【読書感想文】

 

 

 「オレたちバブル入行組」

                池井戸潤著  文春文庫

                   

 一九六三年生まれの作者から私は一歳上の六二年生まれ。年齢があまり違わないことも読んだ理由だ。作品は金融機関とりわけ銀行を狙う就職戦線の一幕から動き出す。読みながら三十年以上前の夏を思い出した。 

 マスコミ志望だった私はどちらかと言えば少数派で、就活で沸く八月、飲んだ席で「どうなんだよ、お前」と話をふると、「俺は○○信託に決まりそうや」「俺は○友銀行」「彼は△和銀らしいわ」など金融業界に進む者が圧倒的に多かった。銀行に入れば一生安泰という安心感か、やってやるぞという身震い、あるいは度肝をぬくようなプロジェクトに携わりたい・・・。色んな思いがあったのだろう。

 

 主人公半沢直樹も最大手の東京中央銀行に入って十五年。大阪西区の支店で融資課長を担う。降って湧いた融資先の粉飾会計。糾弾する支店長とその差し金で動く人事部を相手に半沢は真っ向戦う。

 

 ストーリーは前半、弱者が徹底的に小突き回され再三再四ピンチに立たされるいわば古典的な構成。フランスの大作「レ・ミゼラブル」のジャン・バルジャンのように度々危機に見舞われる。古典的な手法は必ず敗者復活戦があり、ジャン・バルジャンも言い方は悪いが「勝ち組」となった。「オレたち」で半沢は敗者復活となるのか。ハラハラドキドキで展開する。

「銀行という組織は、全てがバッテン主義だ。業績を上げた手柄は次の転勤で消えるが、バッテンは永久に消えない。そういう特別な回路を搭載した組織なのだ。そこに敗者復活の制度はない。いったん沈んだものは二度と浮かび上がらないトーナメント方式だ。だから、一度沈んだものは、消えるしかない。それが銀行回路だ」と作者は言う。

「銀行という組織が世の中でどういわれようと、そこに就職し、働くものとして人生を賭す。ピラミッド型構造をなすための当然の結果として勝者があり敗者があるのはわかる。だが、その敗因が、無能な上司の差配にあり、ほおかむりした組織の無責任にあるのなら、これはひとりの人生に対する冒涜といっていいのではないか。こんな組織のためにオレたちは働いているわけではない。こんな組織にしたかったわけでもない」

 社員の人間性と業績やその潜在能力に対し人事は一筋縄でいかない。人に個性があるように人を見る目も十人十色だからだ。上司は部下を決められないし部下も上司を選べない。組織はそのリスクを背負って人事を行う。人事部も神ではない。孤高の独立した部署ではない。所詮人の子の集まりだから上位部署からの圧力や人間関係に屈服し、現場から隔絶した采配を振るうことがある。組織ではそれを理解って生き抜かねばならない。

 物語では半沢は見事に危機を切り抜け本店営業部への栄転を果たす。粉飾を見抜けなかったお前は無能だとまで言われながら、本社の監査サイドからもいたぶられ続けながら、上司の支店長と本社圧力に屈服しなかった。

 どん底から這い上がるタフネスと降りかかる困難を切り抜ける才知を、普通は、誰しもそうは持ち合わせないものだ。読者はそこに我が身を投影し声援を送りながら希望も見出すのだろう。

 

 本作に親近感をもったのは半沢の同僚に9・11のテロで亡くなった同期がいて懐かしむシーンがあったからだ。小生にも大学同期に貿易センタービルに同時刻にいて落命した金融マンがいた。バブル就職組の多くの読者にも友人をあそこでなくした方が何名かいらっしゃるかも知れない。ご冥福を祈る。

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