バッハ大好き

 

つい先日こんなことがありました。しっかりしていた方ですが、尿漏れが少しずつある様になりました。今迄全く無かった方です。サービス事業所からその話を聞き、直ぐにご本人様宅を訪問しました。家の中も、今迄に無い臭いが、少ししていました。

とても言い難いことでしたが、思い切って尿漏れが少しあることをお伝えました。すると、「ああ、そう。」と静かに私の目を見て言われました。そこで、紙パンツとパットを使用されれば、外への尿漏れは無くなることをお伝えすると、「あなたがそういうなら、そうしましょう、買いに行きます。」と言われました。尿漏れ対策への運動もお教えし、紙にもお書きすると、「こんな運動があるの?知らなかったわ。やってみましょう。」そう、言って下さいました。

どうなるか、結果は先のことで、まだ分かりませんが、今回、言い難いことを、お伝えできたのは、まず、それまで築かせて頂いた関係に拠ると思いますが、何よりも、その方が聞く耳を持って下さっていたからだと思います。

ところが、これが反対の立場だったらどうでしょう。今後、私にも尿漏れが出て来ることはあると思います。その時に素直に受け止めることができるでしょうか。怪しい気がします。一つ言えることは、私の為に言って下さっていると感じられれば、少し、聞く耳を持てるのではないか、ということです。

一体、私達は相手にこうあってほしいと伝える時、「こうあってほしい。」と思う真(しん)の気持ちは伝えずに、「何でそんなことするの!」と言ってしまいがちです。例えば、ご飯を全部食べてほしい時に食べ残すと、「何で残すの!ちゃんと食べないと!」と言いがちでは無いでしょうか。私はそうでした。特に母親に対して、厳しい口調で言い捨てたりしていました。すると、母親に言った言葉なのに、私自身が嫌な気持ちになり、自分の言葉で傷ついていました。他人には軟らかい言葉で伝えても、母親に対して感情で言ってしまっていたのは、結局、研修の学びからすると、母親への依存と甘えがあったのだと思います。

言い難いことを伝える時は自分の立場からではなく、相手を思い、反対に、聞き難いことを言われた時は、事実を事実として受け止める、それはとても難しいことですが、今回の利用者様への支援から、考えさせられたことです。

難しいですが、そんな生き方に向けて、諦めずに歩んでいきたいと思います。

 

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