アンサンブル・ペガサス

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素敵なブログの持ち主、Abbadoiさんがブラス・アンサンブル・ペガサスのCDを紹介してくださいましたので、今回はその録音時の裏話です。
北欧からコンニチワ-ペガサス・1
ブラスの花束

私たちがEPT(アンサンブル・ペガサス・トキョウ)を知るようになったきっかけは、2003年の冬、スヴェンが東京学芸大学に招待された時です。
大学院の学生を中心に講義を行った中に、「ルネサンス・アンサンブルのアーティキュレーション」というのがあって、そこでペガサスの指揮者、山本教授も聴講していました。
それまでもいろいろ探求なさっていた山本さんは非常に興味を持たれて、次の年の4月にスヴェンと論議するために来瑞。私はその時はじめてペガサスの演奏(コンサートの録音)を聞きました。
ブルックナーのロークス・イステでした。
この4重唱のアカペラ合唱曲を山本さんは完全にブラス・アンサンブル用に書き換えていたのです。
まるでブルックナーの交響曲のような編曲を聞いて、私たちはすっかり魅せられてしまいました。

ペガサスはその後2005年にスカンジナビアを含むヨーロッパ演奏旅行を行い、多くのブラス奏者から絶賛されました。
このサウンドをCDにしたいという私たちの希望は益々強くなり、とうとう2008年に実現することになりました。

北欧からコンニチワ-ペガサス・6
(山本氏と筆者)

録音場所はブラスの音の響きが生かせるところ、という条件で探しました。
そしてイェーテボリ市、東端にあるヘーランダ教会に決定。
上記の写真でご覧のように、木々と芝生に囲まれたきれいなところです。
教会の全面的な協力を得ることができました(日曜日の礼拝もちょっと離れた小さな教会に移動、信者をバスで運ぶことまでしてくださいました)。

宿舎は町の中心にあるユースホステル(もっといいところに泊めてあげられなくてごめんなさい、EPTさんたち)。
22人の楽器を抱えた日本人が行き来する姿は、夏のイェーテボリで目立っていました。


北欧からコンニチワ-ペガスス・2録音成功の一端は助手を務めてくれた音楽家/作曲家のヨナス君に負うところが多いと思います。
今回ほど助手の頼もしさを感じたことはありませんでした。
何時も上機嫌、ニコニコしながら押さえるところは遠慮なく指定します。
彼自身が合唱団やアンサンブルの指揮もするので、音がハモっているかどうか鋭く聞くことができ、音楽家たちの信頼を得ることができました。


北欧からコンニチワ-ペガサス・55日間、朝から晩までがんばって、これは絶対にいいCDになるぞ、という確信を得ることができました。
こうなるともうワクワクしてきます。
ただ、団員の方々は、イェーテボリ初訪問の方も多かったのに、街をご案内する暇もありませんでした。
またまた、ごめんなさい。




北欧からコンニチワ-ペガサス・4
(録音技師トールビヨルンさんと音を熱心に聞くメンバーたち)

EPTの特徴はその楽器の構成にあります。

山本さん曰く 「金管楽器本来の輝かしい音色を持つトランペット、トロンボーン、ホルンにくわえて、より柔和なサウンドのフリューゲルホルン、バス・フリューゲルホルン、ユーフォーニアム、2本のテューバ(F及びC管)わ取り入れて中低音の充実を図り」 それに合わせた山本氏の編曲によって、独自のレパートリーをつくりあげています。
北欧からコンニチワ-ペガサス・3
(指揮をする山本さん)


山本さんの編曲(CDではデュカス、グレインジャー、ヒンデミット、シベリウスのオリジナル曲以外は全部彼の編曲です)が又素晴らしい。

マーラー、ブラームス、ブルックナーなどに加えて、日本の童謡もこちらで好評だし、シュトラウスやランナーも世紀末のウィーンの紳士淑女がウィーンの公園を散策している姿が思い起こされます(山本さんはウィーンに留学していたことがあります)。

山本さんの飾らない性格がアンサンブルの雰囲気を支えていると思います。
和気藹々として、一緒にいるのが楽しくなるグループでした。
飛ぶ鳥跡を濁さず。さすがは日本人達。使わせてもらった共同の台所や集会場があまりきれいに使ってあったので、教会の人に後から感謝されました。

北欧からコンニチワ-ペガサス・7
(教会の鐘突き塔に登る階段で)

山本さんがスヴェンから受け継いだ古楽のアーティキュレーションも、今ではすっかりEPTの特徴となりました。
これを使うと、ポリフォニーが見事に形成され、各パートがそれぞれ生き生きとした独自のリズムを持つようになります。
この次はぜひ、ガブリエリやローゼンミュラーなども入れたいと思っています。
スサートも光るかな。

山本さんに 「ブログで褒められました」 とメールしたら、 「マーラーは、やはり受けるのですかね?そういう私もマーラー好きですが(笑)。このような2つの感想を頂けると、マーラー・オタク冥利につきるというものです。『分かる人には分かる』 というのが嬉しいです。」 と言っていらっしゃいました。

そうだ。もう一つ自慢したいことがあります。
ライナーノートはオリジナルを山本さんが日本語で書きました。
そしてそれを英語に翻訳したのは私の昔の日本語の学生です(エヘン)。
あ、いや、これはこの学生が非常に優秀な人なので、私はあんまり関係ないんですが。
彼は今、BISに勤めています。

ブログ仲間のみなさん、励ましていただいて、とってもうれしいです。
今後もいいCD作り、頑張ります。
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ミレニアム

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ミレニアム 1
ドラゴン・タトゥーの女
スティーグ・ラーソン作
北欧からコンニチワ-ミレニウム
この推理小説、おもしろいですよ。
著者はスウェーデンの人気作家、ジャーナリスト、劇作家、グラフィック・デザイナー。
スウェーデン社会の陰の面がとてもよく書けています。

日本の方には、最初の50ページぐらいがちょっと重い。
こちらの事情を知っていると、ああ、あの事件ね、というわけで、割と楽でした。

その後、400ページ X 2巻、やめられなくて、あっという間に読んでしまいます。

時間がない時に読み始めると危険です。

ラーソンはミレニアム 1~3 まで書いて、心筋梗塞で2004年に亡くなってしまいました。
本当は5まで書くつもりだったそうです。
残念。

昨日寝ないで読んでたので、あー眠い。
スヴェンは私が何を読んでいるのか分からないものだから、なにやかんや言ってきた。
「うるさい、あっち行ってって」
なんて目も上げないで言ったものだから、スゴスゴ。一人でテレビ見てました。

日本では今、平積みで売り出してるそうです。
お勧めします。
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From Castle and Cottage

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何時も興味深いブログを書かれるMr.Mさんが、私共の製作したCDを紹介してくださいました。
Mr.Mさん、どうもありがとう。
Mr.Mさんのブログ

そこで、今日はこのCDの録音時の裏話を少々。

北欧からコンニチワ-Castle

録音に使ったのはダーラナ地方にある教会。
私やチェンバロのアンドレアスが住むイェテボリから450キロ北東、
ニッケルハルパ奏者、トールビヨルンのいるウメオの南西、600キロ弱にあります。
音響が物凄くいいところです。

ちなみにうちの会社はスタジオ録音をしません。
教会、学校の講堂、コンサートホールなどを使います。
マイクの設定に時間をかけ、音響は「これで行きましょう」と決めたら、後はいじりません。
そのまま。
古楽器、民族楽器は周りの空気までそっくり切り取るような録音にしないと、本当の味が出ないように思うので。
そのかわりHifi関係の雑誌では「非常に正直な録音。壮大なる雑音が入っている」なんて言われます。
そう言われるのは嬉しい限りです。

この教会のあるダーラ・フローダは駅があって、教会があって、食料品・雑貨屋があってほとんどおしまい、のようなところです。
駅のそばに宿屋が1軒。頼むと食事を出してくれます。
朝食と夕食をここでとって、お昼やおやつは食料品を買って教会に閉じこもります。

録音には3日を計画、2日でほとんど終わりました。
スウェーデン民謡は、二人とも楽譜なし。
バロックはトールビヨルンは暗譜、アンドレアスは通奏低音の楽譜で、好きなことやってる。
クラシックの教育を受けながら、フォークも手がけているから、非常にスムーズでした。

宿では大抵スウェーデンの家庭料理を出してくれました。
若い夫婦が経営しているところで、とても家族的、親切でした。
2日目の夜、別棟にある広間を使わせてくれて、食事の後、ちょっとした酒盛りをしました。
演奏者二人と録音のマッツと私の4人、宿の人がサービスで暖炉に火を入れてくれて、それを囲んでチーズやハムをかじりながら、ワインを空け、四方山話。
アーティストは二人とも穏やかな性格で、仕事しやすく、とても楽しかったです。

北欧からコンニチワ-トールビジョルンTorbjörn in action

それからこの録音を使って、文化庁に補助金の申請をしました。
かなり競争率が高くて、最近はいつも貰えなかったから、どうせダメだろうと高を括って、
マーケット開発に日本でコンサートをするのだから、その分も入れて9万クローナ(今換算すると100万円)ちょうだい、と書いて出しました。
そうしたら、どういう風の吹き回しか、もらえちゃった。

さあ、こうなっては日本に行かなくては、と喜んでいた矢先に、録音技師のマッツさんが心臓麻痺で急に亡くなる悲劇に会いました。
その時、別のCDの編集のためにダーラナ地方のマッツさんを訪ねていて、彼が体の調子があまり良くないので仕事にならず、家に戻ってきた直後でした。
私が彼の生きている姿を見た最後の人間だったこともあって、すごいショックでした。

それまでムジカ・レディヴィヴァの録音を一手に引き受けてくれた方で、わが社独特のサウンドは彼のなす業だったのです。
あんな風に音をとらえる技師はもう多分いないでしょう。
絶対に作れなくなった世界を閉じるために、その後の作品はサラウンドのテクニックに切り替えました。

マッツのお葬式を終えてしばらくたってから編集を始めてみると、そう簡単に切り貼りできないことが分かりました。
アンドレアスがテイク毎に違うことをやっている。
まるでジャズの演奏しているみたい。
私が編集の提案をすると、彼は頭を抱えている。
指10本ではこんな飛躍できないよ。
また、いいヴァーションがいくつもあって、うーん、どれを取ろうか。
最終的にはほとんど切らないことになりました。

波乱に富んだCD完成。
そして日本演奏旅行。
北欧からコンニチワ-AE&TN

日本旅行のリンクです。
 
CD解説の写真は、1日かけて撮影に行きました。
イェーテボリから150キロぐらい南下したところにある、ロココ時代のお城(農場もある)で。
その時、同時にDVDも撮ってもらい、最後の曲、M マレイのフォリア変奏曲のハイライトをYouTubeに出しました。

フォリアのDVD

Mr.Mさんが「素朴にして優雅」と表現されていらっしゃるように、なんとも不思議な雰囲気のCD、私の会心作のひとつです。
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ジュネーブの友だちから4キロの小包が届きました。
北欧からコンニチワ-本
日本語の本。全部時代物。
(マーラーの本はアマゾン・ジャパンで買いました)

前に東京の兄に、時代物が好きだとつぶやいたら、読んだ本はみんなジュネーブの友だちに送ってしまうから、彼女から再送してもらおう、なんて言ってた。

今、日本語に飢えているので、どれから読もうかなー。