３０日の朝刊各紙は、島根県出雲市で約１２万年前の石器が見つかったといっせい
に報じた。１２万年前という年代は、いわゆる東北地方を主に「発見されていた」「前期旧石器」が捏造と判断されて歴史から抹消されて以来、もちろん最古の年代となる。日本列島にこの頃に人類が来ていた、と一部の報道機関は、かなり興奮した調子で報じた。
１２万年前の日本最古級
見つかったのは同市内の「砂原遺跡」（写真上）で、ここで発掘調査していた同志社大らの発掘調査団が、前日の２９日、約１２万年前の地層から国内最古級とみられる旧石器２０点が見つかったと、島根県庁で発表したのである。
調査団長の松藤和人・同志社大教授（旧石器考古学）によると、国内最古とされてきた岩手県遠野市の金取（かねどり）遺跡（約９万年前）を、３万年さかのぼる可能性があるという。
８月初め、地形学の専門家が現場付近で玉髄製の石片をたまたま発見して、旧知の松藤教授に連絡し、人工品の可能性が高いと見た同教授らが予備調査をへて、今回の発掘調査となった。
その結果、石核、尖頭スクレイパー、剥片など、長さ約５～１．５センチの１９点の石片が新たに発見されたのだ（写真下）。材質は、石英や流紋岩で、地層中には含まれない石であることや、剥離面が観察できることから、調査団は石器と見られるとした。ただし後述のように、剥離面の観察ができないという異論もある。
年代は問題ないが、はたして人工品か
包含されていた地層は、上に約１１万年前の三瓶木次（さんべきすき）火山灰層がかぶり、下に約１２万８０００年前に形成された砂礫層（地表面から２メートルほどの深さにある）の上に載っていることから、石片の年代は１２万年前頃と見られるという。年代の根拠は、まず確かだろう。
ちなみにこれまでにも１０万年前クラスと称された旧石器と遺跡が発見されているが、様々な欠陥があって、多数の研究者を納得させていない。例えば、入口遺跡（長崎県平戸市、約９万年前）は地層の年代に疑問がある。
今回は、出土した地層の年代が分かりやすいことが特徴だ。だから、問題は見つかった遺物が、確実に人間の作った石器か、ということになる。そして「石器」となれば、これまで日本列島で見つかった中で、最古の部類に属する。
ところが一筋縄でいかないのは、石片を観察した稲田孝司・岡山大名誉教授が、接合資料がなく、剥離面が不明瞭などと、石器と認定するのを保留していることだ。割られた石器同士がくっつき合う資料を接合資料と呼ぶが、これが見つかれば、石器製作技術を復元でき、したがってヒトの作った石器であることは確か、となる。
散漫な出土状況が気にかかる
旧石器の専門家である松藤氏とは面識があり、氏は内外の石器をかなり見慣れた研究者である。その点で、松藤氏の判断は、尊重するのもやぶさかでない。
ただ、同じ旧石器が専門の稲田氏が指摘するように、接合資料のないのが気になる。実物を見ていないが、写真で判断する限り、石器剥離面も不明瞭だ。
さらに「石器」がまとまりのない散漫な出方をしているのも、問題点の１つだ。こうした出方は、これまでのいわゆる「前・中期旧石器遺跡群」と全く同じで、遺跡と認定するのに若干の躊躇を感じる。石器屑の随伴もないので、人類がここで何をしていたか不明確なのも、大きな弱点である。
日本列島の人類の存在は、さかのぼってもせいぜい４万年前――というのが、現在までのところ、多くの考古学者のコンセンサスである。人類がいた証拠は、骨が残らない日本列島の地質条件から石器しかないが、前述のように、それ以前の石器と言われるものが、ただの石ころだったり、石器としても出土層位が不明確で年代の確定が困難だったりした。
２６０万年前の東アフリカの石器は申し分ないのだが
旧石器考古学の矛盾は、古くなればなるほど、石器が単純となり、人為の痕跡の認定が困難になることだ。しかし東アフリカでは、２６０万年前の初歩的石器が見つかっており、それは元の石塊にまで復元できるほど、多数の石器が接合する。そこで２６０万年前の初期人類が石器製作を行っていたこと、不要な石屑を残し、おそらく必要な石器を持ち去ったことを明らかに示す遺跡である。しかもそれらは、どんなに原始的石器であろうと、意図的な刃を付けられたことが明瞭な痕跡を残している。
それに比べれば、１２万年前の石器は、かなり進歩したはずなのに、いまだに異論が出てくる。これは、極東だけ人類の進歩が進まなかった印なのか、それともそこに人為はなく（artifact）、ただの自然成因のもの（geofact）であることを示すものなのか、今少し類例の追加を待たないと判断できないだろう。
なお今回の発見物が人為のものであるとすれば、それを残したのは、我々ホモ・サピエンスではなく、おそらくホモ・エレクトスであったはず……ということになるのだが。
