3.伏羲の姿と神話伝承(つづきのつづきのつづき)


『捜神記』の槃瓠伝説は二十巻本に基づいて大意を示しておきます。


「高辛氏に年老いた婦人があり、耳の病気で苦しみ、医者が繭ほどの大虫を穿り出した。婦人が帰り、虫を瓠(ひさご)の種笊に入れ、盤を被せると犬に変身した。毛並みが五色で、盤瓠と名付けた。犬戎の勢力が辺境に進入したが、敵の大将を捕らえることができず、王は天下に布告して、犬戎の呉将軍の首を取った者に金千斤と戸数一万の領主の地位を与え、娘を与えると布告した。ところが盤瓠が敵将の首を銜えて王宮に入ってきた。娘の進言で王は盤瓠に布通り娘を与えた。槃瓠は王女と南山の奥深く入り、6人ずつの男子と女子が生まれ、6組の男女は夫婦となった。五色の着物を好み、裁ち方に尾がついている」。

 

山地民たちの始祖の槃瓠神話は、民間にも広く伝わります。安徽省の南寧市に住むショ族の民間神話は次のような内容です。


「高辛氏の時代、劉氏皇后は金犬が降臨する夢を見て耳が痛くなり、医者が金虫を耳から出す。玉盤で養い瓠の葉で蓋をすると、鳳凰似の犬に変身し、盤瓠と呼んだ。犬戎が侵犯し、王は敵王の首を斬った者に三女を与えると宣言した。龍犬盤瓠は敵王が酔った隙に首を取り王に献じた。王は約束を悔いたが、盤瓠は『金鍾に私を入れたら、7昼夜で人間に変身します』という。しかし6日目に王女は彼が餓えると思い、金鍾を開けて、狗頭人身となった。盤瓠と王女は結婚し山に入り、3子1女が生まれ、長子は盤姓で名は能、次男は藍姓で名は光輝、三男は雷姓で名は巨佑といい、娘は鍾姓に嫁いだ[許紹楽2009]。


ショ族の槃瓠神話は、淮陽人祖廟の伏羲神話と、狗首人身・人首狗身となる過程が同様です。黄河文明圏にありながら、楚国の強い影響下にあった淮陽の土地柄を反映したものか、淮陽の伏羲神話は、南方のミャオ・ヤオ系族群に属する山地民の神話と共通する話型です。伏羲と女媧は現在のミャオ族の神話でも兄妹婚神話の主人公で、古代の南人、三苗の神とされます。清・陸次雲(康煕年間)『峒溪繊志』に「苗人は臘祭(年の暮れの祭り)を〈報草〉といい、祭るに巫を用い、女媧・伏羲の(神)位を設ける」とあります。

淮陽で犬祖神話の主人公が槃瓠ではなく、伏羲の神話である根拠は、「伏」の字の解釈にあります。『説文』に記すように、「伏」は「人」と「犬」に作り、さらに想像を膨らまし、「伏」を狗首人身・人首狗身の意味に解するのは、民間ならではの象形文字的な解釈です。

本来の「伏羲」の意味は聞一多「伏羲考」以来、袁珂・白川静など、多くの学者が指摘するように、「匏戲」つまりひょうたんの意味に解する方が適切です[聞一多・中島 1989]。現地の伏羲・女媧神話には、ふたりが腰からひょうたんを下げた姿で語るものもあります。

しかし聞一多は、伏羲・盤古(天地の創造神)・槃瓠は古代の発音はほぼ同音・同一詞との見解を述べ、いずれも同一とします。槃瓠・盤古・伏羲ともに南人の三苗系統の諸族(ヤオ族=槃瓠・ミャオ族=伏羲)が伝える神話伝承であり、同一説は説得力があります。