臨床25年以上のベテラン心理カウンセラー&35年間の神秘体験からの気づき

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現実世界(女手一つで娘2人を育てる中、店の開業5回と放火による消失など)と変性意識世界(幽体離脱・過去生回帰・未来の自分との出会いなど)の出来事をつづってます。



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般若心経・2時間読経のゆくえ

 

待ちに待った時間が、やって来た。

当日の11日前から、早朝の瞑想を始めていた。

テレビで片岡鶴太郎氏のヨガ生活を見て、少しは真面目にやらないと心機一転をし、翌日から夜中にトイレに起きる時間を利用した。

毎夜、AM2:00前後と5:00前後にトイレの為に目を覚ます。その早朝トイレの後に(AM4~5時前後)瞑想をし始めた。

 

不思議な事で(必然なのだろうが・・・)、今回のし始めもレイキのレベルアップのために勉強しているK子の存在があった。(彼女のことは何度もこのブログに書いている)

彼女は確実にレベルアップしているにもかかわらず、頑としてそれを認めようとはしない。体も固く、瞑想姿勢を作るにも四苦八苦していた、だがいつの間にか、結跏趺坐が出来るようになっていた。

私は、当初の30代から半結跏趺坐を通していた。自分も結跏趺坐は無理だろうと思い込んでいたからだ。

だが、K子にできるのであれば、自分にもできるに違いないと思い、早朝瞑想の1日目に試した。

寝起きは体がガチガチだった。軽いストレッチから始めた。鶴太郎氏はストレッチを含めて瞑想を4時間すると紹介されていたが、初めは30分で良いだろうと思って始めた。

 

結跏趺坐は、案外とスンナリできた。やっぱりできるんだと思いながら、その姿勢で呼吸法を始めた。すると、普段とは違う感覚が起こってきた。両足をしっかりと組んだせいか、体の一番下がしっかりしまった感じで、体が一つにまとまった感覚が強かった。それになによりも姿勢が変わった。どうしても前かがみになる上半身が、真っ直ぐに天に向かって伸びて行った。呼吸法も幾分かスムーズに流れる感もあった。この姿勢は長く持たないであろうと思ったが、最後まで保てた。

 

その延長線上の早朝瞑想11日目に千巻心経があった。

瞑想時間も最初の40分間から、日々伸びてその朝は70分だった。どうしても集中力が途切れてしまい、それに気づいた時点で終えることにしている。

 

千巻心経は、大井町・相慈寺でおこなわれたのだが、始まる前の打合せのとき、

院主様が千巻(10人で100巻を読経すれば千巻となるようだ)は大変なので、妥協案を言った。

般若心経を全文唱えると、1回が1分としても100回でも100分かかる。途中から全文でなく、最後の連呼する部分だけを続けて読経したらどうだろう?

ということだった。

だが、全部唱えることに意味があると思っていたし、私と同行のスピリティアル系の人達も、全員同じ意見だった。

計画通り、90分間の読経をお願いしたいと引かなかったので、承諾してくださった。

 

ただ木魚を一人で叩き続けるのは、疲れるので誰か、途中から叩いて欲しいと言われ、真っ先に手をあげた。

リズムを取り続けるとトランス状態になりやすい。

インドのヒンズー教・聖地であるガンゴトリ―でのお勤めで、参加者が鳴り物を鳴らしながらの読経では、本尊のクリシュナ―が降りて来た。

フランスのクロマニヨン洞窟見学後に、バス停まで徒歩1時間を、何となくペットボトルを足に打ち付けながらリズム的歩いていたら、クロマニヨン人が現れた。

 

そんな経験があるので、叩くことで何かが起こるような気がしたのだ。

 

大太鼓の始まりの合図音が、丹田に大きく響いた後に、読経が始まった。

皆の般若心経の読経が堂内に拡がり、何回かの読経で集中が高まって来ると、丹田に、座っている仏僧が現れた。

 

この寺の院主様は毎回、下腹部(丹田)には阿弥陀様がおられると言い、その阿弥陀様を見つけるのが我々の修行であり、仏像を彫るのもその一環だと話されていたので、阿弥陀様が来られたのだと思い、さらに気持ちを込めて唱え続けた。

 

院主様の木魚の音が、小さくなり始めた。

私の番だと、心の準備を始めると、合図があったので、引き継いで木魚を叩き始めた瞬間だった。

目の前に黒の袈裟を来た若い僧が、木魚の左側に座った。そして一緒に叩き始めた。自分でも不思議な位に、力強く木魚を叩き続けられた。

汗が流れていたが、叩き始めてからは全身に汗が吹き出てきた。木魚を叩くのは初めてだった。ぶっつけ本番だったのだが、常に横に若い僧がいたので、何の心配もなく続けられた。だらけてくると、その存在が明確に示され、気を持ち直して続けることができた。

 

疲れたら次の人に代わる事になっており、後ろでその人が、スタンバイしていた。だが右手が勝手に動いているような状態なので、代わって欲しいという疲れはなかった。

 

すると院主様が、再度木魚を叩き始められたので、私は打つのをやめた。

長いようで短く感じられる時間が、読経と共に過ぎて行った。

 

また、院主様の木魚の音がゆっくりになったので、再度交替かと思って叩き始めると、終了の合図の子(けいす・堂内にある鐘)が鳴った。

終わったようだ。後で聞くと2時間が過ぎていた。  つづく

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クルージングは籠の鳥④

フォーマル夕食には、ドレスコードがあった。

日本の結婚式で着るレベルの服装での参加と、案内書にはあったが、日本でカクテルドレスを着る事はない。

もちろんドレスなど持っていない。娘宅に行って、何着かあるドレスの中で気に入ったのを2着借りて、持って来ていた。

ドレスはノースリーブで、肩や背中が丸見えになる。

船内の部屋は、クーラーがガンガンと効いている。

クーラーが苦手な私の家では、クーラーをおいていない。

真夏でも玄関ドアとべランドを開けることで風が通り、何とかしのげる。扇風機はあるが、それをかけるのは真昼の数時間か真夏日でも夜間の数日だけだ。

 

世間では、クールビズと言いながらも、5月早々には電車やビルの中でクーラーをかける。

今年も最初の電車内のクーラーで、下半身が冷えてしまい下痢をしてしまった。

クーラーには、大変神経質になる。

 

夕食の船内レストランもガンガン冷えており、それを承知でドレスを着ないといけない。

旅行前からの情報で、寒いと知っていたので友人からはドレスに合うショールを、何枚も借りて持参していた。

 

ドレスを着た姿は、やはり自分ではなかった。

露出している首や肩に、センスのある姉がショールを巻いていった。薄めのショールだったので、もう一枚体に巻き付けた。

出来上がった姿は、人形に服を着せている感じで、ドレスに着せられているようだった。華やかな姿の気分は、ピエロだった。

 

ドレスコードのあるフォーマル夕食は、特別なものだろうと、推測していた。

だがレストランはいつもの通りだった。

狭苦しくテーブルが並べてあり、特別の飾りつけもなかった。

私たちのテーブル席の周りは、日本人だらけで、それなりにオシャレをしているが、映画とかテレビで見るようなカクテルドレスとそれに似合った紳士はいなかった。

 

食事も特別でなく、やはり美味しくない肉やメニューで、尚更気分がダウンした。

船内スタッフのほとんどは、アジア系(マレーシア・インドなど)の人々だった。

姉の話ではどの船でも同じで、出稼ぎの人が働いていると言う。

白人はクルーのみで、白い船員服の人はほとんど見かけなかった。

アジア系のスタッフもウェイターの制服で頑張って働いているが、所詮、まだマナーは行き届いてはいなく、ヨーロッパのそれなりのレストランの洗練さは、なかった。

朝の時間に、他の場所で同じスタッフを見かけたが、その時は違う制服を着ていた。

夜のレストランの仕事を終えて、朝の仕事となると睡眠時間は少ない。

笑顔を向けてくれたが、やはり疲れが身体ににじんでいた。

 

レストランに船長が挨拶に来るのかとも思ったが、それもなく、通常の食事だった。

クーラーでやはり寒く、首まわりから落ちてきたショ―ルを持ち上げたり、肩よりずり落ちた部分をあげたりと余分な神経を、始終使うことで、全く楽しむと言うことから、離れてしまった。

姉や友人たちから、華やかなフォーマル夕食の様子を聞いていたので、期待した分、ガッカリも大きかった。

 

夕食後には、ショーの予約をしており、そのままの姿で行くように、現地ガイドには言われていたが、その気分でもなくサッサと部屋に戻り、普通の服装に着替えてしまった。

 

初日の夜は、16時間のフライトと時差ボケのため、夕食後には早々に寝てしまった。

楽しみにしていたショーは、お預けの形になっていた。

時間通りにホールに行くと、ほとんど客が入っていなかった。

嫌な予感の中、幕が開くころにはほぼ満席に近かったが、空席もまだあった。

姉の話では、他の船では超満員で階段の所に座ってみている客もいたとの事だった。

 

明るいスポットライトに当たりながら、このショ―の責任者?座長?プロデューサー?が挨拶をした。

わざとらしいハイテンションの会話は、宙に浮いていた。

気分はまだ、下降線のままだった。

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 クールジング 籠の鳥③

 

地元レストランから船に戻る途中で、二手に分かれた。

姉とすぐ下の妹が、小さな店が並んでいる通りを見て歩くと言うので、一番下の妹との2人で船に戻った。

おかしなもので都会に住んでいる私たちは、感性が近い。買い物に興味なくアウトドア派で、姉たちが店に入って行っても通りをブラブラしていることが多い。姉たちは店があるごとに入りたがる。

姉と同行のすぐ下の妹は、故郷に住んでいる。やはり故郷では店も少なく、ウインドーショッピングができないからであろうか?

どの国・街を歩いても、ほとんどが東京にあるので、わざわざ国外に来てまで見たいとも思わない。

 

夕食まで時間があったので、すぐに水着に着かえてプールへ行った。プールの水は冷たかった。でも意を決して中に入った。

動いていないと寒すぎるので、泳ぎぱなしだった。

外国人は、平気で冷たい水の中でも泳ぐ。元々の体の仕組みが違っているのであろう。老幼男女が泳いでいた。

水は塩辛かった。このアドレア海の水を注入しているようだ。

これでアドレア海で、泳いだことになる。5分も冷たいプールにいると、寒くて入っていられずに、すぐに上がった。

そばにはジャグジーがあるので、そこに行った。

2つのジャグジーがあるのだが、5~6人が入れる小さなもので、当然満員だ。2700人収容の船では小さすぎると思うのだが・・・  

しばらく待つと1人が出たので、無理に2人で入ってしまった。寒くて待っている余裕はなかった。

ジャグジーの水も温かいとは、言えなかったが、冷えた体には、まだましだった。

外国の温泉のお湯も、日本人からすると低すぎる感があり、温泉と言ってもほとんどプールでコンクリート造りだ。それも水着を着ての入浴なので、ついつい泳ぎたくなるものだ。

人が待っているので、早々に上がってデッキにある椅子に寝転がった。

妹が写真を撮ってくれた。それが素晴らしかった(自画自賛)。

2年前にスペインのカミーノ道(巡礼道)を2週間歩き、帰国前の3日間は下痢をしたので、5㎏位体重が減った。思いかけずダイエットが出来てしまったので、腰回りや太ももの脂肪がなくなったのだ。その代わり、脂肪の分の皮がシワシワとなり、それを見つけた瞬間は驚いたものだ。

それまでの水着姿が「とど」だったのが、人間らしくなった。すっかり気をよくして、その写真を遺影にしょうかとも考えているが、水着姿はタブーなのだろうか? 

私らしくて、良いような気がするが・・・

 

姉たちが戻って来たので、そのままサウナへ行った。昨日予約しておいたのだ。無料でなく2人で1時間30ユーローだった。

サウナといってもここでも水着着用だ。大きな部屋に3つの小さな部屋があり、そこに種類の違うサウナがあった。

窓際の海が見える場所に、寝椅子があった。その寝椅子は小さなタイルが貼りめぐされていた。座ると熱かった。バスタオルを敷いて寝転がると丁度良い感じだった。全身にじんわりと温かさが伝わって行き、海を見ていた目がいつしか閉じていた。

時間の制限があったので、まどろんだ後にサウナに入ったが、日本のサウナのように少しも暑くはなかった。

ミントサウナも少しも苦しくなく、柔らかなミントで、日本のサウナに馴染んでいるので、物足りない感が残った。

 

そろそろフォーマル夕食の準備のために、部屋に戻った。

だが借り物のドレスは、どうみても馴染んでいなかった。

これも借り物の素敵なショールを巻くと、まるでピエロだった。

そしてピエロに合うような味気ないフォーマル夕食となってしまった。

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