前回記事(『生前退位1代限りの特別法のペテンについて・・・』)の続きです。

 

前回記事では、憲法学者の小林節氏の見解を中心に、生前退位の有識者会議の議論のデタラメぶりについて解説しましたが、今回は、「そもそも生前退位の有識者会議のメンバーの選定時点からオカシイのではないか?」という問題についてです。

 

こちらも、前回記事で紹介しましたが、今回の生前退位の有識者会議のメンバーはこんな感じです・・・

 

【アカン】生前退位の政府有識者会議、メンバーがヤバイ!右派系の日本会議勢揃い!櫻井よし子、八木秀次等など・・・

 

ヒアリング対象メンバー 計16人
百地章
八木秀次
渡部昇一
櫻井よしこ
園部逸夫
高橋和之
平川祐弘
古川隆久
保阪正康
石原信雄
今谷明
岩井克己
大石眞

 

 

このメンバーを見れば明らかなように、今回の有識者会議は明らかに生前退位の議論を特定の方向へ誘導しようという意図をもってメンバーが編成されています。

 

今回の生前退位の政府の議論は「生前退位は静かな環境で議論深めたい」という名目のもと、「国会の議論は法案が提出される前に、各党の意見を非公開の場で聞くという異例の手順で行われることになった。」のですがその静かな環境での議論のメンバーがこのような明らかに変更した思想の持ち主のみを集めたとなれば、この言葉の意味も相当に変わってきます。

 

第二次安倍内閣発足後は、民間議員と称される財界を中心とした民間人によって構成された有識者会議での議論と、その有識者会議で決定した事項を総理指示というカタチで実行力を持たせるという強引な手法が一部で批判されましたが、今回の生前退位の議論の問題も同様で、明らかに変更した思想信条の持ち主を有識者として招集し、その意見を実際に政治に反映させていくという相当に強引な手法によって非常に重要な事項が決定されつつあるということです。

 

つまり、今回の生前退位の議論の問題は、一代限りの特別法によって生前退位を実現するという方向へ議論を進めていること自体の問題と、そのような方向性で議論がなされるに至るまでのプロセスの問題という二つの問題が存在します。

 

それから、最後に関連する議論として以前の記事(『【これは酷い】財務省が売却した国有地、建設予定の学校名は「安倍晋三記念小学校」』)に書き込まれたコメントを紹介&簡単な返答を書いて終わりにします。


無題
ヒットラーのような怪物を選んだ者は民主主義下のドイツ国民ですし、アベットラーのような妖怪を選んだのも同様に民主主義下の日本国民です。

そして何より彼らを選んだ者たちは普通の人間であること。

なぜ人々が彼らを選び従うのか?

人々の本質は彼らと同じだからではないでしょうか。たとえどんな優れた新しいシステムの発見と構築ができたとしても、本質が変わらない限りは同じことが繰り返されるのではないでしょうか。
鬼太郎w 2017-02-14 17:19:59

 

Re:無題
>鬼太郎wさん

卓見だと思います。ヒトラー的なもの、あるいは、安倍的なもののすくなくとも一部を共有する人たちが少なからず存在するからこそ彼らは力をつかむわけでしょうね。ただ、一つ指摘しておきたいのは、当時のドイツ人のことごとくが熱狂的にヒトラーを支持したのかというと多分そうではないと思います。ヒトラーを熱狂的に支持する中核は、少数に過ぎず、その他大勢はそらな引きずられたのではないでしょうか?言い換えると中核的な少数の者たちをもってその他大勢を引きずる仕組みというかシステムこそが全体主義というものではなかろうか?と思うんですがね。つまり、全体的主義とは言うもののその本質は常に少数者による独裁に他ならないわけです。少数の者たちの意見や主張をその他大勢に強制的に押し付ける仕組みとかシステムこそが全体的主義というものの本質なんじゃないか?と思うわけです。そうすると、少数に過ぎない者たちの意見とこ主張をその他大勢に強制的に押し付けさせないようにさるためにはどうしたらいいかということに問題と解答は収斂してくるだろうと思います。全体的主義というもののメカニズムを分析、検討する必要ごあると思いますな。
ソウルメイト 2017-02-14 18:53:26

 

要は、「重要なのはシステムなのか?人なのか?」というある種の古典的な問題だと思うのですが、確かにアレコレとシステムをいじくっても結局その練りに練られたシステムを運用する人間が思想的に変更していたり極端に無能であった場合にはどれだけ素晴らしいシステムも無駄だというのは一面の真理です。

 

ただし、それでは優れたシステムが全く無駄であるかというと必ずしもそういうワケでもなく、一つにはどうしょうもない無能なバカ殿が現れた時に、そのバカ殿の暴走に歯止めをかけるためのシステムとして機能するようなシステムを構築しておかなくてならないということであり、もう一つは人に依存したシステム(コメントが書き込まれた時期では55年体制のこと)は、やはり無能な人間がトップに立った時にあまりにもそのシステムの脆弱性が直接的に露呈してしまうということです。

 

 つまり、それなりに優れた安定した政治家や官僚集団のもとで、実際には脆弱なシステムの上に胡坐をかき、そのような状況でシステムの点検・改善を怠っていた場合、予想以上に無能な(もしくは危険な)政治家がたった一人トップに立った瞬間にどうにもならない状況にまだ一瞬で追い込まれる危険性があるということです。

 

 前回記事では、小林節氏の

 

将来起こり得る同種の事例全てに適応される一般原則を定める作用が「立法」で、その一般原則を個別具体的な事例に適応する作用が「行政」で、これが民主的な法治国家というものである。

 

という言葉を紹介しましたが、「立法」を「システム」に「行政」を「人」に置き換えて読めば、この辺りの議論もスッキリと理解しやすくなるのではないかと思います。まあ、もっとも、議論をスッキリ理解したところで即座に素晴らしい現実的な解決策が見いだされるワケではないのですが・・・( ̄▽ ̄;)

 

 

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憲法学者の小林節氏が日刊ゲンダイにて天皇陛下の生前退位の問題について論じていたようです。

 

 

 

それほど長くない文章の中にいくつも重要な論点が含まれており、手短に論点をまとめるのは難しいのですが、この文章の中で非常に重要な点の一つが立法と行政の違いについてです。

 

>将来起こり得る同種の事例全てに適応される一般原則を定める作用が「立法」で、その一般原則を個別具体的な事例に適応する作用が「行政」で、これが民主的な法治国家というものである。

 

現在の生前退位を1代限りの特別法により行おうと進めている有識者会議は、今後の天皇、皇室をめぐる具体的な状況が分からない以上、抽象的な規定を定めざるを得なくなり、そのが時の政権の恣意的な判断を正当化する恐れがあるとして、生前退位を皇室典範の改正ではなく1代限りの特別法で行おうと提案しているワケなのですが、これは全く論理が転倒していて、天皇の進退を1代限りの特別法で決定できるとする有識者会議の判断こそがまさに時の政権の恣意的な判断を正当化しているワケです。

 

で、まあ有識者会議の方は何を言っているのかというと、「生前退位の制度を立法化は色々と複雑だからするな!!」と言っているワケですが、小林節は、「いや、天皇の上位は崩御と退位しかないんだから退位を皇室典範で退位を法制化すればいいだけだろ」と正論を述べている反論しています。

 

そうなると、問題の焦点は「生前退位の規定を具体的にどのように定めるか?」という問題になるのですが、この際に有識者会議は「今後、天皇と皇室をめぐる状況は様々なケースが考えられるから明確な規定を出来ない!!明確な規定を出来ないから生前退位を立法として規定することは出来ない」と説明している一方で、小林節は、「具体的な状況の中で如何に判断していくかを判断するのは行政であって立法ではない」ということを説明しており、一見どちらの主張にもそれなりに分がありそうにも思えますが、やはり冷静に考えるなら有識者会議の側の方が特定の結論、つまり「生前退位の規定を立法化させずに1代限りの特別立法で生前退位を行う」という方向へ議論を意図的に誘導しているという印象を受けずにはいられません。

 

また17日の記事の最後は、

 

>以上、もとより民主的正統性がなく、かつ、その人選が明らかに偏った「有識者会議」なる知識人の集団が、このように重大な公的関心事について強引に世論をリードしようとしている。私は、そのことの正当性も問いたい。

 

とまとめられていますが、当の有識者会議のメンバーはコチラ・・・

 

【アカン】生前退位の政府有識者会議、メンバーがヤバイ!右派系の日本会議勢揃い!櫻井よし子、八木秀次等など・・・

 

ヒアリング対象メンバー 計16人
百地章
八木秀次
渡部昇一
櫻井よしこ
園部逸夫
高橋和之
平川祐弘
古川隆久
保阪正康
石原信雄
今谷明
岩井克己
大石眞

 

 

ふむ、これはどう見ても明らかに偏っている人選と言わざるを得ませんね( ^ω^)・・・

 

例の安倍首相マンセーなカルト幼稚園に、ネトウヨだらけの有識者会議・・・一体、この国はどうなっちゃってるんですかね?/(^o^)\

 

 

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今回から『野蛮な進化心理学―殺人とセックスが解き明かす人間行動の謎』という本のレビューを書いていきたいのですが、その前に先日ツイッターでアレコレ書いていた思想の左右とカルチャーの関連性に関する議論を紹介させてもらいます。
 
 
 
 
このうにゃるちゃんという子はコスプレイヤーでダンサーでバンド女子の女の子なんですけど、ふと「そういえばダンスやってる人って思想傾向がかなり左っぽいよなー」と思って書いたのが以下のツイートです。
 
 
 
 
 
 
 
つまり、ある特定の集団に所属したり、特定のカルチャーに触れると思想傾向に変化が起こるんですね。あるいは、逆にある思想傾向を持った人が特定の集団に所属したり、特定のカルチャーに接触したりするという現象があるワケです。
 
そんなことをツイッターで話題にした後で、この『野蛮な進化心理学―殺人とセックスが解き明かす人間行動の謎』という本をパラパラ読んでいたのですが、この本でまさにコレと関連した話題、「何が思想や信仰の傾向を決定するのか?」という話題について触れていました。
 
第10章の「信仰の心理学」という賞の中で、「宗教と交配戦略ー繁殖-信仰モデルの誕生」という章でこの問題が解説されています。
 
進化心理学的にいうと、まず自分の遺伝子をたくさん残すために生殖を行うための行動を短期間交配戦略といい、それにプラスしてその子供を育てるのに必要な行動を長期間交配戦略と呼んでいます。
 
詳しい説明を省いて一気に結論だけ先に言ってしまうと、一言でいえば、人生の早い時期に結婚して不倫もしない品性公正なマイホームパパと、全然モテない上にこれからの人生でもさっぱりモテそうにない非モテ男子は性に厳格な(婚外交渉を厳しく罰する)信仰を強く支持し、逆に、モテモテだったり、大学院まで進学して高度な知識や技術を習得する代わりに結婚の時期を先送りにしようと考えている人間は保守的な信仰心を否定するリベラルな思想を支持する傾向がある、ということです(一言のワリに長かったですがw)。
 
要は、独身でモテる男、つまり色んな女性と性的交渉を行うチャンスに恵まれている男性は性に対して厳格な規律を強いる宗教右派的な信仰心を嫌い、逆に、結婚して自分の妻以外とはセックスできそうになかったり、独身であっても魅力に乏しく誰からも相手にされないような人間は性に対して厳格な規律を強いる信仰にコミットしていくということです。
 
長いですが以下引用・・・
 
このように格別に敬虔な人と不信心な人がはっきり分かれる原因と、それがもたらす結果とは何か?この問いに答えるため、ジェイソンは私たちがのちに繁殖-信仰モデルと呼ぶことになるものを提案した。このモデルでは、現代アメリカにおける宗教団体の主な役割にひとつは、低い乱交率、異性愛のみ容認、結婚と多産の重要視といった特徴をもつ、一夫一婦的な交配戦略の強化にあるとする。そして宗教団体は、その戦略を正負の側面をもつ二つの方法で強化しているー負の側面をもつ方法とは、団体が(性的乱交を罪深いこととするなどの)厳格な道徳規範を信者に強制することであり、正の側面をもつ方法とは、団体の規則に従って生きる家族を様々な形でサポートすることだ。
 
結婚前のセックスを罪悪と見る規範は、人々を早婚へと向かわせる。また中絶と避妊を罪悪とすることで、子づくりが促される。ジェイソンは、これらによって宗教右派に属する一般的な人物像が、リベラル左派のそれに比べ学歴が低い理由の説明ができると主張する。つまり、家族の面倒を見る時間が増えれば、学校に残って哲学や神経科学といった分野で高い学位を取得するのが難しくなるというのだ。これは、一夫一婦制を遵守しながら高い出生率を達成するという長期的な戦略をとる場合に生じるトレードオフのひとつだ。
 
またこの戦略には、純粋に繁殖という観点から見ても、コストと利益の両方がある。たとえば一夫一婦制を守る家庭的な男性が、妻や子供に多くの投資をしているのなら、それは他の交配機会をあきらめることを意味する。だが一方で、男性は自分が子供の本当の父親だと知ることができないため、乱交を禁じる厳格な宗教規範があれば、実は別人が父親だったというリスクが減り、自らを助けることになる。これに対し、一夫一婦制を守る家庭的な女性は、男性を補完するような形の妥協的立場に置かれるー規範を厳しく適用することで夫の浮気はなくなるが、よりセクシーな遺伝子を子供に与えるであろう、自由奔放な魅力的な男性と付き合う機会も減ってしまうのである(中略)。
 
性に関して保守的な宗教団体に属する人々は、互いに監視をしあうことで、家族に対する多くの投資や早婚がはらむリスク(他の交配機会を利用したいという衝動など)を軽減している。具体的に言えば、宗教団体はたんに乱交を毛嫌いするだけでなくそれを糾弾し、また、規則を破った者の評判を貶めて追放することで代償を払わせるのだ。もちろん乱交を罰する一方で、保育施設の設立、子育ての分担、失業したり病気になった仲間の援助など様々な手段を通じて、人々が家庭的になることに見返りを与えている。
 
他方、典型的なリベラル左派は、これとまったく異なる戦略をとっている。彼あるいは彼女は、少なくとも大学を卒業するまでは結婚や出産をせず、ときには大学院、ロースクール、医大への進学といったもので、結婚をさらに数年遅らせることもある。だが、そのような長期間にわたってお預けをくらい、性的衝動に抗い続けるのはなかなかきつい。そのため彼らは、婚前交渉を禁じる規則を押しつけ、避妊のためのあらゆる手段をかけようとする宗教右派を嫌うようになる。一般的にリベラル左派は、個人がベッドルームで誰と何をしようが関心をもたない。しかし宗教右派にとって問題となるのは、まさにそのような人たちだー家族の絆を強化促進するために自分たちが築いてきたシステムが自由気ままに遊びまわる性的にルーズな若者のの群れによって破壊されるかもしれないと考えるのだ。
 
ここで、重要なのが心理学一般にそうなのですが、進化心理学では特に「人間は自分の行動の真の動機を正確に把握することが出来ない」ということです。ですので、進化心理学的観点からは、厳格な道徳規範を強いる宗教右派的な思想を好む理由は、他者の奔放な性の活動のあり方を罰することが目的なのですが、それを選択した本人の意識の上では、「それが宗教的、あるいは道徳的に正と思うから」と考えることになります。
 
ちなみに、この道徳規範の問題に関しては、過去記事で『だれもが偽善者になる本当の理由』という本についてレビュー記事を書いたので是非よければこちらも参考にして欲しいと思います。
 
 
こんな話を聞いて思い出したのが、以前空手をやっていた時代に女子部の女の子とデートをした際にやたらと先生から怒られたことです・・・。
 
そのデートの相手は当時1つか2つ年上だった女子大生の子で、デートといっても普通に飯を食べに行っただけだったので、客観的に見れば何も問題のないデートだったわけですが、なんやかやと訳の分からない理屈を付けて理不尽に怒られて嫌な気分になったことを覚えています・・・。
 
ちなみに、その当時、おおよそ同じ時期に同じく女子部で女子中学生だった子ともデートをしており(もちろん、こちらも健全な関係でしたが・・・w)、「あー、普通に成人してる女子大生と飯食いに行ったのがバレただけでもこれだけ怒られるんだったら、女子中学生とデートしたこと知られたら相当ヤバイな・・・」と思い、この事実は墓場まで持っていこうと思ったものでした(今ココでカミングアウトしてしまっていますがw)。
 
まあ、先のツイートにも書いたのですが空手のカルチャーというのは基本的に男女関係に関して非常に厳格なんですね…とはいえ、やはり女性は強い男に惹かれるものなのか、一部の強くてイケメンな先輩などはモテモテだったようですが。
 
一方で、ダンスの方はもっと寛容で、交際を注意されるどころか先生の方から「高木君は、○○ちゃんとお似合いだし付き合っちゃいなよー!!」とか、何故かしょっちゅう言われていました・・・まあ、残念なことに(?)その先生から付き合いを勧められた○○ちゃんからは丁重にお断りされたワケですがw
 
 
まあ、こんなところにもカルチャーが表れるわけなんですねw
 
ちなみに、そのダンスの先生は高身長のイケメンで結婚はしてないけれど、あとで聞いた話では、やはりかなりモテモテだったそうです。まあ、高身長のイケメンでダンスもプロだったのでモテて当然ですねw
 
最後に、元の話題に戻って補足しますが、宗教儀式への参加傾向は性や家族に対する価値観でほぼ規定され、性や家族に対する価値観に関する項目について統計的な補正を行うとその他の要因との相関関係は消失してしまうそうです。
 
以上を踏まえた上で、ジェイソン・ウィーデンは、彼の繁殖ー信仰モデルの妥当性を検証するために膨大なデーター総合的社会調査の二万一一三一人のデーターを分析することにした。アダム・コーエンと私もそれに加わり、もっと焦点を絞った調査データ、具体的には、アメリカの四校の大学で九〇二人の学部生に、家族計画、性的態度、宗教儀式への参加、盗みや噓に対する道徳感情などを尋ねたデータを検証した。
 
そこでわかったのは、宗教儀式への参加傾向は、いくつかのお決まりの要因(たとえば、女性である、年齢が高い、飲酒習慣がない、興奮を求めない、誠実さを大切にするといったもの)によって予測可能だということだった。また私たちは、教会に通う習慣が、親に噓をつく、万引きをする、汚い言葉を使う、非合法のドラッグを使うなどの、性的な面以外での逸脱に対する意見と相関していることも発見した。だがもっと興味深かったのは、教会に通っているかどうかを最も正確に予測するのが、性や家族に対する価値観だったことである(たとえば、不貞、婚前交渉、中絶に対して反対しているなど)。そこでジェイソンが、性や家族に対する価値観に関する統計的な補正を加えてみると、宗教儀式への参加傾向とその他の要因との相関は消失してしまった。
 
以前から、右派と左派の疑似的な対立、罵り合いに関しては下らないとばかり思っていましたが、改めてこのような分析データを見せられると、本当に心底バカバカしいと感じます。つまり、何か重大な政治思想の対立だと思われていたもののほとんどは、モテないバカが、モテないバカよりは少しばかりモテて偏差値の高い鼻持ちならない連中に対して嫉妬や恨みなどのルサンチマンをぶつけていただけだということです(あくまで進化心理学的な観点から考えるならばですが)。
 
こうなると、もはや厳めしいツラしたジジイが「俺は保守だ」とか言ったり、「私は、日本の古き良き伝統を大切にしたいです!!」なんて言ってる奴の言うことをまともに聞く気にもならないし、逆に、「私はリベラルです!!」なんて言いながらドヤ顔してる連中に対しても、「単に乱交したいだけだろ?」と皮肉の一つも言いたくなってしまう・・・。
 
あまり、政治論争なんて下らないとばかり言い続けても仕方ないのですが、それでも色々考えるたびに本当にどうしようもないほど下らないと思ってしまい、ますます政治問題に対する関心を低下するばかりです( ^ω^)・・・
 
 
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