すべてこれを外しています。あなたはただ、今この瞬間にいればよいのです。あなたがしたことというのはありません。すべてあなたを通して起きていることです。恥かしいことも秘密も必要ありません。あなたは生かされているのですからあなたのしたことは神のしたことです。人のやったことを批判することは、神を批判しているのと同じであり、この④を外していますから、トラブルやストレスやイライラという苦を感じることになるのです。


⑤被害者はだれもいない


あなたが取られたもの、殴られたあなたの肉体は、だれのものなのでしょうか?自分のものだ、というなら②を外しています。損害賠償や裁判というのは本来必要ないものなのです。傷つけられた、怒られたというのは、「私が傷ついた」「あいつは怒っている」とあなたが思っているだけです。自分の感情は自分以外のものが創っている、自分の外側に○×があると思っているところから、「~された」という表現が出てくるのです。

自分の内にあるものが外に見えているだけです。あなたの内が中立ならば、被害者はなくなります。あなたを傷つけているのは、あなたです。あなたが傷つけられたと言って人を傷つけたのもあなたです。不慮の事故というのはありません。偶然はないのです。特に、後がない今回は、あなたが過去世までも含めてすべてのカルマを解消する出来事が起きているのです。身に覚えのないときでも、自分がいつかどこかでやったことの清算をしているのだと思って、お知らせに感謝し、お詫びをし、今この瞬間に意識を戻すことです。いつまでも被害者をやっていると、新たなカルマをつくりだし、それを解消するプロセスを増やすことになります。すべてのカルマの解消を完了しないと次の地球には行けません。人の責任ゲームや被害者ゲームをやっていても構いませんが、後で大火傷をすることになります。あなたがあなたの加害者です。傷つけられた被害者がいるとすれば、神のみです。

あなたが被害者をやっている時は、ちゃんと苦しい状況を体験します。あなたの事故や喧嘩やケガやその他諸々のトラブルはあなたがこの五つのどれかを否定したり、外したりしているお知らせなのです。「やった、やられた」と現象面にこだわっていると苦しみを感じることになります。あなたがあなたの加害者なのです。喧嘩や殺人というのはそういう人同士を出会わせて、お互いに気づかせようとしているのです。そこでまたまた人の責任ゲームをやっていると、被害者になっていますから、苦しみを感じることになるのです。



この本とこの五つの杖を意識的に使って、できるだけ早く次の地球への準備をしてください。私の本と合わせて、あなたのはまっているトリックに注意しながら、『火水伝文』「日月神示』を読むことをお勧めします。「そんなものはうさんくさい」「それはまゆつばものだ」「こいつは新しいタイプの教祖様か?」なんていっているならば、それもあなたがあなたにはめているトリックですから、念のため申し添えておきます。あなたのすることはあなたの内側をクリアにすることです。あなたの内側があなたの外側に映っているだけですから。あなたの選択はすべてあなたに返ってきます。そして、あなたの体験はすべてあなたの責任です。それをよくハラに入れて、苦しみが少ないうちに本来のあなた自身に戻ってください。あなたと一緒に新しい地球で遊べるようになることを楽しみにしています。



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自分の中にある証拠や前例を外に探すのをやめて自由に遊んでみる 2


■この本の中の教材は、あなたの使い方によってガラクタにも宝物にもなる


この本の中には、トリックを外す教材とともに、新しい考え方が山ほど入っています。新しい世界のものの見方や表現の仕方、ココロの持ち方、人間関係の見方、新しい屁理屈の付け方、遊び方、たくさんの遊び道具が入っています。あなたの使い方によっては、ガラクタにも、宝石にもなります。あなたの体験や気づきに従って、使い方が変わります。見えるものが変わります。分からない部分は飛ばして読んでください。頭で理解しようとせずに、ほっといてください。ある時あるところで突然、理解できますから。理解できない部分は行動していない部分だと思ってください。あなたは自分が体験したものと比較して文章を理解するのですから。

分からないことは、混乱したことは、一度手放して、そのままにして別のことをしていれば、必要な時にその答えは与えられます。あなたの目の前に現れます。偶然は一つもありません。あなたがそうだと思えばそれがそうなのです。誰かにきく必要はありません。あなたの答えが唯一のあなたの質問への正解です。「いいのかな?」という質問は自分自身にしてください。それに答えられるのはあなただけです。周りの人がみんな知らなかったら、体験していなかったら、誰が答えてくれるのですか?あなたはYESと言ってほしいのです。YESという答えをくれる仲間を探しているだけです。あなたは仲間がいようといまいとYESなのです。それをそのまま行動し続ければ、どんどん形になっていきます。形になるプロセスでYESという仲間が現れます。すべてアベコベなのです。


■あなたがやりたいように自分勝手に自由に遊んでみる


あなたの時間を有効に使ってください。あなたが想像するものは形になります。あなたがそれに○×をつけているだけのことです。あなたが「したい」ものはすべてできます。「でもできない」というとき、それはあなたが「していない」だけです。あなたがその形に×という判断を下して、動かないだけなのです。それが形になることを恐れているだけです。それが起きたとしてその先はどうなるのですか?それが×だと言うのは誰ですか?周りが皆×だと言ったとしたらどうしますか?あなたはそれがいやなのです。いつまでもそれを言いつづけますか?あなたは永遠にそこから動けません。あなたは何がしたいのですか?あなたはどうなりたいのですか?あなたの中の声に正直に動いてください。あなたの中にあるものがあなたの前例なのです。行動して形になったとき、それがあなたの前例です。前例は探さなくてもあなたの中にあるのです。あなたが行動して初めて前例が見つかります。前例を探さないで、自分が自分の前例になればよいだけです。

自分の思うところを片っ端からやってください。100パーセント自分勝手でよいのです。人の責任にすると自分がとまるだけです。あなたのしたいように、自由に遊んでください。



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自分の中にある証拠や前例を外に探すのをやめて自由に遊んでみる 1


■あなたが今まで手を出さなかった情報の中に真実が隠れている


あなたがどんなことを選ぼうとも、うまくいかなかったとしたら、それはあなたの勉強不足の賜物です。ここでいう勉強は机の上の「お勉強」のことではありません。新しいゲームのルールを学んでいくという勉強のことです。

あなたは今までたくさんの機会が用意されていたのです。あなたがそれを使わなかったのですから、あなたのせいです。あなたが拒否し、あなたがやめたのです。実は、あなたが今まで「うさんくさい」「あぶない」「うそくさい」「よくない」と言って手を出さなかったもの、食わず嫌いでいたものの中に、たくさんの真実が隠れています。

あなたがトリックを外して、自分を手放して、死んだ気になって、飛び込んでいけば、たくさんの真実を見ることができます。あなたが怖がっているならば、あなたはまだ「死んで」はいません。死んだ気分になっているだけです。そして、それをするかしないかはあなたの自由であり、それをしない限り、この情報さえも、真実かどうかは分からないのです。「証拠を見せてくれたらやるよ」というあなた、何を見せたら証拠になるのでしょうか?あなたが成功するかどうかを見せられるのは、あなた自身しかいないのです。


■あなたの真実を生きればあなたの外側にそれが現れる


私が如何に成功したかを語っても、あなたはそれをすべて否定することができるのです。アンケートで何人くらい賛成がいたらあなたは真実と認めますか?すべてあなたが決めていることなのです。そして、あなた以外に誰もYESと言わなくても、あなたが真実だと認めれば、それはあなたにとっての真実なのです。

真実とは、一人ひとりにとっての真実なのです。たくさんの人の共通の真実というのも存在します。意見が同じ時は、それが共通の真実です。要は、あなたが「認めるか認めないか」の問題です。「存在するかしないか」ということを議論しているときは、それが存在します。つまり、その議論は議論の対象外なのです。

あなたは今まで自分の外に証拠を探していたのです。そして、誰かがくれる証拠を一つ一つ批判する否定する「失礼なゲーム」をしていたのです。あなたが最初ならばどこに証拠があるのですか?私はやればやるほど外の証拠は消えていきました。あなたの求めている証拠は、あなたがあなたの声を行動したときに現れます。あなたが自分の真実を行動するだけであなたの現実が変わるのです。これを確かめることができるのもあなただけです。さて、こういう意見を聞いて、あなたはこれからどうしますか?それも全部あなたの責任、あなたの自由です。但し、助かるためにやるならば、まだトリックの中です。


■あなたはすべてを冗談にして遊ぶこともできる


私はふざけてあなたをからかって遊ぶことがあります。私は全部冗談にすることができます。あなたがその冗談を「本気」にとったとしても、それは私には関係ありません。あなたが「本気」ととって選んだことも、「冗談」ととって選んだことも、あなたが選んだ限りは、あなたの考え方になるのです。私が冗談だろうと本気だろうと(それも一人一人が決めることです)あなたが行動する形は同じです。その結果、何が起きるかはわかりません。そして、それはあなたの責任です。あなたも冗談で遊びこともできます。

私の言ったことを無視して、今までのパターンを続けるのも自由ですが、その時も、あなたの責任であることは知っておいてください。その上で、あなたは何をしたいのかを自分とよく話し合ってみてください。その結論をただ素直に実行すればよいだけです。周りの反応は周りの自由です。あなたが責める権利はありませんし、彼らがあなたを止める権利もありません。お互いにまったくの自由なのです。そして、その結果はお互いに自分が体験することなのです。干渉するだけ自分が遊ぶ時間が無駄になるということです。

自分の外に答えを探さないでください。そこで答えを得ようとしないでください。でも、あなたがしたければ自由にしてください。私の本を批判してもかまいませんが、それをすることで何かメリットがあるのでしょうか?この本の内容を批判しても、私にとっては真実ですから何も意味がありません。自分にとって受け入れがたいなら、ごみ箱にすてればよいだけです。欲しいという人にプレゼントするなり、安く売りつけるなり、あなたのしたいようにしてください。でも、この本を買った、手に入れた、という現実だけは、しっかりとあなたの中に残しておいてください。



未知の世界の出来事を、今ここで想像して心配するゲームをやめること 2


■あなたがこれからするゲームに「契約書」はいらない


あなたの選択如何であなたから離れていく人は、あなたの本当の友人ではありません。あなたと付き合っていると得だからいるのです。あなたのためだといって「やれよ」「やめろよ」と言う人がいても、その人があなたが別の選択をしたことによって「こんなに心配してやってるのに。もう知らないからな」と言ったとしたら、それがその人の本心です。そう、「俺の言うことを聞かないならあなたのことは知らない」のです。それは「契約社会」という幻想のゲームの中で創りだされるゲームです。「契約書」というのは「約束を破るから創られたルール」だということです。文書は何の保証にもなりません。ルールが変わればただの紙切れですから。お金も同じことです。ある集団のあるルールの中では価値がありますが、集団やルールが変わればただの紙切れや金属です。あなたはそれを握っているのです。

あなたと「神」は、契約で結びついているのではなく、一体なのです。あなたがすればできるし、あなたがしなければできないのです。新しいルールの中では「絶対に約束を守る」というルールになります。自分が自分にした約束を守らなければ自分がどういう体験をするか分かっていますし、お互いが喜びの中でお互いの足りているもので足りないものを満たし合っていること、お互いに与え合っていること、を知っているからです。

男性と女性の体はこれを体験するために神が創った教材なのです。性教育や不倫や性犯罪や風俗やそういう問題に目を向けていると本質が見えません。あなたの快楽というのは幻想なのです。あなたには永遠に喜びを体験する人生があるのです。あなたに苦があるのならあなたはまだその人生にいません。一時的快楽を求めるのをやめて、もう一つのゲームを始めてください。でも、それをどうするかはあなたの自由です。


■新しいゲームでは悩みや問題を楽しむことができる


あなたが何をしたいのか、あなたは自分がどうなると感じているのか、あなたが何をしたらどうなるか知っているのはあなただけなのです。人があなたの未来についてコメントすることは本来不可能です。それは、あなたが表現したことを見て、その人の現実の中でのイメージをあなたに置き換えているだけです。「私だったらしない」「私だったらこうする」ということに過ぎません。それを、「自分に言われている」「自分に言ってくれた」と思って聞いたとしても、それはあなたが勝手に選んだゲームです。「知らなかったから」というのは言い訳に過ぎません。

あなたがあなたの外側の教材を選択するかしないかという選択はあなたがするものなのです。それはあなたの全くの自由であり、それについては、あなた以外の人も同じであり、あなたも人に対してコメントする必要はないということです。お互いに勝手に干渉せずにやるのがベストだということです。トラブルについてはすべてお互いに自分の責任なのです。よって、トラブルという概念も消えます。

あなたにとってトラブルや悩みが問題であるならば、それは「人の責任ゲーム」をやっている証明です。あなたが新しいゲームをしていれば、あなたは「問題」や「悩み」や「トラブル」を楽しむことができます。それが必ず解決するときが来ることが分かっているからです。「そんなことはない」というのは人の責任ゲームの一つです。