もち麦が消えた。

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私は自宅でご飯を炊く時、麦2.5、発芽玄米2.5の割合で5合炊きます。

麦は押し麦、米粒麦そしてもち麦をMIXして使っていました。

なのに、もち麦が買えません。いつもはAEONで購入していましたが、売ってないんです。売り切れの札だけがありました。

このところ毎日AEONに寄ってます。でもまだ買えていません。

じゃあ、amazonで!と探してみると何と3倍ほどの値段になってるじゃありませんか‼️

1500円もするもち麦買うほど私はおバカじゃありません。

ダイエット目的の人さまが飛びついて買ったり、買占めによって店頭から消えていることくらい知ってます。

今日はもち麦なしでご飯を炊きました。米粒麦をいっぱい入れて炊きました。

んー、でもね。

もち麦食べて痩せる?

もち麦と米を混ぜて炊くと美味しいけど、麦だけではどうなんでしょうか。

もち麦が店頭から消えた。

でも、あるところにはある。

在りかが変わっただけ。値段がつり上がっただけ。

もち麦ブームをあっという間に去るでしょう。私は平常値段に戻ってから買うことにします。


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サプリメントを語る。

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最近こだわっているのがプラセンタです。人様にプレゼントしたりして信者を増やしています。

私は個人的に、以前より銀座ティファニーのプラセンタ100プレミアムを1日4錠服用しています。

他社のプラセンタを服用してもこのプラセンタに回帰します。そんな商品ですね。

他の商品でもいいんですけど、私のこだわりは↑。

プラセンタをオススメする理由は、老化防止や元気の補給です。

つまり、若々しく元気な毎日を送って欲しいとの願いからなのです。

人一倍元気な私、その元気の源はやっぱりプラセンタでしょう。ずっと続けているからこそ、その効果は語れるのです。

細胞レベルの元気さを体験して欲しいのです。

お金があっても、地位や名誉があっても、健康で若々しくないと無意味なのです。

仕事をするにも遊ぶにも、お金を使うにも元気が必要です!。

どうせ摂るなら、効果のある商品を選んで欲しい。


どうせ摂るなら、期待を込めて服用して欲しい。

そして元気になって笑ってください。

ビタミン剤も大事。だけど、細胞が元気じゃないとそのビタミン剤も活かせない。

エクオールも大事、だけど細胞が元気じゃないとエクオールも活かせない。

ならば、先ずプラセンタで細胞レベルで元気になりましょう〜。


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引き寄せの法則。

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引き寄せの法則ってご存知ですか?スピリチュアリズム好きの人さまなら大抵はご存知なはず。

その人さまの心の状態次第で、良くも悪くも引き受けてしまうというもの。

心の状態が良ければ、高級霊や佳きこと。心の状態が悪ければ低級霊や悪きこと。

引き寄せるものの質の高低や量に影響があるならば、心をきちんと管理することには意味があると思いませんか?

私はスピリチュアルを否定しません。元々スピリチュアル・カウンセラーとして活動し、現在の心と魂のカウンセリング活動をに至ります。

スピリチュアル・カウンセラー、当時、その呼び方はカッコいいとさえ感じていました。でもね、今はそう呼ばれたくありません。

最近は、そうですね今年になった頃から、またスピリチュアリズム絡みの相談を受ける機会が増えて来ました。

スピリチュアルを語る霊能者をメディアから締め出すための活動を続けて来た経緯から考えると、違和感を感じないはずもなく。

どうしてこんなに霊的障害に悩んでいる人さまが増えたのか?

心の時代である平成の世にあって、個の心を重視するあまり、集団の中での生き方に悩む人さまが増えました。

心と心との関わり方が未熟なために恨みや妬み嫉みそして憎しみを抱えるケースが急増しています。

何でもないことに傷つき嘆き、他を排除しようと試みる。そんな試みは潰されて当然。その結果、辛いしんどいとストレスを抱えるのです。

そんな心が引き寄せるものが高級なはずもなく。低級の心に低級のものが呼応してどんどん低級な感情や出来事が膨れあがる。

幸せとはほど遠い、問題ばかり起こる環境にあっては、どんどん幸せは遠ざかるだけ。

私の職場にいる女性の話ですが、もう毎朝真っ暗なオーラにたくさんの浮遊・地縛の想いを抱えて出勤するのです。

その女性自身もわずかに気づいていますが、激しい霊媒体質であり、その上心の状態も最悪の低さ。

過去に桁違いの人さまを退職や心の病気に陥れた過去がそのままその女性に仕返しをしています。

少し前に、私がその女性の心の状態を観察しているとき、ひとつの想いが私の心に語りかけて来たのです。


『お前には関係ない。関わるな。』

そのメッセージを伝えて来たのは中年男性。生きているのか?死んでいるのか?

私の問いかけには返事はありませんでした。

たくさんの想いが渦巻く、この女性の心の中を垣間見たとき、私はこの世にも悪魔がいることを知りました。

あまりにも身勝手で自己中心的なその心の中にある感覚に私は関わってはいけないことを悟りました。

スピリチュアリストと呼ばれた私です。助けてあげたい、何とかすくい上げることはできないか?

そう考えていたとき、私の心の中にある感情が『関わっても何も変わらない。やめて置いて方がいい。』と感覚で伝えて来たのです。

私が感じる感覚が未熟な場合、私の心の中にある霊的真理がその補助をし判断を助けてくれるのです。

私は基本、その補助の判断を尊重します。その判断に従うのです。

私は入社時に、この女性に激しい嫌がらせを受けています。そのことは水に流せるような簡単なことではなく、多数の同じ思いをさせられたたくさんの人さまをの想いを引き継いで、私は関わりたくないのが本音。

でも私の中にある神性が助けることはできないか?と判断を鈍らせました。でもね、

悪魔はいます。この女性そのものが悪魔だと感じました。その女性を助けようとした私を咎めたのは、この私に語りかけて来た中年男男性の霊体。

この女性を鑑定したとき、男性の怒号、叫び声。ヒステリックなこの女性の声。子どもの鳴き声が聞こえて来ます。

私の知らない世界がそこにあるのです。関わらないという判断。それは必要な判断であり私の結論です。

でも何でこんな人さまを私の環境の中に与えられたのでしょうか?

その理由がわからなかったのですが、一昨日わかりました。

『よいか、見てろ。まだこんなもんじゃない。もっと大きなことが起きるぞ。』とまた中年男性が語りかけてかけて来たのです。

私はその日、その女性が急に仕事を休んだ理由を聞いて鳥肌が立ちました。えっ?これでも十分に不幸せなのに、これよりまだもっと大きな不幸が訪れる?

なんでこの中年男性の霊体は私に教えてくれているのか?私の心と魂の位置が下がっているのか?

謎だらけの中でこの霊体のメッセージの本質を知ったのです。

この中年男性は生き霊でした。生き霊が何かを伝えて来ることは本当に珍しいことなのです。

その理由が一昨日わかりました。その生き霊が伝えたかった本音を知ったのです。

その霊体がメッセージと共にその伝える意味が私に伝わったのです。

私はこの世とあの世を自由に渡り歩けます。彼岸の使者として橋渡しをすることも簡単です。

ですが、生き霊と通じることができたこと、それは私の霊媒体質・霊的感覚が高まっていることの現れだと受け止めました。

しばらく霊的相談や鑑定を意識的に封印していました。私の中にある感覚が敏感に感じ取る、しかも
私の心の中にある霊的スイッチのオンオフを自動モードに切り替える存在があることにも気づきました。

私は元々強い霊媒体質ですから、霊的修行によって霊的スイッチを身につけました。それによって随分生活は楽になり、心も軽くなりました。

そのスイッチの仕組み自体を更新させたのはこの世の心と魂の在り方、更には生き方の変革であり、その更新は必要であると割り切るしかありません。

引き寄せの法則、この女性が低級のいろいろなモノを引き寄せると同じこと、私も引き寄せの法則によって、霊的な存在を引き寄せやすくなっていることに気づきました。

今月になって霊的相談3件。パワーストーン相談3件。更にはメンタル・宗教足抜けの相談の依頼が舞い込んでいます。

私はもうスピリチュアル感覚を封印するつもりで生活していましたので、かなり戸惑っています。

引き寄せの法則に逆らってもどうにもなりません。私を必要とする人さまや霊体がいるならば、私は逆らわずに応じようと考えています。

この女性の出来事に私は関係なく関わりはありません。霊的感覚の変化を知らしめる例題として与えられたのでしょう。それだけなんですけど、これ以上の大きな事件が起きるのか?

この世は引き寄せの法則と因果応報の法則に支配されていることに気づくのです。

悪いことをすると、きちんと責めを負わされます。

この女性のように霊的に悪い状態であっても、またそうじゃなくても法則は働きます。

どうか、ご注意を。
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幸せのおすそ分け分け。

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私は毎日twitterにtweetしています。で、また大きなプレゼントをもらいました。

ふくにゃんの大きなクッションです。FUKUYAさんのアカウントのキャラ、かわいいネコのお顔のクッション。

かわいくってビニールから出すのがもったいない(笑笑)。

実はtwitterでプレゼントをもらうのは3回目です。ペンギンのクッション、カクテル1箱もらってます。

twitterのtweetをRTするだけでもらえちゃうんですから、メチャluckyですよね。

何でもない日常の中に、小さな幸せが散りばめられて、笑顔が増えるとね、

また小さな幸せがいっぱい押し寄せて来るんです。

幸せのおすそ分け。是非、私の気持ちを受け取ってください。

みなさまも幸せにな〜れ〜。
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認知療法受けてください〜。

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認知療法とは考え方の矯正をする作業のことです。

うつなどの精神科の患者さんにとって必要な作業であると思われていますが、総ての人々に必要な作業なのです。

考え方に偏りやムラがあれば、他人様にご迷惑になるだけでなく自分も傷つき苦しむのです。

他人様にやたらと自分の考えを押し付けたり、他人様の言動に大きく心が揺れてヒステリーを起こしたり、いろいろと日常生活に支障が出てくるのです。

過保護に育てられたり、大人になるまでコミュニケーションについてきちんと学んでいない人さまは他人様との距離感が掴めません。

また、他人様を自分の思い通りにしよう、自分のいいなりにならないと許せない。思い通りにならないとキレたり他人様のせいにして当たり散らす。

若気の至りならば、先輩方が教えてあげればいいけど、更年期を迎えた女性に対してどう教える?

「認知療法を受けてください。そうしないとあなたの周囲の人が苦しみます。」そう、今日の私は言いたかったのです。

職場でのepisodeです。

同僚(他職種)の更年期女性がヒステリーを起こして仕事ができなくなりました。その場を離れて気持ちを落ち着けていたようです。落ち着いて帰ってきた頃には終業の時間。

「〇〇さん、パニック起こした。仕事ができなくなって休んでる。」と聞きました。

でもね、私が見てる限り、それはパニックではなくてヒステリーの症状でした。

忙しい時にパニックに陥るのは誰でもあり得ること。

元々、不平不満、愚痴だらけ、人様の噂話が好きで、とにかく自信家。でも、私から見れば仕事中でも無駄話ばかりのオサボリ職員。仕事もできないし、仕事のクオリティも低い。

なのに、他人様をボロカスにこき下ろす。

『その更年期の女性がヒステリー発作を起こしただけ。』

たったそれだけなのです。

ん?それはパニックじゃないよ〜。それはヒステリーだよ。

そう心の中で繰り返しながら、黙っていようと決め込んだのは私。

ステージの違う人さまとの争いは好きじゃありません。この女性に必要なのは、考え方の矯正だけ。

一度ヒステリー発作を起こすとね、感情のコントロールができなくなると簡単に逆上せてキレやすくなる。

でも、私の知ったことじゃない。

その理由は、今の職場に移動した時、私はこの更年期の女性に嫌がらせを受けたからです。




iPhone裸族。

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私はiPhoneをcaseなしで使っています。iPhone7プラスのブラック256G、機種変してからプライベート・仕事に使い倒しています。

でも、iPhoneをcaseなしで使ってる人さまを見かけたことはありません。高知県では、私はかなりの少数派のようですけどね(笑笑)。

iPhoneは3の時から使っています。SHARPのAndroid機種と同時持ちしていた時期もありますが、iPhoneはずっと私の生活の中に溶け込んでいます。

そんなこんなでかなり長くiPhoneを使っていますが、毎年機種変するのを6splusで封印しました。

毎年買い替えたいと今でも思いますけど、それほど目新しい変更ポイントもなく、満足して使ってる機種を手放すことに違和感を感じています。

多分、今使ってる7プラスもあと1年は使うと思います。

で、裸族の話に戻りますけど、私は機種変して直ぐは外出する時、旅行する時はcaseを着けることもありました。

でも3ヶ月を過ぎたら基本は裸族に戻ります。外出時にもcaseなしでバンカーリングだけを着けて持ち出します。

iPhone7プラスも完全裸族にかなり前に戻りました。

裸族のいいところは、iPhoneの質感の良さに触れられることですね。使っていると、サラサラ滑りやすさがなくなり、掌に吸いつきます。

バンカーリングは着けていますけど、私はほとんど落としたことがありません。

バッグから滑り落ちたり、車の中で落下することはありますが、手から落としたことはありません。

保護ガラスはよく割りますけど、本体にキズや使えなくなるほどのdamageは与えたことがないので、裸族にこだわれるのかも知れません。

裸族にこだわるのは、心からiPhoneが好きだからなのですが、私のようにcaseなしでスマホを使ってる人さまを見かけないのです。

歩きスマホ、車を運転しながら、自転車に乗りながら、仕事しながら。色々なながらスマホをする人さまを見かけます。

「あれじゃ落としても仕方ないよね。」「そんな使い方してるから割れるんだよ。」

結構、人さまのスマホ愛を疑ってしまう場面に出くわすのです。

大事なものをそんなにガサツに取り扱わなくてもいいじゃん。

大事なものなのに、なんで歩きながらいじれるのか私は理解できません。

そのシーンにはスマホはいらんでしょ?

私は歩きスマホしません。車を運転しながら触りません。更に、人さまと話をしている時もいじりません。

私は勉強のためのアプリで一問一答したり、通信講座の講座を見たり、読者やお買い物を楽しみます。

でも、基本はひとりのシーンにスマホを使っています。当直の夜やボランティアの空き時間はiPhoneは必ず触っています。勉強したり、読者や動画を楽しみます。

私の使い方は裸族であっても、iPhoneを落とす可能性はかなり低いのです。いつも座ったり、床に寝転んだりと安定した場所でしか使わないからです。

友人がiPhoneの画面を割ったと言いました。自転車のカゴから取り出し時に落としたと。自転車を漕ぎながら取り出そうとしたらしい。

まだ機種変したばかりのiPhone7のRED。

『えっー!なんでそんなことになるがで〜?』

『case着けてても画面は割れるの当然じゃん。』

『えっ?caseも割れて本体にもキズがついたって?』

そんな会話を交わしたばかり。

私はiPhone大好き。友人も大のiPhone好き。

でも、好きなのと、大事にする仕方は大きく違っています。

私がiPhone裸族なのを知ってる友人はいつも、『caseを着けとかんと危ないで。』が口癖。

その度に、私は大丈夫と私は繰り返しこたえるのです。





ひとの心を鑑る。

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私は長くひとの心を鑑ていました。未だにその癖が抜けなくて、人間ウォッチングしながら、ひとの心を鑑ています。

ひとの心を鑑るとは、霊的levelで観察することです。その人さまの境涯や過去・未来を観るのが霊能者や占い師。

その魂の位置や心の状態を鑑てアドバイスするのがスピマリチュアル・カウンセラーです。そこに費用などは発生しないのです。

私は20000件以上の相談に応えて来ました。そして、今は鑑定の世界から遠ざかっています。

その経験から、逝く時を待つ人さまのお話相手をしたり、死にたいと感じる人さまの心に寄り添うことに専念しています。

私が鑑定の道を離れた理由は、とにかく同じ相談者による繰り返しの質問に時間を取られること、相談者の霊的相談の依存です。

恋愛がうまくいかない、それを何度も何度も繰り返して相談して来られる人さまも多いのです。

どんなにアドバイスを繰り返しても、その人さまが生き方・考え方を変えなければどうにもならない問題に、スピリチュアル・カウンセラーの出番は1度しかないのです。

うまくいかない理由を自分で受け入れて改善しないとどうにもならないのに、霊的相談することで解決したいと試みる。それこそ無理な相談なのです。

仕事を辞めた。何度も転職を繰り返している。

ならば、まず自分の落ち度を認めて、他人さまと歩調を合わせる努力は不可欠です。霊的相談をしても厳しい現実を変えることはできません。


なんで、こんな相談を繰り返す?

もっと、自分の人生を自分で設計しようと思えないのか?

わたしはずっと不満を抱えて鑑定を続けていました。

『この鑑定を続けることが私にとってどんな意味があるのか?続けることで救われる人さまがいるのか?』

この自問自答の後に出た答えが、

鑑定は続けるべきじゃない。ひとは自分の人生を自分の心のレベルで判断して生きるべきだと。

自分の人生を人さまの判断に委ねても、何にも解決しないのです。もし、鑑定に従ってうまくいったとしても、また同じ課題が用意されてて、壁にぶつかるだけのこと。

自分に与えられた課題は、ちゃんと自分で解決しないとどうにもならない。同じ苦しみを繰り返さないために、自分で考えて解決するしかない。

厳しいことを言いますが、苦しみ、悲しみ、悩み、辛さを経験することがその課題を与えられた意味だということだと受け入れるのです。

ひとの心はナマモノです。いつも同じかたち、大きさ、許容量ではないのです。

心を働かせ、心を動かして物事を考えて行動することで、心は柔軟にその課題に取り組めるように変幻自在。

恐れることなどないのです。最初からなるようにしかならない。

それは諦めでも投げ出すことでもない。ありのままの自分の人生を受け入れ、自流を自分で起こせばいいだけのこと。

だから、迷わずに、やたらと心配せずに、自分の人生を自分で生きてください。

大丈夫、あなたには、あなたに丁度の人生しか用意されていません。

迷って悩んで、眠れない夜を重ねて人生は終着へと向かうのです。

私のようなスピリチュアル・カウンセラーの出番は人生に1度だけ。

ひとの心を鑑る。それは、その人さまの人生にとって水先案内人ではなく、ただの通過点。

あなたの人生を導く役目などスピリチュアル・カウンセラーや霊能者・占い師に求めないでください。

それは、あなたのため。あなたのためであるから、私は霊能ジプシーの人びとの覚醒を願うのです。


老害を語る。

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私を含めて、未熟な成人ばかりですよね。

子どもが未熟なのは当たり前。学生が未熟なのも当たり前。成人や老齢者が未熟なのに、成熟を求めること自体がよく分からない。

で、何を言いたいかと言いますと、

私の働く職場にも、定年退職した後再雇用されている老齢者がたくさんいます。

私はよく、介護の現場ではたらく人さまから相談を受けます。

如何に老齢者がワガママ放題、思い込み放題で他人さまと接していることを見聞きしています。

私の働く職場にいる老齢者も、みんなが問題がある訳ではありませんが、少なくても、この平成の世の中の現役世代とは大きく隔てる感性があることは確かです。

知人のヘルパーさんが、「老害だよ。アレはまさしく老害だ〜。」と悲鳴をあげています。



こうだったから、お前もこうやれ。

お前の言うことなんぞ聞かん。

未熟もんが出しゃばるな。

お前よりワシの方が何でもよう知っちょる

……。


あなたがこんな言葉を投げかけられたらどうしますか?

こんな言葉を毎日投げかけられている職種の人さまがいます。

ヘルパーさんだけじゃない。医療従事者だって、販売者だって。いっぱい、数え切れないくらいの我慢が生み出されているのです。

お客様や患者さんがこうなのは仕方ない。世の中そんなもんと受け取ることはできます。

でもね、それが同僚や上司ならどうします?

やたらと昭和という武器を振り回して、周囲との調和をはかれない、自分の思い込みを押しつけてくる老害が身近にいます。

『この人、言っていいことと悪いことの区別がつかんのか?ボケてんのか?アホなんか?』

元々血の気の多い私ですから、戦いを挑むのは簡単なこと。でも、相手が老害(老齢者)ともなると、さすがにメンドくさくて戦う一歩前で踏みとどまります。

この前の当直明けの朝のことでした。

「えーっ、ponさん当直やってるが?」(そこまでは良かったのですが。)

「襲われんように気をつけちょきよ!もし襲われても何にもなかったようにしちょかんといかんで〜。それで丸う収まるがやき。」と他の職員のいる前で大声でしゃべったのです。

私はその後の言葉が見つかりませんでした。医療従事者なら女性が当直することはそんなに珍しくない。

脅かしのつもりや冗談のつもりで言った言葉かも知れません。でもね、言われた方は堪らなく気分が悪いのです。

何を思ってしゃべったのか?

多分何にも考えずに、思いをそのまま口にしただけでしょう。

だから老害なんですよ。

後先を考えずに、思いをそのまま口から振りまく。

言っていいことと悪いことの区別がつかないなら、もう仕事は辞め時でしょう。

もし、あなたが真顔でこんな言葉を投げかけられたらどうしますか?

私のようにきっと気分を害してしまうことでしょう。

同性によるハラスメントそのもの。

私がどこの職場で働らいているか知ってる人さまも多いでしょう。

あなたなら、許せますか?






勉強しなくてはいけない理由。

テーマ:
私は大人になって勉強の楽しさを知りました。勉強することは苦痛ではなく、勉強することで自分自身も変われることに気づいたのです。

私は法律系の勉強が好きで続けているのですが、勉強すること自体が仕事やボランティアにも良い影響を与えているのです。

そして、学びを諦めていないから、私はいつも前向きでいられます。何かに真剣に取り組むことができれば、人生自体にも張りが出て、生きていることも楽しく感じるようになるのです。

私は、毎日1時間以上はテキストとにらめっこします。今はまだ新しい勉強を始めたばかりですから、基本はしっかりとテキストから取り込もうと考えているのです。

今まで勉強したことのない範囲に踏み込んで、覚えることだらけで困惑することも度々。でも逃げ出そうなんてことは考えてはいません。

やれるだけのことをやって、とことん楽しもうと考えています。勉強を続けることは楽なことではありません。

仕事から帰宅したクタクタの状態でテキストを読んでいると睡魔に飲み込まれそうになります。

時々、あまりにも疲れ過ぎてて泣きそうになることもあります。でもそんな時は、今やらなくてどうする?自分で決めたことやんか。今頑張って◯月◯日の合格発表の日に笑おうと気持ちを切り替えます。

今やらなくてはいけないこと、それが勉強をだということを私は感じています。勉強しなくてはいけない理由はその一言ですよね。

誰かのためにやるんじゃない。自分のためにやるんだから。一番大事な自分の人生を輝かせてみたい。

勉強するための道しるべが資格取得なのです。道を間違わないために資格取得というゴールを自分のために用意ししています。


カメラ屋さんが消える。

テーマ:
私は今でも一眼レフカメラを使っています。

少し前まではカメラ屋さんに出向き、カメラやレンズを手にとって触ってから購入していました。

ですが、今ではamazonや楽天で購入しています。YouTubeや口コミを見たり、メーカーのホームページを見たりして購入を決めています。

そして昔はボーナスの一部、臨時収入の一部を惜しげもなく注ぎ込んで高級一眼レフ・Canon砲レンズを購入するのが当たり前でした。

そんな私が今拘るのはハイエンドコンパクトカメラなのです。

一眼レフも使うのですが、イベントにはコンパクトカメラを使い、日常使いはiPhoneで間に合わせるのがスタンダードなのです。

あれほど拘っていたCanonのハイエンド一眼レフも一年に数回しか出番はありません。

ひとりで一眼レフを抱えて神社仏閣を巡ったりnaturephotoを撮りにわざわざ出かけていた日々がただ懐かしいですね。

今はカバンの中にiPhoneがあります。そしてコンパクトカメラは仕事のカバン以外に入ります。

この頃はコンパクトカメラも飲み会などの記念撮影用。パシャパシャとiPhoneで撮影したのをprint outするのです。

拘る私はキタムラカメラのprint outサービスを利用して、みんなに配る。とても喜ばれています。

でもね、自分用はiPhone→SDCardに保存しています。

(部屋に飾る時、焼き増しするときはお家のCanonの写真プリンターでサササッとprint outします。)

それが、これからはキタムラカメラでリアルタイムにprint outをすることができなくなりそうです。

近々のキタムラカメラさん閉店するらしい。

だからどうした?と聞かれれば、「それだけのことよ。」と私は答えると思います。

print outは自分のCanonプリンターでできます。そうすれば今までよりも割安になるのです。



世の中の流れは写真を気軽なモノにしました。でもね、それはdataの話。dataを増やすことを気軽にしただけなのです。

print outしない人ばかり、写真機を使わない人ばかりになってしまった感は私だって感じています。

少し前に、「あの時の写真もらえない?」と頼まれました。私はサササッとCDRにコピペして渡しました。時間でいうと5分くらい。

友人は当たり前のように、「ありがとう」と言って帰って行きました。

持ち帰ったのはdataなのです。そのdataをprint outするかと言えばそうじゃない。友人はパソコンに保存して眺めるだけ。

CDRは1枚50円くらいで買えます。

私が友人に渡したのは写真じゃないただのdata。

友人はとても喜んでいました。だってお金はかかっていない(たった50円)、たった5分だから私にお礼を渡すほどのことでもない。

『カメラ屋さん消えるはずだわ。』

私は心の中でつぶやきました。

私も時代の流れに逆らってまで古きを貫くつもりもありません。便利・価値のある・安価・時短は非常に心地よいと感じます。

カメラ屋さんが消える。

私が感じるのはノスタルジー。たったそれだけなのかも知れません。

そして時代の流れの中に、新しいdataのための商売が増えているのですから。