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2007-11-17 21:30:35

引越しのお知らせ

テーマ:ブログ

急なことですが、以下のところに引っ越すことにしました。


http://hello.ap.teacup.com/kawa4215/

お暇な人は見に来てください。

2007-10-29 21:15:38

スピーチ大会 優勝後の顛末

テーマ:その他

やはり、どこにでもいるのだろうか?


「いんちきじゃないのか?」「会場校の選手が優勝するようになっていたんだよね」

「出来レースでしょ?」などなど。


そう、早くも(負けた腹いせかどうか分からないが)、当校の代表が優勝したことについて疑問の声が上がっているという。


一つは、中国人の先生を通じて知ったこと。

もう一つは、なんと、「河南省勝手に集まる日本語教師の会」なる、当地の日本人教師の集まりでの掲示板でのこととのこと。


2番目の掲示板は「ミクシィ」なるもので形成されているコミュティでのこととのことで、私は見ることができないもの。

まあ、そんなところに集まっているぐらいだから、どんな先生たちなのかは想像がつくが、それにしても、品のない話である。


「公平さ」を問題にすることについては、そういう声が上がることは当初から予想できた。

(上海、天津、北京での全国レベルの大会を見、その審査員たちと一緒に仕事をしてきた経験から、今回の結果ーわが校が優勝ーもある程度予想できたからである)


それに対しての説明資料として、以下の点を記録しておきたいと思う。


まず、すべての審査員の得点は公表している。(当省の日本語教育会会長にも渡してある)


前夜の審査員会議の結果、変更になった点を事前に選手に連絡しようとした学校もあったが、それはやめたほうがいいと言ったのは、当校である。(その場にいない学校もあったからである)


また、当校の学科主任がその後に「先に連絡しちゃおうか」と言ったとき、「休ませたほうが結果がいい」(すでに10時半を回っていた)と言ってとめたのは私である。

その時、他の中国人教師も「本人が嫌がるから止めたほうがいい」と言っていたのである。


審査基準についても、採点表を見たのは、当日、席についてからである。

(これでどうやって学生に連絡できるのだろうか)


採点結果も、指導担当である私の得点は下から2番目(最低は81点、私は82点)である。最高点と最低点を除いて平均を求めるのだから、私が0点をつけても、彼女は優勝したのである。

(すべての選手につけた得点の平均は、全審査委員中、私だけが60点台であった)

そもそも、こちらは本科生四年である。

なのに、大学院2年生と1年生の参加もあったのにも関わらず、スピーチとしての完成度は、残念ながら彼女のほうが上だったと思う。

(残念なのは、河南省のレベルがその程度と思われてしまうからである)


これは、テレビ局も5つほど取材に来ていたので、記録ビデオを検証すれば分かると思う。


そして、それを見て、日本語が上手であることと、スピーチが心に残るかどうかとは別であることを理解してほしいと思う。



そして、ホームのはずのこちらのハンディについて。


日本語専攻の学生が1名、第2外国語の学生が1名、合計で2名が最大参加可能の数であったにも関わらず、2名とも日本語専攻の学生を参加させた学校も少なからずあった。

(もちろん、当校は規則に従った)


即席スピーチのテーマは、参加した大学院生が研究しているテーマと関連があるものだった。(ほとんどそのものといってもいい内容だったことを、本人から聞いている)

テーマを決めたのは他の大学の先生のようだったが、少なくとも私たちではない。


私たちがライバルだと思っていた学生が、即席スピーチのテーマを見て考えることが出来た時間は、他の選手の3倍以上である。(私は5倍だと思っているが、正確に測ったわけではないので、3倍としておく)

ただ、これはこちらの運営上のミスが原因なので、あくまでもこちらにとってのハンディとなったというだけのことである。(即席スピーチの点数は、そのライバル選手が2位、その差は0.8点である)



そしてこちらがどれだけ全力を尽くしたのか、ということについて。


私の前でスピーチをした回数は、記憶にないぐらい。(本人も途中で何をしゃべっているのか分からなくなっていた)

また、新しい服を前日に市内にまで買いに行った(結局、8時間ほどかかった)が、そこまでした学校は他にはいなかった。


また、本人がいやがる眼鏡を、審査員の目が見えないと声に迫力がなくなるからとかけさせた。


そして、演技指導(表情、ジェスチャー)、発声方法、呼吸法、歩き方、柔軟体操、イメージトレーニングと、できる範囲のことは全てやった。


ここまでやった選手は、他にいたのだろうか?


いや、たぶんいなかっただろう。


なぜなら、当日、ステージに上がった彼女を見た瞬間、「ああ、これは勝ったな」と思うことができた。

17番目の登場だったが、歩いている時の雰囲気からして違っていたのである。


迫力勝ちであった。


それは、これだけの準備をしてきたことと、2日前(前日からは審査員と学生の接触は禁物だと思って、そうしていた)に言った一言を、彼女が自分のものにしたからである。


「あなたには、緊張する権利はない。」「遠くから来てくれた審査員、長い時間座って聞いている観客、今まで協力してくれた友達や先生のことを考えたら、緊張して失敗しましたなどという権利はあるわけがない」


つまり、緊張を言い訳にするな、ということである。


考えてみれば、こんなに厳しい話はないが、しかし、どうしても自分に勝たなければいけないとしたら、そう考えるのはあたりまえではないだろうか。


そして、彼女は自分に勝ったのである。


服装にしても、私が「それではだめだ」と言い続けたのは、優勝者にふさわしい服装ではないと感じたからである。


「記念撮影をするんだから」と言って変えさせたが、彼女は「選手としての記念撮影」としか受け取らなかったであろう。また、私も余計なプレッシャーをかけたくないから、あえてそのような言い方をした。


つまり「優勝して記念撮影をする準備をさせた」のである。


普通は、優勝した後のことは考えない人のほうが多いと思う。


しかし、本当に優勝する人というのは、もう事前に優勝を受け入れる準備が出来ている人なのではないだろうか。


そして、それが出来る人、優勝が想像できるようになるまで努力できる人は、ほとんどいない。



それをやった彼女の優勝にあれこれ言う人は、自分がそれだけのことをやったことがないのだろう、と私は思うことにした。

2007-10-28 11:46:43

スピーチコンテスト終了

テーマ:日本語

 「第一位は、○○大学 ○○さん」


これを聞いて、やっと終わったと思いました。優勝は、うちの代表に決まったのです。


あまりにもいろいろなことが(私の力不足から、ですね)あったので、彼女の顔をまともに見ることができませんでした。

とにかく、よくがんばりましたし、当日もプレッシャーに強い気持ちで向かっていった、その姿勢が結果に結びついたように思います。


明日からはまた別の目標に向かって、ばんがりましょ、あ、違った、がんばりましょう。


以下は、国際交流基金 北京事務所に送った大会報告書です。(とっても長いので、お暇なひとだけ読んでくださいませ)



1回 河南省日本語スピーチコンテストの報告

 

日本語教育関係者の皆様、はじめまして。

 

去る1027日(土)に、省内各地から16の大学の27名の弁士が参加し、第1回河南省日本語スピーチコンテストが行われました。

 第1回の開催なので、会場校である勤務先の準備や当日の段取り、スピーチの内容などは大いに改善の余地があると思われますが、あれこれ含めて今後の参考になればと思い、会場校の教員として準備に当たり、また当日審査員を務めた立場から、報告いたします。

 

大会の流れ

 10月26日(金) 午後4時~6時    参加選手申し込み受付

           午後6時       選手・来賓・審査員 会食

           午後8時       審査員会議

 10月27日(土) 午前7時       選手・来賓・審査員 朝食

           午前7時45分    発表順の抽選

           午前8時       開会式

           午前9時       コンテスト開始

            第1部 テーマスピーチ

                日本語専門の部(日本語専攻)

                非日本語専門の部(第2外国語)

              第2部 即席スピーチ

                日本語専門の部(日本語専攻)

                非日本語専門の部(第2外国語)

           午後12時      表彰式

           午後12時半     選手・来賓・審査員 終了パーティー

 

 全体のテーマスピーチ:「私の目から見た日本」

即席スピーチ:日本語専門の部

以下の3つのテーマから抽選。2分後にスピーチ。

「経済発展の著しいアジアにおける日本の役割」

「環境という観点からの日中関係」

「2010年の上海博覧会に日本はどんなものを展示すべきか」

 

非日本語専門の部

「私の専門において日本語を勉強する意義」

 当校が会場となっての開催が決まったのは、夏休みに入った7月末、それからホールの職員も含めた教職員みなが準備に追われました。

 なにしろ、当校日本語科の歴史そのものが、まだまだ浅く(6年目)、どこから手をつけてよいのやら、上から下まであれこれ議論しながらの準備となりました。

 

 特に、前夜行われた審査員会議は、日付が変わるのではないかと思われるまで長引いてしまいました。

 話し合われたのは、以下の2点です。

 

 ①審査基準を明確にすること(制限時間の取り扱い・審査項目と基準の確認・集計と結果発表の方法)

②質疑応答を即席スピーチに変更するかどうか、また即席テーマの決定。

 

 上記の内容を前日に確認する、ということ自体が初めての開催を物語っているように思うのですが、洛陽外国語学院の王鉄橋先生の次の言葉で、みなが目的を一つにすることができました。

「今からいろいろな項目について会議を行うが、自分の学校のことはひとまず横においてほしい。それぞれが、河南省の日本語教育にどれだけ寄与できるのか、大きな権利を持つ審査員としての立場を自覚し、会議に臨むことを期待している。」

 

当日は、来賓の方々の挨拶が長引き、コンテストの開始が30分ほど遅れ、また採点の集計に予定以上の時間がかかってしまったなどのトラブルもありましたが、なんとか形をつけることができたのは、やはり王先生のお言葉のおかげだと思います。

 

 さて、肝心のスピーチの内容ですが、準備してきたものを100%出し切ったテーマスピーチとなりました。おもな内容は以下のとおりです。

 

出会った日本人教師を例に「日本人のまじめさとユーモア」

さまざまな文化を取り入れて自分のものにしてしまう「日本という国の不可解さ」

交流開始35周年を記念し、「結婚生活35周年を迎えた日中両国」

国際的な環境問題の視点から「鯨を食べる日本人」(内容への賛否がありました)

 

審査員としての感想です。

「やはり、明るく積極的な性格というのは、スピーチを聞いていても気持ちがいい(即席スピーチにおいて、言い間違えても気にしない)」

「聞き取りやすい発音と同時に、聞き取りやすい話し方、聞き取りやすい声がある」

「日本語が上手だということと、スピーチが心に残るということは別である」

「手をおなかの前に組んでまったく動かさない人が多かったが、少しは動いたほうが視覚的にも訴えるものがあったのではないか(演台がなかったことも影響したと思われます)」

「表情やジェスチャー、間の取り方、抑揚などにも気を使うべきではないか」

「内容が一貫していないと、総合的な評価を得るのは難しい」

「即席スピーチにどれだけ対応できるかは、普段の学習(教授)方法を見直す機会となる」

「即席スピーチのテーマは、十分に吟味する必要がある(難易度、ユニークさ)」

 

かなり厳しい評価となりましたが、これも一生懸命に取り組んだ弁士がさらに上達するよう、指導する立場にある私たちへの自戒として、書かせていただきました。

 

 実際、4年生や大学院生に混じって2年生も参加していましたが、テーマスピーチを聞いている限りでは、正直なところ分かりませんでした。彼女が即席スピーチにほとんど答えられなかったのを見て、初めて「もしかしたら」と思い、昼食時に確認したぐらいです。

 そして、このような学生が一人でも増えるような日本語教育環境を整えることができたらと思いました。

 

 最後に、今回の大会は、「河南省の日本語教育を活性化する」という目的を十分に達成した大会になったのではないか、そして、このような行事が成功するような日本語教育を目指していきたいと、他の先生方とも確認し、終了いたしました。

 

ただ、残念だったのが、河南省でも歴史のある学校から来た学生が、以下のようなことを言っていたことです。(その後続いた彼らとの会話を通じて、ここでも指導する側の人間の役割を考えさせられました。)

 「私はもっと大きな大会で優勝したのに、なんで1位じゃないのか。」

 「こんな正式じゃない大会での成績なんて、、、」

彼らは、確かに日本語は上手だと思います。(何しろ大学院生と4年生です)

しかし、話す内容はすでにどこかで聞いたことのあることを繰り返すばかりで、抑揚にも乏しく、印象に残るものがほとんどありませんでした。

 その後1時間ほど彼らの話を聞いてみましたが、院生(男性)のほうは、どうやら別の大会で優勝したこともあり、今回はほとんど準備をしてこなかったとのことでした。

また、4年生(女性)は初めてのスピーチ大会の参加であり、やはり緊張してしまったとのことでした。

そして、指導の段階で、当初用意したユーモアのある部分は削られ、抑揚をつけずに淡々と話すようにと教えられたとのことでした。

その結果、優勝した学生(当校の代表です)に比べて声にも元気がなく、聞いている人が眠くなってくるようなスピーチになってしまったように思う、と最後には彼ら自身も思い当たったようです。

そこで、以下の話をしたところ、ようやく納得がいったのか、顔が少し明るくなりました。

「30人近い弁士が、みな表情に乏しく、淡々と(どこかで聞いたようなことを何度も繰り返し)スピーチをしたら、それを聞いている遠いところから来た審査員はどう思うのでしょうか。」

「もちろん審査員がつける得点のために自分のスタイルを変える必要はないでしょう。しかし、来賓や観客も含めて、自分のスピーチを聞いている人のことを考えず、訴えたいと強く思っていることがない(少なくともそれが分かりにくい)スピーチは、やはり聞いている人には届かないのではないでしょうか」

「日本語が上手であること(発音や文法の正確さ、語彙の豊富さなど)を絶対必要条件とし、「聞いていておもしろい、楽しかった、勉強になった」と思われるようなスピーチをこれからは考えてみてはどうでしょうか」

 

 実は、これらのことは、私が天津で教えていた時に、北京の「こだま」というチームの学生を通じて学んだことです。

 今回優勝したのは私の指導した学生ですが、「こだま」に教えられたことを私なりのやり方で伝えたことが、結果につながったと思っています。

 北京から見に来てくださった小西先生と「こだま」に、感謝を申し上げて結びとさせていただきます。

 ありがとうございました。

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