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2012-02-16 09:21:29

橋下徹の生い立ち観6ー堂々と胸をはって出自を高らかに叫んだ方がよろしかろう

テーマ:我が輩時事ブログ/政治

我が輩の心証では、

 橋下徹の実父は、被差別部部落(同和地区)出身

だと思う。

ゆえに、「育ちの悪い同士」として、我が輩は、橋下に対し、

「堂々と胸を張って、

  「自分は被差別部落出身者である!」

 と胸をはって出自を高らかに叫びながら、

 大阪の改革闘争を実行したほうがよろしかろう」

とエールを送りたい。

というのはこうである。


一、被差別部落問題の解決なくして「日本的自由と平等」は担保されない


我が輩は、

「日本国が自由で平等な国家・社会だというのなら、被差別部落問題を解決すべきだ!」

と考えている。

この点では、

 ー被差別部落問題はすでに解決済み

と主張する日本共産党とは異なる。


確かに、在日韓国・朝鮮人同様、被差別部落の一部には、

 ー差別されていることをウリにし

て未だに反日本国家・社会的悪行を重ねている輩がいる。

しかしながら、それは

 極めて少数の一部の者の悪行である!

と最高裁判所の中で叫ぶことができる。 


だが、しかし、一部の輩の悪行が全体のイメージに反映され、

その他大勢の善良なる同和出身者が、

未だに、傷ついているという事実を忘れてはならないのである。


過去、彼の出自について、その含むところはともかく、

①『週刊文春』2011年11月3日号

2012-02-14 00:56:51

橋下徹の生い立観5ー・・・「勝利」したのか③

テーマ:我が輩時事ブログ/政治

ある組織論では、

 3割が優秀な社員、4割が普通、3割がダメ社員

だと言われ、

3割のダメ社員に辞めてもらうために早期退職等を募集すると

3割の優秀な社員が辞めてしまい、ダメ社員が残ることが多いと言われている。


大学という産業も斜陽産業である。

会議が多く何も決まらない、

研究する時間を削られ不得意な雑用ばかり増やされる、

まともな学術論文の一つもない有名人(たとえば池上明とか慶応の元通産官僚のアゴ・イサム等)を宣伝のため教授に採用する、

わけのわからない学部(だいたいカタカナ)をつくって学力の低いお客さんをとろうとする、

等は動かぬ証拠といえる。


ある学会(創価学会ではありません。学者の組織)の全国大会で権力的な教授が

「社会科学系や人文科学系の大学教員中、優秀なのは3割で、残りはダメ教員!」

と叫ぶと、1千人中、その大部分が

「そうだ! まったくそのとおりだ!!」

と千人すべてが頷くのが大学教員と言える。

その特徴は、常に、自分はダメな7割には含まれていないという自尊心である。


ところが山口は、優秀な学者である。

北大から動かないところを見ると、

 「ひらめ判事」ならぬ「ひらめ学者」

(目が最高裁判事になりたい、と上ばかり見ている裁判官。

 だいたい検察の求刑通り国家を尊重する判決をする。しかし、良い裁判官は実は下級審にいるようだ。

 学者の場合、より著名な大学への転職を求める者)

でもなく、それ相応の哲学があるように思われる。


この強敵に対し、橋下は、孫子の兵法通り、

①有利と見せて敵=山口をTVに誘い出すことに成功した。

そして②悪口を通じて山口は激昂させ

③混乱させる、というよりは感情を害することに成功した、

という心証は我が輩は持った。


山口は客観的にいうと議論に負けたわけではない。

橋下の悪口攻撃に嫌悪感を抱き、

(なんでこんな奴と同じ土俵にのってしまったのか・・・)

と後悔した表情をした、と我が輩は観じた。


だが、しかし、問題は、TVを見ている何百万人の素人はどのように両者の対決につき

 心証を持ったのか

につきる。


橋下の「勝利」の基準は、

「いかにして選挙民にアピールか!」

これにつきる。


他方、山口は、

「いかにして橋下が、理論的に、制度的に、法律的に、まちがっているのか!」

を明らかにせんとしたのだろう。


通常、TVを専門家は見ない。

インテリは基本的にはTVを軽蔑しているのだ。

ゆえに、山口による論理的、法制度的な論破を理解できる人々は、おそらくこのTV対決を見ていない。

彼らが目を通すのは、硬派な書籍=活字である。

山口自身も、得意の鋭い論説で橋下批判の論陣をはるだろう。

だが、硬派な書籍は、悲しいかなアピール度が弱く世論とはなりにくい。


対するTVは、アピール度が極めて高い。そもそも数が違うのだ。

選挙に投票する有権者は、おもしろおかしくこのTV対決を見ていたに相違ない。

彼ら彼女らは観じたに相違ない。

「むっつかしいことは、どうでもええねん。

 わからへんわ。あの山口とかいうオッサンの言うことは、

 要するにやなぁ。

 橋下に投票すればなぁ、あてらが儲かりまっか、ということやねん」

(JTA大阪・神戸の諸君!この関西弁でいいんか?)


我が輩が審判なら、

「橋下の作戦勝ち!」

と叫ぶだろう。

なぜならば、橋下は、政治の素人の有権者受けを狙っているからである。

そうであるとするならば、そもそも山口に論理的に勝つ必要はない。

とにもかくにも、堂々とかっこよく、政治学界の重鎮・山口とケンカすればいいわけだ。


逆に、彼は自分自身が玄人受けする人間ではないことを知っている。

論より証拠。

政治や行政等の優れた一流学者で橋下を支持する者はいないはずだ。

むしろ反橋下の論陣を張っているか、

「まぁ、数年で飽きられるだろうから」

と学者のよくやる逃げの手口

「あんなんと同じ土俵にのると自分の価値が下がる」

と考え、静観する者がほとんどだろう。

だが、この層は、選挙の結果を左右するほどの数がいないので、

橋下が無視しても良い集団であるとも言えるのだ。


以下その6に続く

2012-02-10 23:37:30

橋下徹の生い立ち観4ー橋下徹は如何にして山口二郎に「勝利」したのか②

テーマ:我が輩時事ブログ/政治

ハンレイが用いたのは、敵の意表をつき混乱させることだった。

有り体にいうと、「ウソ」ではないが、予想もしない非正攻法で敵を叩きのめす作戦だった。

心証的に言うと、橋下が山口に「勝利」したのは、この

 予想もしない非正攻法

だったと思われる。


それは何か、といわれれば、

 悪口のつぶやき

だった。


TVの画面上、キャスターが左側に2名、真ん中に橋下、右端が山口。

橋下も山口も、相手を見ながら議論するというよりは、

TVカメラに向かって、

すなわち一般視聴者=素人に向かって語っていた。

政敵の表情をじっくり見ることはせず、政敵から発せられる「間違った主張」を

橋下は左の耳で

山口は右の耳で聞きながら、それぞれが反論したというわけだ。


ところが、議論の最中で山口の表情が

(なんて奴だ)

と曇ったことに気づいただろうか。


それは橋下の主張に論破されたからではない。

山口が自説を展開する最中、

橋下が、横から「悪口」をつぶやいたのだ。

我が輩の記憶がたしかなら、大略

「学者は実務をわかっていない!」

「学者はチマチマ文句だけを言う!」

「本だけを読んで何もすすみません!」

「本を読んでグチャグチャ言うだけ!」

等々。

橋下は、自説を主張する際にも、学者に対する「悪口」を

学者である山口に言ってのけたのだ。

しかも何百万人も見ているであろうTVの前でだ。


学者という人種は、実のところ、悪口に極めて弱い。

我が輩の知人にも、同僚の「ダメ助教授」から

「君はおかしい!」

と怒鳴られただけで躁鬱になって入院してしまった人がいた(現在は東大教授)。


これは、子供の頃から、勉強ができて周囲からいつも褒められてきた秀才系に多い。

そもそも悪口に強い育ちの悪い人は、

「インチキ人事」(旧帝国大学系に多い。公募でありながら、実は決まっている人事等)でない限り、

専任教員には採用されない。

採用の際にはかならず学閥を通じて(各大学院には必ず専任教員出身大学一覧辞典がある)

 ーこんどうちの大学に応募してきたA君はどういう人物か?

という内偵がはいるからである。

大学院生が指導教授等に嫌われたら、勝海舟の臨終の言葉コレデオシマイとなる。

「あぁ、A君ね、悪いことは言わないからやめたほうがいいよ」

ということになる。

逆に、好かれていれば、

「A君は私が自信をもって推薦できます!」

とホメ殺してくれる。

学歴が高く、留学経験があり、英語が読め、博士号があり、論文が1本以上等々で人選されるのだが、

採用する側としてみれば、そもそも専門外の者が、学問的に重なり合っているというだけで選ぶのだから、

「無難な人」

を選ぶのが人情なのだ。

実力があっても、トラベルメーカーになりうる人は敬遠される傾向があるのだ。

稀に、ねこをかぶっていた者もおり、後で決まってトラブルを起こし

「誰があんな奴をとったんだ!」

と非難される場合もある。

もちろんすべてではないが、傾向的言えば、「経歴の良いおとなしい人」が採用される。


だが山口は人相から見ても「おとなしい人」ではない。

知能犯のような鋭い顔をしている。

しかも政治学の重鎮である。

業績も多く、議論も不得意ではないし、民主党政権を樹立した協力者であり、実際、

今では

 空手形乱発の詐欺事件

とも言える民主党マニュフェスト作成者の一人でもある。


しかし、山口ほどの優秀な学者も、ある弱点がある。

それは

 自分が口を開けば他人は耳を傾ける

という紳士的な議論に慣れすぎているという点だ。

「先生!」

「せんせい!」

「センセイ!」

森昌子が歌ったように

「それ~は~せん~せ~い!」

とちやほやされる環境に慣れすぎているのだ。


これは日本の大学教育の特徴でもある。

授業が常に一方通行であり、学生はただ教授の講義に耳を傾けるだけである。

学会でも(創価学会ではありません。学者の集まり)、論敵であったとしても、その意見を遮るようなことはしない。
かならず相手に話す機会を与えて議論するのが決まり事だ。

ましてや悪口などはもっての他。総スカンをくらってしまう。


山口ほどのエリートなら総理大臣でも耳を傾け、その主張に耳を傾けたに違いない。

であるがゆえ、山口の表情には、

橋下に対する嫌悪感があふれていたように我が輩は観じた。

あきれていたのかも知れない。

しかも山口の方がはるかに年長者だ。

(こいつは無礼ではないか!)

という表情をしていたと我が輩は観じた。


他方、裁判でも、弁護士は、裁判官の心証を悪くしないため、相手の悪口を言うことはない。

交代交代で「正義」を論証するはずだ。

だから橋下の弁護士の経歴とは関係がない。


しかしながら、政治の世界は異なる。

国会答弁を見れば明らかだろう。

ヤジのオンパレードだ。

ヤジで政敵の失策・失言を期待するのが政治の常套手段だ。


自宅の神奈川県大磯から国会議事堂まで

「直線でまっすぐ踏切もなく、混まないで走れる道路をつくれ!」

と命令し、国道一号線の横浜・藤沢間に有料バイパスを建設させた吉田茂(敗戦後の首相。ワンマン宰相と呼ばれたため、この区間はワンマン道路と呼ばれた)が演説中、野党のヤジにキレてしまい

「馬鹿野郎!」

と怒鳴ったため、野党が激怒し、解散に追い込まれた「馬鹿野郎解散」は有名な話だ。



以下その5に続く
2012-02-07 22:25:58

橋下徹の生い立ち観3ー橋下徹は如何にして山口二郎に「勝利」したのか①

テーマ:我が輩時事ブログ/政治

今我が輩は、いつものとおり新幹線米原発の最終電車で東京へと向かっている。

 彦根は明日から雪および強い風!

だから、「交わし防御」しているわけではない。

 火曜日の最終電車に乗らねばならないシンデレラ坊主(ボーイという歳ではない)

だからそうしているわけだ。


さて現実をリアルタイムで変えなければならない政治の世界では、交わし防御は向かないしすべきでもない。

今が旬!の政治家・橋下徹は、政敵(論敵)の山口二郎(北大教授)とTVで直接対決した。

いわば「口でのタイマン」をはったわけだ。


タイマンを張る決意を固めた以上、男子たる者は勝たねばならん。

勝つためには、作戦が不可欠だ。

作戦には、「ウソ」が多い。


私的な些細なインチキをウソという。

だが、公的な「正義」の表徴=戦争で敵に勝つために用いる「ウソ」は戦術と言い、かつては武略といった。

建前上、世のため人のために存在するはずの政治の権力闘争で用いる「ウソ」は政略と言う。

松下幸之助の「水道哲学」を表面上は支持している企業(単なる金儲けなのに、世のため人のためと社長が言い張る企業)が、自社の製品を売るために用いる「ウソ」をマーケティングというのかも知れない。


しかし、橋下は現職の大阪市長、対する山口は現職の大学教授。

そもそも戦うリングが違うため「ウソ」は有効ではない。

かつてオウム真理教の広報担当者が、

 ああ言えば、ジョウユウ

と笑われたように「禅問答」になる可能性が高かった。


しかし、TV公開対決!

という同じリングにのった以上、勝つためには「ウソ」以外の作戦が不可欠だ。

問題は、誰が、いずれを勝者と判定するのかにある。

これは玄人ではない。

 一般視聴者=ど素人!が審判であった!

ということに特色があった。


『孫子』によれば、

 兵はキ道なり

という。

戦に勝つためには、彼我双方の優劣を比較する必要がある言う。

その上で

①有利と見せて敵を誘い出し、

②敵を激昂させ、

③混乱させて撃破すべきであると説いている(他は省略)。


これを橋下VS山口にあてはめると、玄人目には、客観的に有利なのは山口であった。

政治や行政等の理論の蓄積がそもそも異なる。

民主主義の弊害が叫ばれてはいるが、日本が独裁国家ではない民主主義国家である以上、

理論的に橋本が勝てる見込みはなかった。

しかも、なんだかんだといっても橋下は、政治歴4年程度の新人だということを忘れてならない。

弁護士という経歴は、一般人が考えるほど、専門家の世界では重みがまったくない。

たとえば、法制度上、司法試験を審査し、弁護士等を教育するのは大学の法学部教授なのである。

ゆえに法学部教授は、6年間勤務経験があれば司法試験に受からなくとも弁護士登録ができる。

(民法、刑法等の専門科目の制限有り。今はこの制度があるのかどうかは知らない)

ゆえに山口は①と信じて直接対決にのぞんだ。自信満々だったと思う。


問題は、山口が、

 TV対決が素人の印象による判定

だということにつき油断があったという点だ。

逆に、橋下は、それをよ~く知っていた。

なぜなら、彼自身が、TVによるイメージ戦略で最も恩恵を受けている時代の申し子だからだ。


『春秋左伝』(紀元前8~5世紀の春秋戦国時代を著した書)は、

臥薪嘗胆で名高い呉と越の戦いを記述している。

呉が越に攻め込んだ際、越の名宰相・ハンレイ(字が難しくでない。我が輩が好む英雄)は奇策により

優勢な呉軍を打ち破った。

奇策とは、死罪が確実な罪人(『史記』には人数の記述なし。陳瞬臣『小説十八史略』は60名とあるが不明)に

「見事、言われたとおりにしたら、罪を許して功労を讃え、子孫の面倒をみる!」

と激励。

罪人達は奮い立ち、三列で呉軍に攻め込み、

一列ずつ呉軍の陣地直前で抜刀し、自らの首を剣で切り、壮絶な自死を遂げた。


3度続けられた自死。

予想もしなかった呉軍の兵士は、うろたえ大いなる動揺をした。

兵器が稚拙な時代の戦争の勝敗を左右したのは、兵士の志気だった。

呉軍の一部は、自ら憤死した越軍(罪人だとは知らない)の覚悟に恐れおののいた。

ハンレイは、その隙を見逃さず一挙に攻め込み、優勢な呉軍を蹴散らし、呉王を倒したのだ。

(呉王・コウリョは死に、息子の夫差が王位につき、後、越王・コウセンを打倒。

 降伏したコウセンは、数年後、夫差を倒す。この二人の復讐の物語が臥薪嘗胆である)



以下その4に続く

2012-02-04 00:52:50

橋下徹の生い立ち観2ー山口二郎(北大教授)とTV対決、ケンカのやり方を知っておます

テーマ:我が輩時事ブログ/政治

今我が輩は、東北の雄都・仙台にいる。

雪は積もっているが降ってはいない。

どうも我が輩は、

 晴れ男!

のようであり、

「ふっふっふっ、明智君! JTA秘技・かわし防御を得意とするボチの勝ちだね」

とつぶやいてしまう。

というのはこうである。


東京で久々の雪が降ったときは彦根におり、

東京に移動すると快晴となり、他方、九州には雪が降ったらしい。

佐賀福岡テコンドー大会参加すべく飛行機が離陸・着陸できるか可か否かで少々心配し、

「我が輩が雪で行けなくとも、あるいは飛行機が落ちても、大会は実行するように。それが供養になる!」

と廣川、北川、大佐古、梅北等にメールで指示したが、当日の佐賀は快晴。

天気予報では火曜日から雪になる、

と予想していたが快晴。

無事、東京に戻ると、彦根は30年ぶりの大雪とのこと。

東北の仙台に行けばさぞかし雪が・・・と思いきや雪は一粒も降ってはいなかった。


同様に、恐るべき自然災害に遭遇したことも48年間一度もない(たとえば、3.1には大阪にいた)。

だが、自然災害がおこる数日前には当該現場にいたことがしばしばあった

(たとえば、阪神淡路大震災3日前に神戸長田にいた。

気がかりなのは、我が輩が去った後に、事件がおこる、ことだ。

今日も、我が輩が品川駅で乗り、そして東京駅で降りた京浜東北線にJRの職員が飛び降り自殺したらしい)


「自然災害は予想が難しく、基本的には人事をつくしながらも、運を天にゆだねるしかない。

 武道テコンドーで涵養した平常心が威力を発揮するのは、二次災害回避の冷静な判断時である」、

というのが我が輩の持論だ。


しかし、「自分にとっての人災」は、十分、予想できるし、十分、対処できる。

 巧言令色少なし仁、

という。

うわべだけの笑顔や礼儀礼節等を見抜くことが我が輩は得意であり、

ほぼ一瞥で当該人物の内心を見抜くことができる。


だが、若い頃とは異なり、たとえ悪人であろうとも、たたきのめすことは極力避けることにつとめている。

 盗人にも三分の理がある、

と言われるが、

現代ほど悪人がのさばっている時代はない。


かかる悪人と不毛な戦いをし、限られた時間を浪費することが惜しいのだ。

ゆえに、悪人が自ら消えてくれるか、改心するかで気長に待つことにしている。

あるいは接点を少しづつ遮断かつ無くしている。

これも我が輩の「人事の交わし防御」だと認識しているが、

JTAでは悪人に遭遇することが少ないため、この技を使うことはあまりない。


しかし、政治の世界は事情が異なる。

とりわけ、動乱の時代、不安定な時代等、世が乱れ、人心が荒んでいる時代はそういうわけにはいかない。

普天間基地問題大混乱から始まり、深々として進まない震災復興等、

民主党政権の体たらくを目の当たりにしている現代日本では、

野心的な政治家が自己の政策とは相容れない「悪人」をいかに速やかに打倒するかが鍵となる。


現代日本の政治家で上記を具現化しているのが橋下徹だ。

週刊誌の文春や新潮に

 橋下は被差別部落出身である!

と暴露されても、なお大阪市長に当選し、大阪のみならず国政をも変えようと意気盛んである。


我が輩は、橋下が被差別部落出身であることを嬉しく観じている。

我が輩の学問上の研究客体は、在日韓人や被差別部落等のマイノリティーであり、

かかる不幸な生い立ちから、

 世のため! 人のため!

と叫びながら上昇していくことが可能な社会こそ優れた社会であると信じるからである。

 

実は、現代日本で元気があるのは、マイノリティーなのである。

経営では孫正義

学者では姜尚中(少し前に手紙を書いたのだが、「中」を「準」と間違ってしまった。怒っているだろうなぁ)

芸能界では、たくさんいるが、最近、癌で療養したT(そろそろカミングアウトせい! 顔面登録なんだから)
身体的能力の高い若者がしのぎを削るプロ野球では、ダルビッシュ有(父がイラン人→かなり虐められたらしい」)

政治では、橋下徹というわけだ。


彼らに共通するのは、生い立ちからなる

 満たされぬ思い

だと断言できる。

「歴史は常に満たされぬ者が改革する!」

というのも我が輩の持論だが、

「揺るぎない自己に対する自信は、他者に対する不信感の裏返し!」

というのも河明生説なのである。


橋下は、改革者たろうとしている。

「正義は立場を変えれば変わる」

というのも我が輩の持論だが、

政治上の改革を叫ぶ者には、かならず政敵が表れ、改革者が叫ぶ正義が欺瞞である!、と主張する。

橋本の政敵の一人が、政治学者・山口二郎(北大教授)である。


山口は、民主党、とりわけ小沢一郎の政策ブレーンであったが、最近は民主党に失望しているらしい。

だいぶ前になるが、山口が助教授の頃、TV報道番組に登場し、鋭い論説を主張したことがあった。

「あぁ、この男は切れ者だなぁ」

と観じていた。
だが、橋下が登場して以来、橋本の言動について批判的で

 ハシズム!

という造語をつくり、政敵となった(政治家と政治学者は政敵たり得る)。


橋下徹対山口二郎。

1月15日、たまたま偶然、両者がTV朝日に生出演し、直接対決するシーンを見物することができた。

我が輩は

「あぁ、橋本は、ケンカのやりかたを知っているよなぁ」

と観じた。


我が輩の関心事は、

しっかりした理論と民主党政権を誕生させた功績のある論客・山口に対し(最近、本人は後悔しているらしい)、

新進気鋭の橋下(客観的に見て政治歴4年程度の新人である)が、

いかに挑むのかにあった。


以下、仙台審査後、その3に続く。



2012-02-01 12:33:18

日本テコノドー協会小論文には名作が多いけん!(2012年1月)

テーマ:JTA宗師範日誌

今我が輩は大分空港にいる。

これから羽田に飛ぶわけだが、

寅さん同様、

「あの、鉄のかたまりがどうして空を飛べるのか?」

に近い非科学的感性を有している。

であるがゆえ、九州の空港の中では羽田への最速(帰りは1時間20分以下)の

「大分空港をつかうケン!(大分人は語尾にケンをつけると。語尾にトをつけるのは福岡人らしい)


他方、電車の旅は、感性をリフレッシュできて心地よい。

20歳から22歳にかけてユーレルパス(ヨーロッパ鉄道フリーパス)を利用し、

三度ほど

 テコンドー貧乏武者修行

をしたことはすでにふれた。


この旅が我が輩の感性を磨いたことは明らかである。

車窓を眺めながらの人生哲学や読書は、我が脳を覚醒させてくれる。

偉大な発明や発見、芸術等は、その多くが旅から生まれる。

もとよりそれは研究室・実験室やアトリエ等でのたゆまない努力の賜であることに異論はないが、

四六時中、同じ空間に閉じこもっても、ダメだということだ。

りんごの落下を見て偉大な発見をしたニュートンの例をあげるまでもなく、

やはり考える葦たる人間には、心地よい空間移動は有意義である。


我が輩は、電車に揺られ、車窓からあふれる太陽光線を

 シュワッチぃ!

と叫ぶわけではないけれど、浴びながら

日本テコンドー協会審査課題の小論文を読み込むことが多々ある。


かつて講義を担当していた大学では、

「ほんま、あんたはんが、書いたん?」

(関西弁のつもりだリン。愛知の東側、そう、あの強そうな人がたくさん住んでいそうな蒲郡(ガマゴオリと読む)付近の人々は語尾に「リン!をつけます」と都築が訴えていた)

と叫びたくなる衝動にかられる「単位ほしさの盗作レポート」が多かった。


しかしながら、我がJTAの門人・会員らの小論文にはそのようなものはない。

力作が多く、名作もある。

文章のうまさを問うているわけではない。

「人間は誰しも自己の体験から小説が1作は書ける!」

と言われているが、

 ーあなただけの貴重な体験・経験あるいは名文・名言

を我が輩は期待しているのだ。

 ー文字は人なり

というが

 ー文章は人なり

とも言う。


とかく人間は見栄えで判断しがちだが、

我が輩に関して言うと、見栄えや経歴、言葉だけで人格を判断することはない。

そんなものが

「嘘っぱちだぎゃぁ!」(→尾張弁で織田信長が使っていた)

であることを、そろそろ日本人は気づくべきだと考えてもいる。

有り体にいうと、

家柄がよく、学歴がよく、容姿もよく、経歴も立派で、いいことばかり言う連中が、

今のダメな日本を作ってしまった・・・

と気づくべきなのである。


JTAの昇級・昇段は、世界の武道界では唯一のシステムである。

おおむね好評である。

感謝の弁も多い。

それはきっと、既存の教育機関が、知識・技術修得偏重だからだろう。


書き終えた門人・会員に多い感想は、

たとえば、大学生ならば

 ー親孝行というものをはじめて考えさせられました

たとえば、小学生ならば

 ー文武両道の意味をはじめて知りました

等々、

 はじめて

という感想が多いのだ。


諸君!

ただ肉体的に強くなるのはむなしい!

JTAの審査を通じて自分自身を振り返ることが大切だ。

歳がいくつでも遅くはない!

かつての自分、そう少年の心、少女の心で書いて欲しいものだ。

真剣に小論文課題に向き合えば向き合うほど

 はっ

と「開眼」するはずだ。


佐賀から鳥栖・久留米を経て湯布院、そして大分から別府へ。

鈍行電車に揺られながら(特急料金を節約しとると)

小論文を熟読し

「いい表現だなぁ」

とか

「すなおな文章でんなぁ」

とか

「するどい指摘!」

と一喜一憂。

車窓に飛び込むありふれた景色を見ながら

「人生はいい!」

と観じる硬派感傷主義であった。

2012-01-28 18:03:29

立ったまま・歩きながら食べて飲む、それは1970年銀座・マクドナルドから始まった

テーマ:旅の空から/関東

み~やこ~の北西いぃ(早大は西北)、

バカ田の森にぃ~・・・

われらが母校ぉ~

バカ田! バカ田! バカ田!バカだぁ!

と熱唱したのは、天才バカボンのパパだった。


当時、この歌は、早大生に受けていたらしい(団塊の世代)。

昨日、JTA評議員・伊東孝之教授の最終講義に参加し

久々に早稲田大学に行った。


だいぶ前に、

「河さん! 自分が担当している早大の大学院生の前で講演をしてほしい!」

と知人の某教授から依頼され、早大に行ったのだが(上記の教授ではありません。当時、伊東教授は北大勤務)

講演と言うよりは大学院の授業だったので、いささかひいてしまった覚えがある。

その後、某教授が近くの大衆中華料理店で中華丼と餃子、酒を少々ふるまってくれた。

総額980円!(だったと思う)。

酔っぱらってしまった某教授が

「河さん! ぼくはねぇ、敗戦直後の若い頃、

 進駐軍(占領軍=米軍)相手にポンビキ(若者よ、ポンビキについては各自が調べてなぁ)してたんだよ!」

と叫んだのだが、

「おお! ポンビキですかぁ? それはそれは(確かに、バカだ大学かもな・・・)」

と観じたことが記憶に新しい。


最終講義は盛況。

義弟夫妻と約束していた夕食が彼らの急用でキャンセルとなり、

有閑マダム御用達の銀座資生堂パーラーをキャンセル。

(さてさてどうしようかぁ、せっかく都心に出てきたのだから)

と急遽相棒を物色。

早大前の公衆電話から

①TBSのH君に電話

→「今どこ?」「家です」「あぁ、そうか、しっかり休んでね」云々


②東大特任准教授のH君に電話

→「今どこ?」「山形です」「あぁ、そうかそれじゃ無理だね」云々


③格闘技ジャーナリストのY君に電話

→「今どこ?」「自宅です。大地震に備えてデーターを云々」「あぁ、仕事の邪魔はできないよね」云々


④最近、朝日新聞本社勤務となった記者のC君に電話しようと思ったがあいにく電話番号を控えてなく断念。


結局、「とりあえず銀座に行き、銀ブラでもして帰ろうかなぁ」

と地下鉄で銀座に向かった。


以下その2に続く


2012-01-25 01:08:58

JTAクラブが薩摩郷中から学ぶべきは心のさわやかさ(4)ー薩摩式ケンカとJTAの組手

テーマ:JTA会長日誌

思うに、

 立派な男子(大丈夫といった)

の徳目は、

 勇気・勇猛と潔さ

である。

これは、私心のない

 心のさわやかさ

が精神の核をなしている。


心のさわやかさは、理屈で涵養できるものではない。

昔の薩摩は、江戸時代という太平の世にありながらも、それを知っていた。

尚武の風土をかたくなに守り、郷中を通じて青少年に戦国同様の精神をたたき込んだのだ。


他方、徳川の家臣達も天下をとるまで、それがあった。

しかし、大阪の陣を境に、漸次衰退し、

幕末にはほとんど使い物にならない

 形だけが武士

という臆病者が多かった

(幕臣の多くは江戸城総攻撃前や戊辰戦争の時、隠居願いをだし、10歳未満の子に家督をつがせている。

 これは命惜しさに逃げるためだと言われている)。

かろうじて気骨があったのは、相続から排除されていた次男以下の者達だった(長男が独り占め)。

また「歴史は満たされない者が改革する!」という持論のとおり、

下級武士から優れた人材が輩出された。その典型が勝海舟だった(武士の身分を盲人の先祖が買った)。

加賀100万石も同じで、明治維新の際、輩出したのは、

大久保利通を暗殺した島田ら不平氏族だけだった。

平和に慣れ親しみ、相続した身分と財産だけで威張り散らしている連中は、

滅ぶべくして滅んだと言えるだろう。


では薩摩はいかにして太平の世で青少年を鍛えたのであろうか?

その中心的な役割を担ったのが郷中である。

薩摩では、親公認で子供同士のケンカを奨励したという。

幼い頃から子供達の勇気や勇猛なを涵養するためである。

同時に、相手が自分よりも強いとか、大きいとかで

尻込みする臆病を卑しむ廉恥の心をたたき込まれた。


子供のケンカというのは、体格よりも気合いで勝負が決まる。

誰が見ても負けそうな子供が、

負けると分かっていても、

強者に立ち向かうという勇気を奮い立たせることに意味があった。

同時に、負けることを恐れないという意味で

 己の弱い心(=臆病)に克つ=克己の精神

をも涵養した。


我が輩の好きなキャプテン・ハーロックの名言

「男は負けるとわかっていても、戦わなければならない時がある!」

まさにこれだ。


もちろん弱者が強者にケンカで勝つことはない。

弱い方がぼこぼこにされるに相違ない。

しかしだ。

薩摩の郷中でのケンカにはルールがあった。

第一に、ケンカの後は怨恨を残してはならない

第二に、ケンカに勝っても負けても相手を称賛しあうことだった

(加来耕三『日本人は何を無くしたのか』参照)

つまり素手で殴り合った後で相手を認め友情を育んだというわけだ。


(実のところ我が輩が通っていた頃の朝鮮高校にはこういう風土があった。

入学式を終えると各クラスごとで「タイマン合戦」がおこり、

そのクラスで誰が一番ケンカが強いかを競い合った。

しかし、一番強い者が番長としてえばるということはなかった。

逆に、タイマンで負けたからといって子分になることもなかった。

もちろん強者は「尊敬」されたが、

強者に挑んだ「弱者」に対しても、それ相応の敬意が払われ、「英雄」になった。

中3の頃、1年上のあまり強くなかった先輩が、その代で一番強いと言われた他校の番長にタイマンを挑んだ。

 当然、ぼこぼにされたが、

「あいつは勇気がある!」

と絶賛され、「英雄」になった。

 逆に、普段、えばっていた1年上の男が、実は臆病だったことがばれ、密かに「軽蔑」された。

おそらく朝鮮高校の風土は、薩摩の風土が、どういう経緯かはわからないが伝播したものだと思う。

 ー日本で一番強いバンカラ高校

はこうして短期間で融合し、国士舘や暴走族との戦いに挑んだと思う)


日本テコンドー協会は、組手試合で、相手を蹴り、そして突いた後、

「遺恨を残さず、かならず握手すること!」

が掟であるが、それは薩摩郷中の精神と相通じるものである。

ゆえに、試合を通じて仲良くなるケースが多いのだ。


以下その5に続く

2012-01-24 13:13:01

JTAクラブが薩摩郷中教育から学ぶべきは心のさわやかさ(3)ー薩摩式ケンカと組手

テーマ:JTA会長日誌

今我が輩は新幹線の車窓から

 蹴美な富士山!

を眺めている、えへん!

といいたいところだが、

あいにく雲がかかっており

 ストリップ状態富士山

なのが残念である

(朝高1年の頃、同級生が、はじめて見た!、と感動して泣いていたなぁ。富士山ではありませんが)。


初旬から

「蹴武型・南洲(西郷隆盛)から涵養すべき清廉(せいれん)」

という題名の論文を執筆するため

 西郷隆盛関連書籍34冊を読破!

したため、

久々に大学院生時代の感性に戻ったようで晴耕雨読状態。


ここ数年、

 堕落した私利私欲のエリートどもの醜態

に対する危機感のためか、

歴史学者による明治維新関連の労作が続々と発表されている。

(たとえば、西郷隆盛(蹴武型・南洲)や坂本龍馬(同・龍馬)と縁の深い勝海舟の実像を実証した

松浦伶『勝海舟』は、1千頁の労作であるがゆえ、分厚さを見ただけで著者の情熱を感じたね。

勝から見た西郷や龍馬を再度確認しようと読んだわけだが、

 西郷や坂本から勝にあて手紙が少ない

意外にも、あまりない、というのが興味深かった。

また松浦は、他の論文で勝海舟の『氷川清話』が実は「改ざんされていた!」という事実を明らかにしている)


彼らは明らかに、

 明治維新のエリートの公的姿勢!

 人の上に立ち、立とうとし、実際、立った者の公益の精神!

を世に問うていると考えれる。


さて西郷の精神的基礎を涵養したのが郷中であった。

前述したように、先輩が後輩を指導する青少年組織の郷中は、

 心のさわやかさ

を重視したという。

その際、奨励されたのがケンカだった。


以下その4に続く。


以下続く

2012-01-19 23:25:47

おかしくない?2012年1月ー銀行の法人税免除。消費税増税推進・財務官僚の天下り先優遇

テーマ:日本国を憂う

「我が輩もハルベ(爺さん。アボジの故郷の方言)になったのかな・・・」

早朝4時30分にめざめてしまった我が輩。

 コホッ

と咳をしながら日本茶を飲むことはなかったが、

京都加茂川を眺めながら久々に日経新聞に目を通した。


経済4面の記事。

 金融庁が金融機関に高額報酬の開示を義務化

という内容。

先進国の金融監督当局は、リーマン・ショック等の金融危機は、

金融機関従事者(トレーダー、ファンドマネージャー、執行役員等)の報酬があまりにも高額なためと分析。

あまりにも高額な金を獲得するため「過度な利益追求を助長したと反省」したという。

そこで同じ過ちを繰り返させないため、

 いったいおまえらはいくらもらっているのか?

ということを明示させることを金融安定理事会(FSB。主要国金融監督当局で構成)が決め、

その決定にそって金融庁が上記を決定したという。

そして信用金庫や信金等の非上場金融機関にも役員報酬等の開示を求める方針だという。


他方、同じ4面の最下段の『週刊文春』1月26日号の広告。

野田内閣よ、「消費税の前に銀行から30兆円法人税を取れ!」とある。

記事は読んではいないが、おそらくかつての金融危機の際、

東京三菱UFJ等の一部の金融機関をのぞき公的資金を資本注入して以来、

銀行等は法人税を支払っていないことを批判したと思う。

「まだ払っていないのか!」

と呆れて空いた鼻がふさがらなかったよ。


はっきり言って現代の金融業者は、

 ベニスの商人のシャイロック!(あくどい高利貸し)

と言えるかも知れない。

考えているのは、自分の銀行の繁栄と自分の報酬のみ。

自分たちのミスでつぶれるところを税金で助けてもらいながら

未だに法人税を払わないでいるにもかかわらず(免除されている分、持続的に公的資金を投入しているのと同じ)

合法ではあるが、あくどいことをしながら暴利をむさぼろうとしているのだ。


我が輩はバブル期(1986ー1991)に20代で、

この時期の金融機関が

 オール経済ヤクザ!

だったことを知っている。

鬼門に入った橋本龍太郎さんが、大蔵大臣(現財務大臣)の頃、

どじょう総理同様、大蔵官僚から請われるままに不動産融資に対する総量規制を強行。

その結果、銀行等があわてて債権回収に走り、バッタバッタと不動産会社や金貸しが倒産。

バブル不況に突入する契機をつくった。

しかも首相在任中は、これまた「絶対あげません!」と言っていたはずの消費税を5%にあげた。

この頃、アジア通貨危機がおこり、韓国等はIMF管理下にはいり、日本は長期不況に突入。

 失われた10年

といわれている。


金融通貨政策を失敗したのは、今も昔も財務省(大蔵省)と日銀。

しかし、その責任を一切とらないのが、今も昔も財務省と日銀。

であるにもかかわらず、今も昔も、地位と報酬が約束されているのが財務省と日銀。


彼らの報酬を担保しているのが、天下り先の銀行等の金融機関。

企業を育てる等たいした功績をあげてもいないのに、

政府の手厚い保護下で数千億円も利益を上げていながら、

15年も法人税を払わないと言うのは

「おかしくない?」


税金を払わないのに、金融機関の「上層部」の退職金は億単位だからね。

「上層部」の大部分は、生え抜きではなく財務省の官僚。

つまり財務省の連中は、自分の退職金を増やすために、法人税を免除しているといえる。

おまえらは恥ずかしくないのか。

消費税を上げる前に、数千億円も収益をあげているメガバンク等から法人税をとるべきだろうガンダム!


『週刊文春』が指摘する

 30兆円!

がいささかオーバーだとして、2割減割り引いても24兆円。

5割減でも15兆円もとれる。


他方、消費税を5%アップした場合、

 税収は約10兆円増える、

見込みだという。

しかし、これは

「とらぬ野田の皮算用だ!」 →野田総理は、どじょうよりも、狸に似ている。

と財務省の前で叫ぶことができる。


あのETのような竹下内閣が消費税を導入した時も駆け込み需要が殺到し、消費が鈍り、

3%から5%にアップした際も同様のことがおこったと記憶している。


今の世界的な信用不安の最中、5%アップするとなれば、どうなることやら。

人心はかつての増税時よりも遙かに乱れているから、

金融資産をもつ高齢者が消費を控えることは十分予想されるし、

消費に意欲的な若い世代は、可処分所得が低いため買いたくても買えないため

専門家と称する連中が言うほど税収がのびるとは思えない。


しかも、消費税増税分、法人税や住民税等を下げるだろうから、

消費が極端に冷え込まなければ、

増収は多くても1兆円、少なければ4千億円強増程度なのではあるまいか。


それならバブル経済もリーマンショック等、

自分の過失で大損し、

あるいは顧客に大損させている銀行等の金融機関から

法人税を徴収した方がはるかに合理的かつ確実なのだ。

日本経済に役に立っているとは言い難い金融機関を優遇する必要性が

麗しの新日本人にはわからないのだが

読者諸氏はわかりますか?


不思議なことに、検索サイトで

 法人税免除 銀行

と打っても最新のが出てこない。

すべて古いものだけだ。


これは金にものをいわせて削除させている可能性が高い。

たとえば、我が輩が、

 約300億円も粉飾決算しながら上場廃止を裏技で免れた日興コーディアル

について批判したブログはすべて検索サイトから削除されている。

「そんな金があったら、法人税払え!」

と憤るのは我が輩だけであろうか。


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