毎月13日はトミの日でございます。

トミの日は等彌神社にて集いませんか?
 

等彌神社とは、奈良県桜井市の桜井駅から徒歩10分ほどの場所にある神社。

桜井といえば三輪山の大神神社が有名ですが、実は、この等彌神社も古来から大変尊ばれてきた神社でした。

 

その証拠に2013年の伊勢の神宮の式年遷宮に際し、内宮の中ノ重の鳥居(正式参拝をしたときに正面に見る鳥居)が下賜されてやってきています。

これはとんでもないことだとは思いませんか!?

内宮の天照大御神の御鎮座される場所にもっとも近い鳥居で神域の中の神域にあった鳥居がここへ。

 

では、なぜそんな鳥居がここへ!?

 

実は、この等彌神社が日本初の大嘗祭がおこなわれた場所だとも言われているのです。

大嘗祭とはそもそもなんでしょう?

その前にこの国の建国のお話をお伝えしておかなければなりません。

 

この国の建国は、古事記や日本書紀の記すところによると、紀元前660年、今から2677年前(平成29年現在)カムヤマトイワレヒコこと、神武天皇が橿原宮において初代天皇として即位をしたとあります。

神武天皇は天照大御神から賜ったとされる斎庭の稲穂をもって、稲作を通して富を分かち合うことで民を融和して国をおさめていきました。

 

奈良県橿原(かしはら)市にある橿原神宮は、その神武天皇の御陵のある場所の隣に神武天皇の功績をおろがみて明治に入ってからつくられた神社です。

 

 

しかし、冷静になってよく考えてみてください。

今日から建国をします、と宣言したところで、国民のみなが必ずしも両手をあげて賛同するでしょうか!?

しかも、神武天皇ははるか九州の宮崎よりやってきたよそ者一派です。

民の納得があってこそのほんとうの建国ではないでしょうか。

 

建国宣言をしたのちに、具体的に民の生活を豊かにするために稲作を広めます。

土地の水をおさめ、田畑を耕し、地域の関係性を築き、田植えをし、稲刈りをしてようやく数年がたって安定してお米がとれるようになる。

そのとき初めて民が本当の意味で神武天皇を国の盟主として認めるのです。

 

 

名実ともに天皇としてこの国をしろしめすことができたとき、神武天皇はその功績を神に感謝したのです。

ここでいう神とは、天上から稲穂を授けてくれた天照大御神のこと。

 

天孫降臨の際に、アマテラスは自らの孫であるニニギに稲穂を授け、その子孫であるイワレビコ(神武天皇)がそれを伝えて浪速までやってくる。

大和の国をひとつにまとめ、即位をし、国民が豊かになった。

 

それは誰のおかげかといえば、元に帰ればアマテラスということになる。

 

まずは、元に感謝すること。

それが弥栄の心。

 

それを示した祭りが大嘗祭なのだ。

 

 

表向きには建国とは天皇になったとき。

だが、名実共に天皇となるのは、国民が納得したことを確認した上でアマテラスにそのご報告を新米をもってお伝えする大嘗祭。

それを日本で最初に行ったとされる山が等彌神社の山である鳥見山(とみやま)なのだ。

 

ね!?実はとんでもないところでしょ!?

 

ここで、志高き等彌神社の宮司様が人が集まろうが集まるまいが、19時より毎月13日トミの日に祭禮をとりおこなってくれています。

それに心打たれつつ、僕も古事記の言霊をその等彌神社において響かせたいという想いが共鳴して、19時までの2時間半。

16時30分より18時45分まで縄文古事記というタイトルでシャーマニックドラムという縄文の響きのする太鼓を鳴らしながら古事記の原文をひたすらに素読しております。

 

古事記は福音です。

音の響きこそ、太古の人々とつながることのできるもの。

頭で理解しようとしてはいけません。

まずは音を響かせて鼓動を感じること。

 

太鼓のリズムで太古とつながる。

 

 

古事記の原文は、すべてひらがなにして資料としてお渡しします。

漢字がまじると、意味をおってしまうから。

 

だから、古事記の知識はいっさい必要ありません。

ゼロから学べます。

質問があればお答えさせていただきます。

 

責任者は”神世のつたえびと”こと山田祥平です。

 

どうぞよろしくお願いいたします。

 

初回    4500縁

二回目以降 3000縁

にてご案内しています。

特別なことがない限り毎月13日に開講しています。

16時30分に等彌神社の手水舎の前に集合です。

参加希望の方は資料もあるので、事前に連絡をください。

090-3838-6321(山田)

どうぞよろしくお願いいたします。

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