天職起業で「人生は逆転できる!」講演家・作家

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■信じられない1億円の連帯保証  (全部実話・実名です)

 それは一本の電話からだった。平川さんという、亡くなった父が勤めていた福岡シティ銀行時代の後輩で、当時は地場中堅ゼネコンの副社長。

私は就職・転職・起業で失敗を繰り返し、6社目となる東京の出版社「ビジネス社」で、テープ起こしのバイトをしていた。

「克己さん、私はあなたのお父さんが取締役時代、大変世話になった者です。実は、あなたのお母さんが1億円の借金をかぶり、土地も差し押さえになりました」

「えー!?何ですか?それは!」

「お母さんが、ある男の連帯保証人になっていたのですが、その男が返済せず、請求がお母さんのところに来たのです。一度、こちらへ帰って来れませんか?」

 実家が1億円の借金?土地が差し押さえ?そんなバカな。嘘だろう。悪夢のような話だ。しかし、博多へ帰ってみると現実だった。

 母が連帯保証した相手は佐賀県唐津市和多田の浦川清(か清史)。年齢は60代前半の妻子持ち。職業はフリーの地上げ屋。地上げ屋!権利などの入り組んだ土地をまとめ、マンション用地などにする裏方の仕事。暴力や脅しでの立ち退き・・ヤクザというイメージもある。

 平成4年1992年当時、世間ではバブル崩壊という言葉が流行っていた。私自身はほとんど実感がないが、1980年代前半から好景気が続き、80年代後半は株や土地が高騰。それが1991年前後、平成3年頃から下落し始め、不況とかバブル崩壊とかいう言葉が使われるようになっていた。

 地上げ屋の浦川が借金した相手は、博多駅南の「エビス信販」(現・ホテイ商事)と「なにわ商事」。いわゆる高金利でお金を貸す街金、高利貸しだ。約1億円にのぼる借金を浦川が返済しなかったので、街金は連帯保証人である私の母に請求。かつ、福岡市の中心部、大名にある先祖代々の栢野家の土地も差し押さえた。
 Uターン後に登記簿謄本を見ると、裁判所による「競売開始決定」も記載されていた。

 母が他人の連帯保証人として1億円の借金をかぶり、土地も差し押さえになった。このままだと家屋敷を全部取られる。相手は地上げ屋と街金。さらに、母とその妻子ある地上げ屋は「できて」いた。こんな火曜サスペンスドラマのような出来事、ホントかよ。

 しかし、私は平川さんと一緒に母、弁護士、司法書士、街金、浦川清史に会ったが、全部事実だった。かつ、浦川は資産も金もないこともわかった。
 借金1億円!・・・といっても実感が湧かない。どこか他人事のような感じ。

 地場相互銀行の取締役だった俺のオヤジは昭和50年、44歳の時に脳血栓で倒れ、2週間で亡くなった。詳しくは知らなかったが、財産は福岡市早良区野芥にある一戸建て、西新の2LDKマンション、福岡シティ銀行の株券が数万株に現金少々。そして福岡市のど真ん中の天神地区、大名に17坪の土地があった。

 実は今回の騒動の原因はこの大名の土地だった。この土地は、父と同じく福岡シティ銀行の前身である福岡無尽銀行の取締役だった祖父から父が相続し、父の死後は母に相続された。私は知らなかったが、成長著しい福岡都心の土地ということで、バブル時代の1980年後半には、なんと坪2500万円の値が付いた。と言っても正式な話ではなく地上げ屋からの話。17坪だと約4億円。

 そういえば1990年頃、母との電話の中で、そんな値が付いたという話があったが、私は実家の財産には感心はなかった。私の中では実家とか親とか故郷は年末年始に思い出す程度。仕事が定まらずに東京や大阪を転々とし、失敗だらけの人生だったが、故郷へのUターンは一度も考えたことはない。なんとか東京で成功しようと、いつも目の前のことで精一杯だった。

●狂った母。狂う俺

 それにしても、母はなんで地上げ屋なんかとつき合ったのか。ある日、母をつかまえて尋問した結果は、驚くようなことだった。

 出逢いはその7年前。西新のパチンコ屋という。西新とは私が高校まで育った街で、福岡市内では天神・博多駅に続く副都心。昔ながらの屋台も多く出る商店街があり、海も近くて進学校も多い。そこに小中高と過ごした銀行社宅アパートがあったので、私ら家族には第2の故郷だった。
 父の死後、1年後に長男の私が大学進学で京都へ。その後、次男も就職で東京へ出た。結果、母は購入した西新の2LDKマンションに一人で住んでいた。「一人」で。

 しかし、出逢いがパチンコ屋とは。サイテーの場所だ。俺も昔はたまにパチンコをしたが、基本的にはああいう場所は不良やダメ人間が行くものと決めつけている。

 父の死後も億単位の財産があるので働く必要はなく、私ら子供が巣立ち、暇になった1980年代半ばから、母は自然とパチンコ屋の常連になったらしい。
 同じく常連だった浦川と顔見知りになり、ある日、浦川は母に3万円を借りた。が、浦川はすぐに返したという。その後、また5万円の借金申し込みがあったが、これまたすぐに返済された。

 そんな貸し借りが何回かあったあと、母は30万円を貸した。すると浦川は期限通りに返済しただけでなく、「自宅にバラの花束を持ってきてくれたのよ~」と母は遠くを眺めながら、懐かしそうに、半ばうれしそうに、後悔もなさそうに言った。

 これで母は「落ちた」のだと思った。典型的な詐欺師の手口だ。

 こうして母は浦川と男女の仲になった。浦川は唐津に妻子がいたが、浦川が福岡方面で仕事する場合は母の家に住むようになった。

「パパと好みが似ているのよ。私が作る味噌汁とか料理がうまいうまいって・・・」

 私は耳を疑った。

「それにパパは忙しかったでしょ。(浦川と)あちこち一緒に旅行に行って楽しかった」

母の愛の告白。サイテーだ。

 私は今回の件で浦川と数回会ったが、その獣のような60男の顔姿を思い出し、かつ、50代後半の母が近年、以前よりキレイになっていたのを思い出した。オスとメスとの交わり、母と浦川のセックスを想像し、なるほど、このメスはあのオスの陰茎にやられたのかと、異常な汚らわしさを感じた。そしてドンドンやられていき、気づいたら1億円の連帯保証人になっていたのだ。

 数億の資産を持つ元銀行役員の未亡人が、妻子ある悪徳地上げ屋ブローカーと恋に落ち、いまやその財産を奪われようとしている。女性週刊誌やワイドショーのような話。他人事ならば「人の不幸は密の味」。なんとも痛快というか、絵に書いたような醜聞事件だ。

 ある時、実家マンションで母を詰問した後、ふと、玄関の靴箱を開けた。果たしてそこには男物の革靴が山のようにあった。明らかに浦川の靴だ。母が浦川と暮らしていた何よりの証拠。そして、母が承諾している証拠。愛の暮らし。堕落の証明。

 それは俺の実家に棲んでいる獣のもの。あの鬼畜が身につけている、汗がしみ込んだクサイ靴。見つけて10秒も経っていなかっただろう。私は靴を次々につかんで外のゴミ捨て場所へ投げ捨てた。「この野郎!」と雄叫びを上げながら。憎しみを込めて叩きつけるように。いや、叩きつけた。
 自分の縄張りに入り込んだ、ライバルのオスを排除する動物本能でもあった。おれ達の財産を奪い取ろうとしている悪人、俺の実家、俺の古巣に入り込み、占領し、母と財産を奪い取った獣のオス。

 狂ったように靴を投げ捨てる俺を、母は呆然と見ていた。首をうなだれながら。仕方がないと自分の罪を認めるように。

●父のいた銀行へ駆け込む

 とにかく、連帯保証1億円をかぶったのは事実。つまり、栢野家は債務者・浦川清の代わりに、早々に「なにわ商事」と「エビス信販」に計1億円を弁済せねばならない。

 しかし、そんな金は手元にない。私自身は思考能力がなかった。それは母も同じ。茫然自失。事件発覚以来、事の全貌解明と対処策はほとんど平川さんが代行してくれていた。私らは平川さんの言うとおりに行動した。他に、こんな面倒な事件を解決してくれる人はいなかった。ある意味で、平川さんは亡き父のようだった。

 事実、平川さんがこんなにいろいろ面倒見てくれるのは、俺の親父の部下で世話になったこと、住宅会社に転職した平川さんから野芥の家を購入したこともあるが、ある意味では母の近くにいて、今回の事件を防げなかった負い目がある、恩人の奥さんを救えなかった自分にも責任があると言っていた。

 私と母は平川さんに連れられ、福岡シティ銀行の本店へ行った。そこには父の同僚で、副頭取を経て監査役になっていた森田さん、野口専務、他の銀行役員が数名待っていた。今回の恥ずかしい事情を話し、なんとか救済してもらえないかと。平川さんが状況を説明し、私と母は下を向いてうなだれるだけ。

 救済策とはこうだ。西新のマンション、野芥の一戸建て、大名の土地など全財産を担保に入れて銀行から1億円の融資を受け、金利が高くて怖い街金へ弁済。その後、土地や家の売却、株券の処分などで銀行側へ返済する。

 幸い、土地や家の価値は計算上、合計で1億円以上ある。まあそもそも、今回の事件は財産があったからだ。あったから狙われたのだ。財産がなければ1億の連帯保証人にはなれない。なっても返済する原資がない。浦川のように。

 浦川は落ちぶれた地上げ屋だったが、浦川の父は資産家で、唐津の和多田地区に相当な土地を持っていた。ありがちな話だが、浦川の代になって絵に書いたような放蕩息子ぶりを発揮し、すべての資産を消滅。それどころか、私らをはじめとして方々から借金し、完全に落ちぶれてしまっているという。いわゆる資産家のバカ息子だ。

 しかし、それは俺も同じ。親の資産こそ食いつぶしていなかったが、銀行エリートのバカ息子として、甘い考えと堪え性の無さ、根性の無さで就職・転職・起業に失敗。落ちぶれてしまっているのは同じ。

 かつ、不倫をして堕落した母を罵倒したが、実はその頃、俺も東京で人妻と不倫していた。親子で不倫のバカ同士。そんな駄目な自分と同じような浦川に、実家を破壊されて歯がゆい気持ちだ。目くそ耳クソを笑うか。

 今回の福岡シティ銀行側に対する直接の債務者は母。しかし、私と弟、それに平川さんも連帯保証人となることになった。土地や家は計算上は借金以上の価値があったが、これで私も1億円の借金を背負う羽目になった。

 借金1億円!

想像がつかないね。かつ、こうなっても他人事という感じ。当事者ではない。自分のせいではないし、平川さんがあれこれ対処してくれるおかげで、余計そう感じる。母も俺も自分の意志で考えて行動することがほとんどなかった。上の空。手取り足取りされると人間は成長しないね。適当に放っておくのがいいね。

 それにしても借金1億円をかぶるなんて。個人レベルでは大事件だ。実は帰郷してすぐ、通りかかった福岡県早良警察署に駆け込んだ。

「・・・そんなこんだで借金1億円をかぶることになったんです。どうにかなりませんかね・・」

「・・・ならんね。民事不介入だから」

 そうだろうな。強盗とか騙されてならともかく、今回は母が同意している。浦川が街金から借金する。返せなければ代わりに弁済する連帯保証人に、母は直筆でサインし、実印も押している。仕方がない。どうしようもない。警察が云々いうことではない。

 ならば、警察沙汰にすればいいのかと、私はエビス信販に殴り込んだ。というか、わけのわからぬ大声を上げてケンカを売り、殴られれば暴行事件で街金を悪者にできるのではと思ったが、海千山千のエビスの社長は顔色一つ変えなかった。

 もちろん、今回の事件の真犯人である浦川清には直接、何度か詰め寄った。借金を返せ!と。1億円の金銭消費貸借書にもサインさせたが、その借用書のサインは浦川清史。実名は清なのに清史と書いて誤魔化す汚さ。こうして素人を騙してきたのだろう。

 浦川は電話をすれば出てきた。逃げも隠れもしなかった。憎らしい。職場というか待機場所というか、ある会社へ電話すると、いれば浦川は電話に出て、指定場所へ現れた。

 そして、「金は返す。今は金はないが、来月には金を返す」と毎回言う。逃げずに金を返す意志は表明する。しかし結局、最後まで一円の返済もなかったのだが・・・。

●帰郷

 こうして借金1億円を背負った。私は福岡での当面の処置が終わって東京に戻ったが、平川さんからは再三、福岡へ戻って欲しいとの電話があった。まあ、当然だろう。

「いや、東京で独立したばかりで、仕事がありますから・・・」

しかし、起業に失敗し、会社は実質休業状態で、出版社で週に三日バイトしているだけ。帰ろうと思えばいつでも帰れる気軽な身分。
 実家は最大の危機だ。弟は兼松日産農林という、オンボロだが一部上場のキチンとした会社のサラリーマンで結婚もしている。ブラブラしているのは俺だけ。俺しかいない。帰るしかない。

「潮時」

 そんな言葉が頭を過ぎった。

 借金事件が発覚して3ヶ月後の1992年6月、私は東京を離れ、福岡へ帰ることを決めた。大学卒業以来、ビジネスマンとしての成功を夢に見て、ヤマハ発動機、リクルート人材センター、コンピューターシステムリース、ミッドと転職し、「無料職業相談業」アントロポスデータジャパンでの独立も失敗。まだ東京では何も成していない。

 しかし、今回は帰るしかない。東京でも大阪でも負け犬人生。非常に心残りだが、今回の帰郷は誰がどう聞いても納得するだろう。撤退理由としては十分だ。

 東京にはヤマハ時代に6カ月、リクルート時代に2年10カ月、失業+ミッド時代で2年半、独立後に1年半、都合7年ちょっといた。23歳で初めて上京し、途中2年半ほどは大阪だったが、33歳まで東京にいた。

 20代から30代前半の、社会人として一番多感な時期を過ごした東京。多くの失敗を繰り返し、リクルート時代とミッド時代にホンの少しの成功体験があるが、全体では1勝9敗といった感じ。敗北者。青春の蹉跌。挫折。苦い思い出ばかり。

 多くの恋もしたが、その多くは実らなかった。まじめな交際は2度あったが、その一つは大阪の婚約破棄事件で悲惨。もうひとつは最近まで続いていた人妻相手。
 後者の人妻にはかなり癒された。気が紛れた。サラリーマンとしてドツボで先が見えない時代、その後のダメ独立起業時代、寂しいときの心の拠り所だった。

「かっちゃんは何かを成す人よ」

お世辞でもうれしかったが、その片鱗はまったくなかった。

大学を卒業した時点では、少林寺拳法の関西大会で2年連続優勝するし、本も小説や経済・経営系を1000冊は読み、文武両道でこんなヤツはそういないと自信満々だった。が、社会に出てから立て続けに就職・転職に失敗し、起業もダメ。学歴も勉強も、何の役にも立たなかった。

 しかも、まさか俺が主婦と不倫するとは・・・。

俺も堕ちた。仕事もダメだが、私生活も堕落している。なるようになれ。

人生に失敗し、単純に性欲に、快楽に溺れたのだ。同じ時期に、母も妻子ある獣と不倫していた。最悪の親子だ。

 結果があれば原因がある。今回の1億連帯保証事件は起こるべくして起こったとも言える。父は高校2年の時に死んだが、高校卒業以来、俺は親のこと、母のことはほとんど考えなかった。考えるのは自分のことだけ。いかに自分の青春、恋、仕事、人生を成功させるか、そのことだけで精一杯だった。実家と母のことは捨てていた。忘れていた。眼中になかった。

 結果として、母は独りだった。父が死んだのは44歳の時で、母は41歳。私はその1年半後に大学進学で家を離れ、小学6年生だった弟も大学卒業後は福岡を離れた。

 幸か不幸か、母は働かなくても十二分に食っていける財産があった。しかし、俺が故郷を捨て、弟も巣立ったあと、実家に一人残った母には特にやるべきことがなかった。友人は多かったが、家に家族はいない。孤独で寂しかったと思う。

 だいぶ以前に帰郷した時、母がポツリと漏らしたことがある。飼っていた小鳥が死んだときだ。

「チイちゃんがね、死んだときは泣いたんよ。やっぱ鳥でも寂しいね」

 家に帰っても母一人。心の優しい弟はもちろん、喧嘩ばかりしていた俺でも、世話をする相手がいなくなるのは寂しいらしい。ご飯を作っても「美味しい!」という相手がいなければ料理のし甲斐はない。ケンカばかりでも、ケンカ相手がいるだけ幸せなのだ。

 財産があっても寂しい一人暮らし。財産があるから働く必要がなく、だからこそ新たな知り合いも出来ず、そこに「浦川清」に突け込まれるスキがあった。

 「なんでこんなことになった!いつからのつきあいだ!」

 懲らしめて白状した母によると、浦川とつきあい始めたのは7年前。1992年の7年前といえば1985年の昭和60年。この年は弟が大学を卒業して家を出た年。つまり、母が一人になった時期と同じだ。寂しかったのだろう。

 現れた浦川は亡き夫と年の頃は同じで、一所懸命に作った「ご飯を美味しい、おいしいと言って食ってくれ」、「いろんな場所に旅行に連れていってくれた。夢のようだった」と母は白状した。実態は母を保証人にして街金から借りた金で遊び回り、返済することなしに栢野家に押しつけたのだが。

 いずれにしろ、母に巡ってきた青春。遅れてきた青春。母にとって、愛する浦川の連帯保証人になるのは当然のことだったのだろう。
 
 のちに、最悪の形でそのつけを払うことになるのだが。

■孤独な帰郷

 1992年。世間はバブル崩壊していたが、オレの人生も崩壊した。

その6月、「青春」を共にしたリクルート人材センター時代のバイト仲間が、四谷の居酒屋で壮行会をしてくれた。その他、何人かの人に別れの挨拶をした。

 四谷の木造風呂なしアパートの荷物は、ヤマト運輸の小さな軽トラック「独身引っ越しパック」一台に収まった。家を出た18歳から33歳まで、15年間の荷物にしてはあまりに少ない。人生で何も成していない証拠だった。

 テレビドラマの「北の国から」で、東京に出たが失敗と挫折ばかりの「純」が寂しく帰郷するシーンがあったが、まさにそれと同じだった。

 軽トラックが出たあと、私はヤマハのオフロードバイク・セロー220ccに跨り、陸路で博多を目指した。典型的な都落ち。これで東京ともおさらばだ。

 が、俺は逃げるのではない。いかんともしがたい実家の理由があるのだと、正当な感傷に浸ろうとした。四谷から、最初に独立起業した新宿御苑、新宿通から青海街道を通り、東京で最初に間借りした阿佐ヶ谷のアパートに寄った。
 そして環八通りを南に下って厚木街道を南に向かい、甘くて酸っぱい思い出のある相模大野のアパートに別れを告げ、国道一号線を西へ。ロングツーリングは学生時代以来だ。

 しかし、神奈川県の秦野を越えて足柄あたりに来たとき、降り続いていた雨足が一段と強くなってバイクの視界を遮った。カッパの中まで水浸しになり、この先長い旅のことを考えると心細くなった。まさに泣きっ面にションベン。
 暫し考えたあげく、バイクでの東京→博多横断を断念。東京湾からフェリーで行くことにした。

 意外にすんなりと乗れたフェリーの三等船室で寝ころび、近くの出稼ぎみたい男たちと四方山話をした。

「こんなヤツラと話をしても仕方ない。どうせ人生の失敗組だ」

 が、ほどなく、オレも同じと気づいた。

オレの人生はどこでどう狂ってしまったのか?

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写真: ■信じられない1億円の連帯保証  (全部実話・実名です)<br /><br /> それは一本の電話からだった。平川さんという、亡くなった父が勤めていた福岡シティ銀行時代の後輩で、当時は地場中堅ゼネコンの副社長。<br /><br />私は就職・転職・起業で失敗を繰り返し、6社目となる東京の出版社「ビジネス社」で、テープ起こしのバイトをしていた。<br /><br />「克己さん、私はあなたのお父さんが取締役時代、大変世話になった者です。実は、あなたのお母さんが1億円の借金をかぶり、土地も差し押さえになりました」<br /><br />「えー!?何ですか?それは!」<br /><br />「お母さんが、ある男の連帯保証人になっていたのですが、その男が返済せず、請求がお母さんのところに来たのです。一度、こちらへ帰って来れませんか?」<br /><br /> 実家が1億円の借金?土地が差し押さえ?そんなバカな。嘘だろう。悪夢のような話だ。しかし、博多へ帰ってみると現実だった。<br /><br /> 母が連帯保証した相手は佐賀県唐津市和多田の浦川清(か清史)。年齢は60代前半の妻子持ち。職業はフリーの地上げ屋。地上げ屋!権利などの入り組んだ土地をまとめ、マンション用地などにする裏方の仕事。暴力や脅しでの立ち退き・・ヤクザというイメージもある。<br /><br /> 平成4年1992年当時、世間ではバブル崩壊という言葉が流行っていた。私自身はほとんど実感がないが、1980年代前半から好景気が続き、80年代後半は株や土地が高騰。それが1991年前後、平成3年頃から下落し始め、不況とかバブル崩壊とかいう言葉が使われるようになっていた。<br /><br /> 地上げ屋の浦川が借金した相手は、博多駅南の「エビス信販」(現・ホテイ商事)と「なにわ商事」。いわゆる高金利でお金を貸す街金、高利貸しだ。約1億円にのぼる借金を浦川が返済しなかったので、街金は連帯保証人である私の母に請求。かつ、福岡市の中心部、大名にある先祖代々の栢野家の土地も差し押さえた。<br /> Uターン後に登記簿謄本を見ると、裁判所による「競売開始決定」も記載されていた。<br /><br /> 母が他人の連帯保証人として1億円の借金をかぶり、土地も差し押さえになった。このままだと家屋敷を全部取られる。相手は地上げ屋と街金。さらに、母とその妻子ある地上げ屋は「できて」いた。こんな火曜サスペンスドラマのような出来事、ホントかよ。<br /><br /> しかし、私は平川さんと一緒に母、弁護士、司法書士、街金、浦川清史に会ったが、全部事実だった。かつ、浦川は資産も金もないこともわかった。<br /> 借金1億円!・・・といっても実感が湧かない。どこか他人事のような感じ。<br /><br /> 地場相互銀行の取締役だった俺のオヤジは昭和50年、44歳の時に脳血栓で倒れ、2週間で亡くなった。詳しくは知らなかったが、財産は福岡市早良区野芥にある一戸建て、西新の2LDKマンション、福岡シティ銀行の株券が数万株に現金少々。そして福岡市のど真ん中の天神地区、大名に17坪の土地があった。<br /><br /> 実は今回の騒動の原因はこの大名の土地だった。この土地は、父と同じく福岡シティ銀行の前身である福岡無尽銀行の取締役だった祖父から父が相続し、父の死後は母に相続された。私は知らなかったが、成長著しい福岡都心の土地ということで、バブル時代の1980年後半には、なんと坪2500万円の値が付いた。と言っても正式な話ではなく地上げ屋からの話。17坪だと約4億円。<br /><br /> そういえば1990年頃、母との電話の中で、そんな値が付いたという話があったが、私は実家の財産には感心はなかった。私の中では実家とか親とか故郷は年末年始に思い出す程度。仕事が定まらずに東京や大阪を転々とし、失敗だらけの人生だったが、故郷へのUターンは一度も考えたことはない。なんとか東京で成功しようと、いつも目の前のことで精一杯だった。<br /><br />●狂った母。狂う俺<br /><br /> それにしても、母はなんで地上げ屋なんかとつき合ったのか。ある日、母をつかまえて尋問した結果は、驚くようなことだった。<br /><br /> 出逢いはその7年前。西新のパチンコ屋という。西新とは私が高校まで育った街で、福岡市内では天神・博多駅に続く副都心。昔ながらの屋台も多く出る商店街があり、海も近くて進学校も多い。そこに小中高と過ごした銀行社宅アパートがあったので、私ら家族には第2の故郷だった。<br /> 父の死後、1年後に長男の私が大学進学で京都へ。その後、次男も就職で東京へ出た。結果、母は購入した西新の2LDKマンションに一人で住んでいた。「一人」で。<br /><br /> しかし、出逢いがパチンコ屋とは。サイテーの場所だ。俺も昔はたまにパチンコをしたが、基本的にはああいう場所は不良やダメ人間が行くものと決めつけている。<br /><br /> 父の死後も億単位の財産があるので働く必要はなく、私ら子供が巣立ち、暇になった1980年代半ばから、母は自然とパチンコ屋の常連になったらしい。<br /> 同じく常連だった浦川と顔見知りになり、ある日、浦川は母に3万円を借りた。が、浦川はすぐに返したという。その後、また5万円の借金申し込みがあったが、これまたすぐに返済された。<br /><br /> そんな貸し借りが何回かあったあと、母は30万円を貸した。すると浦川は期限通りに返済しただけでなく、「自宅にバラの花束を持ってきてくれたのよ~」と母は遠くを眺めながら、懐かしそうに、半ばうれしそうに、後悔もなさそうに言った。<br /><br /> これで母は「落ちた」のだと思った。典型的な詐欺師の手口だ。<br /><br /> こうして母は浦川と男女の仲になった。浦川は唐津に妻子がいたが、浦川が福岡方面で仕事する場合は母の家に住むようになった。<br /><br />「パパと好みが似ているのよ。私が作る味噌汁とか料理がうまいうまいって・・・」<br /><br /> 私は耳を疑った。<br /><br />「それにパパは忙しかったでしょ。(浦川と)あちこち一緒に旅行に行って楽しかった」<br /><br />母の愛の告白。サイテーだ。<br /><br /> 私は今回の件で浦川と数回会ったが、その獣のような60男の顔姿を思い出し、かつ、50代後半の母が近年、以前よりキレイになっていたのを思い出した。オスとメスとの交わり、母と浦川のセックスを想像し、なるほど、このメスはあのオスの陰茎にやられたのかと、異常な汚らわしさを感じた。そしてドンドンやられていき、気づいたら1億円の連帯保証人になっていたのだ。<br /><br /> 数億の資産を持つ元銀行役員の未亡人が、妻子ある悪徳地上げ屋ブローカーと恋に落ち、いまやその財産を奪われようとしている。女性週刊誌やワイドショーのような話。他人事ならば「人の不幸は密の味」。なんとも痛快というか、絵に書いたような醜聞事件だ。<br /><br /> ある時、実家マンションで母を詰問した後、ふと、玄関の靴箱を開けた。果たしてそこには男物の革靴が山のようにあった。明らかに浦川の靴だ。母が浦川と暮らしていた何よりの証拠。そして、母が承諾している証拠。愛の暮らし。堕落の証明。<br /><br /> それは俺の実家に棲んでいる獣のもの。あの鬼畜が身につけている、汗がしみ込んだクサイ靴。見つけて10秒も経っていなかっただろう。私は靴を次々につかんで外のゴミ捨て場所へ投げ捨てた。「この野郎!」と雄叫びを上げながら。憎しみを込めて叩きつけるように。いや、叩きつけた。<br /> 自分の縄張りに入り込んだ、ライバルのオスを排除する動物本能でもあった。おれ達の財産を奪い取ろうとしている悪人、俺の実家、俺の古巣に入り込み、占領し、母と財産を奪い取った獣のオス。<br /><br /> 狂ったように靴を投げ捨てる俺を、母は呆然と見ていた。首をうなだれながら。仕方がないと自分の罪を認めるように。<br /><br />●父のいた銀行へ駆け込む<br /><br /> とにかく、連帯保証1億円をかぶったのは事実。つまり、栢野家は債務者・浦川清の代わりに、早々に「なにわ商事」と「エビス信販」に計1億円を弁済せねばならない。<br /><br /> しかし、そんな金は手元にない。私自身は思考能力がなかった。それは母も同じ。茫然自失。事件発覚以来、事の全貌解明と対処策はほとんど平川さんが代行してくれていた。私らは平川さんの言うとおりに行動した。他に、こんな面倒な事件を解決してくれる人はいなかった。ある意味で、平川さんは亡き父のようだった。<br /><br /> 事実、平川さんがこんなにいろいろ面倒見てくれるのは、俺の親父の部下で世話になったこと、住宅会社に転職した平川さんから野芥の家を購入したこともあるが、ある意味では母の近くにいて、今回の事件を防げなかった負い目がある、恩人の奥さんを救えなかった自分にも責任があると言っていた。<br /><br /> 私と母は平川さんに連れられ、福岡シティ銀行の本店へ行った。そこには父の同僚で、副頭取を経て監査役になっていた森田さん、野口専務、他の銀行役員が数名待っていた。今回の恥ずかしい事情を話し、なんとか救済してもらえないかと。平川さんが状況を説明し、私と母は下を向いてうなだれるだけ。<br /><br /> 救済策とはこうだ。西新のマンション、野芥の一戸建て、大名の土地など全財産を担保に入れて銀行から1億円の融資を受け、金利が高くて怖い街金へ弁済。その後、土地や家の売却、株券の処分などで銀行側へ返済する。<br /><br /> 幸い、土地や家の価値は計算上、合計で1億円以上ある。まあそもそも、今回の事件は財産があったからだ。あったから狙われたのだ。財産がなければ1億の連帯保証人にはなれない。なっても返済する原資がない。浦川のように。<br /><br /> 浦川は落ちぶれた地上げ屋だったが、浦川の父は資産家で、唐津の和多田地区に相当な土地を持っていた。ありがちな話だが、浦川の代になって絵に書いたような放蕩息子ぶりを発揮し、すべての資産を消滅。それどころか、私らをはじめとして方々から借金し、完全に落ちぶれてしまっているという。いわゆる資産家のバカ息子だ。<br /><br /> しかし、それは俺も同じ。親の資産こそ食いつぶしていなかったが、銀行エリートのバカ息子として、甘い考えと堪え性の無さ、根性の無さで就職・転職・起業に失敗。落ちぶれてしまっているのは同じ。<br /><br /> かつ、不倫をして堕落した母を罵倒したが、実はその頃、俺も東京で人妻と不倫していた。親子で不倫のバカ同士。そんな駄目な自分と同じような浦川に、実家を破壊されて歯がゆい気持ちだ。目くそ耳クソを笑うか。<br /><br /> 今回の福岡シティ銀行側に対する直接の債務者は母。しかし、私と弟、それに平川さんも連帯保証人となることになった。土地や家は計算上は借金以上の価値があったが、これで私も1億円の借金を背負う羽目になった。<br /><br /> 借金1億円!<br /><br />想像がつかないね。かつ、こうなっても他人事という感じ。当事者ではない。自分のせいではないし、平川さんがあれこれ対処してくれるおかげで、余計そう感じる。母も俺も自分の意志で考えて行動することがほとんどなかった。上の空。手取り足取りされると人間は成長しないね。適当に放っておくのがいいね。<br /><br /> それにしても借金1億円をかぶるなんて。個人レベルでは大事件だ。実は帰郷してすぐ、通りかかった福岡県早良警察署に駆け込んだ。<br /><br />「・・・そんなこんだで借金1億円をかぶることになったんです。どうにかなりませんかね・・」<br /><br />「・・・ならんね。民事不介入だから」<br /><br /> そうだろうな。強盗とか騙されてならともかく、今回は母が同意している。浦川が街金から借金する。返せなければ代わりに弁済する連帯保証人に、母は直筆でサインし、実印も押している。仕方がない。どうしようもない。警察が云々いうことではない。<br /><br /> ならば、警察沙汰にすればいいのかと、私はエビス信販に殴り込んだ。というか、わけのわからぬ大声を上げてケンカを売り、殴られれば暴行事件で街金を悪者にできるのではと思ったが、海千山千のエビスの社長は顔色一つ変えなかった。<br /><br /> もちろん、今回の事件の真犯人である浦川清には直接、何度か詰め寄った。借金を返せ!と。1億円の金銭消費貸借書にもサインさせたが、その借用書のサインは浦川清史。実名は清なのに清史と書いて誤魔化す汚さ。こうして素人を騙してきたのだろう。<br /><br /> 浦川は電話をすれば出てきた。逃げも隠れもしなかった。憎らしい。職場というか待機場所というか、ある会社へ電話すると、いれば浦川は電話に出て、指定場所へ現れた。<br /><br /> そして、「金は返す。今は金はないが、来月には金を返す」と毎回言う。逃げずに金を返す意志は表明する。しかし結局、最後まで一円の返済もなかったのだが・・・。<br /><br />●帰郷<br /><br /> こうして借金1億円を背負った。私は福岡での当面の処置が終わって東京に戻ったが、平川さんからは再三、福岡へ戻って欲しいとの電話があった。まあ、当然だろう。<br /><br />「いや、東京で独立したばかりで、仕事がありますから・・・」<br /><br />しかし、起業に失敗し、会社は実質休業状態で、出版社で週に三日バイトしているだけ。帰ろうと思えばいつでも帰れる気軽な身分。<br /> 実家は最大の危機だ。弟は兼松日産農林という、オンボロだが一部上場のキチンとした会社のサラリーマンで結婚もしている。ブラブラしているのは俺だけ。俺しかいない。帰るしかない。<br /><br />「潮時」<br /><br /> そんな言葉が頭を過ぎった。<br /><br /> 借金事件が発覚して3ヶ月後の1992年6月、私は東京を離れ、福岡へ帰ることを決めた。大学卒業以来、ビジネスマンとしての成功を夢に見て、ヤマハ発動機、リクルート人材センター、コンピューターシステムリース、ミッドと転職し、「無料職業相談業」アントロポスデータジャパンでの独立も失敗。まだ東京では何も成していない。<br /><br /> しかし、今回は帰るしかない。東京でも大阪でも負け犬人生。非常に心残りだが、今回の帰郷は誰がどう聞いても納得するだろう。撤退理由としては十分だ。<br /><br /> 東京にはヤマハ時代に6カ月、リクルート時代に2年10カ月、失業+ミッド時代で2年半、独立後に1年半、都合7年ちょっといた。23歳で初めて上京し、途中2年半ほどは大阪だったが、33歳まで東京にいた。<br /><br /> 20代から30代前半の、社会人として一番多感な時期を過ごした東京。多くの失敗を繰り返し、リクルート時代とミッド時代にホンの少しの成功体験があるが、全体では1勝9敗といった感じ。敗北者。青春の蹉跌。挫折。苦い思い出ばかり。<br /><br /> 多くの恋もしたが、その多くは実らなかった。まじめな交際は2度あったが、その一つは大阪の婚約破棄事件で悲惨。もうひとつは最近まで続いていた人妻相手。<br /> 後者の人妻にはかなり癒された。気が紛れた。サラリーマンとしてドツボで先が見えない時代、その後のダメ独立起業時代、寂しいときの心の拠り所だった。<br /><br />「かっちゃんは何かを成す人よ」<br /><br />お世辞でもうれしかったが、その片鱗はまったくなかった。<br /><br />大学を卒業した時点では、少林寺拳法の関西大会で2年連続優勝するし、本も小説や経済・経営系を1000冊は読み、文武両道でこんなヤツはそういないと自信満々だった。が、社会に出てから立て続けに就職・転職に失敗し、起業もダメ。学歴も勉強も、何の役にも立たなかった。<br /><br /> しかも、まさか俺が主婦と不倫するとは・・・。<br /><br />俺も堕ちた。仕事もダメだが、私生活も堕落している。なるようになれ。<br /><br />人生に失敗し、単純に性欲に、快楽に溺れたのだ。同じ時期に、母も妻子ある獣と不倫していた。最悪の親子だ。<br /><br /> 結果があれば原因がある。今回の1億連帯保証事件は起こるべくして起こったとも言える。父は高校2年の時に死んだが、高校卒業以来、俺は親のこと、母のことはほとんど考えなかった。考えるのは自分のことだけ。いかに自分の青春、恋、仕事、人生を成功させるか、そのことだけで精一杯だった。実家と母のことは捨てていた。忘れていた。眼中になかった。<br /><br /> 結果として、母は独りだった。父が死んだのは44歳の時で、母は41歳。私はその1年半後に大学進学で家を離れ、小学6年生だった弟も大学卒業後は福岡を離れた。<br /><br /> 幸か不幸か、母は働かなくても十二分に食っていける財産があった。しかし、俺が故郷を捨て、弟も巣立ったあと、実家に一人残った母には特にやるべきことがなかった。友人は多かったが、家に家族はいない。孤独で寂しかったと思う。<br /><br /> だいぶ以前に帰郷した時、母がポツリと漏らしたことがある。飼っていた小鳥が死んだときだ。<br /><br />「チイちゃんがね、死んだときは泣いたんよ。やっぱ鳥でも寂しいね」<br /><br /> 家に帰っても母一人。心の優しい弟はもちろん、喧嘩ばかりしていた俺でも、世話をする相手がいなくなるのは寂しいらしい。ご飯を作っても「美味しい!」という相手がいなければ料理のし甲斐はない。ケンカばかりでも、ケンカ相手がいるだけ幸せなのだ。<br /><br /> 財産があっても寂しい一人暮らし。財産があるから働く必要がなく、だからこそ新たな知り合いも出来ず、そこに「浦川清」に突け込まれるスキがあった。<br /><br /> 「なんでこんなことになった!いつからのつきあいだ!」<br /><br /> 懲らしめて白状した母によると、浦川とつきあい始めたのは7年前。1992年の7年前といえば1985年の昭和60年。この年は弟が大学を卒業して家を出た年。つまり、母が一人になった時期と同じだ。寂しかったのだろう。<br /><br /> 現れた浦川は亡き夫と年の頃は同じで、一所懸命に作った「ご飯を美味しい、おいしいと言って食ってくれ」、「いろんな場所に旅行に連れていってくれた。夢のようだった」と母は白状した。実態は母を保証人にして街金から借りた金で遊び回り、返済することなしに栢野家に押しつけたのだが。<br /><br /> いずれにしろ、母に巡ってきた青春。遅れてきた青春。母にとって、愛する浦川の連帯保証人になるのは当然のことだったのだろう。<br /> <br /> のちに、最悪の形でそのつけを払うことになるのだが。<br /><br />■孤独な帰郷<br /><br /> 1992年。世間はバブル崩壊していたが、オレの人生も崩壊した。<br /><br />その6月、「青春」を共にしたリクルート人材センター時代のバイト仲間が、四谷の居酒屋で壮行会をしてくれた。その他、何人かの人に別れの挨拶をした。<br /><br /> 四谷の木造風呂なしアパートの荷物は、ヤマト運輸の小さな軽トラック「独身引っ越しパック」一台に収まった。家を出た18歳から33歳まで、15年間の荷物にしてはあまりに少ない。人生で何も成していない証拠だった。<br /><br /> テレビドラマの「北の国から」で、東京に出たが失敗と挫折ばかりの「純」が寂しく帰郷するシーンがあったが、まさにそれと同じだった。<br /><br /> 軽トラックが出たあと、私はヤマハのオフロードバイク・セロー220ccに跨り、陸路で博多を目指した。典型的な都落ち。これで東京ともおさらばだ。<br /><br /> が、俺は逃げるのではない。いかんともしがたい実家の理由があるのだと、正当な感傷に浸ろうとした。四谷から、最初に独立起業した新宿御苑、新宿通から青海街道を通り、東京で最初に間借りした阿佐ヶ谷のアパートに寄った。<br /> そして環八通りを南に下って厚木街道を南に向かい、甘くて酸っぱい思い出のある相模大野のアパートに別れを告げ、国道一号線を西へ。ロングツーリングは学生時代以来だ。<br /><br /> しかし、神奈川県の秦野を越えて足柄あたりに来たとき、降り続いていた雨足が一段と強くなってバイクの視界を遮った。カッパの中まで水浸しになり、この先長い旅のことを考えると心細くなった。まさに泣きっ面にションベン。<br /> 暫し考えたあげく、バイクでの東京→博多横断を断念。東京湾からフェリーで行くことにした。<br /><br /> 意外にすんなりと乗れたフェリーの三等船室で寝ころび、近くの出稼ぎみたい男たちと四方山話をした。<br /><br />「こんなヤツラと話をしても仕方ない。どうせ人生の失敗組だ」<br /><br /> が、ほどなく、オレも同じと気づいた。<br /><br />オレの人生はどこでどう狂ってしまったのか?<br /><br />━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━<br />◆栢野のコラム<br /><br />今、自分で原初療法・絶叫療法を実験中。フェイスブックを使って。<br /><br />━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━<br />■10分で150万円「上祐vs竹田」http://bit.ly/10HhQX7<br 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「天職」への道は「労働」「趣味」「夢」から。

どうも!栢野です!この類似図を大阪ボランティア協会さんで見てなるほど!が、似たようなものは沢山ありますね。

ドラッカーさんは「やりたいことよりやれること。好きなことより貢献と責任が先。が、優先すべきは価値観」、名著「ビジョナリーカンパニー②」では「大好き×稼げて×一番になれること。この3つが重なる分野が大事」と。また、多くの自己啓発セミナーは「好きなことで成功しよう」とか。いや、そうだけど、なんかしっくりこないと永年、思ってました。

が、この図を見たとき、3つが重なる
「天職」はわかるとして、
「労働」=嫌だが生きるためにやる。
「趣味」=好きなことやってるが金にならない。
「夢」=今はできないが、いつかはやって成功したい!

なるほど!と喝采あげました。似てるけど違う「労働」「趣味」「天職」「夢」。これをフェイスブックに投稿すると「なるほど!」コメントやシェアが殺到。

現実的な優先順位としてまず稼ぐ(労働)。一部の歌手やスポーツ選手のように、10代から好き+できる+稼げる=「天職」がある人はいいが、そんなの滅多にない。天職なんか普通はわからないから、とりあえずはどこかの会社に入る。未経験で能力もないから、最初は誰でもできる単純「労働」が中心。が、「こんなのやりたくない」と3年後には3~7割は辞める。私も最初の会社は9ヶ月でウツ退職(笑)。次の会社は天職に近かったが、社内競争に敗れてクビ。その後も失敗繰り返し、自分で起業した8社目の広告代理業も、過去7社の中で一番しっくりきたんですが、なんか中途半端。「天職」と「労働」を行ったり来たり。この悩んだ7年は躁鬱を繰り返してました。気分と業績も比例。まさに山あり谷あり。今考えると、私が地場広告業界で小さくとも何か抜きん出た能力があるか、または「労働」と割り切れば悩まなかったんですが、どうも能力も普通以下だし、嫌いではないが好きでもない。本業の広告は。

ところが、「趣味」で毎月主催してた異業種交流セミナー「九州ベンチャー大学」は大好き。楽しい。各界の起業家を呼んで「人生を逆転した独立起業成功物語」を皆と聞く。その後は講師交えて参加者と100名の立食交流パーティ。参加者も講師も私もみんな大満足!が、収益はない。食えない。というか、それで儲けようという気はなかった。が、これが本業になればどんなに楽しいだろう。実際、回数を増やそうとトライしたことはあったが、月1回でもアナログ集客は大変だ。やるなら、いわゆる大学や専門学校のように、講師も授業も生徒も揃え、毎日授業・・みたいにしないと。が、そんな経営能力は微塵もない。

が、楽しいので「趣味」でやってた2002年、師匠のゴーストライターで起業入門本を書かないかと。幸運にも共著になり、竹田陽一理論+事例としてそれまで10年間継続してた「九州ベンチャー大学」ゲスト講師の話もたくさん入れた。これが「小さな会社☆儲けのルール」としてロングセラー10万部の大?ヒット!講演依頼が殺到し、エラソーに講師にチャレンジしたら、まさにこれが「天職」!もちろん、最初は下手で失敗も多かったんですが、同じ内容50回目の時、まさに天啓というかゾーンに入りました!

その時は徹夜明けのフラフラでやけくそ。講師料も安かったので、今日は自分の好きにやらせてもらうかと、初めて原稿もなしのアドリブで。これが本当に良かった。話しながら、一体誰が話してるのかと、自分で感心しました(笑)。以来、講演家として一点集中したら、講演料だけで年間1000万円。その他、印税合わせても2000万円超えることはないですが、親が金欲で大失敗したトラウマがあるので金銭欲もなく人も使えない職人なので、妻と2人の弱小起業家には充分です。

しかし、「講演家」「著者」なんていう業種は就活ブックになかったし、社会に出てその手の人には会いましたが、まさか自分がなるとは思いもしなかったですね。が、講演と本を勧めてくれた師匠は「あなたが比較的早く講師で軌道に乗ったは、交流会の司会を永年やってたから」には納得。さらに、文章も書けたのは、当時の本業で毎日広告コピー書いてたし、交流会の会報も毎月作成してたから。加えて、転職は繰り返しましたが、20代からずっと中小起業家に興味があった。世の99%を占める中小企業の創業者は学歴や過去の職歴が滅茶苦茶が多い。サラリーマンとして失格。が、そこからいかに人生逆転したのか?それは他人事ではない。俺もそうなりたい。が、それは「趣味」や「夢」。どう「天職」にするかが44歳まで見えなかった。たぶん、世の9割は「労働」でしょう。でも、「趣味」や「夢」も継続すること。いつか「天職」に変わる日が来ます。

が、一番の近道は「労働」を「天職」に変えること。その具体的な他の事例や秘訣はまた次号。

■栢野克己(かやのかつみ)/世界一周の天職コーチ・講演家・作家・過激派。1000回超の講演+1000回の成功事例勉強会「九州ベンチャー大学」「早朝サロン」「経営人生計画」他を主催。著書「やずやの秘密」「弱者の戦略」「小さな会社★儲けのルール」「逆転バカ社長」は計18万部のベストセラー。ブログ・Youtube・ツイッター・ユーストリームは計300万アクセス。2007年に家族で1年間の世界一周。次作は「人と同じはかなりヤバい!」?

■立命館大学卒。ヤマハ発動機→リクルート社→IBM子会社への転職に失敗し、ウツ・婚約破棄・自殺未遂を経験。その後もダメ転職や起業繰り返し→実家が他人の連帯保証1億円でUターン→地元広告代理店→親自殺→8社目で2度目の起業→その後5回ウツ→44歳~逆転人生はじまる。
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●SSI「インサイト」連載原稿を事前公開いいね実験。
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「天職」への道は「労働」「趣味」「夢」から。

どうも!栢野です!この類似図を大阪ボランティア協会さんで見てなるほど!似たようなものは沢山ありますね。ドラッカーさんは「やりたいことよりやれること。好きなことより貢献と責任が先。が、優先すべきは価値観」、名著「ビジョナリーカンパニー②」では「大好き×稼げて×一番になれること。この3つが重なる分野が大事」と。また、多くの自己啓発セミナーは「好きなことで成功しよう」とか。いや、そうだけど、なんかしっくりこないと永年、思ってました。が、この図を見たとき、3つが重なる「天職」はわかるとして、「労働」=嫌だが生きるためにやる。「趣味」=好きなことやってるが金にならない。「夢」=今はできないが、いつかはやって成功したい!なるほど!と喝采あげました。似てるけど違う「労働」「趣味」「天職」「夢」。これをフェイスブックに投稿すると「なるほど!」コメントやシェアが殺到。現実的な優先順位としてまず稼ぐ(労働)。一部の歌手やスポーツ選手のように、10代から好き+できる+稼げる=「天職」がある人はいいが、そんなの滅多にない。天職なんか普通はわからないから、とりあえずはどこかの会社に入る。未経験で能力もないから、最初は誰でもできる単純「労働」が中心。が、「こんなのやりたくない」と3年後には3~7割は辞める。私も最初の会社は9ヶ月でウツ退職(笑)。次の会社は天職に近かったが、社内競争に敗れてクビ。その後も失敗繰り返し、自分で起業した8社目の広告代理業も、過去7社の中で一番しっくりきたんですが、なんか中途半端。「天職」と「労働」を行ったり来たり。この悩んだ7年は躁鬱を繰り返してました。気分と業績も比例。まさに山あり谷あり。今考えると、私が地場広告業界で小さくとも何か抜きん出た能力があるか、または「労働」と割り切れば悩まなかったんですが、どうも能力も普通以下だし、嫌いではないが好きでもない。本業の広告は。ところが、「趣味」で毎月主催してた異業種交流セミナー「九州ベンチャー大学」は大好き。楽しい。各界の起業家を呼んで「人生を逆転した独立起業成功物語」を皆と聞く。その後は講師交えて参加者と100名の立食交流パーティ。参加者も講師も私もみんな大満足!が、収益はない。食えない。というか、それで儲けようという気はなかった。が、これが本業になればどんなに楽しいだろう。実際、回数を増やそうとトライしたことはあったが、月1回でもアナログ集客は大変だ。やるなら、いわゆる大学や専門学校のように、講師も授業も生徒も揃え、毎日授業・・みたいにしないと。が、そんな経営能力は微塵もない。が、楽しいので「趣味」でやってた2002年、師匠のゴーストライターで起業入門本を書かないかと。幸運にも共著になり、竹田陽一理論+事例としてそれまで10年間継続してた「九州ベンチャー大学」ゲスト講師の話もたくさん入れた。これが「小さな会社☆儲けのルール」としてロングセラー10万部の大?ヒット!講演依頼が殺到し、エラソーに講師にチャレンジしたら、まさにこれが「天職」!もちろん、最初は下手で失敗も多かったんですが、同じ内容50回目の時、まさに天啓というかゾーンに入りました!その時は徹夜明けのフラフラでやけくそ。講師料も安かったので、今日は自分の好きにやらせてもらうかと、初めて原稿もなしのアドリブで。これが本当に良かった。話しながら、一体誰が話してるのかと、自分で感心しました(笑)。以来、講演家として一点集中したら、講演料だけで年間1000万円。その他、印税合わせても2000万円超えることはないですが、親が金欲で大失敗したトラウマがあるので金銭欲もなく人も使えない職人なので、妻と2人の弱小起業家には充分です。しかし、「講演家」「著者」なんていう業種は就活ブックになかったし、社会に出てその手の人には会いましたが、まさか自分がなるとは思いもしなかったですね。が、講演と本を勧めてくれた師匠は「あなたが比較的早く講師で軌道に乗ったは、交流会の司会を永年やってたから」には納得。さらに、文章も書けたのは、当時の本業で毎日広告コピー書いてたし、交流会の会報も毎月作成してたから。加えて、転職は繰り返しましたが、20代からずっと中小起業家に興味があった。世の99%を占める中小企業の創業者は学歴や過去の職歴が滅茶苦茶が多い。サラリーマンとして失格。が、そこからいかに人生逆転したのか?それは他人事ではない。俺もそうなりたい。が、それは「趣味」や「夢」。どう「天職」にするかが44歳まで見えなかった。たぶん、世の9割は「労働」でしょう。でも、「趣味」や「夢」も継続すること。いつか「天職」に変わる日が来ます。が、一番の近道は「労働」を「天職」に変えること。その具体的な他の事例や秘訣はまた次号。

■栢野克己(かやのかつみ)/世界一周の天職コーチ・講演家・作家・過激派。1000回超の講演+1000回の成功事例勉強会「九州ベンチャー大学」「早朝サロン」「経営人生計画」他を主催。著書「やずやの秘密」「弱者の戦略」「小さな会社★儲けのルール」「逆転バカ社長」は計18万部のベストセラー。ブログ・Youtube・ツイッター・ユーストリームは計300万アクセス。2007年に家族で1年間の世界一周。次作は「人と同じはかなりヤバい!」?

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■特報!乱入決定!せっかくなので前代未聞の【ミニ】トークバトル!もあり!



























■【特別出演】日本初・中小企業の新興宗教<竹田ランチェスター☆弱者必勝の戦略>教祖+ランチェスター経営(株)代表取締役・竹田陽一。中小企業経営コンサルタント。従業員30人までの経営戦略教材CD+DVDを日本最多の300種類企画制作。著書もベストセラー多数累計60万部以上。全国の商工会議所他で講演4000回超。「弱者の戦略」「強者の戦略」のランチェスター教祖だが、今回は「狂者の戦略」失敗の事例研究と検証も兼ねてミニ対談も。

■当日、飛び込みもOK。ただし満員時は立ち見です。

4/7は、元オウム真理教のナンバー2だったが、麻原と対立してロシアへ左遷され、その間に日本で最悪事件が起きたので、直接関わってはいないと、実刑だが懲役3年で出てきたあと、脱オウム反麻原なのだが、まだ同じに見られ、今回、私がセミナー企画して私にもバッシング来てますが、まあ、そういう叩かれるのはお互い慣れてるし、おかげでますます精神が強くなれるし、サッカー日本がヨルダンに負けたあと、サンデーモーニングでジャーナリストの中西哲生が放ったアドリブ「でも、試練がないと成長しませんから」には、おー、よー言ったと感服し、さらに勇気をもらい、今回、決行します。会場42名に対し、すでに35名。

■【残5】現在申込37名。ランチェスター経営・竹田陽一、会計体操の山崎公認会計士夫妻、行政書士、美容室オーナー、社労士、ドラム演奏家、某有名企業サラリーマン、東京から広告漫画で日本一のトレンドプロ・岡崎社長、北九州で風風ラーメン他リズム食品・コスモスグループ従業員700人の有名飲食店オーナー経営者、高知から便利屋社長、東京からじん麻疹克服カウンセラー元自己啓発研修講師、健康食品通販コンサルタント、損害保険代理店、某ジャンルで福岡ナンバーワンの小売店、心理セラピスト、硬派スピリチャル講演家・著者、単なる好奇心で参加のサラリーマン・OL、他

■フェイスブック告知サイト・参加者(一部)はhttps://www.facebook.com/events/210901819048677/

福岡4/7◆上祐史浩「人生いろいろ」セミナー+Q&A


■日々の活動・上祐史浩ブログ
http://ameblo.jp/joyufumihiro/

■上祐史浩wiki(ネット辞書)
http://bit.ly/11xJWn6



【主催者より】正直、多くの人から「あんな事件の元幹部を講師を呼ぶなんて信じられない」と言われ、ならば逆に「ステイ・フーリッシュ!」と決定。主催の栢野が実際に2回ひかりの輪の会合に出て確認し、さらに、現在も警察・公安調査も定期的に受け入れ、サリン事件の被害者・河野さんらの外部監査もあり、最近は懺悔本やTV出演や公開討論も行い、もうヤバくないと判断。稀有な体験・3年の牢獄など、こりゃ地獄から人生逆転中の稀有な人生カウンセラー・セラピストかもと、好奇心+興味本位で企画しました。●外部監査http://bit.ly/11WrVEJ

■講師・上祐史浩(人生カウンセラー・永遠の修行者)

福岡県出身・早稲田大学大学院卒・宇宙開発事業団へ就職後、オカルト雑誌の空中浮遊記事でオウム真理教へ。麻原に対して唯一NOを言えた男。が、疎まれ、ロシア支部へ飛ばされる。その間にサリン事件が発生。帰国後、外報部長としてマスコミ対応。凶悪事件には関わっていたなかったが、国土計画法違反で懲役3年の実刑。1999年出所後にアレフの代表に。しかし、一連の事件を反省し、麻原色を排除することで内部対立。自室に軟禁状態に。2007年に独自団体「ひかりの輪」設立。反オウム+被害者への弁済も継続中。

※もっと詳しい客観情報はネット辞書wikiより
http://bit.ly/11xJWn6

■テーマ・人生・ブッダ・精神世界・ブッダ・修行・悟り・智慧・他なんでもあり

■日時・4/7(日)18時~21時(2013年)

■場所・福岡市中央区天神4丁目4-24「新光ビル」天神ダイエー北隣
□地図・http://www.hikari-building.com/access.html

■参加費・3000円 ※会場で。

■限定42名 (残7・4/2現在)※満員の場合、立ち見。

■フェイスブック告知サイト・参加者(一部)は
https://www.facebook.com/events/210901819048677/

◆主催・九州ベンチャー大学 ◆マスコミ記事はコチラ

参加お申し込み参加お申し込みは参加申し込みフォームより→







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■【特別出演】日本初・中小企業の新興宗教<竹田ランチェスター☆弱者必勝の戦略>教祖+ランチェスター経営(株)代表取締役・竹田陽一。中小企業経営コンサルタント。従業員30人までの経営戦略教材CD+DVDを日本最多の300種類企画制作。著書もベストセラー多数累計60万部以上。全国の商工会議所他で講演4000回超。「弱者の戦略」「強者の戦略」のランチェスター教祖だが、今回は「狂者の戦略」失敗の事例研究と検証も兼ねてミニ対談も。

4/7は、元オウム真理教のナンバー2だったが、麻原と対立してロシアへ左遷され、その間に日本で最悪事件が起きたので、直接関わってはいないと、実刑だが懲役3年で出てきたあと、脱オウム反麻原なのだが、まだ同じに見られ、今回、私がセミナー企画して私にもバッシング来てますが、まあ、そういう叩かれるのはお互い慣れてるし、おかげでますます精神が強くなれるし、サッカー日本がヨルダンに負けたあと、サンデーモーニングでジャーナリストの中西哲生が放ったアドリブ「でも、試練がないと成長しませんから」には、おー、よー言ったと感服し、さらに勇気をもらい、今回、決行します。会場42名に対し、すでに35名。


■当日、飛び込みもOK。ただし満員時は立ち見です。


【部屋を拡大しました!残7】現在申込35名。行政書士、美容室オーナー、社労士、ドラム演奏家、某有名企業サラリーマン、東京から広告漫画で日本一のトレンドプロ・岡崎社長、北九州で風風ラーメン他リズム食品・コスモスグループ従業員700人の有名飲食店オーナー経営者、高知から便利屋社長、東京からじん麻疹克服カウンセラー元自己啓発研修講師、健康食品通販コンサルタント、損害保険代理店、某ジャンルで福岡ナンバーワンの小売店、心理セラピスト、硬派スピリチャル講演家・著者、単なる好奇心で参加のサラリーマン・OL、他

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【主催者より】正直、多くの人から「あんな事件の元幹部を講師を呼ぶなんて信じられない」と言われ、ならば逆に「ステイ・フーリッシュ!」と決定。主催の栢野が実際に2回ひかりの輪の会合に出て確認し、さらに、現在も警察・公安調査も定期的に受け入れ、サリン事件の被害者・河野さんらの外部監査もあり、最近は懺悔本やTV出演や公開討論も行い、もうヤバくないと判断。稀有な体験・3年の牢獄など、こりゃ地獄から人生逆転中の稀有な人生カウンセラー・セラピストかもと、好奇心+興味本位で企画しました。●外部監査http://bit.ly/11WrVEJ

■講師・上祐史浩(人生カウンセラー・永遠の修行者)

福岡県出身・早稲田大学大学院卒・宇宙開発事業団へ就職後、オカルト雑誌の空中浮遊記事でオウム真理教へ。麻原に対して唯一NOを言えた男。が、疎まれ、ロシア支部へ飛ばされる。その間にサリン事件が発生。帰国後、外報部長としてマスコミ対応。凶悪事件には関わっていたなかったが、国土計画法違反で懲役3年の実刑。1999年出所後にアレフの代表に。しかし、一連の事件を反省し、麻原色を排除することで内部対立。自室に軟禁状態に。2007年に独自団体「ひかりの輪」設立。反オウム+被害者への弁済も継続中。

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■日時・4/7(日)18時~21時(2013年)

■場所・福岡市中央区天神4丁目4-24「新光ビル」天神ダイエー北隣
□地図・http://www.hikari-building.com/access.html

■参加費・3000円 ※会場で。

■限定42名 (残7・4/2現在)※満員の場合、立ち見。

■フェイスブック告知サイト・参加者(一部)は
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上祐です。現在、ひかりの輪の代表をしております。2007年に、アーレフ(旧オウム)を脱会して、その反省に基づき、新団体「ひかりの輪」を設立し、その代表を努めています。オウムを含めた従来の問題を超えた、21世紀に役立つ、新しい宗教、思想の創造を志しています。実際に何を考え、何をしているかを知っていただき、また、自分も学ばせていただくために、アメブロを含めたネットで活動しています(ツィッター・ミクシィ、公式HPなど)。

 上祐史浩ツィッター:つぶやき、お知らせ、Q&A
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 上祐史浩ミクシィ日記ページ:日記、教え、お知らせ
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  http://www.hikarinowa.net/
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 HP:ひかりの輪ネット道場:ネットを通した修行体験
  http://net-dojo.hikarinowa.net/home.html
 HP:ひかりの輪の広報部サイト:広報関係の記事
  http://hikarinowa.net/kyokun/newsblog/721.html
 HP:オウムの教訓:オウム時代の反省・総括の記事
  http://hikarinowa.net/public-info/

ブログ:脱会したアレフの諸問題の告発と被害者の救済のため
 http://alephmondaitaisaku.blog.fc2.com/ 

※出演したトークショーの動画
 オウムの総括・反省、ひかりの輪の思想・理念などが、
 識者・芸能人の共演で分かりやすく展開されています
 ①http://www.ustream.tv/recorded/11414758
 ②http://www.ustream.tv/recorded/8415379

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◆九州ベンチャー大学は

1992年~今回で209回目のセミナー交流会。他に分科会の福岡+全国で「早朝サロン」「やる気会」「個別相談会」「経営人生計画」「東京ベンチャー大学」「大阪ベンチャー大学」含め1000回以上開催。主に起業家の人生・経営・天職発見の事例を皆で学び、自ら実践しています。活動をまとめた本「小さな会社☆儲けのルール」や「逆転バカ社長」「弱者の戦略」「やずやの秘密」は累計18万部のベストセラー・ロングセラーに。参加者は累計で1万人を超え、数多くの成功者を輩出。●今までの様子http://qvenshop.com/
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◆司会進行◆栢野克己/カヤノカツミ◆「人生は逆転できる!」をテーマの講演家・著者・天職カウンセラー。著書は「やずやの秘密」「弱者の戦略」「小さな会社★儲けのルール」「逆転バカ社長:天職発見の人生マニュアル」はアマゾン<中小企業経営>ジャンルで10年500週~現在もベストセラー第1位~5位。台湾(中国語)・韓国・タイ・インドネシアでも出版。零細企業☆人生逆転の事例講演・執筆・勉強会主催の(株)インタークロス代表取締役。主催のセミナー交流会「九州ベンチャー大学」や「人生計画」「経営計画」「早朝勉強会」「個別相談会」は20年1000回を越え、累計で1万人以上が参加。外部に招かれての講演やセミナーも全国+アジアで1000回を超え、約3万人が参加。2006年~2007年に家族で1年間の世界一周を実現!夢は全世界で1000万部の著書+世界200ヶ国渡航・現在は57カ国■福岡市生まれ。西新小・百道中・小倉西高校・立命館大学卒。新卒入社のヤマハ発動機を9ヶ月でノイローゼ退社、バイトのリクルートは3年弱で正社員試験落第。大阪のIBMリースへ転職するが、またも仕事失敗+ウツ+婚約破棄+自殺未遂で退社。東京へ逃げ、半年失業後チラシ宅配ベンチャーへ転職。しかし、そこも詐欺的FC会社でまたも転職に失敗。もはや「同級生に勝つには独立しかない」と決意し、様々なセミナーや交流会に参加後に「無料職業相談業」で起業。しかし、半年で金がなくなり、出版社:ビジネス社で文字起こしのバイトをするも先の人生が見えない。そんな1992年、実家が他人の連帯保証1億円かぶり博多へUターン。6度目の転職で広告代理店へ。同時にビジネス交流会「九州ベンチャー大学」立ち上げ。 95年、借金返済のため2度目の起業。97年完済するも実家失い親は自殺。2002年~今までの人生への復讐スタート。お楽しみはコレからだ。
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