2016年9月19日 御逝去された渥美先生(盛岡医療生協元理事長、川久保病院名誉院長)の人となりについて、短文では伝えきれないがいくつかエピソードを残しておきたい。

 

以下、9月24日葬儀での僕の弔辞から引用する。

 

先生は臨床医として眼科医として、そして勇敢な活動家として数奇な人生を歩んでこられました。東京でお生まれになり、父上と共に秋田県小坂鉱山で少年期を過ごす中で「貧困と格差」「差別と階級」を肌で感じ取り、その後の人生に大きな影響を与えたと話しておられました。岩手医大卒業後は北海道にわたり炭鉱労働者の中に飛び込み、北海道勤医協芦別平和診療所の初代所長としてその立ち上げに尽力しました。1954年夏のことです。その芦別平和診療所は一昨年60周年を迎え、今でも地域のいのちと暮らしを支え続けています。

 

その後いわてに戻られ、眼科医としての研鑽をつみながら岩手医大教職員組合の委員長も勤め歴史に残る「ニッパチ闘争」を闘うなど、ここでもその歴史に名を残す活躍を見せました。後に眼科教授から強く助教授就任を推されたにもかかわらず、「つい先日までの労組の委員長を助教授にさせるわけにはいかぬ」と医大理事会は断固登用を拒否。しかし、当時の眼科学教室では渥美先生の人望は厚く、ついに先生の医大在職中は教室に助教授を置かず、「助教授待遇」として仕事をさせたというエピソードがあり、これも先生の人柄を表す出来事と記憶しています。

 

 

先生は盛岡民診設立準備委員会発起人のお一人であり、医大の要職を辞して1973年1月に開設した川久保医院に7月から着任。明治橋から南には眼科が一軒もなかった当時、先生の着任で外来患者が一気に数倍に増え、初期の経営危機を脱したことも語りつがれています。その後、川久保病院長を1977年からから20年間、理事長を1991年から10年間担われ、医療活動と社会保障をよくするための運動の先頭に立って奮闘されました。その後も、名誉役員としてのみならず長きにわたり診療の最前線で医療生協の発展にご尽力頂きました。 その頃盛岡医療生協は医師不足が深刻で、経営的にも最も困難な時期であり、先生の指導の下これに耐え、乗り越えたからこそ、今日があるといっても過言ではありません。

更に渥美先生は、沢内村でトラコーマが蔓延した際に現地に入り保健指導と治療にあたり、その終息に尽力されました。そして熊本県水俣に赴き、希少な眼科医として水俣病の検診に参加し目の合併症の診断に寄与しました。まさに全国区の活躍です。渥美先生の奮闘は長く盛岡医療生協、そして全日本民医連の歴史に刻まれることでしょう。

 

最近の5年ほどは特別養護老人ホームの建設を自らの最後の仕事と決め、執念を持って取り組んでおられました。自らが医療生協の理事長だった時に掲げた「終の棲家を作る」という目標が完結していないことを心残りに感じていたのでしょう。計画が順調に進むのを見守り、もうすぐ先に予定されている起工式・地鎮祭では「「鍬入れ」に参加するのだとリハビリにも意欲的に取り組んでいた姿が忘れられません。

 

今また、貧困と格差が拡大し、住民のいのちと暮らしが脅かされる、そんな「戦前」を思い出させるような情勢が広がりつつあります。私たちは決してそれを傍観することなく、平和と健康、そして人々の幸せを何よりも大事にされた、生の志を引き継いでまいります。

 

以上引用終わり 合掌

 

盛岡医療生活協同組合 理事長
尾形 文智

 

岩手県 盛岡市 川久保病院

川久保病院ホームページ http://kawakubo-hos.jp/
さわやかクリニックホームページ http://sawayaka-c.net/

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下駄/足駄 あるある…4

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・・・前回(下駄/足駄あるある…1同…2同…3)の続き・・・

 

⑪当時僕は汽車通学であった。通勤通学列車(バスも同様)では足駄特有の苦労がある。

1)下駄の「台」は長径28cm程度だが、接地は前歯と後歯のみ、「歯間」は15cmもない。つり革などにつかまっていても、バランスをとるのは難しく、いわんや手放しで立っていることなど不可能だ。

2)混雑が激しくなると、自分の足駄の下(前歯の前、後歯の後ろ)に他人の足が入り込む。こちらは揺れに任せて前後にぐらぐらしているから、無意識に「下駄の台」部分でその足を踏んでしまう。桐とはいえ固い木で踏むわけだから当然痛い。たびたび文句を言われたものだ。

3)雨の日、人の傘の先がこちらの「裸足」に刺さる。結構痛い。

 

⑫最後に、下駄ビギナーの多くは鼻緒の洗礼を受ける。第1、2趾間が擦れてびらんになってしまうことがしばしばだ。ここでやめてしまうものも多い。また我慢しきれずに靴ひものごとく鼻緒を緩くしてしまう人もひる。しかしそれでは下駄お履き心地は悪く、結局履き続けられない。固い革靴を履きこなす如く、短時間・たびたび足を通して自分の足に馴染ませてゆく過程が大切なのである。

 

・・・おわり。

 

尾形 文智

 

岩手県 盛岡市 川久保病院

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2016.9.3


お盆が過ぎ毎週のように台風が接近しています。一つやり過ごす度に秋に近づいてゆくのを感じます。気が付けば日の出は遅く日の入りは早く、空は高く秋の空になっています。暑い夏よりも、今頃に夏の疲れが出てくる方が多いようです。各々体調管理にご留意を。

 

私事ですが、7月末に「通信教育資材」が届いたので早速手を付けて、8月初めに解答を送ったところお盆明けに修了書(採点結果)が送られてきました。組合員・職員の皆さんのところにも既に教材が届いているはずですから、先送りせず計画的に履修されることを期待します。また71日に申し込んだ健康チャレンジは、今週31日で終了しました。「夏休みのラジオ体操」のごとく、毎日の継続が大切です。みなさんも「それぞれの2か月間」是非続けてください。

 

724日の「すみれまつり」を最初に、各事業所・地域でのイベントが続いています。明日(9/4)は「さわやかクリニックまつり」、102日は「川久保・ひだまりまつり」が開催されます。地域住民のみなさんに事業所や医療生協の活動を知ってもらう絶好の機会であり、ふれあいの場です。秋の生協強化月間のスタートとして多くの方に声をかけ、大きく成功させましょう。

 

去る86日オバマ米国大統領は、その任期ぎりぎりで原爆投下後初めて広島入りしました。「核兵器のない世界」の実現を訴えるオバマ大政権は現在、核兵器の先制不使用宣言を含む核政策の大幅な変更を検討しています。核実験の全面禁止や核兵器予算削減など複数の政策案を検討中とされ、核実験を禁止する国連安保理決議を採択する構想もあるといわれています。しかし、米紙ワシントン・ポスト(815日付)はこの「核兵器の先制不使用宣言」について安倍首相が「とりわけ日本は、もしオバマ氏が先制不使用を宣言すると北朝鮮のような国々への抑止力を弱めることになり、戦争の危険が高まる」として反対する意向を伝えたと報じました。核兵器問題に取り組む米国の非営利団体の理事長は、「反対をしている国は少数であり、どの国も核兵器を先制使用しないようにする国際規範に関心がある」と反対している国を批判し、日本被団協のある役員は「はらわたが煮えくり返る」とコメントしていました。

核兵器の使用が人道に相いれない破滅的結果を引き起こすことや、それを防ぐ唯一の確実な方法が核兵器の完全廃絶であることは、国連総会をはじめ国際政治で繰り返し確認されており、核兵器の使用が許されないのは当然です。安倍首相は広島と長崎の平和式典で「核兵器のない世界」に向けて努力を重ねていくと述べましたが、これとは真逆の発言であり世界の大勢にも、国民の願いにも逆行しています。この被爆国の首相にあるまじき姿勢に憤りを覚えるとともに、強く抗議するものです。

 

秋の国会を前にして、TPPそして沖縄基地建設、戦争法発動など重要な課題が目白押しです。情勢を学び平和と社会保障をまもる運動を前に進めて行きましょう。

 

尾形 文智

 

岩手県 盛岡市 川久保病院

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